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1528:人間の世界でゆっくりが見た夢

2012/02/18 (Sat) 00:01
序、

 深夜。二十四時間営業のコンビニエンスストアの入り口付近で屯しているゆっくりの姿があった。成体のまりさ種に番のあり
す種。そしてその子供たちであると思われる三匹の赤ゆたち。内訳は赤まりさが二匹に、赤ありすが一匹。

「ゆゆっ! おねーさん!! まりさたちにごはんさんをちょうだいねっ!!! まりさたち、おなかがぺーこぺーこで……ど
ぼじでむじずる゛の゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ッ?!!」

 店の中に入ろうとする客の足元に跳ね寄っては物乞いを繰り返すも、餌やそれに準ずるものを与えてくれる人間は誰一人とし
ていない。皆、一様に訝しげな表情を浮かべて早足で目の前を通り過ぎて行く。まりさがコンビニの入り口に設置してある看板
に体当たりをかました。静まり返った夜の闇にその音が融けて消える。
 コンビニの入り口は自動ドアではなく手動であるため、まりさたちは店の中に入ることができない。できたとしても店員によ
ってすぐに追い出されてしまうだろうが。野良で生きるゆっくりたちが衛生的に最悪であることは言うまでもないだろう。薄汚
れた皮やあんよで店内に入られてはたまらない。常に空腹の限界に近いゆっくりたちが店内に侵入しようものなら、欲望を剥き
出しにした醜悪な顔で商品にがっつくのは目に見えている。そんな光景を客に見られでもしたら店の信用はガタ落ちだ。野良ゆ
が触れた商品を買って行く客などはいない。
 一昔前は堂々と店の中に入ってくる野良ゆも少なくはなかった。自動ドアのコンビニが最もその被害に遭ったと言えるだろう。
ゆっくりたちの視点からすれば、自分たちに意地悪をしていた壁が何もせずに開いた。すなわち、自分たちは歓迎されているの
だ……などという思考の元、店内で好き勝手にやらかし店員によって追い出されるのが日常茶飯事だった頃もある。無論、店の
入り口は客を歓迎するためにあるものだが、野良ゆなどお呼びではない。招かれざる客に他ならないのだ。 「まりさ……もう、ちびちゃんたちが、がまんのげんかいよ……」

「まりしゃ……おきゃ……しゃん……。 ごはんしゃん……たべちゃい……。 たべちゃい……。 たべちゃいよぅ……」

「ゆゆゆゆっ! ちびちゃん! もうちょっとのしんぼうだからねっ! がまんしてねっ!! ぺーろぺーろ……っ」

 元々は野生の生き物であるゆっくりにとって都会での暮らしは劣悪極まりない環境にあると言える。草花が生えるべき地面は
アスファルトに覆われ、飲み水のアテは雨が降った後の水たまりやドブの中に顔を突っ込んで泥水をすする他ない。ピンポン玉
ほどの大きさしかない赤ゆたちでは、なおさらこの世界で生きることは厳しいだろう。
 その時、コンビニのドアが開き先ほど店内に入って行った女性が再びまりさ親子の前に現れた。手にはコンビニの袋が握られ
ており、その中からとても美味しそうな匂いが漂ってくる。まりさもありすも思わず涎を垂らすほどだ。赤ゆたちはぷるぷると
震えながら女性の足下に這い寄った。涙目で舌を懸命に伸ばし、女性に声をかける赤ゆたち。その姿を見てありすは思わず涙を
流した。

「おねーさん! おねがいします! ありすたちのちびちゃん……もう、ずっとなにもたべていなくて……すごくゆっくりでき
ていないんです! ……だから、すこしだけでいいんです……! すこしだけ、ごはんさんを……」

「お客様。 ささ、どうぞお帰りください。 ありがとうございました。 またのお越しをお待ちしております!」

 戸惑ったようにその場を去る女性の後姿を見ながらまりさ親子がぼろぼろと泣き出す。店員はまりさ親子の姿を見て舌打ちを
した。店の周囲に人がいなくなるのを見計らってから、用意していたコンビニ袋に三匹の赤ゆを投げ入れる。カサコソと音を立
てる袋の中から、けたたましい叫び声をは聞こえてこない。声を上げる元気すらないのだろう。突如として我が子を奪われたま
りさは店員に威嚇をしながら声を荒げた。

「ぷくー! やめてねっ! まりさたちのかわいいちびちゃんたちをかえしてねっ!!」

「何言ってやがるゆっくり如きが……。 お前らみたいな汚ぇヤツらが店の前にいると迷惑なんだよ」

「と……とかいはじゃないわ……っ。 ありすたち、ほんとうにたいへんで……」

「腹を空かせてるのはこのガキ共なんだろ? もう、餌集めなんてしなくていいからどこへなりとも行っちまえ」

「ゆゆっ?! どういうこと……ゆ、ゆあぁぁぁっ!!! やめてっ!! やめてよぉぉぉぉ!!!!」

 店員が三匹の赤ゆの入ったコンビニ袋を勢いよく水平に薙ぎ、店の壁に叩きつけた。袋の中で何かが潰れるような嫌な音がす
る。袋の口から飛び出した餡子と千切れたお下げが、何を意味しているか二匹はゆっくりと理解した。ありすがその場でぽろぽ
ろと涙を流す。まりさはアスファルトの駐車場に転がる千切れたお下げに舌を這わせて「ゆっくり……ゆっくり……」とうわ言
のように呟いている。店員は追い打ちをかけるかのように二匹を店の敷地外まで蹴り飛ばした。固いアスファルトの上をバウン
ドしながら転がる二匹の全身に激痛が走る。

「い゛だい゛よ゛ぉ゛ぉ゛!!!」

「どぼじでごんな゛ごど――――」

 顔中が擦り傷だらけになり、歯も数本折れてしまったまりさが叫ぼうとしたときには店員は店の中に戻った後だった。痛みと
悔しさのせいで涙が溢れて止まらない。大事に大事に育ててきた赤ゆたちも一瞬で潰されてしまった。途方に暮れる二匹。無言
のままどちらともなくずりずりとあんよを動かし始めた。行くアテなどない。どこへ行っても自分たちは邪魔者扱い。何も、本
当に何も悪いことなどしていないのに。

「むきゅ。 まりさにありす。 ゆっくりしていってね!」

「「ゆっくりしていってね!!」」

 暗闇の向こう側からのそのそと現れたのは一匹のぱちゅりー種だった。成体ゆっくりであろう。サイズはまりさたちと同じく
バスケットボール程もある。二匹は久しぶりに同族に声をかけられた事と、“ゆっくりしていってね”という言葉に胸を打たれ、
ゆんゆん泣き始めた。ぱちゅりーは二匹に頬擦りをすると、

「こまっているようね……? よかったら、ぱちゅたちのおうちでゆっくりしていかないかしら……? すこしだけなら、ごは
んさんもわけてあげることができるわ……」

「…………っ」

 嬉しさと同時に悔しさで思わず顔が曇る。ぱちゅりーは申し訳なさそうな表情で二匹を見つめていた。あと少し。あと、ほん
の少しだけ早くにこのぱちゅりーと自分たちが出会っていれば。自分たちの愛しい我が子も潰されずに済んでキラキラと輝く笑
顔を見ることができたかも知れないのに。

「むきゅぅ……。 とりあえず、おはなしはぱちゅたちのおうちについてからきかせてもらうことにしようかしら。 よるはれ
みりゃのじかんだから、こんなところにいたらたべられてしまうわよ?」

「ゆっくり……りかい、したよ……」

 促されるようにぱちゅりーの後ろをついていくまりさとありす。ぱちゅりーは狭い路地裏に入って行った。暗闇の中だと言う
のに迷いのない様子であんよを這わせるため、二匹はついていくのがやっとだ。時折後ろを振り返りながらぱちゅりーがあんよ
を進める。ぱちゅりー種と言えば虚弱・貧弱・病弱で有名なゆっくりだが、どうもこのぱちゅりーは数多のぱちゅりー種と少し
だけ毛色が違うようだ。
 奥へ奥へと進むにつれてどんどん視界が悪くなっていく。目をこらして辺りを見回すと不法投棄された粗大ゴミや空き缶など
が散見される。ぱちゅりーがあんよを止めた。それに合わせてまりさとありすが立ち止まる。

「むきゅ。 ここがぱちゅたちのおうちよ」

 煩雑に積み上げられた廃材。それを覆い隠すかのように連なるゴミの山脈。都会の片隅において時の流れから見放された空間
である。微かに他のゆっくりたちの動く気配を感じた。どうやらぱちゅりーはこのゴミ山の事をおうちと呼んでいるようだった。
 しかし、案外馬鹿にできたものではない。ヒビの入ったコンパネや底の抜けたバケツ。骨が折れて機能を果たさなくなった傘
や片方だけの長靴。それらはゆっくりたちがおうちとして利用するにはうってつけの素材であるように思える。事実、長靴の中
には子れいむの姉妹が“ゆぅゆぅ”と寝息を立てていた。

「しんいりさんなんだねー? わかるよ~?」

 一匹のちぇんが廃材の隙間から顔だけを出して話しかけてきた。まりさとありすがおっかなびっくりと言った様子で曖昧な返
事を返す。ぱちゅりーはゴミを拾い集めて作り上げたおうちの中に潜り込むと、口に木の実を咥えて二匹の前に戻ってきた。

「むきゅっ。 たべてちょうだい。 おなかがすいていたんでしょ?」

 ウィンクをしながら二匹に促すぱちゅりー。まりさとありすは一瞬だけ互いの顔を見合わせた。その瞳には淡い悲しみが浮か
んでいる。少し間を置いてようやく二匹が木の実を口の中に入れた。

「むーしゃ、むーしゃ……、…………」

 幸せ、とは継げない。分けてもらった木の実が美味しくないわけではないのだ。ただ、どうしてもお腹を空かせたまま潰され
てしまった赤ゆたちのことが脳裏に纏わりついて離れない。事情こそ理解はしていないものの、二匹の表情から何か感じ取る物
があったのかぱちゅりーは無理に声をかけようとはしなかった。廃材の山からぞろぞろと他のゆっくりたちが這い出してくる。
“ゆんゆん”とむせび泣く二匹の様子が気になっているのだろう。中には同様に涙を浮かべているゆっくりもいた。
 ぱちゅりーを中心に廃材のゆっくりぷれいすで暮らすゆっくりたちは、最初からここで共同生活を行っていたわけではない。
皆、野良として蔑まれ、忌み嫌われ、居場所を追われてここに流れ着いてきたものばかりだ。

 最初の頃は言葉を喋り愛嬌もある“ゆっくり”は一家に一匹と言うようなレベルで人間に飼われ、社会現象にまで発展するブ
ームを巻き起こした。しかし、ゆっくり本来の性格や生態が明るみになっていくにつれて愛想を尽かした飼い主たちにより次々
とゆっくりは捨てられていく。犬のように帰巣本能を持たないゆっくりは飼い主を探してアスファルトの上を昼夜問わず這い回
り続けた。言葉を話すことができたので積極的に人間とコミュニケーションを図ろうとしたが、相手にされずあまつさえ手まで
上げられる始末。いつしか薄汚れた顔とあんよで都会を徘徊するゆっくりたちは“野良ゆ”と呼ばれるようになった。その数は
百や二百ではない。保健所などによる定期的な野良ゆの駆除も行われたが数で圧倒的に勝るゆっくりたちを全滅させるには到底
至らず、税金の無駄遣いと強い批判を受けていた。それでも、野良ゆたちによるゴミ漁りや今回のまりさ一家のように人間の領
域に侵入してくるなどの問題行動が目立つようになると、今度は「早く野良ゆっくりを駆除しろ」との声が上がる。
 そんな劣悪な環境下に置かれながらも多少なりとも人間と行動を共にし、得た知識を使うことによって野良ゆたちは少しずつ
この生活に適応していった。口に木の枝や石を咥え道具のように扱ったり、雨風を凌ぐために数匹がかりで段ボールで家を作っ
たりと必死になって過ごす毎日。常に空腹に晒されながらも、ただ生き残るためだけに全てのゆっくりする事を犠牲にして今日
まで暮らしてきたのだ。

 だからこそ、廃材置き場の野良ゆたちはまりさとありすの涙の意味を強く理解することができる。気がついたら十匹以上もの
ゆっくりたちが二匹に頬をすり寄せていた。その優しさに触れた二匹がまた強く嗚咽を漏らす。ぱちゅりーがそっと呟いた。

「まりさ。 ありす。 ……ぱちゅたちといっしょにくらしましょう……? そして、いつかみんなでもりにかえるのよ」

「ゆゆっ……?」

「わかるよー……。 ちぇんたちは、かいぬしさんにすてられちゃったんだねー……」

「れいむたちは……ゆっくりしたかっただけなのに……」

「むきゅ。 ざんねんだけれど、にんげんさんたちのかんがえる“ゆっくり”とぱちゅたちのかんがえる“ゆっくり”はちがっ
ていたのよ……。 ぱちゅも、みんなも……それにきづくのがおそすぎたみたいだけれど……」

 リーダーと思われるぱちゅりーの言葉に一堂に会したゆっくりたちがしょぼくれた表情に変わる。ここに集う野良ゆの殆どが
“第二世代”とも言うべき直接人間に捨てられたゆっくりたちの間に生まれた子供たちだ。この環境下に置かれたからこそ、見
える世界があったのだろう。両親から伝え聞いた言葉の意味を窺い知る事ができたのだろう。

 そう。ゆっくりたちは気づいていたのだ。自分たちと人間という生き物は、決して相容れない存在であるということに。




一、

 早朝。廃材の山から一匹の成体れいむ種がずりずりと這い出してきた。お決まりの挨拶も、のーびのーびもせずにぴょんぴょ
んと飛び跳ねる。遅れて数匹のゆっくりたちもその後に続いた。狩りの時間である。まだ人間たちが活動していない時間を見計
らって行動を起こすのだ。

「ゆっ! ゆっ!」

 息を切らしながら目指すのは公園。そこには多少の草花が生えている。草の中を這って進むと朝露が誇りまみれの顔に触れ、
泥水の雫となって頬を伝っていく。ゆっくりたちはそれを気にも留めず一心不乱に口で草をむしり続けた。それを同じく成体ま
りさ種の帽子の中に投げ入れていく。その作業を約十分ほど繰り返した。時折、ジョギングなどをして汗を流す人間が近づいて
来たときには木の陰や背の高い草の後ろに隠れてやり過ごす。何匹かのゆっくりはコオロギやオケラなどと言った“大物”を捕
まえて顔を綻ばせている。
 まだ薄暗い。少し遠回りにはなれども狭い路地裏を選んでずりずりとあんよを動かす。ボロボロの饅頭が連なって移動する光
景を保健所の職員などに見つかればたちまち捕獲されるなり、駆除されるなりしてしまうだろう。しかし、このゆっくりたちは
知っているのだ。人間は主に日中しか現れない。それも都会で暮らすうちに身に付けた“知識”だった。人間と出会ったらとに
かく逃げる。全てを投げ打ってでも逃げるように教え込まれていた。そして、その際には仲間が捕まってしまおうと決して振り
返ってはならないとも。

「ゆっくりただいま!!」

「ゆっくりおかえりなさい!!」

 満面の笑みを浮かべて廃材置き場へと帰ってきたれいむ以下数匹のゆっくりたちがぞろぞろと帰宅する。それを廃材に身を隠
していたゆっくりたちが暖かい笑顔で出迎えた。

「きょうは、にんげんさんにはあわなかったよ。 くささんもたくさんあつめてきたよ!」

「ゆわぁ……っ! むししゃんだぁ!!」

「ゆゆっ。 むしさんはちびちゃんたちがむーしゃむーしゃしてね。 れいむたちはくささんをむーしゃむーしゃするよ」

 育ち盛りな上にすぐに空腹に陥ってしまう赤ゆ、子ゆには栄養価の高い食べ物を優先的に回す。成体ゆっくりであれば凌げる
飢えも赤ゆ、子ゆでは耐えきれずに餓死してしまう可能性が高いからだ。狩りに出かけた成体ゆっくりたちも、自分たちが子供
だった頃は美味しい虫をたくさん食べさせてもらった。だからこそ今の自分たちが在る。

「むきゅ。 ごはんさんをむーしゃむーしゃしたら、おうちのなかでゆっくりしましょう。 おおきなこえをだしたりしてはだ
めよ?」

 無言で頷く一同。この“都会の群れ”は驚くほどに統率されていた。それぞれが人間に近しい知識を持っていることと、日々
を生き抜くことしか考えていないことがその理由として挙げられる。故に「ゆっくりしたい」と喚き散らすような、ある意味で
はゆっくりらしいゆっくりは一匹たりともいなかった。

――――必ず生き延びて、皆で森に帰る。

 この言葉だけを心の支えに、懸命に“ゆっくりできない日々”を過ごしてきたのだ。両親から伝え聞いた故郷の森への憧れは
強い。固いアスファルトの上ではなく柔らかい原っぱの上を跳ねてみたい。誰にも邪魔をされずに日向ぼっこがしてみたい。冷
たくて綺麗な川の水を飲んでみたい。それは野良ゆたちの悲願であった。

