「駄目。絶対だめよ」
「どぼぢでぞんなごどいうのおおおぉぉ!?」
飼っている二匹のくどい要請を、私はにべもなくつっぱねた。
れいむは目に涙を浮かべて叫び、ありすは唇を噛んですがるような目で見上げてくる。
こんなやりとりがもう何日も続いている。
れいむの願いを聞き入れてありすを買ったことを、私は後悔するようになってきていた。
れいむは銀バッジ試験に合格している、比較的手のかからないいい子だった。
ゆっくりである以上、子ゆっくりの頃に飼い始めたころはだいぶ困らされたものだが、
成体になって半年が経ち、銀バッジ試験にも合格して一丁前のゆっくりになった。
私の言うことをよく聞き、気配りのできる、生活に癒しと笑いをもたらしてくれる可愛いやつ。
しかし、それは少々買いかぶりだったのかもしれない。
「れいむ、おむこさんがほしいよっ!!」
銀バッジ試験に合格したれいむに、ごほうびは何がいいと聞いたらそう言ってきた。
最初は拒否した。今の生活でこれ以上ペットは増やしたくない。
しかし、私がどれだけ拒否しても、代わりのおもちゃやあまあまを提案してみせても、
れいむは頑として聞かず、ひたすら番を求めて泣きわめいた。
「れいむ、さびしいんだよおぉ!!
おねえさんはいつもいつも、おしごとさんでいないよっ!!
れいむはずーっとひとりぼっちなんだよっ!!
おねえさんのおかげでごはんさんもむーしゃむーしゃできるし、ゆっくりすーやすーやもできるけど、
ひとりぼっちじゃゆっくりできないよおおおぉぉ!!」
確かにそうだった。
私はウェブデザイナーとして会社勤めで、毎日朝から晩まで仕事詰め。
早朝に家を出て、戻ってくるのは深夜ということもざらだった。
帰ってくるなり、待ちかねていたれいむの出迎えにも挨拶すら返さず、
ベッドに倒れこんで泥のように眠る日もあった。
傍らでれいむが涙声を圧し殺していることを知りながら。
まして、ゆっくりは極端なほど孤独を嫌がる。
子供の頃から家族とは密着してスキンシップに精を出し、
成体になれば、まずは何をおいても番を探す。
美味しいあまあまや整った空調にクッションなど、どんなに恵まれた環境を取りそろえても、
ゆっくりをはじめ他の生き物との接触を断たれた、あるいは極端に少ない状態だと、
ゆっくりはストレスを感じてゆっくりできなくなり、活気がなくなるらしい。
だからゆっくりを飼う際には、最低でも他の飼いゆっくりとの交流を交わして友達を作ってあげることが強く推奨される。
当然、他にゆっくりを飼っている人を探して交流する暇もなく。
大体自分の場合、そんなに社交性があったらゆっくりなんか飼っていない。
とにかく、れいむの飼い方に問題があったことは確かに認めざるをえなかった。
これまでずっと寂しさを我慢して抑え込んでいたれいむが哀れでもあった。
ゆっくりショップで購入した、同じく銀バッジのありす。
私がいない間、れいむの相手をしてくれるなら望ましいことだった。
ただしその際、れいむとありすに私は強く言い含めた。
「おちびちゃんは絶対に作っちゃだめよ」
予想をはるかに超える猛反発に遭った。
「つくりたい、つくりたい、つくりたい、つくりたい、かわいいおちびちゃんつくりたいいいいぃぃ!!」とぐずるれいむ。
「おねえさん、おねがいよ、おちびちゃんがいないなんてとかいはじゃないわ………」上目遣いでしなを作るありす。
そう言われても認めるわけにはいかなかった。
一匹増えるだけでも手間が増えるのに、このうえあの聞き分けのない赤ゆっくりがぽろぽろ増えるなんて想像したくもない。
疲れた体を引きずって仕事から帰ってきたら部屋中砂糖水と餡子、
端的に言えばしーしーとうんうんまみれだったなんて御免だ。
それに、飼いゆっくりの注意点として、「うかつに子供を作らせるな」というのは常識だ。
孤独を癒してくれる伴侶だと思えばこそ、飼いゆっくりは飼い主の人間になつき、慕うのだが、
いざ自分が番と子供を作り、ゆっくりの家族を形成してしまうと、人間との結びつきが急速に薄れる傾向にある。
同種の妻や子供をばかりかまい、飼い主に対してぞんざいに振る舞うようになるばかりか、
悪くすると家族に餌を持ってくるだけの食事係としてあしらわれ、ゲスになると「くそどれい」呼ばわりしてくることさえある。
ゆっくりとの良好な関係を保ちたければ、適度に人間に依存させることが必要なのだ。
守るべきおちびちゃん(餌をやるのは飼い主なのだが)ができることで根拠のない自信が生まれ、
自分を立派な大人だと錯覚して飼い主と対等なつもりで振る舞ってしまう事態にもつながるようだ。
れいむの中では番ができた時点でおちびちゃん大勢の大家族を作るまでが確定だったらしく、
突然のストップをかけられてこれまでにないほど泣き喚いた。赤ゆっくりだった頃のほうがまだおとなしかった。
行儀のいいありすでさえ、れいむをたしなめるでもなく、すがるような目をこちらに向けてくる。
それでもそう簡単には認めてやるわけにはいかない。
仮に子作りを認めるにしても、段階を踏む必要がある。
子供の頭数、親との密着度、躾の手順などなど、
ゆっくり飼いのマニュアルでは、決まって飼いゆっくりの子作りの項目に多くのページが割かれている。
「おちびちゃんはとってもとってもとってもゆっくりできるんだよおぉ!!
おねえさんも、ぜったいぜったいぜったいぜったいゆっくりできるよ!!ほんとだよっ!!
いっかいでいいからおちびちゃんをつくらせてねっ!!ゆっくりおちびちゃんをみてみてね!!
そしたらおねえさんも、きっときっとぜったいかんがえがかわるよっ!!いっかいみてみればわかるのにいいぃぃ!!
れいむのおちびちゃんはとくべつだよっ!!おねえさんもゆっくりできるよ!!おねえさんにもゆっくりしてほしいよ!!
だからおちびちゃんつくらせてねっ!!ゆっくりさせてね!!ゆっくりしようね!!
おちびちゃんとゆっくりしたいよ!!おちびちゃんがいればみんなゆっくりできるのにいいぃぃ!!
おちびちゃんおちびちゃんおちびちゃんおちびちゃん、おちびちゃんつくりたいよおおぉぉぉ!!!」
連日、家に帰ってくれば「おちびちゃんがつくりたい」の連呼。
せっかく銀バッジが取れて、つがいも買ってきてあげたのに、飼い主もゆっくりも全然ゆっくりできてない。
少々可哀想だとは思いつつも、私はぴしゃりと言いつけた。
「しつこい!!それ以上わがまま言うなら去勢するわよ」
「きょ、せい……?」
「ぺにぺにを切っちゃって、おちびちゃん作れないようにすることよ」
「ゆんやああああああぁぁぁぁ!!?」
「どがいばじゃないわああああああああああ!!?」
二匹ともこれには震えあがり、恨めしげにこちらを見やりながらも口をつぐむしかなかった。
「とにかく、おちびちゃんはあきらめなさい。
それよりも二人でゆっくりすることを考えなさい。私と二人だけだったときよりはずっといいでしょう?」
れいむは恨めしげに「おちびちゃんはゆっくりできるのにいいいぃぃ……………」と漏らしただけだった。
思えば、その時点でその後に来る事態を予測しておくべきだったのだ。
おちびちゃんは、時期がくれば認めるつもりだった。
去勢するぞと脅しつつも、実際に去勢をするつもりはなかった。
いつになるかわからないが、れいむとありすのつがいが安定し、
これなら聞き分けよく指示にも従ってくれると確信できたなら、おちびちゃんを作らせてあげるつもりだった。
もちろん、私の監督指導のもとでだ。
飼いゆっくりに子供を育てさせる場合は、うっとうしく思われようとも子育てにしつこく介入し、躾に参加し、
飼い主としての影響力を家族にしっかり及ばせておかなければならない。
そもそも、ゆっくり専門のブリーダーでさえ手を焼く赤ゆっくりの躾がゆっくり如きにできるわけがなく、
いくら善良な親だろうと、子育てを任せて放っておけば飼い主を奴隷扱いする見事なゲスを育て上げてくれるのが通例だ。
そして、子が親の影響を受けるのと同じほど、ゆっくりにおいて親は子の影響を受ける。
子供を育てさせたらゲスが育ち、そのゲス子供に影響されて親までがゲスになり、飼い主に向かってくそどれいの大合唱。
そんな例でさえ、ゆっくり飼いではありふれた話だ。
どれだけ慎重を期してもやりすぎではないのが、飼いゆっくりの子作りなのである。
「ゆ~ん♪ゆゆぅ~ん♪れいむのかわいいおちびちゃんゆっくりしていってねぇ~~♪」
「しあわせ~♪しあわせ~♪おちびちゃんのとかいはなほほえみでみんなしあわせよぉ~~♪」
それだけに、その夜、家に帰ってくるなりその声が聞こえてくると、私は思わずその場にへたり込んだ。
全身を強烈な脱力感が襲い、しばらく立つこともできなかった。
あれか。よく聞くあのパターンか。あの、馬鹿な飼いゆっくりが決まって陥る茶番か。
うちのれいむはもう少し上のゆっくりだと思っていたのだが、どうやら本気で買いかぶっていたようだ。
「ゆっ!!おかえり、おねえさん!!ゆっくりしていってね!!」
「おねえさん、おかえりなさい!!きょうもゆっくりおつかれさま!!」
床を這いずるようにして現れた私に向かって、二匹は自信たっぷりの満面の笑みで挨拶を放ってきた。
私は答えず、次の言葉を待った。
しかしれいむもありすも、それ以上喋らず、にこにこと私を見ているだけだった。
聞くまで答えないつもりか。弁解さえしない気か。それがそこにあるのは当然のことだってか。
あれほど強調した飼い主のいいつけを破ったという罪を、本気で、頭にぶらさがっているそれで帳消しにする気なのか。
声を出す気力もなく、私はそれを力なく指さした。
「ゆっ!!」
「ゆふふ」
キリリと自信満々に胸をはるれいむ、目を細めてほほ笑むありす。それが答えだった。
そうして笑顔を浮かべたまま私の反応を注視している。
いつもはうるさく話しかけてくる二匹が、私の反応を確認するべく黙ってじっと待っていた。
その表情から推して、二匹が想定している私の反応が、楽しみに心待ちにできるたぐいのものであることは明らかだった。
「ふざけるな!!!」
怒りと失望感にかられて、つい爆発してしまった。
自分でもびっくりするほどの大声とともに床に握り拳を打ちつける。
すぐに我に返り、二匹を見ると、おろおろと――私でなく――れいむの頭の上に実っている赤ゆっくりを見守っていた。
「おちびちゃん!!だいじょうぶだよっ!!ゆれないでねっ!!ゆっくりしてねぇ!!」
「おとうさんたちがついてるわ!!とかいは!!とかいはよっ!!ゆっくりしてね!!」
「ゆぅ………ゆぅ……」
「ゆぴぃ……ゆぴぃ……」
わずかに眉をしかめていた実ゆっくりの揺れが少しずつおさまってゆき、やがて元通りに落ち着いて寝息を立てはじめる。
実ゆっくりが実っているのはれいむの額。れいむ種が一匹、ありす種が一匹の二匹姉妹だった。
実ゆっくりが落ち着いたのを見届けてれいむとありすはふうっと大きく息をつき、
次に私に向かって非難を浴びせてきた。
「おねえさんなにしてるのおぉ!?おちびちゃんたちがゆっくりできなくなっちゃうでしょおおぉ!!?」
「おねえさん、おちびちゃんたちはゆっくりさせてあげなきゃだめなの……とかいはじゃないわ、ね?」
上から目線で諭してくるれいむ達。明らかに態度が大きくなっている。
飼い主といえども、これほど可愛いおちびちゃんの為とあれば文句を言わずに従うだろうとあてこんでいるのが見てとれた。
私の堪忍袋の緒は限界に近かった。
「………れいむ。ありす」
「ゆっくりあやまってねっ!!ぷんぷん!!」
「おちびちゃんは、作るな、と、言っておいたわよね?」
「ゆっ!!そんなことどうでもいいでしょ!?おちびちゃんがゆっくりできなくなるところだったんだよっ!!?」
バァン!!
床を、今度は平手で叩く。
「「ゆびぃっ!?」」
二匹がすくみ上がった。
私が叱りつけるときに、最上級の怒りを表すアクション。
二匹が動揺しはじめていた。
目を見合わせ、その表情に怯えが浮かびあがってきていたが、
すぐに気をとりなおし、私のほうをちらちら見ながら頭上のおちびちゃんを心配してみせる。
「おちびちゃんゆっくりしてねっ!?こわくないよっ!おかあさんがついてるからねっ!!かわいいかわいいだよっ!!」
「とかいは!とかいはよ!!ゆ~ゆ~ゆらゆら~、ゆっくりしていって~ね~♪」
そう言いながらちらちらと私の表情を窺い、ことさらおちびちゃんを見せつけるように角度を調整している。
そんなれいむとありすの頬を、私は掴みあげた。
「ゆ゛ぐぅっ!!?」
「どうでもいい、と言ったわね。
毎日あなたたちにご飯をあげて、ゆっくりできるお布団や玩具を買ってきてあげている……
私のいいつけが、どうでもいいのね。そういうこと言っちゃうんだ………」
「ゆぎっ!!?いぢぃっ!!い゛い゛い゛い゛ぃぃぃ!?」
「いぢゃいっ!!いぢゃいわああぁぁ!?いぢゃあああいいいいいいいぃぃぃ!!!」
頬を掴みあげる手に、ぎりぎりと少しずつ力を加えていく。
「私のことはどうでもいい。そうなのね?本当に、それで……いいのね?」
「………!!…………どがい、ばっ…!!!?」
「ごべんだざあああいいいいいいぃぃぃ!!!」
れいむが音をあげた。
私が本気で怒ったときの恐怖が、さすがに刷り込まれている。
それでも、「こんなはずじゃなかったのに」という困惑が、その表情からありありと見てとれた。
「ゆっぐ、ゆぐっ………ゆううぅ………」
「とかいはじゃないわぁぁぁ………」
「で?」
頬の痛みにいつまでも泣きじゃくっている二匹に、説明を促す。
「なんでいいつけを破ったの?」
「ゆぐっ……ゆぅ…………おちびちゃんは、ゆっくりできるから………」
「私がゆっくり出来ないの。そう言ったわよね?」
「ゆ………で、でも………おちびちゃんをみれば、おねえさんもきっとゆっくりできるって……」
「ゆっくり出来てないんだけど!!」
また床を叩き、れいむとありすがびくっと萎縮する。
わかりきっていたことだった。
「可愛いおちびちゃんを見せれば、飼い主もきっと考えを変える」
そんな都合のいい希望的観測に期待をかけて、飼い主のすっきり禁止を破る。
駄目な飼いゆっくりが陥る、お定まりのパターンだ。
ゆっくりの、子供に対する愛情はもはや信仰の域に達している。
自分のおちびちゃんの可愛さは何にも勝り、人間を含め全ての者たちがおちびちゃんを愛すると信じて疑わない。
人間から見れば、その信仰は「親バカ」の一言で解釈される。
そうならないように、きちんと人間の都合も考えられるように躾けてきたつもりだったのだが、
やはりうちのれいむはそこらにいる凡百のゆっくりと変わらなかったようだ。
あるいは、少しは賢くても、その賢さでは補いきれないほどの盲目の母性を持って生まれついてしまったのかもしれない。
「処分します」
「「ゆ゛ぅっ!!?」」
怒りと苛立ちと失望に後押しされ、私は無情な決定を言い渡した。
「うちではそんなに面倒見切れません。その子たちは捨てるわ」
「ゆううううぅぅぅ!!?やべでっ!!やべでえええぇぇぇ!!!!おぢびぢゃんずでだいでえええええ!!!」
「ぞんなっ!!?どがいばじゃないわっ!!ごんなに!!ごんなにがわいいおぢびぢゃっ!!なんでええええええ!!?」
「その可愛いおちびちゃんたちにごはんをあげるのは誰?」
「ゆ゛っ………」
「おちびちゃんたちがうんうんでお部屋を汚したら、掃除するのは誰?」
「それは…………」
「私でしょう?