「ぱちゅ……」

「どうしたの? まりさ」

「ぱちゅたちは……みんなでもりにかえる、っていうけれど……もりがどこにあるかわかるの? まりさもそうだけど、にんげ
んさんにつれてこられたときは、なにかにとじこめられてなんにもみえなかったよ……?」

「むきゅ。 かわさんのながれるほうこうとは、はんたいほうこうにむかってすすめばいいはずよ」

「ゆ?」

「にんげんさんのまちをながれているかわさんと、もりをながれるかわさんはおなじなのよ」

「そうなの……? でも……ここのかわさんのみずはきたなくて、ごーくごーくできないよ……。 ほんとうにおなじかわさん
なの?」

「むきゅきゅ。 ぱちゅをしんじてちょうだい」

 穏やかな口調で笑みを返すぱちゅりーの表情に安心したのか、まりさは眉をハの字に曲げながらも少しだけ口元を緩めて廃材
の中へと身を隠した。廃材の中にできた空洞をそのままおうち代わりにしているのである。一匹だけになったぱちゅりーが厚い
雲に覆われた空を見上げた。もうじき梅雨の季節が訪れる。長雨に晒されればそれだけで死んでしまう仲間たちが大勢出てくる
だろう。それを懸念すると“都会脱出計画”はなるべく早期に決行する必要があった。

(ちぇん……みょん……。 ぶじだといいのだけれど……)

 ちぇんとみょん。二匹はぱちゅりーの指示を受け、森へ帰るための最短ルートを導き出すべく廃材置き場から旅立った。純粋
にゆっくりの中では戦闘に長けたみょん。すばしっこさを活かした偵察が得意のちぇん。この二匹のコンビが役目を果たすには
うってつけであると判断された。

 ぱちゅりーは未だ戻らぬ二匹の身を案じながら、廃材置き場の奥にその身を隠した。

 翌朝。廃材置き場の奥で休んでいたぱちゅりーの元に吉報が入った。森へ帰るまでの道筋を探すために街中を跳ね回っていた
ちぇんが帰って来たのだ。ちぇんはボロボロの状態だった。外見はいつもと変わらない。様子がおかしいのはその表情である。
青ざめた表情で唇を震わせ、しきりに「ごめんね」と繰り返す。ぱちゅりーがちぇんの元にやってきてもその様子が変わる事は
なかった。

「ちぇん……いったいなにがあったの……?」

「ぱちゅぅ……わからない……わからないよー……」

 集まったゆっくりたちは自分たちの方こそが“わからない”と困惑した表情を浮かべたが、ぱちゅりーは極端におびえるちぇ
んの表情から何かを読み取ったようだった。傍らにみょんがいない事も気になる。

「――――にんげんさんに、あったのね……?」

「に……に゛ゃあ゛ぅ゛ぅ゛……っ!!!」

 むせび泣きながら叫び声を上げる。そしてぱちゅりーの頬に滅茶苦茶に頬をすり寄せた。いつもはゆらゆら揺れている二本の
尻尾が今日は地にぺたりとついて動かない。

「まりさ。 ありす。 てつだってちょうだい」

「ゆっくりりかいしたよ」

 すっかり廃材置き場の群れに馴染んだまりさとありすがちぇんをおうちの中へと誘導する。そこに別のまりさが現れた。

「みょんは……えいえんにゆっくりしてしまったのぜ……?」

 ぱちゅりーが振り返らずに答える。

「……ちぇんといっしょにかえってこなかったのだから……そうなのでしょうね……」

 路地裏に茜色の光が差し込み周囲の窓に点々と明かりが灯り始めた頃、ちぇんはようやく落ち着きを取り戻した。まりさ、あ
りすと打ち解けたちぇんは照れ笑いをしながらぱちゅりーを呼んできてほしいと二匹に頼んだ。ありすが即席のおうちから出て
行く。

「みっともないところをみせちゃったんだねー……」

「そ、そんなことないよ……っ! まりさたちも……ちびちゃんたちが……いなくなったときは……」

「……もう、こんなおはなしはやめようねー……。 ちぇんがわるかったんだよー……」

「ゆゆっ……。 ごめんね、ちぇん」

 程なくしてぱちゅりーを連れたありすが戻ってきた。ぱちゅりーが心配そうにちぇんを見つめる。ちぇんは無理矢理笑顔を作
って見せた。少しだけ痛々しい。意を決した様子でぱちゅりーが尋ねる。

「みょんは……にんげんさんにつれていかれてしまったのね……?」

「……そうだよー……。 ほかのゆっくりたちをたすけようとして……つかまっちゃったんだねー……」

 人間の手によって我が子を殺されたまりさとありすが気付かれないようにそっと身を寄せ合った。両者とも目に涙を浮かべて
いる。ちぇんは泣くのを堪えながらみょんの最期をぱちゅりーに語って聞かせた。ちぇん以外にも数匹のゆっくりがいたらしい。
駆除の真っ最中で泣き叫ぶ子ゆっくりの声を聞いたら居ても立ってもいられなくなったと言う。みょんは必死でゆっくりたちを
逃がそうとしたがあっさりと捕まってしまった。袋の中に入れられ姿は見えないものの、そこからみょんはちぇんに逃げるよう
に叫んだと言う。ちぇんはその通りに逃げた。涙で視界が歪んで何度も何度も転んだそうだ。

「ちぇんは……にげたんだよー……。 みょんをおいて……ひとりで……ゆ……ゆぐっ、ひっく……」

「ちぇん……」

「みょん……ごめんねー……、ごめんねー……わからないよぅ……」

「ちぇん!」

 ぱちゅりーがちぇんにすーりすーりをした。泣きながらそれに甘えるちぇん。

「ありがとう、ちぇん。 ちぇんだけでも……もどってきてくれて、ぱちゅはうれしいわ……。 だからおねがいよ。 そんな
にじぶんをせめないで……」

 ぱちゅりーのちぇんへかける言葉は自分に言い聞かせているようにも感じた。ちぇんとみょんに指示を出したのはぱちゅりー
だ。それ故、ちぇんとはまた違ったベクトルでの自責の念、後悔の思いが心の中を駆け巡っている事だろう。これが野良ゆの現
実だった。生きようと努力すればするほど、死の危険が付きまとう。だからと言って何もしないわけにはいかない。そして、ち
ぇんもぱちゅりーも自分たちに泣いている時間などないと言わんばかりに次の話題に移った。……話題を変えなければ、お互い
場が持たなかったというのもあるかも知れない。

「……ぱちゅのいっていた、かわさんへのみちのことだけれど……」

 森へ帰る唯一の道標となる川を目指すには、どのように動いても大きな道路を最低二つは横切らなければならないらしい。ま
たそれが可能だったのはちぇんとみょんが二匹だけで行動していたことによるところが大きく、群れのゆっくりたち……まして
赤ゆ・子ゆと一緒に横切ろうとした場合は上手くいくかわからないと判断していた。

「かわさんについてからもたいへんなんだよー……かくれるばしょがすこしもないからねー……」

 堤防を整備された河川敷には確かに身を隠すようなスペースはないだろう。川を遡って移動を続けていればいつかは人間に見
つかってしまう。夜になれば捕食種も襲ってくるはずだ。ちぇんの答えた“現実”にぱちゅりーが思わず目を閉じる。想像して
いた以上に故郷への道は険しかった。
 ぱちゅりーの都会脱出計画に暗雲が立ち込め始める。何か対策を考えなければ一生この街から出ることはできない。そして、
それは自分たちのそう遠くない未来の死を意味する。

「ぱちゅ……。 どうしてまりさたちは、にんげんさんにここにつれてこられただけなのに……こんなゆっくりできないめにあ
わないといけないの……? まりさたち……ずっともりでゆっくりできればそれでよかったのに……」

「…………むきゅぅ」

 まりさの問いかけにぱちゅりーが言葉を濁す。人間は森で暮らしていたゆっくりを乱獲しペット用に都会に持ち込んだ。それ
にも関わらずブームが過ぎ去ってしまえば害獣扱いである。ゆっくりたちの中でその事を知っている者は少ない。だが、ぱちゅ
りーは気づいていた。それを思うたびにやり場のない怒りがこみ上げる。しかし、だからと言ってどうすることもできない。ぱ
ちゅりーは一呼吸置いてから、まりさの質問に答えた。

「……にんげんさんがとてもつよくて……ぱちゅたちがとてもよわいからよ……」




 同時刻。保険所の会議室では人間たちによる“野良ゆっくり対策”のための会議が行われていた。ホワイトボードには六種類
のゆっくりの写真が張り出されており、これまでの被害状況や今後予測される事態について討論が行われている。

「……小学校のPTAから苦情が届いてます。 野良ゆっくりが交尾をしているところを街で見かけ、子供たちの教育上よくな
いと……」

「中には汚れたゆっくりがうろついているだけで街の景観を損なわせている、との声も上がってますね……」

「さすがに飲食店やスーパーへの侵入被害は減ってきたようですが……」

「車に轢き潰されたゆっくりなんか見たら小さな子供はトラウマになりかねん。 生首がぐちゃぐちゃになって潰れてるのとほ
とんど同じなんだからな……」

 各々渡された資料の一枚目には「都市内野良ゆっくり一斉駆除計画(案)」とタイトルが印字されている。街に住む大多数の
人間が増えすぎた野良ゆに大なり小なりの不満を持っており、近年それが大きなうねりとなって動き始めているようだった。起
因は飼いゆっくりを捨てた飼い主にあるのだが、どれも同じような顔をしたゆっくりを誰が捨てたかなどとは判別できないし、
そんな事をするだけ時間と労力の無駄だ。それを理解しているのは一般市民も同じのようで、連日連夜かかってくる電話の内容
も、「野良ゆを何とかしてほしい」ではなく「野良ゆを全部駆除してほしい」という具体的なものに変化し始めている。
 ゆっくりを潰すとき、ゆっくりたちは泣き叫ぶ。本気で命乞いをする。必死になって逃げ回る。額をアスファルトにこすりつ
けて何度も何度も謝罪を繰り返す。そんな様子を目の当たりにしながら、ゆっくりを潰す作業に従事できるような者はなかなか
いない。故に面倒事は全て保健所職員に回そうとするのだ。無論、保健所職員はそれが仕事であるため嫌々ながらも実行せざる
を得ない。今年入ったばかりの若い女性職員はゆっくりを潰す作業が嫌で退職してしまった。ゆっくり用のガス室に閉じ込めて
毒殺を行ってもその死体を回収する際にどうしても視界に入るゆっくりたちの苦悶の表情はおぞましいものがある。
 人間たちはゆっくりを動物として見ることができていなかった。もちろん、動物としてカテゴライズされるかどうかにまず疑
問の声が上がるが、それ以前に人間たちはゆっくりを“人間に近い何か”のように感じていたのだ。表情。仕草。生態。家族。
ゆっくりは思いのほか、人間らしい部分を多く供えていた。だからこそゆっくりに多少なりとも感情移入をしてしまうのだ。

――私には無理です……ッ! ずっとずっと母親ゆっくりに寄り添って「お母さん、お母さん、おめめを開けてね」って繰り返
しながら泣いてるゆっくりを潰すなんてできません……ッ!!!

――あいつら、馬鹿だから……簡単に俺の言葉に騙されるんすよ……。親子仲良くガス室に入って行って……「お兄さん! れ
いむたちに嘘をついたの?! 助けてよ!! やめてよ……やめて!!!」って……。

「しかし、それが私たちの仕事だ」

 所長の言葉が重くのしかかる。言い返せない。誰もかれもそんな事は理解していた。しかし、良心がその理解に追い付く事が
できないでいる。

「会議は終わりだ。 ……今月中に野良ゆっくりの一斉駆除を行う。 参加する市民がいるとは思えんが、日雇いで雇用できる
枠も作っておこう。 何しろあの数だ。 私たちだけは手に余る……」

「……所長。 “公餡”を通してみては如何でしょうか……」

 若い職員の言葉に所長が声を荒げた。

「あんな得体の知れない連中に税金を投資できるかッ!!!!」

 公餡。東京本部を中心に北海道支部、東本州支部、西本州支部、四国支部、九州・沖縄支部と、日本全国に六ヶ所ほど存在し
ている最近出来たばかりの組織だ。驚く事に民間企業ではあるが、公餡代表取締役は自分たちの国家公務員化を国に求めている
らしい。しかし、今のところ実績らしい実績は上がっていないと言う。

「会議は終わりだ!」

 そう言って勢いよく会議室の扉を閉める所長。取り残された職員一同はテーブルの片づけ等を終えるとそれぞれの職務に戻っ
た。ある壮年の職員が廊下を無言で歩く。向かう先はゆっくり用のガス室だ。窓から中の様子を眺めると午後一番で毒殺処分さ
れる予定のゆっくりたちがガタガタ震えて泣いている。なぜ初めて連れて来られた場所でこんなに怯えているのか理解できない。
ゆっくりたちはこの部屋に入るのを凄まじく嫌がっていた。

――やめてねっ! ここはゆっくりできないよっ!! ゆんやあぁぁぁ!!!

 職員に気がついたゆっくりたちが窓の近くまで押し寄せる。皆、一様に口をぱくぱく動かしながら何か喋っているようだが中
の声は聞こえない。全員泣いていた。何を叫んでいるかも理解できる。職員は眉をしかめて目を閉じるとその場を後にした。

「にんげんざあ゛ぁ゛ん゛!!! だじでっ!!! だじでよぉぉ!!! までぃざ、おうちがえる゛ぅ゛ぅ゛!!!!!」

「れいむたち、なんにもわるいことしてないのにぃぃぃぃ!!!」

「ここはゆっぐりでぎな゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!」

「…………」

 阿鼻叫喚の地獄の中で、ただじっと窓から差し込む光を見上げている一匹のみょん種がいた。泣き叫ぶ同族たちの姿に心を痛
めているのかその目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「ぱちゅ……ごめんだみょん。 かならずぶじにもどってきて、っていうやくそくは……もう、まもれそうにないみょん……」

 目を閉じる。

(みてみたかったみょん……。 もりのなかでみんないっしょにゆっくりしているところを……)







二、

 まりさとありすが廃材置き場の群れに加わってから二週間が経とうとしていた。今では二匹とも“狩り”に加わり群れの為に
と尽力している。活発でゆっくり基準で言えば運動神経に優れたまりさは時折、ちぇんと共に街を抜け出すためのルートを視察
する役目も担っていた。ぱちゅりーは、ちぇん以外のゆっくりにこの役目を当てようとしていたが、ちぇんは自らこの危険な役
を引き受けた。一度周囲を把握している自分こそがこの役目に相応しいと。誰も何も言わなかったが、みょんの弔い合戦である
ことも影響しているのだろう。これを使命だと言わんばかりの言動は少々生き急いでいるようにも見える。
 まりさとちぇんは路地裏の隅を二匹並んであんよを這わせていた。まりさが、ちぇんの後ろに続く。二匹ともあんよの速さに
は自信を持っているせいか心なしか進むペースが速い。それでいて常に周囲に目を配る繊細さは忘れていないようだ。

「ゆ?」

 二匹の元に微かではあるが叫び声が聞こえたような気がした。それと同時に自分たちの目の前を横切るような形で一匹の成体
ゆっくりが飛んでくる。二匹は目を丸くし身を寄せ合った。壁に頬を押しつけながら路地裏の先を注視する。

「ゆあぁぁ!! れいむぅ!! れいむぅぅ!!!」

 泣きながらぴょんぴょんと飛び跳ねるまりさ種の姿が視界に入る。飛ばされてきた成体ゆっくりはれいむ種だったようだ。余
りにも突然の出来事で種を判別することができなかった。どうやら他にもゆっくりたちがいるらしい。二匹のまりさ種、三匹の
ありす種がそれぞれ一点を見上げ威嚇を行っている。そこに金属バットを持った男が現れた。

「よくもれいむをこんなめにあわせてくれたね! あやまるならいまのうちだよっ!!」

「ありすたちはやさしいゆっくりだから、あまあまさんをおいていけばゆるしてあげるわっ!!!」

 まりさとちぇんが顔を見合わせる。このゆっくりたちは一体何を言っているのだろう。そんな表情を浮かべながら。まりさも
ちぇんも固唾を飲んでその様子を見つめていた。自分たちであれば逃げる一択しかない。それなのになぜ人間に対して威嚇なん
てしているのだろう。それは自分たちの常識からは余りにもかけ離れた愚行にしか映らなかった。
 男が金属バットを垂直に振り下ろすと一番前で威嚇をしていたありすが勢いよく爆ぜた。金属バットはありすの顔を正確に断
割し、その先端がアスファルトにまで叩きつけられた。バラバラに砕けた歯の奥から切れ切れに呼吸を繰り返す。

「ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ……もっど……ゆ゛っぐり゛じだ……が……た……――――――」

「ゆぎゃああああ!!! ありすぅぅぅ!!!! ありすがぁぁぁぁぁ!!!!!」

「このいなかものぉっ!!! どおしてこんなことするのぉおぉぉぉおぉッ?!」

 なぜ逃げようとしないのか。それがまりさにもちぇんにもわからなかった。自分たちの群れの教えでは人間が視界に入ろうも
のならそれだけで逃げ出すように言われてきたのに。威嚇をやめようとしないゆっくりたちが次々に叩き潰されていく。残りが
三匹程度になったところでようやく命乞いを始めた。もちろん人間がそれを聞き入れるわけもなく、淡々と潰れて死んでいくゆ
っくりたち。その様子を見たちぇんががたがたと震え始めた。みょんの記憶をフラッシュバックさせているのだろう。

「ごべんな゛ざい゛ぃ゛ぃ゛!! ばでぃざだぢ……おな゛ががぺーこぺーこで……ゆ゛ぷぎゅえ゛ッ??!!!」

 最後の一匹になったまりさも物言わぬ饅頭に姿を変えた。遅れて別の男が駆け寄ってきた。

「終わったか?」

「ああ……。 ちくしょう……これじゃ効率が悪すぎる……」

「もう限界だぜ……。 ゆっくりなんて早く一匹残らず死んじまえばいいのに……ッ!!」

 潰されたありすを蹴り飛ばしながら悪態をつく。男たちは保健所の職員だった。一連の“作業”を終えた後に白の上着を羽織
る。ちぇんが震えながら小声で呟いた。

「……わかるよー……。 あのしろいおようふくをきているにんげんさんは……ゆっくりをみつけたら、いきなりおそいかかっ
てくるんだねー……」

「……ひどいよ……。 まりさたち、なんにもわるいことしてないのに……どうしてそんなことされないといけないの?」

「わからないよー。 わからないけど、にんげんさんたちはゆっくりがきらいできらいでしょうがないみたいなんだねー……。
かなしいねー……」

 ゆっくりたちの間で“白衣の悪魔”という言葉が広がりつつある。どこでその単語を覚えたかは知らないがどのゆっくりから
ともなく、保健所職員の事はそう呼ばれるようになっていた。曰く、“白衣の悪魔”は自分たちを見つけたら、ご飯を食べてい
ようが休んでいようが眠っていようが襲ってくる。自分たちの言葉には一切耳を貸さず、問答無用で手にした凶器を振り下ろす。
それで潰されたゆっくりの数は凄まじいものがあるらしい。ちぇんがみょんと一緒に街を散策していた時に聞いた噂だった。み
ょんも“白衣の悪魔”によって連れていかれてしまっのである。

「まりさたち……いっしょうけんめい、まちでくらしているだけなのに……」

 ぱちゅりー率いる廃材の群れも毎日食料を得るために街中を這いずり回っている。人間にとってはそれさえも気に入らないと
言うのだろうか。実際はそうではない。まりさたちは知らなかったのだ。自分たち以外の野良ゆが街で人間を相手にどんな事を
しているかということを。皆、慎ましく日々を生きているわけではなかったということを。人間から反感を買い、既に自分たち
が生きる未来は無いに等しいと言える状態まで事態が悪化しつつかるということを……街で暮らす野良ゆたちはどれ一匹として
気付いていなかった。
 “白衣の悪魔”たちがゆっくりの死骸を淡々とゴミ袋の中に入れて行く。力なくだらりと垂れさがった顔の皮やあんよ、漏れ
出す中身に幾度となく吐き気を催す二匹。その作業が終わり、ようやく辺りが静かになったことを見計らって二匹があんよを動
かした。

「ゆぅ……ここはゆっくりできないよ……」

「わかるよー……。 はやくとおりぬけるんだねー」

 ずりずりとあんよを動かし足早に路地裏を抜ける。目の前にそびえるのは堤防。ちぇんが言うにはこれを越えると川が見える
らしい。ちぇんの情報通り川へとたどり着くまでに二度ほど道路を横切ったか、人間に見つかるようなことはなかった。街を行
き交う人々はいちいちゆっくりの動きなどに気を取られない。まりさたちのように隠れながら進んでいけば、人間に見つかるよ
うな道理はないのだ。膝下以下の背丈しかないゆっくりなどそうそう視界に入るものではないはずである。では、なぜゆっくり
たちは人間に見つかり、徹底的に叩き潰されてしまうのか。もし、その理由にゆっくりたちが気付くことができたのなら、こん
なにも大々的に駆除の被害に遭うこともなかっただろう。

「ゆっくちしちぇいっちぇにぇ!!」

 二匹が突然の声に振り返ると、そこには一匹の赤れいむがいた。顔も髪もリボンもボロボロでお世辞にもゆっくりしていると
は言い難い。

「れーみゅ! れーみゅ! あんまりとおくにいっちゃだめにゃのよ? ……ゆゆっ?」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねてきたのは赤れいむと同じくらいのサイズの赤ありすだった。赤れいむと赤ありすが二匹並んで、再
び挨拶をした。今度はまりさとちぇんも挨拶を返す。嬉しそうに微笑む二匹の元に、成体のれいむ種がずりずりとあんよを這わ
せて現れる。さらにその後ろからは五、六匹の赤ゆが連なって跳ねてきた。最初は子だくさんなゆっくりだと思っていた二匹だ
ったが、ちぇん種やぱちゅりー種もその中にいた。どうやらただの大家族というわけではなさそうだ。

「ゆっくりしていってね!!!」

「ゆっくりしていってね!!! ゆ~? このちびちゃんたちはみんな、れいむのちびちゃんたちなの?」

「ゆぅ……ちがうよぉ」

「れーみゅおきゃーしゃんはにぇっ! まりしゃたちのおきゃーしゃんにゃんだよっ!!」

「むきゅ! ぱちゅのおきゃーしゃんはえいえんにゆっくちしちぇしまっちゃのよ……。 だきゃら、いまはれーみゅおきゃー
しゃんがぱちゅたちのおきゃーしゃんにゃのよっ!」

 “むっきゅん!”と顔全体を後ろに反らしながら得意気に話す赤ぱちゅりー。どうやら、れいむの元に集まる赤ゆたちは様々
な理由で親を失った孤ゆたちのようである。れいむがまりさとちぇんに苦笑いをしてみせた。ちぇんは微笑みを浮かべると、

「わかるよー……。 れいむはやさしいゆっくりなんだねー……」

「ち……ちがうよぉ……。 れいむはちびちゃんをそだてることぐらいしかできないから……。 それにちびちゃんたちがひと
りだとゆっくりできないからいっしょにいてあげたいだけだよ……」

「ゆゆっ! れーみゅおきゃーしゃんはやさしいんだよっ! ゆっくちりきゃいしちぇにぇっ!!」

 赤れいむが叫ぶ。それに続いて他の赤ゆたちも「ゆんゆん」とれいむに声をかけていた。本当に信頼されているのだろう。初
対面のまりさとちぇんにもそれがよく分かった。こんなにもたくさんの赤ゆたちに一度にすーりすーりをされているゆっくりを
今まで見たことがない。れいむと赤ゆたちの幸せそうな笑顔を見ていると、先刻の惨劇が遠い過去の出来事であったかのような
錯覚を起こす。

「まりさとちぇんはこんなところでなにをしているの?」

「ゆゆっ! まりさたちはね、もりにかえるためのじゅんびをしているんだよ」

「もりに……かえるの……? いいな。 れいむもいっしょにかえりたいよ。 だれにもじゃまされずにゆっくりしたいよ」

「ゆゆっ? ゆっくち! ゆっくちしちゃい!!」

 はしゃぐ赤ありすにそっと頬を寄せるれいむ。まりさとちぇんはしばらく顔を見合わせていたが、“れいむ一家”が住んでい
る場所は森へと続く通り道にある。途中で合流してもらう分には構わないだろうと判断した二匹は、ぱちゅりーに相談してみる
ことをれいむに告げるとれいむは嬉しそうに微笑んでいた。
 街で暮らすゆっくりの中には故郷の森に帰ることを願っているものたちもたくさんいることだろう。二匹は“れいむ一家”と
別れたあと、やはり誰にも見つかることなく廃材置き場へと無事に戻ってきた。その事をぱちゅりーに話すとぱちゅりーは快く
承諾してくれた。“みんなでいっしょにかえりましょう”と言って嬉しそうに笑っている。
 廃材置き場の野良ゆたちの夢はどんどん膨らんで行った。都会からの脱出計画は、ゆっくりにとっても人間にとっても幸せに
なれる道だと考えている。人間たちは自分たちのことが嫌いみたいだ。だから、自分たちは自分たちで森へ帰る。自分たちは森
に帰りたい。双方に有意義なものであることをぱちゅりー以下群れのゆっくりたちは確信していた。
 そんな、ある夜。

「めでぃあさん?」

 聞きなれない言葉にまりさとちぇんとありすが顔を傾げた。ぱちゅりーは少しだけ真面目な顔つきで“メディアさん”につい
て説明を始めた。

「ぱちゅのおかあさんからきいたはなしだけれど……にんげんさんは“めでぃあさん”をつかっていろんなひとにはなしかける
ことができるらしいわ」

「それが、ありすたちとなんのかんけいがあるのかしら……?」

「ぱちゅたちが、もりにかえりたがっていることを“めでぃあさん”にたのんでにんげんさんたちにつたえてもらえないかしら
とおもって……」

「わかるよー! きっとにんげんさんたちもよろこぶんだねー!!」

「まりさたちはにんげんさんたちにきらわれてるから……まりさたちがここからでていくことをつたえれば、まりさたちもにん
げんさんたちも“しあわせー”になれるよね……っ!!」

 嬉しそうにはしゃぐ。ぱちゅりーが今後の展望を話して聞かせた。メディアを通じて自分たちの気持ちを人間に伝える術を探
ること。この時、まだ誰も理解していなかった。自分たちの残された時間を考えれば、そんなことをしている余裕などなかった
ことを。 





「ゆんやぁあぁあ!!!」

「ちびちゃあぁぁぁん!! やめてねっ!! にんげんさんっ!!! どぼじでごんなごどずるのぉぉぉぉ?!!」

 橋の下に作られた段ボール製のおうちが無残に破壊されていく。その中には生まれたばかりの赤ゆたちが取り残されていた。
ぐしゃぐしゃになった段ボールの隙間から餡子がぽとり、ぽとりと落ちてくる。保健所職員……白衣の悪魔たちはれいむ以下四
匹の赤ゆがひっそりと暮らしていたおうちを徹底的に破壊し、れいむをゴミ袋の中に投げ込んだ。

「ゆゆっ?! まっくらでこわいよっ!? だしてねっ!! だしてねっ!!!」

 ガサガサとゴミ袋の中でもがき続けるれいむをコンクリート製の橋脚に思い切り打ち付ける。

「え゛ぎゅっ!!!」

 気持ち悪い叫び声を上げたが最後、河川敷は唐突に静かになった。

「おきゃーしゃん……」

 段ボール箱から運よく逃れた赤れいむが「ゆっくち! ゆっくち!」と叫びながら職員から距離を取ろうとする。後ろからそ
っと近づいた職員は赤れいむを持っていた火ばさみで突き殺した。ほんの一瞬だった。職員は堤防沿いに止めてあった公用の軽
トラックの荷台に段ボールやゴミ袋を載せるとそのまま走り去って行く。
 それらはゴミ収集所へと送られる。県内各地から集まったゴミ袋の数は千や二千のものではない。保健所で殺処分されたゆっ
くりや、交通事故などで潰れたゆっくりなどが一気に集められてくる。ある程度ゴミ袋の数が纏まってから一斉に焼却処分を行
うのだ。

「だすんだぜぇぇぇ!!!」

「ごわいよぉぉぉ!!!」

 当然、その中にはまだ生きているゆっくりたちが入っている事もある。しかし、先ほどのれいむ同様どれだけ袋の中で暴れよ
うと決して脱出することはできない。積み重ねられたゴミ袋の山に火が放たれた。一瞬でゴミの山は火の山へとその姿を変えて
いく。

「ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

「あ゛づい゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!!」

 いつ頃からか、ゆっくり用のゴミ袋が店に出回るようになった。自らゆっくりを積極的に潰そうとする市民はいないが、その
意識を向上させるためなどの意図が組み込まれている。いよいよもって保健所だけでは手が回らなくなってきたのだ。しかし、
自分たちが勝手に連れてきたゆっくりが街で繁殖を繰り返したせいで増えたからと言って、「では皆で潰しましょう」と啓発を
促すのは明らかに無理がある。
 野良ゆによる被害は少しずつ……少しずつ拡大し始めていた。テレビのニュースなどでゆっくりの話題が出る事も珍しくない。
ゆっくりは人間が思っていた以上に知恵が回った。正確には知恵をつけてきたと言える。ゆっくりは無知で脆弱ゆえに無害とさ
れてきた生き物だ。それが人間と生活を共にした事で、本来野生で生きるには必要のない知恵を身に付けてしまった。餌を求め
てゴミ箱を漁るゆっくり。主に標的にされたのは意外にも表通りに設置されてあるゴミ箱だ。ゆっくりたちは理解し始めていた。
人間が自分たちを潰す事に抵抗を覚えているということを。人通りの多い場所で駆除のためとはいえ、ゆっくりを叩き潰そうも
のなら批難の的にされる。一瞬にして増長した野良ゆたちが一列縦隊で並び我がもの顔で街を闊歩するようになるまで時間はか
からなかった。

「すいません! すいません! すぐに現場に向かいます……っ!」

「今度はなんだ?!」

「交差点のど真ん中でゆっくりが十匹ほど跳ね飛ばされて、餡子でスリップした車が対向車と衝突をしたらしい。そのまま玉つ
き事故だ」

 市役所、警察署、保健所。あらゆる機関に毎日苦情の電話が殺到する。その対応に追われ職員たちは疲れ切っていた。ゆっく
り対策緊急本部も設置され、二十四時間体制でゆっくりに関係する処理に当たっているのだ。
 また、徒党を組んだ野良ゆたちによる児童を狙った窃盗事件も起こり始めていた。これに対し教育関係者たちは小学校四年生
以下を対象に集団下校を徹底させ、児童の身の安全を確保する対策を取らざるを得なくなったのだ。

「いつまでゆっくりをのさばらせておくつもりなの?! 子供たちが安全に登下校できる環境を作るのがあんたたちの仕事なん
でしょっ!? 早くゆっくり共をなんとかしなさい!!!」

 “潰せ”とは言えない。相手は仮にも生き物だ。害を及ぼしているものが虫であれば誰もかれもが殺虫剤を片手に片っぱしか
ら駆除を行っただろう。なぜなら虫は喋らないから。野良犬であれば保健所に送ったであろう。なぜなら犬は人間の言葉を話さ
ないから。しかし。ゆっくりは自分たちと同じ言葉を同じように使う。
 人間に対抗するための唯一にして最大の武器。それが、“人間と同じ言葉を喋る”ということだった。それが直接防衛手段に
結びつくことはなくとも、人間がゆっくりを潰すことに躊躇いを覚えるのは間違いない。仕事でもなければ断末魔を上げる野良
ゆを叩き潰すなど、一般人にとっては正気の沙汰ではないはずだ。それゆえ、一般人はゆっくりを潰せない。近所の体裁もある。

 この時期。もっともゆっくりたちが街でゆん生を謳歌している時代だったと言えよう。


三、

 夕日が街を赤く染めていく。人間もゆっくりも等しく帰路へと着いていた。一日の仕事に疲れ切った人間たちの視界にゆっく
りは入らない。歩道をずりずりと移動していても、それを気に留める者は少なかった。「あぁ、ゆっくりがいるな」くらいにし
か思っていないのだろう。ゆっくりに関わることのない一般人の反応などは大体こんなものだった。苦情を出す者。受ける者。
街のゆっくりに対する扱いに関してあれこれと考えているのはごく一部の人間でしかなかったのだ。その他大勢の人々にとって、
ゆっくりは心底どうでもいい生き物だったと言える。
 それでも、廃材置き場で暮らす野良ゆたちは時折遠くから聞こえる同族の悲鳴に怯え身を寄せ合っていた。徐々にではあるが
聞こえてくるゆっくりの悲鳴は日を追うごとに増えてきているように感じる。そして、その感覚は間違ってはいなかった。街は
ゆっくりに対する策を講じ始めていた。とは言ってもまだまだ保健所職員などが駆り出される頻度が増したくらいのもので、街
全体に影響を与えるようなものではなかったが。

「むきゅ。 あれをみてちょうだい」

 ぱちゅりーの視線の先にあるのはビルの前に設置されている大型のテレビ画面だ。たまに行き交う人々が足を止め、テレビに
映し出された映像をぼんやりと眺めている。目の前のバス停に座っている女子高生たちもそれに視線を向けていた。
 まりさとちぇんはぱちゅりーの言う“メディアさん”がどういったものかを理解した様子で目を丸くしたまま動かない。あの
テレビ画面に映し出された自分たちが“人間さんの街からゆっくり出て行くよ!”と嬉しそうに話す姿を妄想すると、自然と顔
がニヤケてしまう。自分たちで出て行くと言うのだから人間にしても大助かりのはずだ。そう確信していた。事実、殺される恐
怖も殺す手間も省けるのだ。