あなたたち二匹の世話をするだけで、私すっごく大変なの。これ以上二匹も増やせないわ。
無理に増やしても、ご飯はあげられないし、うんうんも片付けられないし、遊んでもあげられない。
私も、あなたたち二匹も、おちびちゃんも、みんなゆっくりできなくなるの。
これからもゆっくりしたかったら、おちびちゃんはあきらめなさい」
「ゆううぅぅぅ………でも、でもぉ………おちびちゃん、かわいいよおぉ………?」
「自分の子供たちは可愛いんだから、お前はゆっくりするな。もっと働いて沢山のご飯を持ってきて一日中休まず世話をしろ」
れいむ達の言っていることを要約するとこうだ。
だからまず、大前提を崩す。
「可愛くありません」
「「どぼぢでぞんなごどいうのおおおぉぉ!!?」」
「可愛くないからです」
「「どぼぢでぞんなごどいうのおおおぉぉ!!?」」
「可愛くないからです」
「「どぼぢでぞんなっ………ゆ゛っ………ぐううぅ………」」
三回繰り返せばさすがに理解してくれたようだ。よし。
言っていることはわかっても、納得はできないようで、ありすが食ってかかる。
「おねえさん……すなおじゃないのはとかいはじゃないわ……」
「飼い主との約束が守れないあなたたちに、素直じゃないなんて言われたくないわね」
「ゆっ……でも、こんなにとかいはでかわいいおちびちゃんたちなのよ……?どうしてほめてくれないの……?」
「可愛くないからです」
結局四回言わされた。
「なんでっ………!!」
「理由なんかないわよ。なんと言われたって可愛いと思わないものはしょうがないわよ」
「そんなのおかしいよぉぉ!!こんなにかわいいおちびちゃんがかわいくないなんてへんだよおぉ!?」
「これ、可愛いでしょ?」
私は押し入れを探り、二匹の前に一個の古ぼけたぬいぐるみを放りだした。
「「ゆ゛ぇっ?」」
私がほんの子供だったころに可愛がっていたぬいぐるみである。
二十年ほども前のものなので汚れきってぼろぼろだし、デザインも古臭い。
しかし愛着がしみ込んだ、私にとっては大事な一品だ。
「可愛いでしょ?」
「ゆぅ………?かわいくないよ……」
「くさくてとかいはじゃないわ………」
「どうして?ねえ、どうして可愛くないの?理由を説明してよ」
「ゆ……かわいくないからだよ……」
「だから、どうして可愛いと思えないの?」
「ゆ?きたないし、おかおもへんだよ。ゆっくりしてないよ」
「あなたたちのおちびちゃんたちだって汚いし、変よ。うんうんやしーしーを撒き散らすでしょう?」
「ゆ゛ぅぅ!?おちびちゃんたちはそんなぬいぐるみさんとはちがうよっ!!
うんうんやしーしーをするのはあたりまえでしょおおおぉぉ!!」
「ぬいぐるみが汚れるのも当たり前よ。あのね、そのおちびちゃんが可愛いと思うのはあなたたちが親だからなの。
他人にとっては、あなたたちの子供なんかこのぬいぐるみと同じ。どうでもいいし、汚くて面倒臭いものなの」
「ぞんなっ……うそだよおぉ!!おちびちゃんがかわいくないなんてぜったいおかしいよぉ!!
ゆっくりかんがえなおしてよおおおぉ!!!」
どんな例をあげてみせても、自分たちの子供だけは特別なんだと言い張るだろう。
特別でもなんでもないことを証明するために、私はハサミを持ってきてれいむの額の茎をつかんだ。
「可愛くない。可愛かったら、私も喜んで飼うわ。捨てるなんて言わない。
でも可愛くないから捨てる。わかったらあきらめなさい」
「や゛!?や゛べでえええぇぇぇ!!!」
「おぢびぢゃっ!!おぢびぢゃん!!どがいばなおぢびぢゃんんん!!ぎらだいでえええぇぇ!!!」
れいむが涙を流して歯茎を剥き出し、ぐーねぐーねと身をよじる。
しーしーまで漏らして、着て(履いて?)いるゆっくり用の服にしみ込んでいる。
ありすも泣きながら、ぽふぽふと体当たりをしてきた。無駄である。
「さっきも言ったでしょう。面倒見られないし、みんながゆっくりできなくなるの」
「おぢびぢゃんはがわいいがらびんなゆっぐじでぎるうううぅぅ!!!」
「じゃあなんで私は今ゆっくりしてないの?」
「!?………ゆ゛っ………ゆ゛ぅぅぅ………!!」
「あきらめなさい」
「ごばんざんいりばぜええええん!!!」
鋏を持つ私の手に必死にすがりつきながら、ありすが叫んだ。
「おぢびぢゃんのぶんのごばんざんはいらないでずっ!!うんうんもぜんぶあでぃずだぢががだづげばずっ!!
おぢびぢゃんはあでぃずだぢでぞだでばず!!おねえざんには、ぜっだい、ぜっだいめいわぐがげばぜえええん!!」
「ゆ゛っ!!ぞうだよっ!!でいぶだぢだげでおぢびぢゃんをぞだでるよおおぉ!!
おねえざんにはだよらないよっ!!ゆっぐじじだいいごにぞだでるよっ!!
だがら、だがら、だがらあああああぁぁぁぁ!!!」
「…………本当に?」
私は手を止めた。
「ゆ゛っ!!!ぼんどうでずっ!!ぼんどうにぼんどうでずううぅう!!
ごばんざんも!!おぶどんざんもっ!!ぜんぶ、ぜんぶでいぶだぢでやりばずううぅ!!」
「あでぃずだぢがどがいばにぞだででみぜばずっ!!
おでえざんをゆっぐじざぜられる、どがいばでゆっぐじじだゆっぐじにぞだでばず!!
びんなゆっぐじでぎばずうううぅぅ!!!」
「おちびちゃんたちのご飯はどうするの?どこから取ってくるの?
あなたたち、狩りなんかできないじゃない」
「ゆ゛っ………ぞれは…………で、でいぶだぢのごばんざんをわげであげばずっ!!」
「ほら、何もわかってない。
おちびちゃんがどれだけ食べるのかも知らないでしょ?
大人のあなたたちより倍も食べるのよ、赤ゆっくりってのは。
あなたたち二匹のご飯を全部あげたって足りないわよ」
「ゆ゛ぅっ………!!ゆ゛、ゆ゛、と、とにかくなんとかするよっ!!」
「なんとかって、どうするの?」
「なんとかするよっ!!なんとかあぁ!!おねえさんおでがいじばずうううぅぅ!!!」
「どうが、どうが、いっじょうのおでがいでずううぅぅ!!
おもぢゃもいりばぜん!!とかいはなくっしょんさんもいりばぜん!!もうわがままいいばぜえええん!!!
おぢびぢゃんだげは、おぢびぢゃんだげはあああああぁぁぁ!!!」
「わかった」
「ゆ゛ぅっ…………ゆ゛っ!?」
私は鋏をしまい、二匹に言った。
「その二匹だけは許してあげる。
もし本当に、私に一切面倒をかけないで育てられるんなら、育ててもいいわ」
「ゆっ……ゆっ……ゆわあああああぁぁぁぁ!!!
やった!!やった!!やったやったやったよおおおぉぉぉお!!!」
「とかいはだわああああぁぁ!!おちびちゃんっ!!おちびちゃんゆっくりしていってねえええぇぇ!!」
「ただし!!」
「「ゆびっ!?」」
「ほんの少しでも、その可愛いおちびちゃんとやらが私に迷惑をかけたり、
私にゆっくりできない気分を味わわせたりしたら……その場で潰して捨てるから。
それと、約束通り、あんたたちももう我侭言わないこと。いいわね?」
「ゆっ!!だいじょうぶだよっ!!れいむはこそだてがじょうずなんだよ!!」
「ありすたちのそだてたおちびちゃんなら、おねえさんもぜったいゆっくりできるわっ!!
みんなでゆっくりしましょうね!!ありがとう、おねえさん!!」
「そう。じゃあ、任せたからね。……私は寝るわ」
「「ゆっくりおやすみなさい!!」」
部屋の電気を消し、布団に潜り込む。
普段から、私が寝ているときは静かにしろと躾けてあるので、ゆっくりの声はそこでやむ。
それでも、おちびちゃんのために小さな声で子守唄を歌っているのが聞き取れた。
私は頭から布団をひっかぶる。
結局、子育てを許すことになった。
私は甘いのだろうか?
れいむとありすが子育てをする?
できるわけがない。絶対にできない。150%ムリだ。
それでも、このまま子供が生まれる前に間引けば、
ゆっくりできるはずの子供を奪った理解のない飼い主だと思われ、逆恨みされることになるだろう。
だから、実際に育てさせる。
ゆっくり育成の大変さ、それができない自分たちの無能さ、それをやっていた飼い主の有難みを身を持って教える。
それをじっくり身に染みさせたうえで、結局育てられなくなったところで子供を取り上げる。
子供は、出来にもよるが、まあよくても里子に出すしかないだろう。
今回のことは、この二匹を躾けるいい機会にしようと私は考えていた。
そのへんの野良と本質は変わらない、無分別なゆっくりだということがよくわかったから。
――――――――
プルプルプル………
「ゆんっ!!ゆんっ!!きゃわいいれいみゅがゆっくちうみゃれるよっ!!」
「ときゃいはにゃありちゅもゆっくちうみゃれるよっ!!ゆゆんっ!!ゆーんっ!!」
「ゆーっ!!がんばってねっ!!おちびちゃんゆっくりうまれてきてねぇ!!」
「ままたちがみまもってるわ!!あんっしんっしてゆっくりうまれてきていいのよ!!」
れいむの頭から生えている茎、その茎に生っている二つの実がぷるぷると震えだしていた。
眠るように閉じられていたその目はいまや見開かれ、ゆんゆんと身体を振って生まれ落ちようとしている。
赤れいむは涎を垂らし、もみあげをぱたたたと振り回しながら鳴いていた。赤ありすの髪もよく見るとぱさぱさ動いている。
そしてたった今、二つの赤ゆっくりは頭の茎を千切って落下していった。
「「ゆっくちちちぇいっちぇにぇ!!」」
「ゆゆうううぅぅぅ~~~~~~ん!!おちびちゃんかわいいよおおおぉぉ~~~~っ!!!」
丁度私が見ている側で、赤ゆっくり達は生まれ落ちた。
犬小屋大の室内用ゆっくりハウスをれいむ達は自室兼寝床としており、
その中にはタオル、ゆっくり言うところのふかふかさんが何枚か敷き詰められている。
自分たちで床に敷いたそのふかふかさんで、茎から生まれ落ちる子供たちを受け止め、
れいむとありすは感極まって涙をこぼしながら歓声をあげていた。
生まれ落ちた直後の挨拶をすませた赤ゆっくり達は、涎を垂らしたまま目をぱちくりさせ、きょときょとと周囲を見渡す。
「ゆゆっ?おきゃーしゃん?おちょーしゃん?」
「ときゃいは?ありちゅのみゃみゃ?」
「ゆっ!れいむがおかあさんだよ!!おちびちゃんたち、ゆっくりしていってねっ!!」
「ありすがおとうさんよ!でも、とかいはなれでぃだからありすのことはままってよんでね!!」
「ゆっくちりきゃいしちゃよっ!!」
「おきゃーしゃん、みゃみゃ、ありちゅとゆっくちちてにぇ!!」
「ゆゆぅぅ~~~ん!!とってもききわけがよくてかわいいおちびちゃんたちだよおおぉぉ!!」
「なんてとかいはであいらしいおちびちゃんたちなのぉぉ!!うすよごれたせかいにおりたったさいごのてんしよおおぉぉ!!」
いまにも浮遊しはじめそうなほど浮かれきっているれいむとありす。
茎を生やして産み落としたのはれいむの方なのだから、れいむが母でありすが父ということになるのだが、
れいむは「おかあさん」、ありすは「まま」と呼ばせることにしたらしい。
どうも変だが、識者によれば、口ぶりから判断されるゆっくりの自意識というのはすべてメス的なものらしい。
だぜだぜ言っているまりさ種も例外ではないそうだ。
しばらくの間、れいむ達は子供達をぺーろぺーろと舐め回したりすーりすーりと頬ずりを繰り返していたが、
すぐに子供達がぐずりだした。
「ゆえええぇぇん!!おにゃかしゅいちゃよおおぉぉ!!」
「らんちしゃんがたべちゃいよおおぉぉ!!ときゃいはじゃにゃいいいぃ!!」
「ゆゆぅぅっ!?なかないでね!!なかないでね!!おちびちゃんなかないでねえぇ!!ゆっくりしてねええぇ!!」
れいむがおたおたと涙目で慌てる一方で、ありすはハウスに貯めておいたらしいゆっくりフードを口に入れて運んで持ってきた。
「さ、おちびちゃんたち、ゆっくりとかいはにむーしゃむーしゃしましょうね!」
「ゆっ!!ときゃいはならんちしゃんだあぁっ!!」
「ゆわーい!!きゃわいいれいみゅのすーぱーむーちゃむーちゃたいみゅ、はじまりゅよっ!!」
「「むーちゃむーちゃむーちゃ……かちゃいいいぃぃ!!」」
目の前に広げられたゆっくりフードに喜び勇んで口をつけたものの、
その硬さに歯が立たず、赤ゆっくり達は泣きだしてしまった。
「ゆうぅぅ!?かたいかたいなのっ!?ごめんねっ!おちびちゃんごめんねぇ!!」
「おねえさんっ!!もっとやわらかいゆっくりふーどをもってきてちょうだいっ!!」
ソファーの上に寝転がって見ていた私に向かって、ありすが叫んだ。
いつかは泣きついてくるだろうと確信はしていたが、いきなり初っ端からこちらに振ってくるとは思わず、私はさらに脱力した。
どうもこの二匹、まだまだ真剣に考えていない。
可愛い子供のゆっくりできない姿を見れば、お姉さんもさすがに助けるだろうと決めこんでいるらしい。
最初が肝心、私ははっきり言ってやった。
「知らないわよ、そんなの」
「どぼじでぞんなごどいうのおおぉ!?おちびちゃんがおなかぺーこぺーこなんだよっ!?
このゆっくりふーどじゃかたいかたいでおちびちゃんがたべられないよっ!!
ゆっくりりかいしてねっ!!はやくやわらかくてあまあまなふーどをよういしてねっ!!」
「自分たちで全部やるんでしょ?私に面倒をかけないで育てる、そういう約束だったわよね?」
「ゆっ!?でもっ……!!」
「でも、何?」
「こんなにかわいいんだよおおぉ!?かわいそうじゃないのおおぉぉ!!?」
「そう思うんならまずあなたたちが努力するべきね」
「「ゆうえええぇぇん!!おにゃかしゅいちゃあああぁぁぁ!!!」」」
顔中をゆがませ、涎としーしーまで撒き散らしてぱたたたとぐずる赤ゆっくり達。
赤ゆっくりに余計な動きを控えて体力を温存するという発想は、ない。
とはいえ人間の場合でもそれは同じことだから、ゆっくりの愚かさと責めるにはあたらない。
さて、私のれいむはといえば、ぐずる子供たちにうろたえた視線を、
私に非難がましい視線を交互に向けてもみあげをばたばた振り回しているだけだ。
この時点でわかってしまった。私のれいむに、母性はあっても子育て能力はない。
「ゆゆっ!!ありす、うっかりしていたわ。いなかものね。
おちびちゃんには、さいしょにこれをむーしゃむーしゃさせるのよ!」
一方、ありすはといえば閃くものがあったようで、
そう言ってかられいむの額に生えていた茎をむしり取った。
自分が生まれた時のことを覚えていたようだ。
最近までペットショップにいたありすの事だから、近くで子育てを見る機会も多かったのだろう。
折り取った茎をさらに半分に折り、半分ずつをれいむと分担して口に入れて咀嚼すると、
唾液にまみれて柔らかくなった茎をぺっと吐き出して子供の前に差し出した。
「さ、そのくきさんをむーしゃむーしゃするのよ!」
「ゆわああぁい!!ゆっくちむーちゃむーちゃしゅるよっ!!」
「「むーちゃむーちゃ!!むーちゃむーちゃ!!うっめ!こりぇうっみぇ!!まじぱにぇっ!!」」
ぺちゃぺちゃくちゃくちゃとひどい音を立てながらせわしく口を動かし、もるんもるんと尻を振り、
顔中を唾液と食べカスまみれにしながら一心不乱に食べる赤ゆっくり二匹を目を細めて眺めるれいむとありす。
「ゆっふうううぅぅ~~~~かわいいよ……かわいいよおおおぉぉ~~~~~………てんしさんだよおおぉぉ……」
「ゆふふ、おちびちゃんがゆっくりできてよかったわね……
ありす、このこたちのためならなんだってがんばれるわ。
おねえさんのたすけなんかかりなくても、このあふれるあいがあればこそだてなんてとかいはにのりこえられるはずよ!!」
「ゆっ!!そうだねっ!!
れいむがぜったいぜったいぜったいおちびちゃんたちにゆっくりできないおもいなんかさせないよっ!!
こそだてじょうずのおかあさんでごめんね~~☆」
そんな二匹のたわ言を、私は冷めきった頭で聞いていた。
さて、食事を摂った赤ゆっくりが次にとる行動は、周知の通り排便である。
茎を食べ尽くして腹を膨らませた赤ゆっくり二匹は、底部のあにゃるを差し上げて宣言した。
「「きゃわいいれいみゅ(ありちゅ)のしゅーぱーうんうんたいみゅだよっ!!」」
「ゆゆっ、おちびちゃん!!まってね!!うんうんさんはこっちでしてねっ!!」
れいむがそう言い、ゆっくりハウスの隅にある小さい箱、すなわち「おといれさん」を指し示す。
「「ゆーん!!ゆーん!!」」
子供のほうはガン無視で、全身を震わせて気張っている。
ありすが小さい箱を咥えて子供の目の前に引きずってこようとしたものの、ついに間に合わず、二匹のうんうんがひり出された。
「ゆわあああぁ!!やめてね!!やめてね!!ちょっとまってね!!まってええぇぇ!!」
「「うんうんちゅっきりー!!(もりゅんっ)」」
母の狼狽を意に介さず排出された便がタオルの上に転がる。
「ゆええぇぇ………きたないよおぉぉ……ふーかふーかさんよごしちゃだめなのにいぃ……」
「ゆっ、れいむ、あかちゃんだもの、しかたないわ。ゆっくりかたづけましょう!!」
「ゆっくりりかいしたよ!!」
一瞬私のほうをちらりと見たものの、れいむはかいがいしく子供たちのうんうんに舌を伸ばす。
何度か「ゆべぇっ」とえずきながら、どうにか指定の「おといれさん」に運ぶことができたようだ。
指定の場所に集めている限りにおいては、ゆっくりのうんうんは私が後で片付けてやることになる。
無能かもしれないが意欲はあるようだ。ありすの指示があれば意外とれいむでも頑張れるかもしれない。
ただしあくまで「頑張れるかどうか」の話であって、
「きちんと育てられるかどうか」については1ミリも楽観していないが。
「きゃわいいれいみゅはゆっくちしゅーやしゅーやしゅるよっ!!ゆぴぃ……ゆぴぃ……」
「ときゃいは……ときゃ……ゆぅ………」
れいむがうんうんの処理をしている一方、食事と排便を済ませた赤ゆっくりはさっさとその場で眠ってしまった。
「あらあら、すーやすーやはべっどさんでしましょうね」
子供たちのためにタオルを折りたたんで作った「べっどさん」の上に、ありすが二匹を優しく舌で運ぶ。
寝床で眠る二匹を見守りながら、れいむとありすはとてもゆっくりした表情を浮かべていた。
「ゆううぅ……かわいい………かわいい………かわいいよおおぉぉ………ゆっくりしすぎだよおおぉぉ」
「ありすのかわいいかわいいおちびちゃん………ずっといっしょにゆっくりしましょうね………」
両親は感極まっていたが、私のほうはとても共感はできなかった。
赤ゆっくりを飼う機会は意外と少なく、ゆえに知る人は少ないが、
生まれた直後の赤ゆっくりというのは一般人が想像するよりもはるかに汚い。
まず、常に涎を垂らしていると思っていい。やたらと勢いよく頻繁に喋るうえに、
口を閉じるということをまず全くしないので、砂糖水の唾液がひっきりなしに飛び散り垂れ流される。
乾いた砂糖水が全身にまぶされてべたべたして、歩いたはしから床の小さいごみや埃がへばりつき放題だ。
そのため、普通は親ゆっくりがぺーろぺーろと全身を舐めて綺麗にするのだが、その「綺麗」は野生での話。
そのぺーろぺーろで結局親の唾液がへばりつくので気休めにしかならない。
そして、下のしまりのゆるさが半端ではない。
自制心というものがほとんどないゆっくりのさらに赤ゆっくり、何かというとその場で大便小便を垂れ流す。
たった今眠っている赤れいむのまむまむから、ぴゅっぴゅっとおねしーしーが漏れだした。
赤ありすのあにゃるもひくひくとひくつき、黄色いカスタードをこんにちわさせながら盛り上がっている。
寝ながら数分間隔でしーしーとうんうんを漏らすのが赤ゆっくりなのだ。
とはいえ、やはり、人間だって同じことである。
問題は育てる親ゆっくりの方なのだ。きちんと管理、育成できるかどうか。見届けさせてもらおう。
――――――――
「「ゆえええぇぇん!!ゆぇええええええん!!」」
「ゆうぅぅ………またなの、おちびちゃん……?」
「ゆっくりすーやすーやさせてほしいわ………」
それはこっちの台詞だ。
深夜の二時過ぎ、赤ゆっくり達がぐずっている。
眠っていたれいむとありす、そして私は叩き起こされて目をこすっていた。
生まれた直後の赤ゆっくりは、元気に跳ね回るわけではない。
食べる、出す、眠る、をひたすら繰り返すのだ。身体の欲求を満たすためだけに全精力を傾け、他の世界には関心がない。
親とすーりすーりしたり兄弟と遊んだり、他者に意識を向ける余裕が出てくるまでに、おおよそ三日を待たねばならない。
他者と触れ合うまでは三日だが、赤ゆっくりの時期を脱するまでには速くとも一週間を見ることになる。
そして、赤ゆっくりの厄介なところは、やはり人間と共通している。
生活のサイクルが大人とは全く違い、深夜だろうが早朝だろうが腹が減れば泣きわめいて親を叩き起こすのだ。
むーしゃむーしゃやすーやすーやといったゆっくりできる活動を、
子供のためにひっきりなしに中断させられる親ゆっくりのストレスは想像に難くない。
半分涙目になりながらも、れいむとありすはかいがいしく世話をする。
ハウスの中に仕舞ってあるゆっくりフードを引っ張り出す。
食糧に関してだけは、私は譲歩した。赤ゆっくりの食べるぶんだけ増やしてやったのだ。
とにかく先立つものがなければ、この子育て体験学習そのものが成り立たないし、
成り立たなければれいむ達が納得せずに私が困る。この一点だけは譲歩せざるをえなかった。
ただ量を増やしただけで、いかに配分するかはれいむ達の仕事だ。
さて、まだまだ赤ゆっくりには固いそのゆっくりフードをくちゃくちゃと噛み、
赤れいむと赤ありすの前にそれを吐きだしてやる。
とたんに二匹はぴたりと泣きやみ、蛆虫か尺取り虫のようにもぞもぞと蠕動して餌に突進する。
「むーちゃむーちゃ!!むーちゃむーちゃ!!ぱにぇ!!しゅげ!!」
「ときゃいは!!ときゃいは!!むーちゃ!!むーちゃ!!」
さんざ食べ散らかしてから、ゆげーぷとゲップをかます赤ゆっくり二匹。
その後することといえば、うんうんとしーしーをひり出し、また眠る。これだけだ。
赤ゆっくりが起き出すたびに食事を噛み砕いて与え、あちこちに撒き散らされる大小便を舌ですくい便所に運び、
おねしーしーを垂れ流しながら眠りこける子供たちを寝床に運ぶだけ。
この単調な仕事を休みなく延々と続けさせられ、れいむとありすの表情はどうにか微笑を浮かべながらも早くもげっそりしている。
せめて子供とのすーりすーりでもできれば癒しになるのだろうが、当の子供たちには親への感謝や愛情のそぶりなどかけらもない。
かいがいしい仕事も力及ばず、ゆっくりハウスの中は早くも雑然と汚れてきていた。
辛いのは私も同じだった。赤ゆっくりが泣きわめくたびにこっちも叩き起こされるのだ。
ようやくまた寝かしつけたれいむに向かって、私は言いつけた。
「ちょっと、うるさくて眠れないんだけど」
「ゆっ………ごめんね、おねえさん………でも、おちびちゃんだから」
「おちびちゃんだから、何?」
「ゆ……うまれたばかりのおちびちゃんは、がまんができないから、ないたり、おもらししたりするのよ。
しかたがないことなの……ごめんなさい」
「知ってるんだけど、そんなこと」
「ゆ……?」
ベッドの上に起き上がり、れいむ達の前に顔を突きつけて言う。
「だから、赤ゆっくりがそういうものだって最初から知ってるの、私は。なに教えるみたいに喋ってるの?
うるさいし、汚い。だからゆっくりできなくなる。だから子供は作るな、そう言ったわよね?
でもあなたたちがちゃんと面倒見るから、私に迷惑かけないから、そういう約束で許したわよね?
私、さっきから何度も叩き起こされてるんだけど?」
「ゆっ………ゆぅ………」
返事を待ってみたものの、ゆーゆー呻いてうつむくだけで特に何も返ってこなかった。
要は、飼い主の怒りはその場をしおらしくしてなんとかやりすごそうという腹らしい。
苛立ちながら私は脅しをかける。
「じゃ、その子たち処分しようか」
「「ゆ゛うううぅぅぅっっ!!?」」
「私がゆっくりできないし、あなたたちもしっかり育てられないみたいだから約束通り処分します。
そしてあなたたちも去勢しましょうか、子供を育てる能力がないなら生む機能はないほうがいいわよね」
「ゆ゛んや゛あああああああっっ!!!やだっ!!やだやだやだやだよおおおぉぉぉ!!」
「ぞだでばずっ!!ぢゃんどどがいばにぞだでばず!!ぢゃんどやりばずううう!!!」
ゆぎゃーゆぎゃー泣きわめきそらぞらしい約束を並べたてる二匹に向かって、
私が手を振り「じゃあもう少し様子を見る」と伝えたところで、また赤ゆっくりが起きだしてむずがりだした。
二匹はことさら大急ぎで子供の元に向かって叫ぶ。
「「ゆええええええぇぇん!!ゆぅえええええええぇぇん!!」」
「ゆううぅぅっ!!しずかにしてね!!しずかにしてね!!おねえさんがゆっくりできなくなるよ!!しずかにしてね!!」
「らんちさんならいまあげるわ!!おねがいだからしずかにしてっ!!ゆっくりしてえええぇ!!」
「おにゃかしゅいちゃあああぁぁ!!おにゃかしゅいちゃああああああぁぁぁぁ!!!」
「ときゃいは!!ときゃいはああぁぁ!!ときゃいはあああぁぁ!!」
赤ゆっくりは親の言うことなどまったく耳に入っていないらしかった。
私は布団をひっかぶってなんとか寝る努力をする。
『私が少しでもゆっくりできなくなったら処分する』
すでに今、この時点でミッションは頓挫しているが、さすがに今結論を出しても効果は薄いだろう。
言い訳のエキスパートであるゆっくりの事、こんなに早く結論を出してしまっては、
「もう少し育てば子供がなついたのに飼い主が」「もう少し言い聞かせればいい子になったのに飼い主が」と、
なにかと理由をつけて私を逆恨みするはずだ。
「やるだけやったけど自分たちにはダメだった」と納得させるまで付き合う必要があった。
つくづく、ゆっくりを飼うというのはタフな行為である。
――――――――
人間でもノイローゼになる者が出てくるほど、子育てというのは本当にしんどいものなのだ。
それを、我慢のがの字も知らないようなゆっくりがどうしてやっていけるのか?