「でも、どうやってあの“めでぃあさん”のなかにはいればいいの……?」

「そうだねー……。 あんなににんげんさんがたくさんいるところにはいっていったら、ゆっくりできなくさせられちゃうよー」

「むきゅぅ……」

 さすがにそこまではぱちゅりーにも分からない。時計が午後七時を指す。夕方のニュースが始まったようだ。路地裏の入り口
付近から人間たちと同じようにテレビ画面を眺める三匹。そこに映し出されたのはゆっくりの姿だった。三匹が互いの顔を見合
わせる。
 ニュースのテロップには“増えるゆっくり被害・駆除活動追い付かず”との文字が見えたがぱちゅりーたちには何と書いてあ
るかが分からない。ニュースの内容は主に“飼いゆっくりブームの終了から野良ゆの蔓延”までがドキュメンタリー調で報道さ
れており、保健所職員たちによる現場での生々しい声が伝えられていた。しかし、テレビの音声はぱちゅりーたちの元までは届
かない。テレビ画面の中には人間の家の中で幸せそうに暮らすゆっくりの姿があった。その姿を自分たちが幸せに飼われていた
頃と重ねてしょぼくれる。どれからともなく三匹は廃材置き場へと無言で引き返した。
 メインのニュースはぱちゅりーたちがその場を去って行ったあとに始まったのだ。テレビは保健所などに寄せられた苦情や事
件をまとめて一斉に報じている。周囲でテレビを眺めていた人間たちは、“その話題”に移ってから注目を始めた。人間は直視
すべき問題の取捨選択をする。ブームを巻き起こした飼いゆっくりの話題などに興味はなかった。それはもはや過去の出来事で
しかない。しかし、今ブラウン管を通じてニュースが伝えているのは現在の出来事である。テレビ画面には薄汚れた野良ゆの家
族や、意地汚くゴミ箱を漁る数多のゆっくりたちの姿が映し出されていた。人々が眉をしかめる。極めつけは野良ゆの起こす事
件を処理する職員たちの悲痛な声。
 それらのニュースが終わった後に数人の女子高生たちが野良ゆについての会話を始めた。

「ていうかさ、……ゆっくりってキモくない?」

「だよねー。 なに生意気に街で暮らそうとしてんのって感じ……?」

 到着したバスの中に乗り込みながらそんなやり取りを交わす。辺りには夜の帳が下りようとしていた。淡く瞬く星々。夜空を
見上げれば人間にもゆっくりにも等しくその光は映ることだろう。しかし、人間の見る世界とゆっくりの見る世界は同じのよう
に見えて、全く異なるものであったのかも知れない。
 街灯の光も届かない廃材置き場に戻ってきたぱちゅりーたちの暗い表情に気がついたのか数匹のゆっくりたちが寄ってくる。

「どうしたのぜ……? なんだかげんきがないんだぜ……?」

「むきゅっ……なんでもないのよ……」

 まりさの無事を喜ぶありすが微笑んで頬をすり寄せる。ちぇんが二匹の微笑ましい様子を見ながらぱちゅりーを壊れた傘の向
こう側へと呼び寄せた。

「どうしたのかしら?」

「あのね……ぱちゅも、いちどだけかわまでのみちをおぼえたほうがいいとおもうんだねー」

「むきゅ。 そうね。 それじゃあ、あしたはぱちゅもいっしょにおでかけすることにするわ」

 ぱちゅりーでしか気付けない事もあるだろう。計画の首謀者たる自分が移動ルートを把握していないわけにはいかない。ちぇ
んとの話し合いで明朝、やはり、まりさとちぇんと一緒にぱちゅりーも堤防までは行ってみることになった。孤ゆと共に暮らす
というれいむにも会って話がしてみかったのだろう。

「ゆ……ゆっくりしていってね……っ!」

 廃材置き場に見慣れないゆっくりが現れた。ありす種とみょん種のゆっくりである。一目で野良と分かる風貌で怯えながら声
をかけてくる様子を見て、ぱちゅりーは無言で微笑みと一緒に挨拶を返した。最近、こうして廃材置き場の群れと一緒に暮らす
事を願うゆっくりが増えてきているようである。幸い、廃材置き場は広く新たにおうちを作るスペースには事欠かない。事情を
聞くとやはり、人間に飼われていたところを捨てられてしまったというごくありふれた話であった。この群れで暮らす第二世代
のゆっくりとは別に、新たに捨てられてしまうゆっくりも後を絶たない。

「ありがとう……っ! ほんとうにありがとう……っ!!」

 ありすとみょんが泣きながら群れのゆっくりたちに礼を言う。その涙は他のゆっくりたちと同様、やり場のない怒りと悲しみ、
そして暖かな優しさに心打たれた事により溢れたものであると言える。二匹はずりずりと積み上げられたコンパネの後ろに這っ
て行った。
 眠りにつくゆっくりたち。そんな中、ぱちゅりーが一匹で星空を見上げている。ぱちゅりーの母親ゆっくりである親ぱちゅり
ーは、森の中から見上げる星空の美しさを何度も語って聞かせてくれた。人間に飼われていた頃は天井に遮られ星空がどんなも
のかを知ることはできなかったが今は違う。あのゆっくりできた日々はどうやっても帰ってこないが、その代わりに得た物も決
して少なくはなかった。ぱちゅりーは仲間と共に生きていくことの大切さを野良になって初めて学んだ。そして、一緒に頑張れ
ばどんなことだってできるのだと信じる力を手に入れた。この気持ちを森で暮らすゆっくりたちに伝えたかった。野良として過
ごした時間は決して無駄にはならないだろう。

「ぱちゅ……」

「ちぇん。 どうしたのかしら……? こんなよるおそくに……。 れみりゃにたべられちゃうわよ……?」

「それはぱちゅもおなじなんだねー……」

「……むきゅきゅ。 ……そうね」

「ぱちゅ。 あのおはなしのこと……かんがえてくれたのかな……?」

「ちぇんとずっといっしょにゆっくりしてほしい、というはなしのことかしら……?」

 ぱちゅりーは少しだけ恥ずかしそうに目を伏せた。ちぇんは頬を真っ赤に染めながらぱちゅりーの横顔を覗きこんでいる。ち
ぇんはぱちゅりーに恋心を抱いていた。どれだけ危険な役目を担おうとも、それを遂行する強い意志の原動力はぱちゅりーへの
想いからくるものである。

「もりにかえるまでは……まってくれないかしら……?」

「りかいしたよー……。 こんなだいじなときに、こんなはなしをしてごめんねー……」

「き、きにしないでちょうだい……。 そ、その……ぱちゅもみんながもりにかえるまでは、いそがしいから……」

 ちぇんが呆けたような表情を浮かべる。それが月明かりにほんのりと照らされぱちゅりーの視界に映し出された。今度はぱち
ゅりーが頬を染める番だ。ぱちゅりーもちぇんの事が好きだった。無事に、森に帰ることができたのならば、ちぇんのプロポー
ズを受け入れて共に静かに暮らしたいと願うほどに。

「じゃあ……もりにかえれたら……?」

「む、むきゅぅ……///」

 二の句を継げないでいるぱちゅりーの仕草をちぇんはプロポーズの肯定と受け取っていた。真夜中だというのに太陽のような
笑顔を浮かべてぱちゅりーに頬をすり寄せる。邪気は無かった。親愛の意味を込めて、ちぇんは優しく、儚く、切なく、ぱちゅ
りーの頬に触れている。ぱちゅりーもまた、それに応えた。

「ぜったい、いっしょにもりにかえろうねー……っ!」

「むきゅ。 とうぜんよ。 それで、みんないっしょにしあわせー!になりましょう」

「やくそくだよっ?」

「やくそくよ」

 夜の冷たい空気が二匹の頬を撫でた。見つめ合う二匹は動かない。それから一呼吸置いて、どちらからともなく笑みを浮かべ
た。
 野良ゆたちの悲願。未だ見ぬ故郷。思い描く夢。その夢が、二度と醒めない魔法をかけるために日々を過ごしてきた。自分た
ちは人間と一緒に暮らすことはできない。それを知ってから長い月日が流れた。人間たちにしてみれば僅かな時間であったかも
知れない。それでも、野良ゆたちにとっては永遠にも等しい時間だったと言える。
 梅雨が近づいているというのに穏やかな天気が続いていた。野生で暮らすゆっくりたちは自然の恩恵を受けながらはしゃいで
いる事だろう。その夜ぱちゅりーは夢を見た。ゆっくりでも夢を見る事があるのだ。見覚えのない景色の中に灰色の床や壁はな
い。緑色の柔らかい草の絨毯の上でのんびりと日向ぼっこをしている。ただ、それだけの夢。
 翌朝。ぱちゅりーは涙を流していた。ぱちゅりーを起こしにきたちぇんとまりさが不安そうに覗きこむ。ぱちゅりーは一瞬だ
け戸惑ったような表情を浮かべたが、すぐにいつもの沈着冷静な顔に戻った。まりさが散策の準備をするために一度おうちへと
帰っていく。残ったちぇんは無言でぱちゅりーの頬にぺーろぺーろをした。ぱちゅりーが“ありがとう”と呟く。支度を終えた
まりさが廃材置き場の真ん中で待機していた。二匹揃って仮の巣穴から這い出す。少しだけ纏わりつくような湿気があり、気温
よりも体感温度は高く感じた。

「それじゃあ、ゆっくりしゅっぱつするよ」

「むきゅ。 ゆっくりりかいしたわ」

 まりさとちぇんに守られるような形であんよを這わすぱちゅりー。野良として今日まで生きてきたぱちゅりーは守られなけれ
ばならないほどに弱い存在ではない。しかしぱちゅりーは群れのリーダーに当たる。万が一の事が起きてはならない。三匹は物
陰に隠れながらずりずりと移動を続けた。

「そのれいむはゆっくりできているのかしら……?」

「れいむはゆっくりしたゆっくりだとおもうよー……。 でも、ちびちゃんたちをそだてるのがいそがしくて、ゆっくりするじ
かんはあんまりなさそうだねー……」

「むきゅー。 やさしいのね」

 人通りが少ないうちに大きな道路を横切る。体力を温存するためにあんよをずりずりと這わせていたが、ここだけはぴょんぴ
ょんと飛び跳ねなければならない。少しだけ息が乱れたぱちゅりーを休ませた後、再びあんよを堤防へと向ける。まりさもちぇ
んも道筋を正確に記憶しているようだった。ぱちゅりーが何度も二匹にあんよを運ばせたのにはこういう意図があったのだろう。
お世辞にも自分たちは記憶力が良くない。だがさすがに一日置きくらいに同じ場所へと通えばゆっくりと言えども記憶すること
ができるようになる。ゆっくりたちが多少なりとも知恵を身に付けたのは、毎日街で辛い生活を送ってきたからだ。

「や゛べでよ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ッ!!!」

 朝の澄んだ空気を切り裂くかのような悲鳴が上がった。まりさとちぇんが顔を見合わせる。聞き覚えのある声だ。ぱちゅりー
を後方に配置してゆっくりとあんよを進める。三匹とも額に冷や汗が伝っていた。

「い゛ち゛ゃい゛ぃ゛ぃ゛!! お゛ぎゃーじゃあ゛ん゛っ!! だじゅげちぇぇぇ!!!」

 三匹の視界に飛び込んできたのは数人の小学生男子。そして少年の手の中にいる赤ゆたち。れいむが泣きながらアスファルト
に額をこすりつける姿。

「おねがいだよっ! ちびちゃんたちをおろしてあげてねっ!! すごくこわがってるよ!!!」

 哀願するれいむの顔が滑稽に映るのか少年たちは声を上げて笑っている。指で下腹部を圧迫された赤まりさが小さな口からポ
トポトと餡子を吐き始めた。眉を潜める小学生の一人。

「うわっ! 汚ぇ!! なんだコイツ!!!」

 赤まりさがアスファルトに叩きつけられた。その衝撃で小さな体の皮が一瞬で弾け飛び餡子を四方に散らす。もはや形を成さ
ない体で痙攣を起こしている。消え入るような声で「おかあさん……」とつぶやいていたが、しばらくしてピクリとも動かなく
なってしまった。

「もっちょ……ゆ、っく……――――」

「う……うわああぁぁぁぁ!!!!」

 れいむがボロボロと涙をこぼしながら跳ね寄る。崩れた赤まりさの残骸に必死で舌を這わせていた。

「ちびちゃん!! ちびちゃん!! ゆっくりしないでなおってね!! ぺーろぺーろ!!!」

「治るわけねーじゃん!!」

 言い放ちれいむを蹴り上げる少年。宙に舞ったれいむは堤防にぶつかった後、斜面をごろごろと転がり落ちてきた。その様子
がまたツボに入ったのか大笑いをする。

「ゆっくり、ってさ。 案外簡単に潰れるんだなー」

「見ろよあの顔。 ゆっくりのくせに何泣いてるんだよって感じじゃん」

 ぱちゅりーたちがガタガタと震えていた。目の前の人間たちは“白衣の悪魔”ではない。それなのにどうして執拗にれいむ親
子を潰しているのだろうか。違和感はそれだけではなかった。あの笑顔。なぜ、人間たちは笑っているのだろう。それも、あん
なに楽しそうに。顔をぐしゃぐしゃにして大泣きしているれいむとの対比があまりにも異常に感じた。

「おきゃーしゃああああん!!!!」

 掴まれていた赤れいむが手の中から逃れようとあんよを滅茶苦茶に動かしていた。

「くすぐってぇ……けどなんか気持ちわりぃ!!」

 それだけ言って赤れいむの顔を真っ二つに引き千切った。勢いよく口が裂けた瞬間、呻くような短い声と一緒に大量の餡子が
吐き出される。舗装された道路の上にボトボトと餡子が落ちた。赤れいむは口を中心に上下に引き裂かれている。即死だったの
だろう。目玉は裏返り白目を剥いている。その姿を見たれいむが更に大声を上げた。それを面白がってれいむの顔面に蹴りを入
れる。息苦しさに折られた歯と一緒に餡子を吐き出しながらも、子供たちの身を案ずるれいむは本物の母性を持つ母親ゆっくり
の姿だ。しかし、無邪気ゆえに残虐な少年たちの前でその優しさや想いはまるで意味のないものだった。赤ちぇんの尻尾が引き
千切られる。びくびくと痙攣を起こしながら助けを求める赤ちぇんを踏み潰す少年。れいむはもう声を上げる気力さえ残ってい
ないようである。それでも少年たちの“遊び”は終わらない。“遊び”の目的はれいむのリアクションを楽しむ事から、無抵抗
の赤ゆを潰すことにすり変わっていた。

「ありしゅのあにゃるしゃんがぁぁぁ!!!」

 赤ありすのあにゃるに自身の幅の三分の一ほどもあるサインペンが突き刺された。あにゃるを引き裂かれる激痛に身を捩る。
少年はサインペンを摘み、動くことのできない赤ありすの顔面を何度も何度も固いアスファルトに打ち付ける。最初のうちは叫
び声を上げて抵抗を試みていたが、すぐに動かなくなってしまった。既に赤ありすは死んでしまっているのだろう。それによう
やく気付いた少年が壊れた玩具に飽きたかのような表情であにゃるからサインペンを引き抜き、絶命した赤ありすを堤防の向こ
う側に投げ捨てた。赤ぱちゅりーは束ねた髪の毛を全てむしり取られてしまったいる。その禿頭を消しゴムのようにしてアスフ
ァルトにこすりつけられた赤ぱちゅりーは摩擦熱と擦り傷のせいで、中身を大量に吐き出しすぐに死んでしまった。赤みょんは
れいむの足下に勢いよく叩きつけられて爆散した。最後の最後まで「助けて」、「ごめんなさい」と繰り返す叫び声がれいむの
脳裏に纏わりついて離れない。
 ほんの一瞬の出来事だった。ぱちゅりーたちは絶句してその場を動くことができない。さっきまで七匹も目の前にゆっくりが
いたのに、今はれいむ一匹だけだ。恐ろしくて声も出すことができなかった。少年たちがれいむに歩み寄る。れいむは涙を流し
ながら少年たちを睨みつけていた。その顔が癇に障ったのか少年の一人がれいむの揉み上げを片方踏みつけて、その自由を奪っ
た。打ち合わせたかのようにもう一人の少年がれいむを蹴り飛ばす。固定されていた揉み上げは根元から千切れ飛び、れいむは
堤防に作られたコンクリート製の階段に叩きつけられてしまった。うつぶせのような姿でぶるぶる震えている。

「こらぁっ! あんたたち!! さっさと学校に行きなさい!!!!」

「やっべ! 遅刻しちまう!!! おい、もう行こうぜ!!! こいつはまた“帰って来てから蹴って遊ぼう”!!!」

 本当に無邪気な笑い声を上げながら走り去っていく少年たち。ぱちゅりーたちはその後ろ姿を呆然と見ている事しかできなか
ったのだ。
 惨劇が終わりを告げた。辺りが静寂に包まれる。後に残されたのはぐしゃぐしゃになってひしゃげた顔のようなもの。まき散
らされた餡子。被害に遭ったのが赤ゆたちばかりだったせいか飛び散った量は少ないように感じた。しかし、実に七匹分の命が
アスファルトにこびりついている事を思えば一種のおぞましさを感じさせるに十分な量である。同じように散在する髪の毛や飾
り。見ようによっては凄惨な事故現場を連想させるその地獄の中で、母親であったれいむが呆然と立ちつくしていた。そのあん
よの下にぽたぽたと涙が落ちる。