結論から言えば、やっていけない。
多産多死のゆっくりは、野生の中ではほとんどが成体になる前に死ぬが、
子育てに疲れた親に「おやをゆっくりさせないげすはしね!」などと言われて潰される、という死因は、
決して珍しいものではなく、むしろポピュラーな方なのだ。
食糧が豊富で統制のとれたゆっくりの群れでは、ゆっくり殺しを禁じて抑制するケースもあるようだが、
研究者によると、通常、親の子殺しは、子ゆっくりの死因の実に七割を超えるらしい。
その結果、ごくごく一部の「手のかからない子」が生き延びるわけだが、
年中発情期で一年を通して何度も何度も子作りをするゆっくりだから、そんな生存率でもしっかり増えていくのだ。
外に出ても外敵だらけで死因がごろごろころがっているゆっくりではあるが、
最初にして最大の壁が、自分を生んだ親なのである。
面倒なもの、無能なものは片端から殺してしまい、生き残るのは親が教えずとも自分でやっていけるような有能な個体。
つまるところゆっくりの子育てとは、「育てる」というよりも、「ふるい落とす」という表現が実情に即している。
それが、人間界では会話のできるペットとして愛好されるゆっくりの真実である。
さて、人間に飼われ世話された温室飼いの我がれいむとありす。
恐らく生む前は、親を慕う素直なわが子と、
一緒にすーりすーりしたりおうたでも歌っているところしか想像していなかっただろう。
子育ての真実と直面した今、どれだけもつか見ものである。
彼女たちの、あるいは私の堪忍袋の緒が切れるまで、一週間もてばたいしたものだろうか。
それ以上?ありえない。
「ゆっくち!!ゆっくち!!」
「ときゃいは!!ときゃいは!!」
「ゆゆ~ん!!きょうもおちびちゃんたちはゆっくりしてるよぉ~~!!」
ゆっくり達の間の抜けた声が家中に響く。
それぞれ「ゆっくち」と「ときゃいは」を壊れたラジオのようにひたすら連呼しながら、
赤れいむと赤ありすはそこらじゅうをずりずりと這い回る。
まだぴょんぴょんと飛び跳ねられるほど成長はしていない。
身体の大きさに反比例するのかどうか、ゆっくりは子供になるほど声が大きく、キンキン甲高い。
声も耳触りだが、それ以上に辟易するのはその汚さだ。
前述したように赤ゆっくりは顔中を涎まみれにし、這い回りながら平気でしーしーとうんうんを垂れ流す。
そのおかげで赤ゆっくりの通った床はべたべたして不快極まりない。
タオルを敷き詰めたゆっくりハウス近辺ならまだいいが、
身体が弱いくせに好奇心は人間以上の赤ゆっくり共は部屋中を回ろうという勢いで動き回る。
当てずっぽうに這いまわっているようでいながら、その這う方向は常に外側へ外側へと向かい、
明確に行動範囲を広げる意思が見てとれた。
そんな物体を眺めながら、れいむとありすは「ゆゆぅぅ~~~ん」と目を細めている。
可愛くて可愛くてしょうがないらしい。
「ちょっと!!」
私の怒鳴り声にびくっと身をすくめる両親。
おずおずと私のほうを見上げてくるが、その目には怯えとともに「またか」といううんざりした色が混じっている。
うんざりしているのはこちらだ、思わず声を荒げる。
「子供を好き勝手に動き回らせるなって言ってるでしょ!?べたべたべったべた汚いのよ!!」
「ゆゆぅ、ごめんなさい、おねえさん……」
「何回も言ってるわよね?そのたびにあなたたち謝ってるけど、ちっとも努力してるように見えないんだけど!」
「ごめんなさい、ありすがよくいってきかせるから……」
「だから毎回それ言ってるけど、何をどう言って聞かせてるのよ。ちょっとやってみせてよ、今すぐ」
「ゆぅ……」
互いに視線を交わしてから、不貞腐れたようにずーりずーりと子供の元へ這ってゆくれいむ達。
「ゆゆ、おちびちゃんたち、おかあさんのところへきてね!!」
「ままのそばでゆっくりしましょうね!!」
「ゆわーい!!ゆっくち!!」
「ときゃいは!!」
両親の呼びかけに目を輝かせ、もみあげや髪をわさわさと波打たせる赤ゆっくり達。
はずみでしーしーが漏れた。なにかに反応するたびに小便を垂れ流す。
「さ、ぺーろぺーろしてあげるわ。じっとしてて」
「みゃみゃ、ぺーろぺーろ!!ときゃいは!!ゆきゃきゃきゃっ!!」
「おきゃーしゃんゆっくちー!!しゅーりしゅーりちてー!!」
「ゆゆ~ん!!おちびちゃん、すーりすーり!!かわいいよぉぉ~~!!」
いちゃいちゃと乳繰り合うばかりでいつまでたっても注意しようとしない。
いらいらしながら例の脅し文句を出す。
「家の中を汚すようなゆっくりは処分するわよ?」
「ゆー………ね、おちびちゃんたち、あんまりうごきまわっちゃだめよ?おねえさんがこまっちゃうからね」
「ときゃいは!!ときゃいは!!」
「おかあさんのそばからはなれないでね!!ずっといっしょにゆっくりしようね!!」
「ゆっくちりきゃいちたよ!!ゆっくちーっ!!」
「ゆゆぅぅぅ~~~ん!!とってもすなおでききわけがいいこだよおおぉぉ~~~~!!」
「あなたたちならとってもとかいはなれでぃになれるわよぉ!!」
「ゆーっ!!ときゃいは!!れでぃ!!ときゃいは!!」
相好を崩す両親だったが、傍から見れば全く叱っていないし、子供もまるでわかっていない。
ただ自分が褒められているらしい言葉や自分をゆっくりさせる言葉にだけ敏感に反応しているだけだ。
ことに赤ありすの反応はひどい。ただときゃいはときゃいは連呼してるだけにしか見えないが、足りないのだろうか?
私のほうは、もうなんかいろいろと後悔していた。
ともかく、「処分する」という脅し文句を気軽に使いすぎた。
この子育て体験学習が始まってから私はひっきりなしに迷惑をかけられ通しで、
そのたびに「きちんと育てられないなら処分する」と言い続けてきたのだが、
何回も繰り返した結果、「本気で言ってるわけじゃない」と思われたようだ。
すっかり当初の危機感は薄れ、私の怒りは適当にあしらってすませようという腹の底がありありと見えた。
「とにかく汚れた床は掃除しときなさいよ!」
濡れ雑巾を床に投げつけ、私はソファに身を投げ出した。
それを舌で取り、こちらをちらりと一瞥してからありすが「ごーし、ごーし」と床を拭き始める。
ゆっくりにとっての掃除といったら舌でぺーろぺーろと舐めることだが、砂糖水をさらに塗りたくられても困る。
だから雑巾の使い方は教えてある。
とはいえゆっくりの掃除などたかが知れたもので、あとで私が仕上げしなければならないのが腹立たしい。
一方、れいむの方は赤ゆっくり二匹を頭に載せてゆっくりハウスに引っ込んでしまった。
「おしょらをとんでりゅみちゃい!!」「ゆきゃーっ、ゆーっ!!」「ときゃいは!!」などと叫び声は絶えなかった。
子育て体験学習を始めてから四日が過ぎた。
そして今れいむたちはといえば、まったく育てていなかった。ただ一緒になって遊んでいるだけだ。
限界だ、と思った。
この二匹が、飼いゆっくりとしてまともにやっていけるように子供を育てられる目算はゼロだ。
そのため処分しなければならないが、二匹が自分の無能さを納得できるように、最後のチャンスを与えなければならない。
――――――――
子供が生まれてから二日と少しの間は、ひっきりなしに食事を求めて泣きわめく赤ゆっくりの世話に追われ、
両親はげっそりと疲れていた。
自分たち親を無視して、ただ出される食事とだけ向かい合う赤ゆっくりに対し、
愛情と意欲を保てるかどうかが最初の瀬戸際だったと言っていい。
凡百のゆっくりなら「おやをゆっくりさせないげす」ということで潰しているケースだろう。
その点については、結果から言うと難なくクリアできた。
飼いゆっくりとしての素養が下地にあったからだろうが、
赤ゆっくりがわずかずつ成長し、両親との対話をするようになる段階まで、れいむとありすは子供を潰さずに堪えきった。
れいむとありすの、子を思う愛情は本物だったわけである。
しかし、愛情だけがあっても分別がなければ教育は成立しない。その分別が、れいむとありすには欠けていた。
それはつまり、最悪のケースだということであった。
「しゅーりしゅーり!!しゅーりしゅーり!!」
「ゆうううぅぅおちびちゃんっ!!すーり、すーり!!すーりすーりいぃぃ!!かわいいよおおぉぉぉぉ!!!」
「さ、おちびちゃん、とかいはなれでぃとしてみだしなみをととのえましょうね!!」
「ときゃいは!!ときゃいは!!ゆっくちー!!」
二日と半日を過ぎたあたりで、少し成長した結果親と対話をする余裕ができ、
赤ゆっくり達は積極的に親にすり寄り、すーりすーりをねだるようになった。
一転して可愛げを見せてきた子供たちに、れいむとありすの理性のタガはあっさりと外れた。
可愛い可愛いとわめきながら一日中いちゃいちゃと頬ずりし合っている。
仲睦まじいのは大変結構だが、問題は飼い主の自分に面倒をかけないかどうかなのだ。
その点においては、二匹の子育ては壊滅的だった。
一応、始めの頃はしつけらしき行動を見せることもあったのだ。
「ゆっ、おちびちゃん、むーしゃむーしゃのときにこぼさないようにしようね!!」
「「むーちゃむーちゃ!!むーちゃむーちゃ!!ぱにぇっ!!しゅっげ!!」」
「ゆー、おちびちゃん!おかあさんのおはなしをききましょうね?」
親の話に全く耳を貸さない子供たちに手を焼き、ありすが舌で食事を一旦退けたことがあった。
「ゆ?」「ときゃいは?」
一心不乱に貪っていたゆっくりフードが目の前から消え、赤ゆっくり達は一瞬きょとんと呆けた。
そして、ありすがフードを舌で退けているのに気付くと、ずりずりとそっちの方に這いはじめた。
「ゆっ、おかあさんのおはなしをきいてからたべようね!!」
そう言ってれいむが二匹のゆく手を舌で遮る。
再びきょとんと眼をしばたたかせ、彼方のゆっくりフードと、そこまでの道を遮る二本の舌と両親の顔を交互に見やると、
赤ゆっくりたちはぶるぶるぶるぶると震えだし、そして爆発した。
「ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーっ!!」
「どがいばあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーーーー!!」
ありすもれいむも、見ていた私もぎょっとした。
生まれて初めて、自分の欲しいものが手に入らないという状況にぶつかった赤ゆっくり達の癇癪はすさまじかった。
顔中をぐしゃぐしゃにし、歯茎を剥き出し、涙と涎としーしーを撒き散らし、もみあげや髪をばたばた振り回して床を叩いた。
「いじべりゅうううううう!!おがあじゃんがいじべりゅうううううう!!!ゆ゛う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「おじゃがじゅいじゃあああああ!!!だべりゅ!!らんぢじゃんだべりゅううううう!!!どぎゃいばああああ!!」
激しくびたんびたんと床の上を跳ねる二匹に、れいむ達と私はしばらく呆然としていたが、
ありすがようやく二匹をなだめにかかった。
「ち、ちがうの!おちびちゃん!!いじめてるんじゃないのよ!!
た、ただ、むーしゃむーしゃのまえにままたちのおはなしを………」
「ゆ゛じゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぶう゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「ごばんじゃん!!ごばんじゃん!!ごばんじゃん!!ごばんじゃん!!ごばんじゃん!!ごばんじゃああああん!!!」
体中をぐんにゃりと歪ませてこの世の終わりのような唸り声を漏らす赤ありす。
狂ったように食事を催促してもみあげをぴこぴこぴこぴこ振り回しキーキー声をはりあげる赤れいむ。
子供たちの狂態に完全に圧倒されてしまった両親は、慌ててゆっくりフードを子供たちの前に押しやった。
「ご、ごめんなさい!!ほら、らんちさんよ、むーしゃむーしゃしてねっ!!」
「「ゆゆっ!!」」
赤ゆっくり達は憑き物が落ちたかのようにぴたりと止まり、すぐに顔中を笑顔にしてがつがつと食事を貪りだした。
両親はそこでふうと息をつき、胸をなでおろしていたが、私の中の不安は募るばかりだった。
赤ゆっくりの反応自体はこれが一番ひどかったのだが、
より決定的だったのが次の一件だった。
そこらをずりずり這い回るようになった赤ゆっくりは、ことのほかティッシュが気に入ったようだった。
床に置いていた私が迂闊だったのだが、二匹の赤ゆっくりはティッシュを見つけると、すぐに引っ張り出して遊びだした。
赤れいむはティッシュが抜けていく感触が面白いらしく、口に咥えて引っ張り出してはそこらに放りだし、すぐに次を咥える。
放りだされたティッシュを赤ありすがかき集め、
「ときゃいは!!こーでぃねーちょ!!」とわめきながらぐしゃぐしゃにしたり破いたりしていた。
始めのうちこそ、両親は「ゆううぅ~~……おちびちゃんゆっくりしてるよおおぉぉ~~……」と喜んでいたが、
私が床をドンと踏みつけると、不承不承動きだした。
どうも私がおちびちゃんの可愛さにやられるのを期待しているふしがあり、私がせかすまで動かない。
ともかく両親は、おちびちゃんを抑えてやめさせようと試みた。
「ゆゆっ、おちびちゃん、ちらかしちゃめっ!だよ!!」
「とかいはなれでぃならこんなことはしないわよね?」
子供の体を押さえ、微笑を浮かべて諭す親に向かって、子供たちはまた爆発した。
食事ほど切迫してはいないようで、前回ほど大声で泣きわめくことはしなかったが、
今回子供たちが見せたのは敵意と害意だった。
「れいみゅをじゃましゅるおきゃーしゃんにぷきゅーしゅるよ!!ぷきゅーっ!!」
「ゆぅううううううぅ!!?」
両親は狼狽した。
ゆっくりの威嚇行動である『ぷくー』は、ゆっくり当人にとっては威嚇行動以上の意味がある。
経験のない赤ゆっくりや妄想の激しいゲスが「まりささまのぷくーでゆっくりしぬんだぜ!!」などと叫ぶケースがあるが、
ぷくーで相手が死ぬか、ないしはダメージを受けると本気で思っているのは珍しいことではないのだ。
そんな赤ゆっくりにぷくーをされるということは、可愛いわが子が自分を殺そうとしているということである。
れいむ達は焦った。
「やべでっ!!やべでねええぇ!!ぞんなごどじだいでええぇぇ!!」
「なんでえええええ!?あんなにながよじがぞくだっだでじょおおおぉぉ!!?」
「ときゃいはにゃこーでぃねーちょをじゃましゅるみゃみゃにゃんかきりゃいだよっ!!」
「「ゆっがーーん!!!」」
わざわざ大声で宣言するほど、両親のショックは大きかった。
赤ありすからもぷくーをされ、そのうえ嫌いとまで言われた。
ぴこぴこをわさわさと震わせ、れいむは泣きながらわが子に詫びた。
「ゆぇええええん!!ごべんで!!ごべんでおぢびぢゃあああん!!」
「おでがいだがらままにぞんなごどいわだいでえええええ!!」
「ゆゆっ!!あそぼうね!!おかあさんといっしょにあそぼうねええ!!」
「ままもいっしょにあそぶわっ!!ままもなかまにいれてちょうだいっ!!」
「「ゆわーいっ!!」」
さっきまで殺そうとしていた両親にそう言われた途端、一転して子供たちはぱぁっと笑顔になって喜び、
家族ぐるみでティッシュを散らかしはじめた。
どうやら、この子供たちは、根っからのゲスというのとは違うらしい。
よくはわからないが、たぶん……さらに厄介な何かだ。
だが、もっと厄介なのは、このれいむとありすだ。
わが子に嫌われているとわかると焦っておたおたし、子供の意を通してしまう。
人の親として、いや違った、ゆっくりの親として最悪に近い性格だった。
その時は、子供たちが眠ってしまってかられいむ達が必死にティッシュを片付け、
私に向かってびたんびたんと土下座で詫びてきた。
そこまではまだ可愛げはあったわけである。
しかし、その件をきっかけに、れいむとありすは実質子供たちの奴隷と化した。
子供たちに嫌われるのを怖れ、その癇癪に怯え、甘い言葉と態度ばかりで接し、ひたすらゆっくりしていると誉めそやす。
子供たちもその気になり、生まれてからずっと自由奔放に振舞っていた。
部屋は散らかり、夜中までわめき声が響き、私のストレスは高まるばかりだったが、
私に促されても、二匹は子供たちに強く出ようとはしなかった。
自由勝手に遊び回る子供たち、それを見ているだけでゆっくりできるれいむとありす。
我慢しているのは私だけだった。
当初の約束などどこ吹く風、れいむとありすは日を追うごとに真剣味を薄めていき、
飼い主の私は適当になだめておけば済むと思っているようだった。
そう、限界だった。
躾け直さなければならない。私はれいむ達の尻を叩くことにした。
――――――――
「もう、いいかげんにしなさい!!」
「「ゆゆっ?」」」
床を踏み鳴らして怒鳴りつける。
うんうんとしーしーまみれの汚いタオルをずるずると引きずりながら台所にまで這い出てきた赤ゆっくり達。
仁王立ちの私を見上げ、きょとんと呆けている。
二匹に向かって私はさらに怒鳴った。
「こんなとこまで出てきちゃ駄目でしょ!ハウスに戻って!!」
「ゆっくちぃ~?」
「ときゃいは?」
赤ゆっくり達は言われても全く理解しておらず、首をかしげてゆんゆん揺れている。
「戻りなさい!!」
床を踏み鳴らしてさらに大声を張り上げると、ようやくゆっくりできない雰囲気だけは伝わったようで、
涙目になってぶるぶる震えてから「ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」と喚き出した。
「ゆゆっ!!おちびちゃん、だいじょうぶ!?」
そこでありすが駆け寄ってきた。
父親が到着したのを見て、赤ゆっくりはぱっと笑顔を浮かべ、「ゆっくり!!ゆっくり!!」ともみあげを振る。
「あんたたち、ぜんっぜん躾け出来てないじゃないの!!」
「ごめんなさい!!ごめんなさい!!れいむ、おちびちゃんをおねがい!!」
「ゆっ!!おかあさんといっしょにゆっくりしようね、おちびちゃん!!」
怒声を上げる私とゆんゆんはしゃぐ赤ゆっくりの間に割って入り、横目でれいむに指示を送るありす。
れいむがもみあげで子供二匹を引きよせ、そそくさとハウスの方に向かっていく。
もみあげを振りながらスタンバイし、母親に運ばれてゆきゃゆきゃ喜んでいる赤ゆっくりが腹立たしい。
父親が取り残されている剣呑な空気に、まったく興味もわかないのだろうか。
「ちょっと、その子たちこっちに戻しなさい!!」
「ごめんなさい!!ごめんなさい!!あとでありすがいってきかせるわ!!ごめんなさい!!」
毎回この調子だ。
私が怒れば、両親はとにかくその場から子供たちを引き離し、
片方が私をなだめすかし、片方がゆっくりハウスで子供をあやすという形が完成されていた。
徹頭徹尾、ゆっくりできないもの、剣呑な雰囲気には子供を近づけない。
赤ゆっくり達にこれ以上ないほど苛立ってはいたが、同時に哀れだった。
こんな育てられ方をしたゆっくりがどんな一生を送るのか、他人事ながら想像するだけでぞっとする。
この場で殺してしまったほうが慈悲だとさえ思えた。
「もういいわ。処分します」
「ゆーっ!!ごめんなさい!!ありすたちがんばるわ!!ごめんなさい!!」
ありすの謝罪にも、もはや逼迫感は薄い。今回もなだめれば済むと思っているようだ。
しかし今回は違う、私はずかずか歩き出した。
「ゆ~ゆ~ゆっくり~♪……ゆゆっ?」「ゆっ?」「ときゃいは?」
れいむと子供たちが立てこもっているゆっくりハウスの屋根を引き剥がす。ワンタッチで取り外し可。
子供たちに歌を歌っていたれいむが、きょとんと私を見上げる。
私は一切構わず、二匹の赤ゆっくりをひょいと取り上げて、三角コーナー用の小さなビニール袋に詰め込んだ。
「おしょらをとんでりゅみちゃい!!ゆっ!!こーりょ、こーりょ!!」
「ときゃいは!!ときゃいは!!こーりょ、こーりょ!!」
状況がわかっていない赤ゆっくりは、ぶら下げられて揺れるビニール袋の中でゆきゃゆきゃはしゃいでいる。
一方、両親は悲鳴をあげていた。
「ゆ゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛ーーーーーーーーーっ!!!?」
「どぼじでえええええ!!?がえじで!!おぢびぢゃんがえじでええええええ!!!!」
「処分します。この子たちは加工所に送るわ、こんなんじゃ貰い手もつかないでしょうし」
「がごうじょいや゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!?」
どばどば涙を流し、二匹は私の足にぽむぽむ体当たりを繰り返した。
「どぼじで!?どぼじで!?どぼじでがわいいおぢびぢゃんにぞんなごどでぎるどおおおぉ!!?
おねえざんはゆっぐじじでだいよ!!おにだよっ!!びどずぎるよおおおお!!!」
「じんじられないっ!!なんで!?おぢびぢゃんががわいずぎるがらじっどじでるのおおお!!?
ぎぎわげのないごどいわないでがえじなざいっ!!いながもの!!いながもの!!いながものおおおお!!!」
「約束!!!」
「「ゆ゛っ……!!」」
ぎゃあぎゃあ抗議してくる二匹に向かって、私はぴしゃりと言い放った。
「この子たちを生んで、育てる。それを許すために条件があったわよね?
私とした約束、覚えてるんならここで言ってごらん」
「ゆ…………」
「……お、お、おねえさんが………ゆっくり………」
「大きな声で!」
「!!………お、おねえさんがゆっくりできなくなったら、おちびちゃんを、すてる………」
「わかってるじゃないの。約束通りじゃない、何もおかしくないでしょ。
まさか、おちびちゃんが私をゆっくりさせてたなんて言わないわよねえ?」
「………!!………!!ぞんなっ………ぞんなあああ!!」
「ぼんどうにずでるなんでおぼわないでじょおおおおお!!?」
「信じなかったのはあんたたちの勝手。約束通り捨てるのは私の勝手。
これに懲りたら、次から飼い主との約束は真面目に受け取ることね」
ビニール袋の口をきゅっとねじり、こま結びに固く結わえてしまうと、台所の上に無造作に放り出した。
ゆべっ、と台所に叩きつけられた赤ゆっくりはゆぎゃあゆぎゃあと泣きわめきはじめた。
「ゆああ゛あ゛あ゛!!ないでる!!おぢびぢゃんないでるうううぅうぅ!!」
「泣こうが笑おうがどっちでもいいでしょ、どうせ死ぬんだから」
「びどいいいぃぃ!!おねえざんにはごごろってものがないのおおお!!?」
「それはあんたたちの方でしょ。可哀想だと思わなかったの?この子たち」
「「だんでえええええええ!!!?」」
「こうならないようにする方法はわかってたでしょうが!!」
座り込み、床をばぁんと叩く。びくんと萎縮する二匹に私はたたみかける。
「いい!?飼い主の私に迷惑をかけない、ゆっくりしたゆっくりに育てる。それが条件だったはずよ。
そうならなければ処分される。さあ、処分されないようにするにはどうしたらよかったの!?」
「ゆ………ゆ…………」
「それは…………」
「私がゆっくりできるように躾けることでしょ!?あなたたちがそれをしなかったから駄ゆっくりになった。
あの子たちが駄目になったのも、これから処分されるのも、あなたたちが躾けなかったからよ!
なんで躾けようと思わなかったの!?これから死ぬのよ、あの子たち、あなたたちのせいで!!あなたたちが選んだことよ!!」
「ゆ………ゆぅ……ゆぐううぅぅ………だって………ゆううぅ」
「……でも……でも………ゆぅ……でもおおぉぉ………」
目をそらし、言葉を濁している。その表情から、考えていることは手にとるようにわかった。
「おちびちゃんを見せれば飼い主も考えを変える」という楽観的予測は、子供を勝手に作ったときから変わっていなかった。
とにかく、ただ子供をゆっくりさせていれば、その可愛いゆっくりぶりに飼い主もほだされ、処分する気を失うだろう。
頭からそうあてこんで、ゆっくりできない躾なんかやらないでいたのだ。
まあ、それならそれでいい。
毅然として処分すれば、この二匹にもいい勉強になるというものだ。この体験学習に意味はあった。
哀れなのは赤ゆっくりなのだが、
残酷なようだが、スーパーに行けばひと山いくらで食用が売られ、
街中ではあちこちで死体をさらし、毎日のように駆除されているゆっくりである。
ぶっちゃけ、ある程度ドライにならなければゆっくり飼いなどやっていられない。
もともと処分するはずだったものを、れいむ達の躾のために利用し、用が済んだから予定通り捨てるというだけだ。
善行を施してやっている気などなく、ゆっくりを私の癒しのために利用しているのは自覚している。
しかし、街中で卑屈に物乞いをし、飼いゆっくりにしてくれと叫ぶ野良ゆっくりを見ていると、
ゆっくりにとって一生を自由な野良として過ごすほうがいいのか、
それとも飼いゆっくりとして人間に利用されるほうがいいのか判断はつかず、
ゆっくりを利用することに罪悪感はあまり湧かないのが正直なところだ。
そういうわけで、利用価値のない赤ゆっくりはポイさせてもらう。
しかし当然、れいむとありすはしつこく食い下がり、無視する私に向かって慈悲を乞い、無慈悲さを糾弾してきた。
二十分ほどもわめかせたところで、私は最後のニンジンをぶら下げてやった。
「じゃあ、もう一度だけチャンスを与えます」
「「ゆゆっ!!?」」
台所からビニール袋を持ってきて、鋏で口を切り開き、中の赤ゆっくりを二匹の前に転がしてやる。
涙と涎としーしーとうんうんがビニール袋の底の角にたっぷりと溜まっており、思わず「うぇっ」と呻いてしまった。
そんな密封された袋の中でさんざん転げ回ったらしく、赤ゆっくりも全身がびっしょりである。
そんな赤ゆっくりに舌を伸ばし、泣きわめく子供たちを涙目になってぺーろぺーろと舐める両親。
「ゆぅぅうぅうぅんん!!ゆうううううぅぅん!!よがっだ!!よがっだよがっだよがっだよおおぉぉぉ!!」
「べーろべーろ!!べーろべーろ!!いっじょよ!!ずっどずっどずーっどままどいっじょよおおぉぉ!!」
「ゆぎゃあああああああ!!ゆっぎゃあああああああん!!」
「ゆびいいぃい!!ゆびぇええええーーーーっっ!!」
ばぁん、とまた床を叩き、こちらに注目を向けさせる。
「五日後に、銅バッジ試験を受けさせます」
「ゆっ…………」
行きつけのゆっくりショップで、銅バッジ認定試験を受けつけていた。
バッジ試験といってもいろいろあり、銅、銀、金、プラチナとランクが分かれている。
銀や金といったバッジは、正式なゆっくり関連施設で試験が行われ、
ほぼ人間に準ずる権利と責任が与えられるプラチナ試験ともなれば、国立の最高機関主催のもとで年に一回行われるだけだ。
だが、単に「飼いゆっくりです」という印程度の意味しかない銅バッジなら、
マニュアルに従って試験を受けさせたうえで、市井のゆっくりショップ店員が自由に認定していいのだ。
だから、主に飼いゆっくりが生んだ子供を対象に、料金をとって銅バッジ試験を行っているショップは多いのである。
「そこでバッジがもらえるように躾けなさい。
その試験で、銅バッジがもらえなければ、その子たちはアウト。今度こそ処分します。
そうしたくなかったら、死に物狂いで育てることね」
「ゆゆっ!!ゆっくりわかったよ、おねえさん!!」
「ありすたちがぜったいとかいはなれでぃにそだててみせるわっ!!」
「ゆびぇえええぇん!!しゅーりしゅーりちてよおぉぉ!!」
「どぎゃいば!!どびゃいびゃああぁ!!ぺーりょぺーりょちてええぇ!!」
声は威勢がいいが、1ミリも信用できない。
私たちの会話に全く関心を抱かず、ただすーりすーりしろだのぺーろぺーろしろだのとわめく子供たちに応えてやり、
私の話に半分程度しか意識を向けていないれいむとありす。
また床を叩き、こちらに集中させて念を押す。
「わかってる!?その子たちがこれからもゆっくりするか、処分されるか、あなたたち次第なのよ!
あなたたちがちゃんと育てればその子たちはゆっくりできる。あなたたちがやらなければ殺される!