「ちびちゃん……どうして……どうしてぇ……? とてもゆっくりしたいいこたちばっかりだったのに……。 ゆぅ……ゆぐっ、
ひっく……ゆああああん!!!!」

 まりさの目から涙が溢れた。自分たちと同じ目に遭わされたれいむの姿に過去を重ねているのだろう。擦り傷だらけのれいむ
の元にぱちゅりーがそっと近寄る。れいむは自分に近づく気配に恐れ慄き逃げようとしたのか、バランスを崩して後ろ向きに倒
れてしまった。

「ゆあぁ……やめて……やめてよぉ……!!」

 顔面蒼白で「やめて」と繰り返すれいむの瞳は暗く淀んでいた。不自然なまでに流れ出る汗の量も常軌を逸している。ぱちゅ
りーを視界に入れてもれいむの恐慌状態は一向に収まる気配がなかった。

「こ……こないでねっ!! こないでねっ!!! れいむ、なんにもわるいことしてない……してないよぉ!! だからいたい
ことしないでねっ!!! ゆんやあぁぁ!!!」

 駄々をこねる子供のように顔を横に激しく振りながら大粒の涙を流す。そこに先日出会ったときの優しい母親ゆっくりの面影
は微塵も残されていなかった。

「れいむ……」

「こないで、っていってるでしょぉぉぉ??!!!」

 れいむの体当たりがぱちゅりーを捉えた。突き飛ばされてごろごろと転がるぱちゅりー。慌ててまりさとちぇんがぱちゅりー
に駆け寄る。気がつくとれいむはいつの間にか三匹の視界から消えてしまっていた。気温と湿気のせいか三匹もまた大量に嫌な
汗をかいている。ぱちゅりーは少しだけ苦しそうな表情を浮かべていたが、やがてポツリと呟いた。

「……いまはそっとしておいてあげましょう……」

「ゆ……そうだね」

「でも、かならずあのれいむもいっしょにもりへつれてかえりましょう。 ぱちゅはあのれいむのことをほうってはおけないわ」

「わかるよー。 ちぇんもおなじきもちなんだねー」

 三匹は堤防を後にした。いつまでもここに留まってはいけないような気がしていたのだ。ずりずりとあんよを這わせて路地裏
を引き返す。三匹の胸中は様々だった。トラウマを揺さぶられたまりさ。ちぇんはみょんの事を思い出しているのだろう。ぱち
ゅりーは、初めて見た人間の行動パターンの違和感について考えを巡らせていた。
 人間たちの嬉々とした笑顔。ぱちゅりーも白衣の悪魔に仲間が潰されてしまうところを見てしまったことがある。しかし、彼
らはあんな表情を浮かべていなかった。あんなに笑い声を上げながら自分たちを襲いはしていなかった。

(いったい……どうしてなのかしら……?)

 戸惑いを隠せないぱちゅりー。じっとりした空気が紫色の髪に絡まる。急に不安感に煽られたぱちゅりーがあんよを止めた。
遅れて二匹も立ち止まって振り返る。

「どうしたのー?」

 ちぇんがぱちゅりーに声をかけると、我に返ったようにぱちゅりーが笑顔を作って見せた。それが取り繕いの笑顔でしかない
事はまりさもちぇんも、本人も理解している。嫌な予感だけが頭の中をちらついていた。何かが起ころうとしているのだ。しか
し、その何かが何なのかを知る術はない。不安は他者に伝わる。先ほどの惨劇もあってか三匹は言葉を失ってしまった。思考回
路がフリーズしかけているのだ。こうなってしまったゆっくりはしばらくその場を動くことができない。

「……おうちにかえりましょう」

 振り絞るように呟いたぱちゅりーの言葉が二匹の金縛りを解く。それからとぼとぼと廃材置き場まで戻ってきた三匹は誰にも
何も言わずにそれぞれのおうちに戻ってしまった。ありすが心配そうにまりさに何があったのかを尋ねるが、まりさは答えよう
とはしなかった。ありすもそれ以上深く追求しようとはしない。何かあったに違いないのだ。言いたくなければそれでも良かっ
た。
 ぱちゅりーはおうちの中でずっと考えているようだった。心の底から恐れる人間は“白衣の悪魔”だけと言っても良かったの
だ。それ以外の人間であれば、出会ってすぐに逃げ出せばわざわざ追いかけてくるような者はいなかった。しかし、今日の惨劇
を引き起こしたのは“白衣の悪魔”以外の人間である。それが何を意味するか。そう遠くない将来、全ての人間が自分たちを執
拗に排除する日が訪れるのではないのだろうか。それを思うとぱちゅりーは震えが止まらなかった。これまで自分たちが何とか
生き延びてこれたのは、執拗にゆっくりを追い回す人間の絶対数が少なかったからだ。人間の数は凄まじい。あんなにたくさん
の人間が一度に襲ってきたら、どんなに賢いゆっくりでも即座に叩き潰されてしまうだろう。

「むきゅぅ……。 ぱちゅたちのことがきらいなら、そういってくれればいいのに……。 なにもいってくれないから、ぱちゅ
たちもにんげんさんとなかよくするほうほうがすこしもわからないわ……」

 考え続けているうちに眠ってしまったようだ。ちぇんがおうちの中に飛び込んできて自分を叩き起こすまでぱちゅりーは泥の
ように眠り続けていた。慌てるちぇんをジト目で睨みつけながらぱちゅりーが身を起こす。

「れいむが……あのれいむが、“めでぃあさん”のなかにはいってるんだねー!!!」

「……?」

 ちぇんの後を追って飛び跳ねるぱちゅりー。そこにはまりさとありすがいた。二匹とも路地裏の隙間から大きなテレビ画面を
食い入るように見つめている。ぱちゅりーもそこへ視線を向けると、確かにそこにはれいむがいた。朝、会ったときと同じよう
にボロボロの状態である。大画面にアップで移されたれいむが泣きながら、恐ろしい形相で何か叫んでいる。

「ゆ゛があ゛あ゛あ゛ッ!!! ゆ゛っぐり゛でぎな゛い゛にんげんざんはじね゛ぇッ!!! れいむは……に゛んげん゛ざん
なんで、だいっぎら゛い゛だよッ!!! あ゛っぢにいっでね゛!!! すぐでいい゛よ゛ッ!!!!!」

 威嚇をしながら画面いっぱいに広がるれいむの顔。テレビカメラに向けて体当たりをしているのだろう。四匹がガタガタと震
え出す。

「れいむ……そんなことを、にんげんさんにいったら……」

「じね゛ッ!!! じんでじま゛ぇ゛ぇ゛!!! れいむはぜったい゛にゆ゛る゛ざないよっ!!!」

 路地裏の入り口を歩いていた主婦二人がテレビを見ながら会話をしている声が四匹に届いた。

「ゆっくりって怖いのね……」

「あんなのが街の中にいるなんて危なくてしょうがないじゃない。 ゆっくりなんかに子供がケガさせられたら、保健所に頼ん
で一匹残らず殺してもらわなきゃ」

 ありす以外の三匹がうつむいて唇を震わせた。れいむも、子供を殺されたからあんなに怒っているだけなのだ。あんな酷い事
をされても自分たちは怒ることもできないのか。悔しくてたまらなくなって、自然に涙が溢れてくる。ゆっくりにしてみれば、
逆ギレ以外の何物でもない。しかし、それを主張することはできないのだ。人間とゆっくりは決して対等などではない。野良で
生きるぱちゅりーたちはそれを痛いほどに理解していた。

「……にんげんさんは、ゆっくりできないね……」

 翌朝。まりさとちぇんが堤防まで行ってみたがそこにれいむの姿はなかった。どこか遠くに逃げてしまったのだろうか。そう
だと信じたい。二匹は辺りに漂う赤ゆたちの死臭に耐えられなくなり、足早にその場を後にした。ゴミ捨て場に捨てられていた
ボロボロの赤いリボンは目に留まらなかったようだ。




四、

 それからしばらくして、初めて地区単位によるゆっくりの一斉駆除が行われた。早朝、まだ眠っているゆっくりを巣ごと破壊
するのだ。逃げ惑うゆっくりも一匹残らず追いかけて潰した。成体、子ゆ、赤ゆ、種族問わず片っぱしからあらゆる方法で殺さ
れていく。この段階になって他のゆっくりたちもようやく気がついたようだ。自分たちがあまりにも弱い存在であるということ。
徒党を組んで人間の領域に入り込み、それが上手くいっていたゆっくりたちほど意外にも事態の深刻さを深く理解していた。な
ぜなら、人間が徒党を組んだのだ。自分たちよりも遥かに強い人間たちが自分たちを殺すためだけに。

「ごべんな゛ざい゛ぃ゛ぃ゛!!!」

 どれだけ命乞いをしてもそれを聞いて躊躇う人間は少なくなってしまった。ゆっくりを生き物ではなく喋る害獣として淡々と
駆除を行っているように思える。少しずつ人間の意識は変化し始めていたのだ。その引き金を引いたのは他ならぬ自分自身。

「だずげでぐだざい゛い゛ぃ゛ぃ゛!!!」

 黙々と叩き潰す人間たちの横顔はまるで機械のようだった。ゆっくりたちは調子に乗りすぎていたのだ。自分たちを潰せない
のをいいことに好き放題やっていた。それを見た人間たちはついに自らゆっくりに手を下すことを決意したのだ。先日のニュー
スで出た「人間は死ね」と言っていたれいむの影響も強い。迷惑な害獣から、殺すべき敵へとその意識を変えたのだ。殺戮の矛
先は街で暮らす全てのゆっくりに向けられた。

「どおしてこんなことするのぉぉぉぉ??!!!」

「ひどいよぉぉ!! れいむたち、ゆっくりしてただけなのにぃぃぃぃぃ!!!!」

 いつの世も、人々は事象の側面しか見ることができない。街には二種類のゆっくりがいる。人間の領域に集団で侵入し、社会
を荒らし回るゆっくり。人間から隠れ、静かにひっそりと暮らすゆっくり。本当に悪事を働いていたゆっくりも、本当に何も悪
い事をしていないゆっくりも、等しく人間たちに潰される。一部のゆっくりのせいで、全てのゆっくりが命を脅かされる事とな
ったのだ。
 その余波は廃材置き場で暮らすゆっくりたちにまでも及んでいた。とは言っても、このゆっくりたちが暮らす地区はまだ一斉
駆除は行われていない。その代わりに多くの難民と化したゆっくりたちが集まってきたのだ。廃材置き場の周辺にもゆっくりの
姿を多く見かけるようになった。

「むきゅー……。 こまったわ……。 こんなにたくさんゆっくりがあつまっていたら、すぐににんげんにみつかってしまうわ」

 今のところ、人間たちが廃材置き場まで入ってきた事は無い。ここはできるならば視界に入れたくない都会の負の遺産だ。そ
れに加えて決して明るいとは言えないこの路地裏の奥で、ゆっくりたちの反撃に遭うのを恐れているという面もあったのかも知
れない。ここにも、堤防のれいむがニュースで叫んだ言葉が影響を及ぼしていたのだ。ぱちゅりーたちはそれには気づいていな
かったがメディアの及ぼす影響力というものがどれほどのものか、身をもって示していたのである。
 そんなある日のこと。

「皆さん! 今日は都会のゆっくりたちのコミュニティ……。 路地裏の奥にあるという廃材置き場で暮らすゆっくりたちの姿
を見てみようと思います!」

 白昼の路地裏に数人の人間たちがついに廃材置き場へと侵入してきたのだ。入り口付近で暮らしていたゆっくりたちが飛び起
きて奥へと逃げて行く。ニュース番組の取材だった。ぱちゅりーたちは気づかないだろうが、堤防で暮らすれいむをカメラに収
めたのもこのテレビ局である。彼らは都会で暮らすゆっくりたちの特集を組んでいた。なぜか。それは暗にゆっくりがどういう
場所を好んで住みつくかを一般人に周知する意図が組まれている。人間たちはあらゆる手段を使って、ゆっくりたちに対して先
手を打ち始めていたのだ。

「ぱちゅ~~~!! たいへんなんだね~!!!」

 ちぇんとまりさが勢いよくぱちゅりーのおうちに駆けこんできた。ぱちゅりーも外が騒がしいのは気づいていたので、難しい
表情をしている。

「……にんげんさんが、きたのね?」

「そ、そうだよ……っ。 ど、どどど……どうしよう。 みんな、えいえんにゆっくりさせられちゃうよっ!!!」

「……ぱちゅが、にんげんさんとおはなしをしにいってくるわ」

「だ、だめだよーー!! ぜったいゆるさないんだねーーー!!!」

「……どうして? ぱちゅがなにもしなくても……きっと、もう、みんなぶじではすまないはずよ……?」

「みんでいっしょにもりにかえる、っていったよねーーー!!!」

「むきゅ。 いっしょにかえるために、にんげんさんとあってくるのよ」

「わ、わからないよー……」

 ぱちゅりーがのそのそとおうちを出て行った。ぐるりと辺りを見回すと、ゴミの隙間のあちらこちらからゆっくりの不安そう
な顔が覗いている。ぱちゅりーは、ずりずりと廃材置き場の中央へとあんよを進めた。テレビカメラを持った男が廃材置き場の
中をゆっくりと歩いている。リポーターの若い女性もゆっくりたちの住処に興味津々のようだ。

「下手に手を突っ込まないほうがいいですよ。 噛まれるかも知れない」

「そうなんですか?」

「――――あなたたちは、ゆっくりの事を知らなさすぎる」

 黒服に身を包んだ長身の男が静かに言い放つ。リポーターの女性が少しだけ怯えている。

「ぱちゅたちは、そんなことはしないわ」

 テレビ局の人間たちの前に一匹のゆっくりが現れた。カメラをそちらに向ける。不気味なほど静まり返った廃材置き場の真ん
中でぱちゅりーと人間たちが対峙した。
 リポーターの女性がテレビカメラに向き直り喋り出す。

「みなさん! ゆっくりがいました……! 確かぱちゅりー種です」

「むきゅ? ……にんげんさんは、ぱちゅのことをしっているのかしら……?」

「――――カメラを止めろ」

「え?」

 黒服の男がぱちゅりーへ歩み寄った。ぱちゅりーは黒服を見上げたまま動かない。

「お前がこの群れのリーダーなんだな」

「むきゅ。 そのとおりよ。 おにいさんはゆっくりできるひとかしら?」

「――――知らんな」

「おにいさん。 ぱちゅ、ゆっくりおねがいがあるのだけれど、きいてもらえないかしら……?」

「言ってみろ」

「……ぱちゅに、“めでぃあさん”とおはなしをさせてちょうだい。 にんげんさんたちにつたえたいことがあるのよ」

 静かに言葉をつなぐぱちゅりーに、リポーターを含めた局の人間が戸惑いの表情を浮かべていた。いつのまにか、ぱちゅりー
の言葉に耳を貸してしまっている。そして、このゆっくりが人間に何を伝えようとしているのか純粋に興味があった。

「――――局に連れて行け。 取材は終わりだ」

 黒服の無感情な物言いに眉を吊り上げるカメラマン。慌てて他のスタッフがなだめに入る。

「駄目ですよ! “公餡”の言うことは絶対だって言われてるじゃないですか!」

「抱きかかえて連れて行くんですか?」

「好きなように持って行くといい」

「むきゅきゅ。 ぱちゅはわがままはいわないわ。 にんげんさんたちのあとをついていくだけでもかまわないのよ?」

 結局ぱちゅりーは若い男に抱きかかえられてテレビ局の車へと乗り込んで行った。人間の気配が完全に無くなったのを見計ら
い、たくさんのゆっくりたちが広場に集まってくる。どのゆっくりも不安で表情を曇らせている。自分たちの中で最も頭の良い
ぱちゅりーが人間たちに捕まってしまった。少なくとも、ゆっくりたちにはそう見えた。

「ぱちゅりー……」

 ゆっくりたちが呟く。薄曇りの空の下、ゆっくりたちはぱちゅりーが無事に戻ってくることだけを願っていた。眠気も、空腹
も忘れてしまうほどに。
 ちぇんは巣穴の中でずっと泣いていた。大好きなぱちゅりーが人間と共にどこかへ行ってしまったことが不安で仕方がないの
だろう。ちぇんは、一度みょんが人間に連れ去られたところを見ている。その時の光景とダブってしまっているのだろう。涙が
絶え間なく溢れてくる。ぱちゅりーを失うのが怖くて怖くてたまらなかった。
 まりさもありすも、おうちの中で震えていた。人間たちはこの場所を覚えた事だろう。自分たちよりも遥かに記憶力のある人
間たちがこの場所を忘れるはずがない。それは、いつ人間たちがここに現れて自分たちを殺しに来てもおかしくないという事だ
った。また目の前で仲間を失うのが、怖くて、怖くて、たまらなかった。
 日が陰っていく。ゆっくりたちは動かない。皆、ぱちゅりーの帰りをひたすら待っていた。信じてはいたが、数匹のゆっくり
たちはぱちゅりーが既に永遠にゆっくりしてしまったのだと諦めているものもいた。人間たちは恐ろしい。自分たちを平気で殺
す。そんな人間たちに捕まってしまったぱちゅりーが無事で済むわけがないのだ……と。

「むきゅ」

 廃材置き場に聞き慣れた声が響いた。群れのゆっくりたちが一斉に広場へと飛び出す。そこにはぱちゅりーがいた。ゆっくり
たちが歓声を上げる。ちぇんも恐る恐るぱちゅりーの元へと近寄って行った。

「どうしたのかしら?」

「ぱちゅ……? ぱちゅなんだよね?」

「むきゅきゅ。 そうよ」

「よかったよーーー!!! ゆわーん、ゆわーん!!!」

 ぱちゅりーに頬をすり寄せながら泣き叫ぶちぇん。それを見て周りのゆっくりたちも一安心と言った様子だ。余談ではあるが、
ちぇんがぱちゅりーの事を好きだということを知らないゆっくりは一匹もいなかった。だから、ぱちゅりーの無事と嬉しそうに
涙を流すちぇんの顔を見て、ホッとしたのだろう。ずりずりとあんよを這わせておうちの中へと戻っていく。いつのまにか、ま
りさとありすも二匹の元へとやってきていた。

「むきゅ。 みんなで“めでぃあさん”のところへいきましょう」

「どうして?」

「ぱちゅは、“めでぃあさん”とあって、おはなしをさせてもらったのよ。 “めでぃあさん”はぱちゅたちのきもちをにんげ
んさんにつたえてくれるとやくそくをしてくれたわ」

「そ、それじゃあ……っ!!」

「むきゅ。 みんなでいっしょにもりへかえりましょう!!」

「ゆ、ゆっくり~~~~~~!!!!」

 “ゆっくり”。この言葉を使ったのは久しぶりだった。いよいよ森へと帰る時が来たのだ。ぱちゅりーの話によれば、人間た
ちは思った以上に自分の言葉を真剣に聞いてくれたらしい。人間たちが自分たちの事が嫌いなら仕方がない。だから、自分たち
で森へ帰る。その言葉に対して異論を唱える者はいなかったと言う。その想いを他のたくさんの人間たちに必ず伝えると約束し
てくれた。そして、ぱちゅりーは少しも酷い目に遭わされずにここへ帰してもらった。

「やさしいにんげんさんもいるんだねー……」

「むきゅ。 そうよ。 ぱちゅたちも、にんげんさんも、おなじなのよ」

「どういうことなの?」

「やさしいゆっくりもいれば、わるいことをしてしまうゆっくりもいる。 ……ぱちゅたちも、にんげんさんはみんな、こわく
てゆっくりできない、っておもいこんでいたのかもしれないわね……」

「いつか……にんげんさんとなかよくなれるひがくるかな……??」

「すぐにはむりかもしれないけれど……。 いつかきっと、にんげんさんたちもゆっくりのことをすきになってくれるひがくる
とおもうわ。 ……ぱちゅは、そう、しんじていたい」

 自分たちが生きている間は無理かも知れない。でも、自分たちの子供の子供の……そのまた子供たちなら、仲良く人間と一緒
にゆっくりと過ごす日が来るかも知れない。そんな夢のような光景を瞼の裏に思い浮かべながら、四匹は路地裏の入り口へとあ
んよを跳ねさせた。軽やかなジャンプは心の奥で閉ざされていた扉が解放されたことによるものだろう。まだ見ぬ森に想いを馳
せると自然に涙が溢れてくる。泣くのは早いと分かっていても、溢れてくるのだ。ぱちゅりーはそれだけでなく、新しい希望を
自分たちに見せてくれた。遠い未来、人間とゆっくりが仲良く暮らす優しい世界。飼いゆっくりとして飼い主と一緒に過ごした
時間の記憶は消えてしまったわけではない。ゆっくりたちの多くは、なぜ自分たちが捨てられたか理解していないものが多かっ
た。だから、本心では仲直りを望んでいるゆっくりたちも少なくはない。

 だが。現実はそんな夢を簡単に打ち砕いた。

「どういうこと……なの?」

「わからない……わからないよー……」

「ぱちゅ、りー……?」

「そ、そんな…………。 そんな……っ!!!」

 大画面の中で人間と話をするぱちゅりー。“メディアさん”の中のぱちゅりーは、静かな声でテレビの前に集まっていた人間
たちに語りかけていた。

「にんげんさんはゆっくりできないげすばかりだわ。 ひっしにいきているぱちゅりーたちをゆっくりさせてくれないなんてあ
んまりよ。 ぱちゅりーは、けんじゃだから……ばかなにんげんさんとはちがうのよ? やさしいぱちゅりーたちをおこらせた
らどうなるか……ゆっくりとおしえてあげるわ」

「具体的にはどうするんですか?」

「きまっているでしょう……? にんげんさんたちがぱちゅりーたちをころしにくるんだから、ぱちゅりーたちもにんげんさん
たちをころしにいくわ」

「殺す……? ゆっくりが、人間を……?」

「そうよ。 ぱちゅりーたちはもうがまんのげんっかいっ!だわ。 にんげんさんたちはぱちゅりーたちのことがきらいでしょ
う……? ぱちゅりーたちも、にんげんさんたちのことが……だいきらいだわ」

 そのニュースに釘付けになっているのは、ぱちゅりーたちだけではない。そこに集まる人間たちも食い入るようにテレビを見
つめていた。

「むきゃきゃ!! かくごしてちょうだいっ!!! ぱちゅりーたちをゆっくりさせないげすなにんげんさんは……っ!! み
んなでせいっさいっ!してやるわ!!!!!」

 ガタガタと震えるぱちゅりーを三匹が見つめる。ぱちゅりーは口をパクパクと動かしていた。三匹はぱちゅりーを廃材置き場
へと移動させる。それでも震えが収まらないぱちゅりーに三匹が静かに頬をすり寄せた。ようやく落ち着きを取り戻したのか、
ぱちゅりーが消え入るような声で呟く。

「……いってない……。 あんなこと、ぱちゅはひとことも……いってないわ……っ」

「で、でも……」

 “メディアさん”の中にいたのは間違いなくぱちゅりーだった。疑いの念を持つのは当然のことである。ちぇんがまりさの前
に立ちはだかった。

「まりさ! ゆっくりしてよー! ぱちゅが、あんなことをいうわけがないんだねー!!!」

「おねがいよ……しんじてちょうだい……。 しんじて……っ!!」

 泣きながら訴えるぱちゅりーの姿を見る限り、嘘をついているようには見えない。まりさがぱちゅりーに謝った。ありすもそ
れに続く。しかし、何故こんなことになってしまったのだろうか。人間を制裁するなどと言ったら、どれほど人間たちが怒るか
分からない。
 まだニュースは続いていた。それは告知である。明日、保健所による大規模なゆっくりの一斉駆除を行うとの通達。一般市民
によるボランティア活動も積極的に促されていた。明日は休日である。テレビで流れた“ぱちゅりー”の言葉が数多の引き金を
引いた。保健所には駆除活動のボランティア参加表明の電話が殺到していたのである。街の人間たちが一つになった。全ては、
街で暮らす野良ゆっくりを一匹残らず殲滅するために。
 一方で、少しだけ落ち着いたぱちゅりーは群れのゆっくりたちを広場に集めて宣言した。

「むきゅ!! みんな、ゆっくりきいてちょうだいっ!!!」

 静まり返る一同。

「いまから、みんなでもりにむかってかえりましょう!!!」

 突然の計画実行に戸惑いを隠せないゆっくりたち。ぱちゅりーは仲間のゆっくりたちが納得するまで懇々と説得を続けた。人
間たちが本気で自分たちを殺しにやってくるかも知れない事。ここに固まっていれば皆一緒に捕まって永遠にゆっくりさせられ
てしまうかも知れない事。群れのゆっくりたちはようやく重い腰を上げた。

「ゆゆっ! ゆっくりすすむよ! そろーり! そろーり!!」

「もりにかえるまえにごはんさんをむーしゃむーしゃしようね!!!」

「ゆっくち! ゆっくち!!」

「かわいくってごめんねっ!!!」

 若いゆっくりはぴょんぴょんと廃材置き場を飛び出して行った。家族連れのゆっくりは赤ゆに合わせて移動をしている。動き
はバラバラだった。こればかりはぱちゅりーたちではどうすることもできない。ぱちゅりーが苦々しい顔で空を見上げた。今日
は星空が見えず、月に傘がかかっていた。

「……むきゅっ! ぱちゅたちもいきましょう!!」

「ゆっくりりかいしたよ!!」

「わかったんだねー!!」

「みんなでもりにかえりましょう!!!」

 最後尾をぱちゅりーたちが進む。

 午後十時三十七分。夜の街の中、ゆっくりたちが大移動を始めた。決死の脱出劇の始まりである。





 会議室に三人の男たちが集まっていた。保健所の所長。テレビ局のプロデューサー。黒服の男。

「――――どうですか。 これなら、街中の野良ゆを一斉に駆除することができるでしょう」

「……そうだな。 ……感謝はしている」

「むきゅ。 だからはじめからぱちゅりーたちにたのんでいればよかったのよ」

 床に一匹のぱちゅりー種がいた。ナイトキャップに金色のバッジがつけられている。プロデューサーが黒服に質問をした。

「このぱちゅりーに付いているバッジは一体なんなんですか?」

「公餡に所属するゆっくりの証ですよ」

「これだけで分かるもんですかねぇ……」

「そのバッジには発信器と識別番号が振ってあります。 まぁ、私たち公餡の人間が自分たちの組織に所属するゆっくりと他の
ゆっくりを見間違えるなどあり得ない話なので必要はないのですが」

「むきゅ。 さっきからしつれいよ。 ぱちゅりーたちのおかげで、“くじょ”のじゅんびがととのったくせに!」

 喚く金バッジのぱちゅりーが気に入らないのか所長が悪態をついた。

「多額の依頼金を出してお前みたいな若造しか寄越さないとはな……っ!!」

「――――すみませんね。 今はちょっと九州支部の尻ぬぐいで有能な連中が出払ってまして」

 野良ゆ対策に追われて疲弊し切った保健所は公餡・関東支部に助力を申し出た。それで派遣されたのがこの黒服の男である。
男はあっと言う間に一般市民を使った野良ゆ包囲網を作り上げた。全ては明日の一斉駆除のためだけに焦点を合わせて。野良ゆ
の特集は全て公餡によって仕組まれたものだった。人々はゆっくりを自分たちに近しい何かと勘違いしている。ならば、ゆっく
りの負の面だけにスポットを当て、報道を繰り返すことで「ゆっくりはどうしようもない害獣」という世論を作り上げたのだ。

「あの野良ぱちゅりーにも、発信器を仕掛けてあります。 あの群れだけは街から出してはいけません」

「何故だ?」

「人間と関わった熊が、人間を襲う人食い熊になるという話はご存じでしょう?」

「ははは。 ゆっくりが人間を襲うようになるか! 傑作だな」

「……まぁ、街で得た人間の知識を野生の群れに持ち帰られるのはよろしくない。 あの野良ぱちゅりーの目的は街を出る事だ
と言ってましたね?」

「そうだが……?」

「……ゆっくりが道具を使うようになったのも、徒党を組んで悪さをするようになったのも、全て人間から得た知識です。 そ
れを野生に伝えたらどうなるか……」

 一呼吸置いて、続ける。

「森で暮らすゆっくりの大群が徒党を組んで、街を襲撃しにくる……なんてことも考えられますよ」

 腹を抱えて笑う所長とプロデューサーを金バッジぱちゅりーが睨みつける。黒服の男はクスリと笑った。

「……既に農村部でゆっくりによる畑荒らしの被害に遭っている農家もいるというのに、呑気な連中だ……」

 聞こえないように、そう、呟いた。


五、

 ゆっくりたちが夜の路地裏を這いずり回る。それは希望に満ちた行進であるはずだった。状況を飲み込めていない多くのゆっ
くりたちはともかく、ぱちゅりーたちの表情は暗い。曲がり角の向こう側。電柱の陰。自分たちの視界に映らない場所のそこか
しこに脅威が潜んでいるような気がしてならなかった。堤防への道筋は何度かちぇんが群れのゆっくりたちに教えていたので、
向かう方向だけは統一されている。しかし、足並みは揃わない。
 だが、考えようによっては不幸中の幸いとも言える。有事の際、固まって行動していたら一網打尽にされるかも知れない。暗
がりの中を進むぱちゅりーたちは街灯の明かりだけを頼りにあんよを進めていた。

「ゆぅ……くらくてよくみえないよ……」

「わかるよー……。 なんだかいつもとちがうばしょにむかってるようなきがするんだねー……」

 もちろんそれは夜の闇が見せる錯覚だ。ゆっくりたちは確実に堤防へとあんよを向けている。しかし、昼と夜の風景の違いが
まりさやちぇんの感覚を狂わせているのだ。不安な気持ちがあんよを鈍らせてしまう。何度も何度も後ろを振り返りながらずり
ずりと移動することになった。その分、ぱちゅりーとありすは周囲の様子に気を配る事ができる。
 刹那。

「ゆ゛っぎゃあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」

「?!」

 湿った空気を切り裂く叫び声。ゆっくりたちが思わずあんよを止めた。

「れみりゃだぁぁぁぁ!!!!」

「……ッ!?」

 夜はれみりゃの時間だ。それは以前ぱちゅりーも語っていたことである。人間の動きにばかり気を取られていたせいか、捕食
種の存在にまで頭が回らなかった。
 れみりゃは笑顔で固定されたような表情を浮かべ空を飛び回り、地を這うゆっくりを貪り食らう夜の帝王である。辺りが暗い
せいでれみりゃが何匹いるのか、どこにいるのか、それさえも把握できない。

「い゛だい゛ぃぃ!! やべでぇ!! ありずはお゛い゛じぐないわ゛ぁ゛!!!」

 れみりゃがありすに牙を突き立てたようだ。泣き叫ぶ声がぱちゅりーたちの元にまで届く。暗闇の中、散り散りになって逃げ
惑うゆっくりたち。出発してから一時間と経過しないうちに群れは離散してしまった。れみりゃは三匹ほどで路地裏の上空を旋
回している。動きの遅いゆっくりを狙って急降下し一撃で柔らかい皮を食い破っていく。

「ゆああ!! こっちこないでね!! ぷくー……んっぎゃあああああ!!!!」

「れいむのがわいいちびちゃんがあぁぁぁ!!!!」

 ゆっくりの叫び声に気づいた付近の住民が家から飛び出してきた。事態は最悪の展開へと変化していく。しかし。れみりゃも
人間もゆっくりたちを深追いする事はなかった。
 雨が降り始めてきたのである。日中は薄曇りで冷たく湿った風が吹いていた。不幸は終わらない。路地裏にゆっくりが雨を凌
ぐような場所はなかった。何匹かのゆっくりは意を決して人間の家の庭に入り込んだり、植え込みの中に顔をねじ込むような形
で雨を遮っている。突然降り出した雨に対応できなかったゆっくりたちは体の小さな赤ゆを中心に次々と溶けていった。ふやけ
た皮から中身の餡子が漏れていく。

「ゆあああ! まりさのなかみさん!! ゆっくりしないでもどってね!!!!」

「もっちょ……ゆっくちしちゃかっちゃ……」

「ちびちゃん! おかあさんのぼうしのしたにはいってね!!!」

「あんよがうごきゃにゃいよぉぉぉぉぉ!!!!」

「だずげでぇぇぇぇ!!!!」

 四方八方からゆっくりたちの泣き叫ぶ声が上がる。絶叫と悲鳴による荘厳なオーケストラをバックミュージックにぱちゅりー
たちはガタガタ震えていた。
 ぐずぐずに溶けて動けなくなったゆっくりが雨に打たれ続けその命を散らしていく。あまりにも儚い命だ。人間に追われ、捕
食種に狙われ、雨に打たれても消えてゆく。これ以上に脆弱な存在が果たしてこの世に存在したであろうか。それでも、ゆっく
りたちは生きる事を願う。世界は自分たちに対して決して優しくはなかった。

「まりさ……」

 ちぇんが見ている方向に顔を向けるとそこには街灯に照らされたゴミ捨て場があった。堤防付近に設置されていたものである。
それに気づいたのかまりさとちぇんが顔を見合わせて「ゆっくり~!」と歓喜の声を上げた。ぱちゅりーたち四匹のゆっくりが
休んでいるのは路上に駐車していた車の下だ。水は近くの側溝に流れていくためにあんよが水に濡れることもない。落ち着いて
避難場所を探すことのできたゆっくりたちの大半は降り続く雨を見つめながら互いに身を寄せ合っていた。

「もう、おくちのなかからでてきてもいいよ」

 一部のゆっくり親子は赤ゆを口の中に避難させることで難を逃れたようだ。
 口の中に入ったまま親ゆが溶けて死んでしまい、そのまま一緒に溶けて命を落とした赤ゆも決して少なくはない。側溝の下に
潜り込んで雨を凌いだつもりが流れ込んできた水によって命を奪われたゆっくりもいた。