その子たちを生かすか殺すか、決めるのはあなたたちなのよ!!いいわね!?」
「「ゆっくりりかいしたよっ!!!」」
うん、無理だな。
もちろん、できるわけがないのは十二分に承知なのだ。
しかし今の時点で、こいつらの中では「まだ本気出してない」なのである。
お姉さんが子供を見逃すと思って躾をサボっていた。これでは、「本気でやれば育てられる」という思考の逃げ道を残してしまう。
すでに私の中では、子供を処分した上に去勢を施すことまで決定していた。
それを納得させるためには、「子育て能力が自分たちにはない」ということをつくづく身に染みさせなければならないのだ。
だから真面目にやってもらわねばならない。
本当に、これが最後のチャンスである。
――――――――
「それでは、こちらへどうぞ」
「はい」
ゆっくりショップ店員の青年に導かれ、ショップの奥の扉を開ける。
四畳半ほどの部屋には、中心にテーブルと椅子が置かれているほかにはほとんど物はなかったが、
壁には青空と雲、木々や川やゆっくりが描かれ、ゆっくりがリラックスできるような内装になっていた。
「ゆわーい!!ゆっくちできりゅおへやしゃんだよ!!ゆっくち!!ゆっくち!!」
「ときゃいはなこーでぃにぇーちょしゃんだあぁ!!ときゃいは!!ときゃいは!!」
「ゆふふ、おちびちゃんったら」
赤ゆっくり期を抜け、身体ばかりがテニスボール大の子ゆっくりになった二匹がぴょんぴょん跳ねて部屋に入る。
赤ゆっくり特有の舌足らずな発音は全く改善されていない。
両親がゆふふと笑いながらその後についていく。
「えーと……その、おちびちゃん達……ですよね?」
「はい……すみません」
確認してくる店員に、私は顔を赤らめた。
「ゆっ!!おにいさん、おちびちゃんたちをよろしくねっ!!」
「ゆっくりよろしくおねがいしますわ」
「うん、じゃあこっちに来てね」
「「おそらをとんでるみたい!!」」
店員の手に運ばれ、テーブルの上に導かれるれいむ一家。
ゆきゃゆきゃ言いながら跳ね回る子供たちを、両親がテーブルから落ちないように巧みに先回りして動き回るのでせわしない。
「それでは、これから銅バッジ認定試験を始めます。
お兄さんがこれからいくつか質問するから答えてね。いいかい?」
「ゆっくち!!ゆっくち!!」
「ときゃいは!!ときゃいは!!」
子供たちはお兄さんの言葉などまったく耳に入れようともしない。
人間の応対は親の仕事なのであった。
「ゆっくりわかったよ!!」
「わかったわ、おにいさん」
「いや、君たちじゃなくて、おちびちゃんに答えてほしいんだよ」
「れいむたちがかわりにこたえるよっ!!」
「それじゃ、おちびちゃんの試験にならないじゃないか」
「あんたたちは黙ってなさい!」
私にぴしゃりと言われ、不満げに口をつぐむれいむ達。
「それじゃ、試験を始めるよ。いいね?」
「ゆっくちちーちーしゅるよっ!!ゆっくちー!!」
子れいむがテーブルの上で粗相をしてしまった。
顔を真っ赤にして「すみません」とテーブルを拭こうとする私を制し、店員は笑って言った。
「大丈夫、大丈夫です。よくあることですから。じゃ、始めます」
その後、店員からいくつか質問が行われた。
「君のお姉さんは飼い主かな?それとも奴隷かな?」
「人間さんはゆっくりしているかな?」
「野良のゆっくりが「ずっといっしょにゆっくりしてほしいよ」と言ってきたらどうする?」
「(ゲスと金バッジの写真を見せて)どっちがゆっくりしたゆっくりだと思う?」
ごくごく基本的な質問が繰り返される。
ゆっくりが答えるたびにマニュアルと照らし合わせ、加点式で採点され、一定以上の点数で合格するしくみだ。
至極簡単なうえに、全問正解する必要さえない、実にぬるい試験である。
しかし、事務的に質問を繰り返す青年に対して、子ゆっくり達はほとんど無視を決め込んでいた。
一度など、質問してきた青年に反応して子れいむがじーっと見つめ返したことがあったが、
何が面白いのか「ゆきゃきゃきゃきゃっ!!」と笑いこけ、おまけにうんうんまでひり出した。
「それでは、これで銅バッジ認定試験を終わります」
認定試験は終わってしまった。
ついに、子ゆっくり達はただの一度も答えられなかった。
しまいには、子れいむがテーブルの上に伸びをして起き上がり、
「きょきょをれいみゅのゆっくちぷれいしゅにしゅるよっ!!」と叫んだ。
バッジ認定試験中のおうち宣言。論外もいいところである。
こうなることはわかりきっていたのだ。
「五日後にバッジ試験を受けさせる」との宣言を受けてからも、れいむとありすはなぜか子供たちを躾けようとしなかった。
まったく叱らず、自由放埓に振る舞わせ、部屋を汚すに任せていた。
完全に諦めて、最後の日々を噛みしめることにしたのだろうか?
それともあくまで私が本気ではないと考えているのか?
何を考えていたのか、それがここで明かされることになる。
「試験結果ですが、残念ながらこの子たちは………」
「ゆっ!!おにいさん、ゆっくりまってねっ!!」
「あせってこたえをだすのはいなかものよっ!!」
店員の言葉を遮り、れいむとありすが声をあげた。
子供たちの側に駆け寄り、私と店員の顔をゆっくりと見渡すと、子供たちの上でもみあげを広げてれいむが言った。
「ゆっくりおちびちゃんをみてみてねっ!!」
「え、さっきから見てるけど……」
「ううん、よけいなことをかんがえないで。すなおになって、ゆっくりしたまっさらなきもちで、よくみるのよ」
れいむとありすが指し示す中、子ゆっくり達は自分で宣言したゆっくりプレイスで「ゆぴぃ……ゆぴぃ……」と眠りこけ、
相も変わらず涎としーしーを垂れ流している。
全員でその子ゆっくりを見つめたまま、しばらくの間沈黙が流れた。よく見るとれいむとありすがぷるぷると震えていた。
やがて、目に涙さえ浮かべたありすが、私と店員の顔をたっぷり時間をかけながら見渡して、こう言った。
「……………ゆっくりしてるでしょう?」
あっ、と思った。
こいつら、ポンコツになってしまっている。
「ゆゆーっ!!そうだよっ!!れいむとありすのおちびちゃんは、とってもゆっくりしてるんだよおぉ!!」
ポンコツれいむが、やはり感極まって涙を流しながら叫んだ。
「れいむ、わかったんだよ!!
おちびちゃんをみてるうちに、ほんとうのゆっくりがなにかをわすれていたことにきがついたんだよっ!!
むーしゃむーしゃでこぼさないとか、うんうんさんをきまったばしょでするとか、よるさんはおおきなこえをださないとか……
そんなことより、もっともっとたいせつなことがあるのをわすれていたよっ!!」
「たしかに、とかいはなおぎょうぎもたいせつなことよ。
でも……でも、それをみがくために、ほんとうにゆっくりしたことがなにか、みんなわすれていってしまう。
じゆうにふるまうおちびちゃんたちは、たしかに、おぎょうぎがわるいかもしれない。
でも………でも!!おとなたちに、にんげんさんに、こんなにゆっくりしたおかおができる!?
こんなにゆっくりしたこえで、ゆっくりとふるまうことができる!?
これこそ、ほんとうのゆっくりだわ!!ありすたちは、しんじつのゆっくりをみうしなっていたのよ!!」
「……どうばっじさんはらくっだいっかもしれないね。おちびちゃんたち、おぎょうぎがわるかったもんね。
でも、でも!!れいむたちのおちびちゃんはとってもゆっくりしてるよっ!!それだけでじゅうぶんだよっ!!
ばっじさんなんかなくても、れいむたちのおちびちゃんはせかいいちゆっくりしたおちびちゃんなんだよおおおぉ!!」
王様は裸だとでも暴いたつもりでいるらしく、真実に到達した昂揚感を顔中にたたえて、
れいむ達は両のもみあげを大きく広げながらぷるぷるぷるぷるいつまでも震え続けていた。
――――――――
「ゆっくち!!ゆっくち!!」「ときゃいは!!ときゃいは!!」
「ゆふふ、ゆっくり!!ゆっくり!!」「みんなとかいはねっ!!」
ゆっくり達の鳴き声が車内にやかましく響いている。
ゆっくりショップを後にして、私のれいむ達はいよいよテンションを上げていた。
バッジ試験は当然落第である。
ショップを出てから、私は一言も喋らなかった。
そのことにも関心を抱かず、一家は家族でゆきゃゆきゃ盛り上がっている。
「ゆぅーん!!おにゃかしゅいちゃぁ!!」
「ときゃいは!!らんちしゃんたべりゅ!!」
「ゆゆっ、そうだね。しけんさんたいへんだったもんね!!おちびちゃんたち、よくがんばったね!!」
「おねえさん、ごはんさんにしましょう!!
きょうはゆっくりできるきねんびさんだから、ごうかならんちさんがいいんじゃないかしら?」
なんの記念日だバカ。
「ゆゆっ!!そうだね!!とってもだいじなことがわかった、たいっせつっなきねんびさんだからね!!
たくっさんっのごちそうさんでおいわいしようね!!ね、おねえさん!!」
「いいわよ。おちびちゃんにとっては最後のごはんさんだしね」
「「ゆぇっ?」」
後部座席で頓狂な声をあげるれいむとありすに、私は前方を見据えたまま淡々と告げた。
「おちびちゃんはこれから約束通り処分します。
躾けなかったんだから、あなたたちも文句ないわよね。おちびちゃんが殺されるほうを選んだんだもんね」
「「ゆ゛っえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!!?」」
悲鳴をあげる二匹。もはやどうでもいい。
「なんでえええええええ!!?わかってくれたんじゃないのおおおおおお!!?」
「誰がいつわかったって言ったのよ……」
「おちびちゃんはこんなにゆっくりしてるのよおおおおおおお!!!?」
「私は?」
「「ゆっ?」」
「私がゆっくりしてないのはなんで?ゆっくりできるおちびちゃんのはずでしょう」
「おねえざんがずなおにおぢびぢゃんをみようどじないがらでじょおおおおお゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!」
それが本心か。
こうなっては宗教と同じである。
互いに信仰が違う同士でぶつかり合うなら、議論は成立しない。戦争しかない。歴史が証明する真理だ。
結局、私が飼い主として未熟だったということになるようだ。
子供を作った時点で、まだ取り返しがつくと思ってしまった。
しかし、愛しいおちびちゃんを見ているうちに、れいむ達の中で、
それまでの躾で植え付けてきた飼いゆっくりとしての教養はすべて排斥されてしまった。
「飼いゆっくりにうかつに子供を作らせるな」の定石を、理屈はわかっていながら、私は遵守できなかったわけである。
つくづく買いかぶっていた。
銀バッジも取れ、聞き分けのいいゆっくりだと思っていたが、「おちびちゃん」がれいむとありすのスイッチだったようだ。
考えなしの従順さを賢さと取り違えてしまうという初歩的なミスを侵してしまったようだ。
最初から去勢済みを選んでおかなかったのも敗因か。
れいむとありすは、飼いゆっくりとしてはポンコツになってしまった。
ゆっくりとしての価値観のみですべてを計り、飼いゆっくりとしての処世術はかなぐり捨てられた。
飼いゆっくりでなく、本能で動く「まともなゆっくり」として生きるなら、
それはつまり人間の立場から言えば「害獣になる」という選択である。
であれば、れいむ達がこの結論に達した時点で子供もろともすべて潰すのが筋だろう。
だが、れいむ達への愛情は薄れかけていたが、それでもまだたしかに私の中に情はあった。
そして、躾に失敗したからといって、まがりなりにも飼った生き物を殺すという短絡的な選択を自分に許したくはなかった。
れいむ達はこれからも飼い続ける。去勢はする。
適度にあまあまと鞭を段階的に使い分ければ、再びなつかせられる可能性も決して低くはない。
今回のことは、結局私自身の経験として受け止めなければいけないだろう。
しかしともかく、子ゆっくり共は潰す。この二匹は私が飼ったわけではなく、れいむとありすが条件つきで飼ったペットだからだ。
胸に苦いものは残るが、やはり四匹も飼う余裕はない。最近寝不足なのだ。
「やべで!!やべでええええ!!ずでだいでえええええぇぇ!!!」
「ゆっぐりがんがえなおじでよおおおぉぉ!!どうじでぞんなにわがらずやなのおおおぉぉ!!?」
「ゆびぇええええええん!!おにゃがじゅいぢゃああああ!!!」
「らんぢじゃあああああぁん!!どぎゃいば!!どぎゃいばあああぁぁ!!」
ゆぎゃあゆぎゃあ騒ぎ立てるゆっくり達の声を聞き流し、私はスーパーの前で車を停めた。
「それじゃ、最後のごはんを買ってくるから。豪華なのを食べさせてあげるわよ」
「「ざいごのごばんざんじゃないでじょおおおおぉぉ!!?」」
わめくゆっくりを車の中に残し、私はスーパーの中に入った。
買い物を済ませて帰ってきた時には、車の中にゆっくり達の姿はなかった。
後部座席に残っていたのは、むしり取られたれいむとありすの銀バッジ、そして子ゆっくりのうんうんとしーしーの跡だけだった。
他のペットと同じく、夏場に密閉された車内にゆっくりを放置するのは脱水症状の危険がある。
そのために窓を少し開けていたのだが、その隙間によじ登り、身体を潜り込ませて脱出したらしい。
鍵はかけてあったので盗難の線は薄い。
「れいむ!!ありす!!ゆっくりしていってね!!ゆっくりしていってね!!」
人目もあって恥ずかしかったが、大声で呼ばわり、探し回った。
むしゃくしゃした気分を発散させたかったこともあり、買い物には三十分以上もかけてしまった。
いつ脱出し、どこまで行ったものか。
二十分ほどかけて探した時点で、ようやく「ゆっくりしていってね!!」の反応が聞こえてきた。
意外なところにいた。
高台にあるスーパーを囲む金網に遮られた向こう、草生の広がる斜面のはるか下に、れいむ達一家の姿があった。
動きの遅いゆっくりがあそこまで回りこむにはそうとうな時間が必要に思われたが、
どうやら斜面に沿って通る排水溝の中に潜り込んで金網のこちら側から向こう側に抜けていったようだ。
私は大声を張り上げて呼びかけた。
「何してるの!?れいむ、ありす!!戻ってきなさい!!」
「いやだよっ!!おちびちゃんをころそうとするげすなおねえさんのところにはかえらないよっ!!」
「ありすたちはかいゆっくりをやめることにしたのっ!!」
キンキンよく通る声で、れいむ達が返答を返してきた。やはり家出か。
「れいむはかわいいおちびちゃんたちがだいじだよっ!!
おねえさんもすきだったけど、おちびちゃんのことはもっともっとだいすきなんだよっ!!れいむはおかあさんなんだよ!!」
「おねえさんっ!!おねえさんとわかりあえなかったこと、とってもざんねんだわ!!
おねえさんがすなおになって、おちびちゃんをただしくあいすることができるようになったら、きっとまたあいましょう!!
いまは、だめよ!!いまのおねえさんははなしがつうじるじょうったいっじゃないわ!!しかたがないことなの、わかって!!」
「あんたたち、飼いゆっくりをやめて野良になるのがどういうことかわかってるの!?
野良ゆっくりは今までも沢山見てきたでしょう!!あんなふうになりたいの!?」
「ゆっ!!かくごさんはできてるよっ!!のらゆっくりはとってもたいへんなんだよ!!
でも、かわいいおちびちゃんたちがいるから、れいむたちはいくらでもがんばれるよっ!!」
「しんじつのゆっくりをみつけたわたしたちなら、なにもこわくないわ!!
しんぱいしないで、おねえさん!!ほんとうにゆっくりしたゆっくりのつよさをみせてあげる!!