「ぱちゅの……せいだわ……」

「とかいはじゃないわ! ぱちゅりーのせいじゃないわよ!」

「そうだよ! すぐにでもしゅっぱつしないとにんげんさんたちにゆっくりできなくさせられちゃうところだったよ!」

「そうだねー……。 あかるくなってからかわさんをめざしてもにんげんさんにみつかってしまったとおもうよー……」

 本心でかけられた言葉がぱちゅりーの心を熱くさせる。

「ゆっくり……ありがとう」



 その一方で、黒服と所長は大きめのモニターに映し出された街の地図とその中で点滅するマークを見つめていた。点滅してい
るのはぱちゅりーに付けられた発信器の位置を示している。ぱちゅりーが夜のうちに移動を始めたことは保健所サイドに筒抜け
であった。

「――――おそらく、野良ぱちゅりーと一緒に廃材置き場に住み着いていたゆっくりの殆どが……あるいは全部が行動を共にし
ているでしょう」

「危険を察知でもしたのか……?」

「そこまではわかりません。 しかし、あの野良ぱちゅりーたちはどうやら川を遡って森に帰ろうとしているらしいですね。 
どうしてなかなか知恵が回る」

「じゃあ明日の駆除は……」

「街の中心部と河川敷を中心に行えば問題ありません。 詳しい作業場所の説明は当日行うとしましょう。 私は野良ぱちゅり
ーの動きを見ておきます。 あなたは先に休んでいてください」

「……わかった」

 所長が部屋を出て行く。金バッジぱちゅりーは既に眠りについていた。

「どこか一箇所に追い詰める必要があるな……」

 黒服、いや公餡のやり方は徹底されているようだ。ゆっくりを対等な存在と見て対策を練っている。事実そこまでしなければ
野良ゆを全滅させることはできないだろう。この街の実情を見ていればそれが理解できる。黒服が注目したのは川に架かる三本
の橋。

「……討ち漏らしたゆっくりは、ここで死んでもらうとするか……」




 早朝。
 小鳥の囀りに目を覚ましたぱちゅりーが寄り添う三匹をそっと起こす。雨は上がっていた。通り雨だったようである。気がつ
けばずりずりとあんよを這わせる別のゆっくりたちがちらちらと視界に入ってきた。ぱちゅりーたちも無言のまま、車の下から
這い出す。そして堤防へ向かってぴょんぴょんと飛び跳ね移動を開始した。アスファルトの階段を登って河川敷を見下ろす。大
きな川が下流に向かって流れていた。ぱちゅりーたちが堤防を上流へと向かって動き始める。気がつけば数匹のゆっくりが同じ
方向へあんよを這わせていた。川の流れる方向とは反対へ進むという事は記憶していたのだろう。再三ぱちゅりーが語って聞か
せていたおかげと言える。

「みかけないゆっくりもいるね」

 廃材置き場に住むゆっくり以外のゆっくりも同じような行動を起こしていた。おおかた、何匹かのゆっくりが街で見かけたゆ
っくりを脱出に誘ったのだろう。川沿いに百匹に僅か足りないほどのゆっくりたちが集まってきている。一様に上流へと向かっ
てジャンプをしていた。
 時計が午前七時を示している。
 街の中心部に集められた保健所職員とボランティアの一般参加者に拡声器を使って一日の方針を伝えるのは所長だ。傍らには
黒服が控えている。

「――――であるからして、我々は一刻も早く野良ゆっくりを一匹残らず駆除しなければならいのであります!!! それでは、
街の中心部と河川敷に別れて作業を開始してください!!」

 説明が終わると同時に一斉に人間が散開し始めた。手にはゴミ袋と火挟みが握られている。街の要所要所にゆっくり回収専用
のトラックが停車していた。普通の野良ゆであればまだ活動を開始していない時間である。

「おい……」

 一人の参加者が木の下に不自然に積み上げられた枝やビニール袋を発見した。忍び寄りそれをひと思いに取り払う。突然おう
ちの天井部分を破壊されたまりさ親子は飛び起きて叫び声を上げた。

「ゆわぁぁぁ!!!」

「や、やめてねっ! れいむたちのおうちをこわさないでねっ!!!」

「おきゃーしゃん、きょわいよぉぉぉ!!!!」

「ぷきゅー!!」

 無言で火挟みを二匹の親ゆっくりに突き立てる。引き裂けんばかりに口を開いて絶叫する親ゆを執拗に殴打する人間たち。二
匹の親ゆはすぐに死んでしまった。三匹の赤ゆはわけもわからずガタガタ震えている。小さな瞳からぽろぽろと涙をこぼす赤ゆ
たちを人間たちは容赦なく踏み潰してゴミ袋の中に放り込んだ。

「ゆんやぁぁぁ!!! こっちにこないでねっ!! どうしてついてくるのぉぉぉ?!」

 逃げ惑う数匹のゆっくりを追いかけて殴りつける。

「ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ、……」

 全身を駆け巡る激痛に息を漏らすれいむ種が動きを止めた瞬間、揉み上げを掴まれアスファルトに叩きつけられた。顔の半分
が潰れたれいむ種は即死である。壊れた饅頭をゆっくり回収車の中に投げ込んだ。

「ごわいよ゛ぉぉぉ!!」

 成体ゆっくりも子ゆっくりも、目の前で繰り広げられる虐殺劇に怯え震えている。ゆっくりが必死に作ったおうちはいともた
やすく破壊され、その中で泣きながら命乞いをするゆっくり親子を一匹残らず叩き潰す。物陰の奥に隠れて叫び声を上げるゆっ
くりも引きずり出して息の根を止めた。公園の敷地内を逃げ回る赤ゆも一匹ずつ追い詰めて正確に潰して回る。草の根をかき分
けてまで生き残りのゆっくりを探す人間たちの行動が、いかに本気で一斉駆除を行っているかを窺わせていた。いつもならばや
り過ごせていたはずのゆっくりも隠れ場所を暴かれて絶望しながら死んでいく。

「どぼじでごんな゛ごどずるのぉぉぉ??!!!」

 悲痛な問いかけに答える人間は誰一人としていない。

「だずげでぐだざい!! おでがいじばずぅぅぅ!!!!」 

 赤ゆたちを庇うように前に出て額を地面にこすりつけるゆっくりの頭をそのまま踏み潰す。目の前で絶命した母親ゆっくりを
見て泣き声を上げる前に二匹の赤ゆは潰されてしまった。街中のゆっくりたちが悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らしたように逃
げ惑う。人間たちはどこまでも追いかけてきた。どこに逃げても人間たちが待ちかまえている。ボランティアの参加者の中には
バールや鎌などといった個人の“道具”を持参している者もいた。それぞれの凶器が振り下ろされゆっくりが次々と弾け飛ぶ。
何を言っても聞き入れる様子のない人間たちに、野良ゆたちは恐れ慄いていた。恐怖でしーしーを漏らす成体ゆっくりも淡々と
潰されていく。駆除から逃れようと交差点に飛び出したゆっくりが四トントラックにはねられて爆散した。草むらに顔だけ突っ
込んで尻をぶるぶると震わせているゆっくりのあにゃるに鎌を突き刺して引きずり出すと、痛みに泣き喚いてのたうち回るその
ゆっくりを動かなくなるまで徹底的に殴打し続けた。バラバラに砕かれる歯。千切れる皮、揉み上げ、髪の毛、伸ばした舌。そ
こにゆっくりという生き物が存在した痕跡そのものを完全に消し去ろうとせんばかりの勢いで叩き伏せる。

「もう、やめてくださいぃぃぃ!!! まりさたち、ゆっくりしてただけなのに……どうしてこんなことするのぉぉぉぉ?!!」

 街のあらゆる場所からゆっくりたちの声が上がった。もう、全てが手遅れだった。ゆっくりたちは人間を完全に敵に回してし
まっていたのである。
 叫び声は風に乗って河川敷にまで微かに届いていた。河川敷、堤防の上、堤防脇の道路。それぞれのルートでゆっくりたちが
逃げ続けている。ゆっくりたちの全力疾走は、人間が早歩きをする程度のスピードしかない。逃げ切れる道理はなかった。事実、
ろくに隠れるスペースもない河川敷ではあらゆる場所でゆっくりが激痛に身を捩らせ叫び声を上げている。地獄絵図だった。河
川敷に散らばるゆっくりの残骸。飛び散った餡子。転がる目玉。千切れた体を必死に動かそうともがき続ける赤ゆ。パニックに
陥り川の中に飛び込んで逃げようとしたゆっくりたちの飾りが下流に向けて流されている。それでもなお、駆除活動は続いてい
た。顔面がボコボコに凹んでいながらもかろうじて生きている野良ゆが人間の目を盗んでその場を逃れようとしている。人間た
ちはそれさえも見逃さなかった。まともに動くことすらできないゆっくりの顔に何度も何度もハンマーで叩きつける。殴られる
たびに揉み上げをびくんと動かし、「ゆ゛っ」と短く呻き声を上げた。

「もうやだぁぁぁ!!! おうちかえるぅぅぅぅ!!!!!」

 在りもしない居場所に帰ると叫ぶ野良ゆを二人がかりで押さえつけて殴り続けた。

「ゆ゛ぶっ!! ゆぼぉっ?! ゆ゛げぇッ!!! ゆ゛ぐぅっ!!! ゆ゛んぎい゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!! ……い、い゛
だい゛よ゛ぉ゛ぉ゛!!!!!」

 一斉駆除の説明を受ける際に、ゆっくりは完全に死ぬまで殴り続けるように言われた。体の小さな赤ゆを一匹ずつ踏み潰すの
は面倒になってきたのか、摘み上げられた赤ゆが次々と川の中に投げ込まれていく。

「おしょらをとんでりゅみちゃ……ゆぴゅぇッ?! ゆんやぁぁぁ!!! おみじゅしゃんはゆっくちできにゃいぃぃぃぃ!!!! ……ゆ゛ぶぶぶぶぶぶ……」

「ゆっくりにげるよ!!! そろーり! そろーり!! どぼじでにんげんざんがいる゛の゛ぉぉぉぉ?!!」

 河川敷を逃げ回るゆっくりたちはほぼ完全に包囲されていた。それでも駆除は追いつかない。街の中心部から逃げてきた野良
ゆたちが次々に合流していくからだ。駆除に参加していた人間たちにも疲労の色が見え始める。

(信じられん……。 こんなにたくさん……いやがったのか……)

 ゆっくりの数は人間たちの想像していた絶対数を遙かに上回っていた。一体これほどの数のゆっくりがどうやって街の中に潜
んでいたのだろうか。人間たちは苦情の件数やニュースで見かける野良ゆの集団などでしかゆっくりの総数を把握してなかった。
表舞台に現れて世間を騒がせていた野良ゆは全体のほんの一部に過ぎなかったのである。
 駆除に参加した人数は約七十人。それだけの人数で野良ゆを全滅させるのは物理的に不可能だった。保健所所長ががっくりと
肩を落とす。

「全滅させるのは無理だ……数が多すぎる……」

「今日一日で全滅させる必要はありません。 大切なのは一般市民にゆっくりが駆除すべき対象である事を知らしめることです
よ」

「……どういうことだ?」

「今、この街の市民にとってゆっくりを駆除することは“常識”になりつつあります。 その風潮はやがて“見かけたゆっくり
はまず潰す”という意識に変わっていくでしょう。 街のあちこちにゆっくり用のゴミ箱を設置するといい。 ゆっくりは動き
回るゴミでしかないという考え方を植え込んでいけばいいんです。 ……ゆっくり、とね」

 黒服が冷たい笑みを浮かべた。
 なおも続くゆっくりたちの絶叫。ボランティアの一般参加者も粘り強く駆除に当たっていた。思惑は成功していると言えるの
かも知れない。これまでのように泣きすがるゆっくりに慈悲をかける者はいなくなった。

「どこににげればいいのぉぉ?! ゆっくりしないでおしえてねっ!!! しんじゃうよぉぉぉ!!!!」

「おきゃーしゃあああん!!! どきょぉぉぉ?!! ひちょりにしにゃいでぇぇぇ!!!」

「ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ……」

 駆除開始から既に二時間が経とうとしている。休日とはいえそろそろ街が動き始める時間帯だ。街の中心で一日中駆除を行う
事はできない。駆除の舞台は街の中心部から河川敷へと移っていった。あれだけ潰したにも関わらず河川敷では今もなお百をゆ
うに越えるゆっくりたちがぴょんぴょん飛び跳ねて逃げ続けていた。ゆっくり回収車も堤防脇の道路に縦列駐車で停まっている。
川の下流に流れていくゆっくりの飾りの数もどんどん増えていく。

「ゆんやぁぁぁ!!! おきゃーしゃんもいっしょじゃにゃいちょ、いやぁぁぁぁ!!!」

「ちびちゃん。 ゆっくりりかいしてね。 ちびちゃんだけでもゆっくりにげてね!!!」

 一匹のまりさ種が自分の帽子の中に二匹の赤ゆを入れてそれを川に浮かべていた。このまりさ種は命の次に大切とされる帽子
を犠牲にしてまで我が子を守ろうとしていたのだ。そこへ人間が迫ってくる。

「……ゆっくりしていってね!!!」

 まりさが口でついと、帽子を川に向けて押しやる。岸から離れていく帽子。その中から赤ゆたちが飛び跳ねてまりさに助けを
求めていた。だがまりさは一瞬で人間によって叩き潰されてしまう。まりさの死骸はそのまま川に蹴り込まれた。

「ゆんやああぁぁぁ!!!!」

 長い棒きれを帽子に引っかけて止める。

「や、やめちぇにぇっ!! やめちぇにぇっ!!!」

 何をされるかの予想はつかないが嫌な予感だけはするのだろう。必死になって懇願する赤ゆたちの入った帽子を棒きれで傾け
て転覆させた。それからしばらく何か喚いていたが、赤ゆたちが水面から顔を出すことは二度となかった。

「ゆはぁっ、ゆはぁっ……!!」

 ぱちゅりー以下三匹のゆっくりたちはあえて路地裏の中を通って川に並行するような形であんよを動かしていた。数多の仲間
が次々と目の前で潰されていくところが瞼に焼き付いている。涙目のまま、無心でひたすらアスファルトの上を跳ね続けた。

「ゆっくりがいたぞ!!!」

 自分たちの遙か後方から人間たちの声が上がる。四匹とも死を覚悟しながらもあんよを止めることだけはしなかった。足音が
どんどん近づいてくる。後方を移動していたまりさとありすはお互いの顔を見合わせて頷くと、あんよを止めて迫る人間へと向
き直った。ぱちゅりーとちぇんが二匹に向かって何か叫んでいる。それをかき消すかのようにまりさとありすが大声で叫んだ。

「ぱちゅりー!!! まりさたちにごはんさんをむーしゃむーしゃさせてくれてありがとう!!!」

「ありすたちはとかいはなぱちゅりーたちのことを、ずっとずっとわすれないわ!!!だから……」

「「ゆっくりにげてね!!!!」」

「むきゅぅぅ!!! だめよ!! みんなでいっしょにもりにかえるっていったでしょぉぉ?!」

「わからないよー!!! まりさもありすも、いっしょににげるんだねー!!!!」

「ぱちゅりー……。 にんげんさんにみつかったら、なかまをおいてでもにげなきゃいけない、ってぱちゅりーがおしえてくれ
たんだよ」

「そうだわ。 ありすたちは……ごはんさんのおれい、これぐらいしかできないから……」

 ぱちゅりーが泣きながら叫ぶ。

「いっしょにゆっくりできることのほうがだいじだわっ!!!!」

 ちぇんがぱちゅりーの髪の毛を咥えて引っ張った。ぱちゅりーがずりずりと引きずられる。ちぇんはまりさとありすの決意に
応えようとしていたのだ。

「むきゅ!! ちぇん!!! はなして……っ!! おねがいよっ!!!!」

「ちぇん……ぱちゅりー……!!! まりさたちのぶんまで、たくさんたくさんゆっくりしていってね!!!!」

 ぱちゅりーはそれ以上何も言わなかった。二匹があんよを蹴る。振り返ることもしなかった。後方から、まりさとありすの絶
叫が上がる。涙が溢れて止まらない。ちぇんも、ぱちゅりーも必死になってあんよを動かし続けた。まりさとありすの分まで絶
対に生きてみせる、という強い意志の下。
 長い長い路地裏を抜けた。目の前に再び堤防が現れる。その更に前方。大きな橋が見えた。その橋の向こう岸に街の中では見
たことがないような緑色の世界が広がっている。

「……もりだわ……っ!!」

 確証はなかったが確信があった。野生で暮らしていた母親ゆっくりから受け継いだ知識がそう答えを告げている。逃げ切った
ゆっくりたちも同じ場所を目指しているようだった。その数はもはや三十匹にも満たない。人間たちもここまでは追ってこない
ようだ。逃げ切った。どのゆっくりもがそう思っていた。

「ぱちゅりー……っ!!」

「ちぇん……っ!!!」

 二匹が顔を見合わせる。目指した場所はもうすぐそこだ。自然とあんよを蹴る力が強くなった。




「なんだと?! 橋を封鎖するとはどういうことだ!! 聞いてないぞ!!! 私たちの判断だけでそんなことができるわけが
ないだろう!!!」

 保健所所長が語気を荒げて黒服に怒鳴りつけていた。黒服は鬱陶しいと言わんばかりの表情を浮かべ、一瞥する。

「三本ある橋の一本だけです。 それに既にこちらから話は通してあります。 あなたたちはそのまま駆除を続けてください」

「馬鹿かお前は!! ゆっくりがどの橋を渡るかなんてわからんだろうが!!! 自然に帰すのはマズイと言っていたのはお前
だろう!!!」

「わかりますよ」

「……何?」

「ゆっくりが渡る橋は……いや、“渡ることのできる橋”は一本しかありません」

「くっ……」

「私たちもそろそろ行きましょう。 駆除はもうすぐ終わりです。 あの野良ぱちゅりーにつけた発信器も回収できるなら回収
しておきたい」

 どこまでも冷静な黒服に苛立ちを隠しきれない保健所所長は顔を真っ赤にしながら、車に乗り込んだ。
 三本の橋。それは街の境目を流れる一級河川に架かる巨大な橋だ。当然、交通上重要な役割を果たしている。それを三本とも
封鎖などしたら様々な方面から苦情が来るだろう。公餡に依頼を出しているとは言え、作業の責任は保健所側が担うことになっ
ていた。それなのに公餡からやってきた黒服の若造は平気で橋を封鎖するなどと進言してくる。大々的に報道されていたおかげ
で街の住人たちは今回の駆除に注目をしていた。下手に失態などを見せてしまえば批難の矢面に立たされるのは間違いない。

(ゆっくりが……っ!!! ゆっくり如きが……ッ!!!!)