それじゃ、またいつかあいましょう!!そのときは、おねえさんもおちびちゃんをかわいがってあげてねっ!!」
「「ゆっくりしていってねっ!!おねえさん!!」」
それを最後に跳ねてゆき、すぐにれいむ達は家々の隙間に潜り込んで見えなくなった。
私はいろいろと脱力してしまい、その場にゆっくりとへたり込んでしまった。
――――――――
「あのれいむが?」
「ゆっ、『ぷれいすおち』してきたのぜ」
やや意外な報告に、ぱちゅりーは片方の眉を上げた。
やれやれといった風情で、報告してきたまりさはちっちっと口に咥えた串を鳴らす。
『ぷれいすおち』とは、飼いゆっくりが野良になることを示す、野良ゆっくり内の俗語である。
人間の庇護=ゆっくりプレイスを追われて野良になったゆっくりは、まず、居心地のよさそうなこの公園に寄ってくるのが普通だ。
「むきゅう、ちょっといがいね。あのれいむはかいぬしとなかがよさそうにみえたけど。
あのかいぬしも、そうそうゆっくりをすてるてあいにはみえなかったけどね」
「じぶんでおちてきたのぜ」
「むきゅ……ああ、そう……」
飼い主に追い出されるか、自分で出てきたかでは、『ぷれいすおち』に対する野良の印象は違う。
飼い主の心証を害するのは飼いゆっくりとしてのルールに抵触するということであり、野良にとっては関係のない問題だ。
しかし、自分から飼いゆっくりよりも野良になることを望むということは、
気ままな野良生活に憧れを抱き、美化してしまっているということである。そういう手合いは面倒なのだ。
「で、このむれにいれてほしいっていってきたのぜ。どうするのぜ?」
「まあ、ことわるりゆうもないけど……きがおもいわね。あのれいむを、のらとしてむかえいれるのは」
ここは、大きな公園に作られたゆっくりの群れであった。
ぱちゅりーは群れの長であり、木串を口に咥えた傷だらけのまりさは副長のような位置にいる。
この公園は、件のれいむが飼い主との散歩でよく通り道にしていた場所だった。
寂しがりらしく、れいむはここにたむろする野良と話をしたがり、
飼い主に隠れて口に隠してきたあまあまを分けてくれることもあった。
もともと群れを作るくらいで統制はとれており、人間に飼われたゆっくりに手を出さない分別はあった。
ましてあまあまを持ってくるならVIP待遇である。
飼いゆっくりの施しに反感を持つ者、あまあまが欲しいだけの者、単純にれいむと友好を深めたい者、別にどうでもいい者、
思惑はいろいろだったが、ともかくそれぞれ、れいむに対し適当に応対できていた。
世間知らずな子供だとは思っていたが、ぱちゅりー個人としてはれいむは嫌いではなかった。
そのれいむが、野良の世界に入ってくる。
あまあま供給者として手厚く遇されてきた過去から、歓迎されるだろうとあてこんでいるのは想像できた。
気の重い新入りなのだった。
「ゆ、つがいのありすとおちびちゃんもぶらさげてきたのぜ。まりさはまだおちびちゃんはみてないけど」
「ああ~、そう……」
重い腰を上げ、ぱちゅりーはブルーシートの覆いをかき分けながら、ダンボールの家から出た。
「ゆ、おさ、ちょうしはだいじょうぶ?」
「ゆっ、おさ、こっちだよ」
「むきゅ、ありがとう」
串まりさを従え、広場に集まっている群れ仲間に案内されて、ぱちゅりーは公園の入り口に着いた。
「ゆっ!!おさ、ゆっくりしていってねっ!!げんきにしてた!?」
「むきゅ。ゆっくりしていってね」
ぱちゅりーは挨拶を返すと、もみあげをぴこぴこと振りながら満面の笑顔を向けてくるれいむから目をそらし、
その傍らにいるありすに声をかけた。
「そちらは、れいむのおよめさん?」
「ありすよ。どうぞ、ゆっくりよろしくね」
「ゆーっ!ありすはおよめさんじゃなくておむこさんだよっ!!ぷんぷん!!」
「ああそう、ごめんなさいね」
「ゆっくりゆるしてあげるよっ!!これからよろしくね、おさ!!」
完全に群れに入った気になっているれいむに、ぱちゅりーは質問を重ねた。
「まず、かぞくこうっせいをかくにんさせてちょうだい。おちびちゃんがいるんでしょう?」
「ゆゆっ!そうだね!!おさがきたから、みんなにしょうかいするよっ!!
れいむのじまんのおちびちゃんをみてみんなでゆっくりしていってねっ!!」
それまで背後に隠していた子供を、れいむはもみあげで持ち上げ、群れの前に差し出してきた。
「「おしょらをとんでりゅみちゃい!!」」
その子れいむと子まりさは、身体はむしろ子ゆっくりとしては大きめだったが、
その叫び声は完全に生まれた直後の赤ゆっくりそのものだった。
れいむのもみあげに支えられながら、自分たちを取り囲む群れの視線を見渡し、
子ゆっくり達は「ゆぅ?ゆぅー」「ときゃいは!!ときゃいは!!」と落ち着きなくもみあげをぱたぱた動かしている。
その口からは涎が、まむまむからはしーしーがだらしなく垂れ流されていた。
ぱちゅりーの背後で、串まりさが咥えていた木串をぱたりと取り落とす音が聞こえた。
「………なに、これ……」
「れいむとありすの、かわいいかわいいたからものだよぉっ!!」
思わず漏らしたぱちゅりーの声に、れいむが胸を張って応える。
「ゆゆっ!!きゃわいいれいみゅがしゅーぱーうんうんしゅるよっ!!ちゅっきりー!!」
「ときゃいはちゅっきりーっ!!」
衆目の中で、二匹の宝物は、ぶりんぶりんと尻を振りながらうんうんをひりだした。
ずりずり、と群れのゆっくりが後ずさる音が響く。
わざわざ撒き散らすかのようにあちこちに飛び散るうんうんを見ながら、
ぱちゅりーの眉に刻まれた皺はマリアナ海溝のように深くなっていくのだった。
「おさぁ!ちょっときてほしいんだよー!!おさぁぁ!!」
「むきゅう……またあのおちびちゃん……?」
うんざりした表情でぱちゅりーは顔を上げる。傍らの串まりさがちっちっと串を鳴らした。
駆け込んできたちぇんはぜいぜい息をつきながらぱちゅりーに訴える。
「あのおちびちゃんたちが、にんげんさんにあまあまをおねだりしてるんだよー!!」
「むきゅうぅ!!れいむとありすはなにをやってるのっ!?」
「なにもしないでみてるよー!!」
「……っとにもうっ!いまいくわ。まりさ、おねがい!」
「やれやれなのぜ」
公園掃除のスケジュール調整の会合は中断され、長のぱちゅりーと副長格の串まりさは家を出た。
あの一家が公園に来てから三日になるが、彼らのためにぱちゅりーが駆り出される事態はすでに十回を超えていた。
しかもそのすべてがおちびちゃん絡みである。
見ると、確かに公園の中心にある噴水のそばにれいむ一家はいた。
ベンチに腰掛けているサラリーマン風の青年が頬張っている菓子パンを見て、二匹の子供がぴょんぴょん跳ねてわめいている。
「ちょうだいにぇ!!ちょうだいにぇ!!きゃわいいれいみゅにあみゃあみゃちょうだいにぇ!!」
「ときゃいは!!ときゃいは!!ほちい!!ほちい!!しょれほちいいぃ!!」
「ちょうだい!!ちょうだい!!ねぇ!!ねぇ!!ちょうだいちょうだいちょうだいちょうだい!!」
体中に涎と泥をこびりつかせた子ゆっくり二匹が、あとからあとから流れる涎にぬらぬらと光沢を帯びて蠢く姿に、
青年はあきらかに顔をしかめ、今にも立ち上がらんばかりである。
親のれいむとありすはといえば、にこにこ微笑を浮かべて子供たちの姿を見守っているだけだった。
「なにやってるんだぜぇぇ!!」
「ゆべえぇぇ!!?」
駆け寄りざま、串まりさがれいむとありすの横っ面に体当たりを喰わした。
悲鳴を漏らして転がる二匹を尻目に、串まりさは舌を子ゆっくり二匹に添えてから、
勢いよく振り抜いて親のほうに放ってよこした。
「ゆびぇっ!!ゆっびぇええええええん!!」
「ゆばあああぁぁぁあ!!いっぢぁああいよおおぉぉぉぉ!!」
「ゆゆっ!!おちびちゃん!!おちびちゃあああぁん!!」
自分の痛みを忘れて子供たちにぺーろぺーろするれいむとありす。串まりさが「ちっ」と串を鳴らす。
そこでぱちゅりーが青年の前に歩み出て、深々と頭を下げて詫びた。
「ほんとうにごめんなさい、おにいさん。あのこたちはまだむれにはいったばかりなんです。
にどとしないようにいいきかせますから……」
「あーいいよ、別に……」
すっかり興を殺がれた風で青年は立ち上がると、さっさと立ち去ってしまった。
「ゆふううううぅぅぅぅ~~~~~~…………」
ぶわっと顔に噴き出た汗をもみあげでぬぐい、ぱちゅりーは深い深い吐息をつく。
虐待趣味の人間でなくて本当によかった。
しかし、目の前の危機は脱したとはいえ、こういうことが積み重なれば「公園のゆっくりは害獣だ」との評判が立ち、
恐ろしい一斉駆除を呼び込むきっかけにもなりかねない。
ゆっくりという生き物はいくら駆除してもすぐにわいてくるためにきりがないが、
その代わり死亡率も高いため、、放っておいても不思議と頭打ちになり頭数がほどほどで安定する傾向にある。
そのため、コストと人員を割いて駆除に乗り出すよりも、目に余らないかぎりは野良は黙認するのが人間社会での一般的な風潮だ。
人に迷惑をかけないように息をひそめ、目立ちさえしなければ、この公園はそれなりのゆっくりプレイスなのである。
しかるに、あの一家であった。
「びゃああああああ!!ゆ゛びゃああああああぁぁ!!おじぢゃんがいじべちゃあああ!!」
「あびゃあびゃぁぁ!!ありじゅのあびゃあびゃあああぁぁぁ!!がえじぢぇよおおおぉぉ!!」
「なんでおちびちゃんをいじべるのおおぉぉぉ!!?ひどすぎるよおおおぉぉ!!」
「ちいさいおちびちゃんにてをだしてはずかしくないのっ!!?ゆっくりあやまりなさいっ!!このいなかものっ!!」
「ちっちっちっちっ」
抗議をしてくる家族に冷めた視線を向け、串まりさはせわしく串を鳴らす。
「こたえてねっ!!おちびちゃんがなにをしたっていうのおおぉぉ!!」
「おさ、せつめいおねがいなんだぜ」
「むきゅ。ひとつ、じぶんからにんげんさんにちかづかない。
ひとつ、にんげんさんのものをねだらない。
ひとつ、おちびちゃんをかってにこうどうさせない。
とりあえず、すくなくともみっつのおきてさんをあなたたちはやぶっているわ。
まりさはゆっくりできないゆっくりをとめただけよ」
「おちびちゃんのやることでしょおおぉぉ!!?おとなげなさすぎるでしょおおぉぉ!!」
「こどものめんどうをちゃんとみられないいじょうにおとなげないことってのはそうそうないわよ」
「じゃ、おさ、せいっさいっするのぜ?」
「むきゅ。そうしてちょうだい」
群れの掟を破ったゆっくりできない仲間に『せいっさいっ』を加えるのは串まりさの仕事である。
群れの警察役として、串まりさは腕っ節を生かして働き、仲間たちに恐れられていた。
帽子の中から太く長い木の枝を取り出し、まりさはれいむとありすの前に立つ。
すでに群れの大半が集まってきてれいむ一家を取り囲んでおり、逃げ場はなかった。
「ほんとはおちびをせいっさいっしてやりたいけど、こどものふしまつはおやがせきにんをとるのがおきてなのぜ」
「ゆゆぅぅ!?やめてね!!やめてね!!」
「ありすたちをいじめてなにがたのしいのよおぉ!!?なんていなかものなむれなのおぉ!!」
「もうなんかいもせいさいされてるのに、まだじぶんたちのやってることがわかってないのぜ?」
「いっつもおちびちゃんのすることにけちをつけてえぇ!!
おちびちゃんがおぎょうぎわるいのはあたりまえでしょおおぉ!?」
「だからしつけるのがおやのつとめなのぜ。あたりまえのしつけをなんでやらないのぜ?」
「ちゃんとやってるよっ!!おちびちゃんはかしこいけど、ちょっとおぼえるのにじかんがかかるだけだよっ!!
おちびちゃんのことをしらないくせにかってにきめつけないでねぇぇ!!」
「しったこっちゃないのぜ。こっちはけっかだけではんだんするのぜ」
そう言い、串まりさは顎をしゃくる。
串まりさの部下にあたるちぇんとみょんがれいむとありすの後頭部をそれぞれ押さえ、底部をさらす格好にした。
その底部に、串まりさはしたたかにもみあげに握った木の枝を振り下ろした。
「「ゆぎゃああああぁぁっ!!」」
「ゆ゛ぁあああああん!!ゆ゛ぁああああ゛あ゛ん!!ぺーろぺーろぢでよおおぉぉ!!」
「あびゃあびゃたべちゃいよおおぉぉ!!あびゃあびゃ!!あびゃあびゃーーーー!!」
底部を打擲されて叫ぶ親にすり寄って泣き叫んでいる子供たちを、群れ仲間たちはおぞましいものを見る目で見ていた。
破られた掟一つにつき三つ、合計九回ずつ打たれたれいむとありすは、
地面に伏してゆぐゆぐと泣きじゃくりながらなお抗議の声をあげた。
「だんでぇぇ……?だんでなのぉぉ………?」
「どがいばじゃないいいぃぃ…………」
「なんかいもいっているじゃない。あなたたちがむれのおきてをまもらないからよ、むきゅ」
「まもってるよ………!!おきてはちゃんと………!!」
「ええ、おちびちゃんのことさえのぞけば、あなたたちはりっぱにむれになじんでるわ。
それなのに、おちびちゃんのことになると、なんでそんなにゆっくりできないことをするの?」
「おちびちゃんはゆっくりするのがしごとなんだよおぉ………!!
おちびちゃんがゆっくりしているから、みんなゆっくりできるんでしょおおぉ……!?」
「そんなくそきったないなまごみをみてゆっくりするやつは、このこうっえんにはひとりもいないんだぜ」
「ゆ゛ぎぃっ………!!!」
れいむとありすが歯噛みをする。
言下に切り捨てる串まりさの言葉はさすがにゆっくりできない言い様だったが、
あまりにも的確に群れ一同の心情を言い表しているために、串まりさをたしなめる者はいなかった。
「この、まりさぁっ……おとなのしっとはみっともないわよぉぉ……!!
おちびちゃんはなまごみなんかじゃないっ………ていっせいしなさいぃ!!」
「なまごみがきにいらなきゃうんうんなのぜ」
「ゆがああぁ!!おちびちゃんがかわいいからってしっとしてえぇ!!」
「だれがそんなのにしっとするのぜ。あかちゃんことばもぬけてない、しーしーとうんうんたれながし。
よくまあそんなおちびにそだてられたのぜ、ぎゃくにかんしんするのぜ。
なまごみをかわいがるのはそっちのかってだけど、むれにめいっわくをかけるならいつでもつぶしてやるのぜ」
そう言い捨て、串まりさは背を向けて群れの本部となるダンボールハウスに戻っていった。
ぱちゅりーもその後につき、遠巻きに見守っていた群れ仲間たちも三々五々散らばってゆく。
ただ一匹、頭のリボンにブローチを留めたれいむだけが泣きじゃくるれいむ達に近づいていって声をかけた。
「ゆっ………れいむ、だいじょうぶ……?」
「ゆ゛ぁあああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん!!でいぶ、でいぶううぅぅ!!