 拳を握りしめる保健所所長の横顔を横目で見ながら黒服が小さく笑う。

「以前、テレビ局の人間にも言ったんですがね……」

「なんだ?!」

「――――あなたたちはゆっくりの事を知らなさすぎる」

 黒服たちの乗ったライトバンが一本の橋の前で止まった。既に橋は封鎖されているようだ。しかしこの付近に人員は配置され
ていないようである。

「人間をあえて配置しないことでゆっくりたちにこの橋を渡るように仕向けるという事か……子供騙しな」

「いえ……。 無駄な人件費を削減しただけですよ」

 飄々と答え続ける黒服の態度に保健所所長が突っかかろうとした時だった。

「来ましたよ」

「なに?」




 ぱちゅりーとちぇんを先頭にゆっくりたちが逃げてくる。真っ直ぐに黒服たちの方向へと向かっていた。あれから生き残りが
また合流したのか数は五十前後にまで増えているようだ。橋はもう目の前に迫っている。

「ぱちゅりー!! もうすこしだよ!!!」

「むきゅ……ッ!! むきゅ……ッ!!!」

 体力的にも精神的にもぱちゅりーは限界が近づいていた。そんな中でもぱちゅりーの思考が止まることはない。橋を見かけて
人間が追って来なくなったときには嬉しくてはしゃいでいたが、それに対して違和感を覚えていたのだ。

(どういうことかしら……? あんなにたくさん、にんげんさんがいたのに……おいかけてこないなんて……)

 目の前の橋にも疑問符が打たれる。一台も車が通っていない。

(にんげんさんのすぃーが……ひとりもいないのだってなんだかおかしいわ……)

 ぱちゅりーが目を見開いた。それからあんよで地面を蹴りながら叫ぶ。

「みんなっ!! “このはしはわたってはいけないわ!!!”」

「どぼじでぞんなごどい゛う゛の゛ぉ゛ぉ゛?!!」×約50

「ぱちゅりー! ちぇんにもわからないんだねー。 せつめいしてほしいよー」

「にんげんさんも、すぃーもいないなんてへんだわ!! まるでぱちゅたちにこのはしをわたらせようとしているみたいだもの!」

「……ッ!!」

「それに……すぃーのなかのにんげんさんはぱちゅたちをおいかけてきたりはしないわっ! いままでだってそうだったはずよ!」

 道理だ。わざわざ車から降りてまでゆっくりを駆除しようとする人間はいないだろう。それどころかそんな事をすれば大事故
に繋がる危険性だってある。逃げ続けるゆっくりたちがぱちゅりーの事を口々に賞賛した。あの橋は間違いなく罠だ。人間が自
分たちを捕まえるためにわざと渡らせようとしているに違いない。

「あのはしをわたるひつようはないわっ! つぎのはしをわたりましょう!!!」

「ゆっくりりかいしたよ!!!」×約50

 ぱちゅりーたちが無人の道路を横切ろうとする。その様子をライトバンの中から見ていた保健所所長がついに咆哮を上げた。

「この役立たずが!!! 見ろ!!! ゆっくりどもが通り過ぎて行くぞ!!!! お前の頭はゆっくり以下か!!!!!」

 保健所所長に耳元で怒鳴りつけられた黒服はたた一点を見つめて動かない。静まり返る車内の空気に耐えられなくなったのか、
保健所所長が黒服の見る先へと視線を向けた。開いた口が塞がらなくなる。

「馬鹿……な」

 ぱちゅりーたち総勢五十匹ほどのゆっくりたちが道路の中央で立ち止まっている。まるで見えない壁でも立っているかのよう
だった。全てのゆっくりが道路を横切ることができないでいる。遅れて追いついてきたゆっくりたちの反応も同じようで、それ
以上進もうとしない。

「どういう……事、だ……」

 黒服が静かに答える。

「“死臭”ですよ」

「死臭……?」

「保健所のガス室に初めて入るゆっくりが、なぜ“ここはゆっくりできない場所”だと分かるのか……考えた事はありませんか?」

「まさか……」

「ゆっくりは、死ぬとゆっくりにしか分からない臭いを放ちます。 人間に感知することができない臭いなので、一種のフェロ
モンのようなものと私たちは考えていますが……それを死臭と呼んでいるんです」

「じ……じゃあ……」

「あの一帯にはゆっくりの死臭をかなりの濃度で散布してあります。 どれだけ知恵の回るゆっくりであっても、本能から逃れ
ることはできません。 反射的に挨拶を返すのと同じ理屈で、あの向こう側へは絶対に進むことはできないんです」

「信じられん……」

 しかし、道路の中央で右往左往して困ったような顔を浮かべるゆっくりたちを見る限りでは信じざるを得なかった。
 ぱちゅりーたちはどうしても道路を横切ることができない。

「ゆあああ!!! ゆっくりできないにおいがするよぉぉぉ!!!」

「ゆゆっ! こっちのみちはとおれないよ!!!」

 死臭は十字路の二カ所を塞ぐような形で散布されていた。ぱちゅりーたちが選択可能な道は二つしかない。一つは元来た道を
引き返す道。そしてもう一つは罠の危険性が高いこの橋を渡る道。そのとき。数台のゆっくり回収車がぱちゅりーたちに迫って
きた。これまでの出来事であの車がどういう役割を果たしているかは十分に理解できている。

「れいむははしさんをわたるよ!!! ゆっくりもりにかえるよっ!!!!」

 一匹のれいむがぴょんぴょんと橋の上を飛び跳ねて行くのを皮切りに、全てのゆっくりたちがその後に続いた。取り残された
のはぱちゅりーとちぇんの二匹だけである。ぱちゅりーは唇を噛み締めていた。橋を見れば理解できる。あの上に自分たちの逃
げる場所はない。しかし、もはや引き返すことも叶わなかった。選択肢は全て潰されてしまっている。ゆっくり回収車から下り
てきた人間がゆっくりと歩み寄ってきた。ライトバンからも保健所所長と黒服が下りてくる。

「……む、むきゅぅぅ!!!」

 ぱちゅりーと黒服は初対面ではない。大人しいぱちゅりーが黒服を相手に威嚇を始めた。ちぇんも黒服の事を覚えているのか、
睨みつけたまま動かない。しかし、優先すべきは命だ。あらゆる選択肢が失われたとは言え、逃げ続ければ別な選択肢が生まれ
るかも知れない。それに賭けて、二匹は橋へとあんよを蹴った。その後ろを悠然と歩いてついてくる人間たち。
 橋の中央。必死に逃げ続けるぱちゅりーたちの前で一歩も動けないでいるゆっくりたちの姿があった。

「そんな……ゆっくり、できない……」

 ゆっくりたちの更に向こう側に“白衣の悪魔”が待ち構えていた。後ろを振り返ると、先ほどの人間たちが少しずつ詰め寄っ
てくる。橋の上のゆっくりたちはガタガタ震え始めた。挟み撃ち。橋の上でゆっくりたちはとうとう王手をかけられたのである。
橋の上を風が吹き抜けた。あまりにも静かだ。表情を見ればわかる。ここにいる全てのゆっくりたちは、間違いなく死を覚悟し
ていた。

「もう理解できただろう? お前たちは街から出ることはできない。 森に帰ることもできない」

 黒服が冷たく言い放った。視線が向けられた先にはぱちゅりーがいる。黒服はぱちゅりーに向かって先の言葉を紡いだようだ。

「どうして……?」

「…………」

「ぱちゅたちは、にんげんさんにつれてこられて……っ! すてられて……っ! まちでひっしにいきようとしても、じゃまも
のあつかいされて……っ!! だから、みんなでもといたばしょにかえろうとしていただけなのに……っ!!! どうしてこん
なことするのっ?!!」

 感情をむき出しにしたぱちゅりーが叫ぶ。ぱちゅりーの言葉にゆっくりたちはぼろぼろと涙を流していた。黒服が淡々と答え
る。

「簡単だ、ぱちゅりー。 それはな。 私たちが“人間”でお前らが“ゆっくり”だからだよ」

「ひどい……ひどいわ……っ! ぱちゅたちは……ぱちゅたちは……っ!!!!」

「お前たちはな。 “生きている”という夢を見ているだけの存在でしかないんだ。 夢はいつか醒めるものだろう?」

 ゆっくりたちに黒服の話を理解することはできなかった。人間たちが一斉に詰め寄る。ゆっくりたちから絶叫が上がった。ぱ
ちゅりーは泣きながら黒服に威嚇を続けている。ぱちゅりーに歩み寄った黒服は、取りつけた発信器を外すとそれ以上何も言わ
ずに後ろを向いてしまった。その背中に思いつく限りの呪詛を浴びせる。ぱちゅりーの言葉もゆっくりたちの気が狂ったような
悲鳴で掻き消されてしまった。
 次々と叩き潰されてゴミ袋の中に投げ入れられる野良ゆたち。中には逃げようとした橋の下に転落し、水面に叩きつけられて
即死してしまうゆっくりもいた。逃げる場所はどこにもなかった。身を隠す場所もない。八方塞がりで泣き叫ぶことぐらいしか
抵抗のできないゆっくりたちの命が一瞬で消えていく。ここまで必死に生きていたのは何故だったのだろうか。自分たちには夢
を見ることすら許されていないのか。
 森に帰りたかった。草の上を跳ね回り、家族と一緒に頬を寄せ合い安心して眠ってみたかった。人間と仲直りをして一緒にゆ
くりしたかった。ゆっくり。ゆっくりしたかった。ただ、それだけなのに。

「ちぇん……」

 虐殺劇の中央。絶叫と悲鳴。水しぶきのように飛び散る餡子だけが視界に映し出される世界の中で、ぱちゅりーは想いを寄せ
るゆっくりの名を呟いた。ちぇんは既に潰された後だ。ぱちゅりーの呟きには答えない。視界に人間の足が映った。見上げる。
そのまま、長い長い夢は終わりを告げた。




六、

「ゆゆっ? にんげんさん! ゆっくりしていってね!!!」

 歩道を歩いていた青年と路地裏から出てきた野良のまりさが鉢合わせた。まりさは嬉しそうな笑顔でゆらゆらと揺れている。
挨拶を返してもらうのを楽しみに待っているようだ。青年は無言でまりさを抱き上げるとそのままコンクリートに勢いよく叩き
つけた。笑顔のまま顔がぐちゃぐちゃになって潰れたまりさをゴミ箱の中に投げ入れる。そのゴミ箱には“ゆっくり”との文字
が書いてあった。
 あの一斉駆除以来、街を這い回る野良ゆはほとんど見かけなくなった。相変わらず路地裏の奥にまで出向いて野良ゆを駆除す
るようなモノ好きはいなかったが、表通りに現れた野良ゆはほぼ例外なく叩き潰されている。野良ゆ関連のニュースもめっきり
減っていた。一頃に比べて野良ゆの絶対数が少なくなっているのだろう。 泣きながら物乞いを続けていた野良ゆたちは今とな
っては都市伝説のような扱いを受けていた。

 突然現れた謎の生物・ゆっくり。人間と同じ言葉を喋り、見ようによっては愛嬌もあるゆっくりたちはペットとして人間たち
に乱獲された。ある時期、人間とゆっくりは仲良く過ごしていたのだ。やがて人間はゆっくりを自分たちと同じような存在のよ
うに勘違いをしていく。そこから生まれた悲劇は数知れない。価値観の違い。生態の違い。初めから自分たちと異なる存在だと
割り切っていれば起きなかったであろうすれ違いが、両者の間に大きな溝を作った。飽きられたゆっくりたちは街に放り出され
る。
 空前の飼いゆっくりブーム。そこから一斉に生まれた捨てゆ。それらが繁殖の末に生みだした野良ゆ。なぜ、野良ゆたちはす
ぐに街を離れようとしなかったのか。ゆっくりもまた勘違いをしていた。自分たちゆっくりと、人間は同じ価値観を持った仲間
なのだと。今は嫌われていても、いつか必ず自分たちの事を分かってくれる。仲直りをしてくれる。そんな淡い夢を抱き、街か
ら……いや、人間から離れることができなかったのだろう。人間を恐れながらも、人間を頼ろうとするのはそんな気持ちが根本
にあったからなのかも知れない。
 一連の事件の発端は、人間とゆっくりによる互いの理想の押し付け合いから始まったのだという考えは、一連の事件が終わっ
た後だからこそ浮かんだのだろうか。
 程なくして、二度目の飼いゆっくりブームが起きる。一度目ほどの勢いはなかったが、それでもペットショップでゆっくりを
買って行く客は少なくないそうだ。いつしか、ペットショップに並ぶゆっくりたちには虚勢と避妊が義務付けられるようになっ
た。飼いゆが野良ゆに無理矢理子供を作らされるのを防ぐため。そして、飼いゆが野良ゆと子供を作り、人間の知識を受け継ぐ
野良ゆが生まれるのを防ぐため。ゆっくりを本当に好きな飼い主たちはこの義務に心を痛めた。だが、過去の事件を振り返れば
異論を唱えることなどできなかったのである。

 ゆっくりは、生物としてではなく、物として扱われることで、初めて幸せになれるのだ。飼いゆは、生きていると言えるのだ
ろうか。飼いゆっくりは何不自由なく飼い主と過ごし、そのゆん生を終える。生きるということがどういうことかを知らないま
まに。それは、夢を見続けているのと同じ事である。決して醒めることのない夢。

 今日も、飼いゆっくりたちは夢を見る。……人間の世界で。




おわり

日常起こりうるゆっくりたちの悲劇をこよなく愛する余白あきでした。

ゆっくりいじめSS・イラスト ※残虐描写注意!コメント(8)トラックバック(0)|

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コメント

827:

すごく良い作品でした!
またお願いします。

2012/06/23 22:28 | 名無しさん #- URL [ 編集 ]
1232:

この作品は現代の現実を事細かに表しているようですね。
人間という生き物は自分達の為に勝手に増やして、要らなくなったから処分する。
本当に自分勝手で愚かな生命体ですよ。
いずれ、その愚かさで滅ぶ事になるでしょうね。

2012/08/27 16:50 | 善良なゆっくりだけを愛でる者 #- URL [ 編集 ]
1240:人間は死ねばいいの~♪

この作品にでてくる公餡だっけ?メッチャクチャムカツクは~
こうゆうクレイジーなサイコ組織は政府ごとかいっめつ!
すればいいのにさ~あのぱちぇりー達みたいな事が
これから先に人間にもあるしゆっくりたのしもうね~v-238

2012/08/27 23:50 | ゆ殺者 #- URL [ 編集 ]
1573:

棲み分けって大事よね。
ゆっくりも動物も人もゆ虐SSファンも。

2012/09/21 00:11 | 名無しさん #- URL [ 編集 ]
2622:

ぱちぇが死亡フラグ立ちまくりだったから辛かった
駄目とわかっていても生き延びてほしかった
なんかぱちゅりーだけは虐待する気にならないんだよなー
餡子脳じゃないせいかな
むきゅ!っていう鳴き声もかわいいし

2012/11/21 01:11 | 名無しさん #- URL [ 編集 ]
2954:

長くて良い作品だった、現実世界でもありそうな内容が盛り込まれていて読んでいて
楽しかった、苦情の内容が変わったりやマスコミは真実を捻じ曲げる事ができる
この描写がよかったですね、今の日本はマスコミによって盲目にされていますから
ゆ害ならぬ韓害や中害も日本では蔓延していますから、日本の場合は煽りより
隠蔽の方向に働いていますけどね、そんな事を思いながらこの作品は非常に
濃い内容でした。

2012/12/09 13:45 | 名無しさん #- URL [ 編集 ]
5173:

公餡に就職したいわぁ
ゆっくり潰してすっきりー!した上にお金までもらえるなんて夢のよう

2013/03/17 15:30 | 名無しさん #- URL [ 編集 ]
10676:

パチュリーたちが可哀想でしかたなかった。

2013/08/29 23:10 | 名無しさん #- URL [ 編集 ]

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