びんながおぢびぢゃんをいじべるんだよおおぉぉ!!」
「ゆ、でも、それはおきてさんをやぶったからだよ……おきてさんがだいじなのはわかってるでしょ?」
「おぢびぢゃんにぞんなむずがじいごどわがるわげだいでじょおおぉぉ!?」
「だからおとながみてなくちゃいけないし、そもそもそれくらいのおちびちゃんならふつうはわかるよ……。
ね、れいむのおうちでやすまない?」
「あじがどおおおおお」
ブローチれいむがれいむ一家を自分の家に誘い、一家はずりずりとその後についていった。
それを遠巻きに眺めながら、ぱちゅりーはふう、とまた息をついた。
振り返ると、やはり見ていた串まりさがちっちっと串を鳴らしている。
「いつもありがとう、まりさ」
「ゆん、これがまりさのしごとなのぜ。すけじゅーるのそうっだんをつづけるのぜ」
「ええ……」
先に本部に潜り込んでゆく串まりさ。
口は悪すぎるが、実際、気性の穏やかなぱちゅりーではあの一家にそう強くは出られなかっただろう。
こういう時はつくづく串まりさの存在がありがたかった。
腕っ節が強いのが串まりさの持ち味だったが、その実、頭のほうもそうとう回る。
こうして群れの行政を相談していても、その気配りや先見の明において決してぱちゅりーに劣るものではない。
ぱちゅりーは自分よりもむしろ串まりさのほうが長の器にふさわしいのではないかと思い、
そう持ちかけてみたことがあったが、串まりさは首を振って断った。
「まりさのしごとは、みんなにこわがられることなのぜ。こわがられなきゃ、けいっさつはできないのぜ。
でも、おさがみんなにこわがられてたらむれがまとまらないし、みんなゆっくりできないのぜ。
からだはよわいけどやさしくてあたまのいい、ぱちゅりーみたいなゆっくりがおさをやるのがいちばんなのぜ。
まりさはきらわれやくがしょうにあってるし、ぱちゅりーがおさでまんぞくしてるのぜ」
そういう事で、串まりさには劣る器と自分で思いながらもぱちゅりーが長を務めているのだった。
――――――――
「ゆっ、ゆっくりどうぞ、おちびちゃんたち」
「「ゆっくりいただきます!!」」
ブローチれいむの家で、一家はおやつに招かれていた。
ブローチれいむが育てている二匹の子まりさが噛み砕かれたどんぐりに口をつける。
「さ、おちびちゃんたちも……ゆゆっ」
「「むーちゃむーちゃ!!むーちゃむーちゃ!!ぱにぇっ!!うみぇっ!!」」
客の子れいむと子まりさにブローチれいむが促そうとしたが、言われる前に二匹はどんぐりに口を突っ込んでいた。
子まりさ達を押しのけんばかりに顔を突っ込み、はぐはぐくちゃくちゃと食べカスを撒き散らす。
飼いゆっくりと違い、食べカスを気にしない食べ方をするのが野良では普通だが、
それにしても子れいむ達の汚さは際立っていた。
一か所に落ち着いて食事をする子まりさ達に対し、
必要以上に涎を撒き散らし、尻をぶりんぶりんと振りながら食べる子れいむと子ありすはいかにも汚い。
外見的にも、よその子ゆっくりと並ぶことでその汚れはますます際立った。
「ゆふふ、れいむのおちびちゃんとぉ~ってもゆっくりしてるよぉ……」
「そ、そうだね……」
「ゆっ、とかいはなてぃーたいむにごしょうたいかんしゃするわ、れいむ」
「ゆん、どういたしまして」
大人たちは一歩引いて、おやつを貪る子供たちを眺めていた。
ブローチれいむも、飼いゆっくりから野良になった、いわゆる『ぷれいすおち』組である。
奇遇なことに、野良になった理由はれいむ達と同じであった。
飼われている間、帰りの遅い飼い主を待ちながら一日中ぽつねんと過ごす寂しさに耐えきれず、
飼いゆっくりが欲しいと飼い主に強くねだったのだ。
ありふれたケースだった。
ゆっくりが最も嫌うのは孤独である。
甘いお菓子も、ふかふかした寝床も、愉快なテレビも、
「しあわせー!」と楽しさを共有する仲間がいなければ、その喜びは半減以下なのだ。
これから死ぬまで一生一人ぼっちなのか、とある日想像したゆっくりが恐慌をきたし、番をねだるケースは多い。
最初に去勢を施しておかないかぎり、六割以上の確率でぶち当たる問題だと言っていい。
ブローチれいむの場合、ゆっくりの側も飼い主の側も頑として譲らなかった。
駄々をこね続けた結果、ブローチれいむはラムネで眠らされ、去勢された。
一生子供を作れない身体になったと知ったブローチれいむは深く絶望し、ほとんど廃ゆっくりになった。
不貞腐れているというレベルをはるかに越え、飼い主が話しかけてもほとんど反応せず、食事もほとんど摂らず、
いもしないおちびちゃんの幻影にぶつぶつと話しかけるだけの置物になり果てた。
「飼い主をゆっくりさせる」という行為は、通常のゆっくりにとっては見返りを期待しての仕事であり、
決してそれ自体が目的になるようなものではないのである。
母性が強く寂しがり屋だったブローチれいむにとって、子供を作り家族とゆっくりするという夢、生き甲斐が奪われた時点で、
飼い主に奉仕する動機は完全に失われたのだ。
死ぬまで永遠に人間に奉仕し続けるだけというゆん生は、彼女のゆん格を崩壊させるに充分な展望だった。
飼い主に媚びることをしなくなり、ただうんうんを垂れ流すだけのポンコツになったブローチれいむを飼い主は持て余し、
ほどなくバッジをむしり取られて道端に捨てられることになった。
殺すに忍びなかったのか、後始末を面倒くさがったのか、潰されなかったのは不幸中の幸いと言えた。
その後、野良生活の中で公園の群れに迎え入れられることで友達ができ、
子供を作れないブローチれいむと番になろうとする者こそいなかったが、
親が死んで孤児になった子ゆっくりの育て親を申し出ることで、念願の家族を手に入れることができたのだから。
おちびちゃん達と一緒に「しあわせー」と叫びながら食べる木の実は、飼い主の監視下で黙々とつつくケーキにはるかに勝った。
今になってみれば、なんで飼いゆっくりなんかやっていたんだろうと思うぐらいのものだった。
そんな彼女にとって、れいむとありすの番はとても他人事とは思えず、
群れでは疎んじられるこの一家と唯一積極的に接触していた。
「ゆーん、ねえ、れいむ、ありす……」
「なあに、れいむ?」
「そろそろ、おちびちゃんにおといれをおぼえさせたらどうかしら……?」
途端に番の表情が険しくなり、ブローチれいむはしまったと思った。
毎日群れの仲間に、おちびちゃんをなんとかしろ躾をちゃんとしろと責められている番は神経質になっていた。
「なにっ!?れいむまでおちびちゃんをいじめるのっ!?」
「とかいはじゃないわ!!れいむだけはおちびちゃんのみかただとおもっていたのに!!」
「ゆ……お、おちびちゃんのみかただからいうんだよっ!!」
しかし子供たちのことを思うと引き下がるわけにはいかなかった。
「おといれをおぼえさせるのが、なんでいじめなの?
このままじゃ、いっしょうおといれのできないうんうんゆっくりになっちゃうよ」
「ゆっ!!れいむはしんぱいしょうだね!!いくらなんでも、いっしょうこのままなわけないでしょ?」
「おちびちゃんたちはたいきばんせいがたなのよ。
ありすたちおとながあせってせかしてもぎゃくこうかなの。ながいめでみてあげなきゃね」
「ながいめって……いくらなんでも、こんなにおおきくなっておといれできないのはへんでしょ?」
「れいむのおぢびぢゃんはべんなんがじゃだいいいいい!!!」
怒鳴るれいむに、ブローチれいむはたじろいでしまう。
おちびちゃんの話さえしなければ、本当に素直で話のできるゆっくりなのに。
「なんでっ!?なんでみんなみんな、おちびちゃんをいじめるのおおぉ!?
おちびちゃんがいちばんゆっくりしてるのにっ!!みんなのほうがゆっくりしてないのにっ!!」
「しんじつのゆっくりをりかいするのはのらにはむずかしいのかしら……」
「「ゆっゆっちゅっきりーっ!!」」
「「ゆげぇっ!?」」
子れいむ達がさっさと食べ尽くし、まだ子まりさ達が食卓から離れないうちからうんうんをひり出した。
鼻先にうんうんを盛られた子まりさ達がぎょっとして飛びのく。
「「ゆふふ、ごめんね、まりさのおちびちゃんたち!!」」
「「おかーさん、れいむたち、きたないのぜー!!」」
「ゆ、おちびちゃんたち……ゆっくりゆるしてあげてね」
「「ゆうー……」」
(なんでこれがしんじつのゆっくりなんだろうね……)
ブローチれいむは疑問である。
群れのおちびちゃんを見ても、れいむ達は全く焦る様子がない。
むしろ、自分のおちびちゃんは特別ゆっくりしているといよいよ自信を深めている節すらあった。
一体どうしたものか、ブローチれいむには見当がつかない。
――――――――
「で、どうするのぜ?」
「むきゅ?」
「あのいっかのことなのぜ」
群れの中での公園掃除の分担を決め終えたところで、串まりさは目下の大問題を持ち出した。
「むきゅう……」
「わかってるはずなのぜ。あのつがい、なんかいいってもおちびをしつけようとしないのぜ。
きょうみたいなことがこれからもつづくなら、むれがくじょされないともかぎらないのぜ」
「むきゅ、わかってるわ……」
「まったく、かいゆっくりのときはすなおなれいむかとおもってたけど、とんだやっかいものだったのぜ。
あのつがいはげすじゃないから、おさもなかなかふんぎりがつかないのはわかるのぜ。
そういうときはむれのみんなのかおをおもいうかべるのぜ」
「わかってるってばっ、むきゅっ」
串まりさを遮り、ぱちゅりーはもみあげを振る。
ゆっくりというものは、ほぼ例外なく親バカである。
自分のおちびちゃんが世界一かわいいと信じて疑わない。
しかしそれにしても、あの番は異常だった。
「べつにあたまのわるいふうふにはみえないけど……あのおちびちゃんをみてて、ふあんにならないのかしら?
あれじゃ、ぜったいにじりつできないわ。いっしょうめんどうをみるきなのかしら」
「ちっちっ。はんっどうじゃないのかぜ?」
「はんっどう?」
「ことわっておくけど、まりさがかってにかんがえたことなんだぜ。
たぶん、あのつがいはもともとかいゆっくりにはむいてなかったのぜ。
かいゆっくりはたいへんなのぜ、むーしゃむーしゃしあわせーもできないし、ともだちもじゆうにつくれないし、
おちびもじゆうにつくらせてもらえないのぜ。
かいゆっくりにあこがれるのは、かりがへたでおなかをすかせてる、よゆうのないやつだけなんだぜ。
そりゃあのらもゆっくりできないけど、しあわせーきんし、ともだちきんし、おちびきんしのかいゆっくりなんて、
たべものさえとれていれば、うらやましがるゆっくりはいないのぜ。
にんげんなんかのごきげんをうかがいながら、あまあまだけでまんぞくしなきゃいけないゆんせいじゃ、わりにあわないのぜ」
「ええ……」
人間の目に映る野良ゆっくりとは、あまあまを求めて物乞いや恫喝をしてくる手合いばかりである。
そのために人間は、ゆっくりにはあまあまさえ与えていれば満足するという偏見を持っているが、
その実、ゆっくりにとっては、おちびちゃんや家族が作れず友達もいない人生(ゆん生)というものは、
想像しただけでぞっとする、死んだほうがましだ、と思えるようなものなのだ。
別に家族や友達などいらない、あまあまさえあればいい、という嗜好の個体や、
共同体からはじかれた厄介者で狩りをする能力もなく明日にも死にそうなほど逼迫した個体、
あとは人間を奴隷にしてあまあまを献上させようとする極端なゲスばかりが人間の目につくが、
飼いゆっくりの実情が知られた都会では、そうではないゆっくりが大部分なのである。
「そんなかいゆっくりせいかつをつづけてきたけど、あのとおり、ぼせいのつよすぎるれいむたちなのぜ。
〝おちびをつくるな〟とずっとかいぬしにいわれていたのを、かってにつくったのぜ」
「むきゅ、そういっていたわね」
「はんっどうなのぜ。
あれもするなこれもするな、ともだちをつくるなおちびをつくるな。
きゅうっくつでさびしいかいゆっくりのしめつけにずっとはんかんをかんじていたのぜ。
そのはんっどうで、おちびはしつけなんかしないでじゆうにふるまわせてる。
きゅうっくつなしつけなんかいらない、そんなものなくてもゆっくりできる、いや、むしろないほうがゆっくりできる。
じぶんでそうおもいこんでるから、あんなおちびでもゆっくりしてるようにみえるんじゃないのかぜ?」
「………なるほどねぇ、むきゅう……」
「いや、まりさがかってにかんがえたおくそくなんだぜ。
とにかく、あのつがいはきけんなのぜ。じきをみて、おいだしたほうがむれのためなのぜ」
「むきゅ、そう、そうだけど………」
ぱちゅりーの脳裏に、純真な瞳であまあまを持ってきてくれた飼いゆっくり時代のれいむの姿がちらつく。
「もうすこしじかんさんをちょうだい。なんとか、ぱちゅりーからもはなしてみるし……」
「ちっちっ、おさはぱちゅりーなのぜ。まりさは、おさのけっていにしたがうだけだぜ。
じゃ、みまわりにでもいってくるのぜ」
「いってらっしゃい」
串を鳴らしながら、串まりさは本部を出ていった。
ぱちゅりーはまた吐息をついた。
――――――――
「ゆっくち!!ゆっくち!!」
「ときゃいは!!ときゃいは!!」
「ゆゆっ、うんうんれいむがきたよ!!」
「ゆげーっ、みんなあっちでゆっくりするのぜ!!」
公園の砂場近く、ゆっくりの子供たちが遊んでいるところに、新入りの子れいむと子ありすが寄ってくる。
それまでどんぐりを転がして遊んでいた群れの子ゆっくりたちが露骨に不快感を現して離れていこうとした。
その前に子れいむ達の両親が立ちはだかる。
「ゆゆっ、おちびちゃんたち、れいむのおちびちゃんとあそんであげてねっ!!」
「ゆふふ、なかまはずれはとかいはじゃないわよ?」
「「「ゆええええぇぇ………」」」
子れいむと子ありすは、群れの子供達から全力で嫌われていた。
まず、まるで赤ゆっくりのように涎と糞便を撒き散らして汚い。
それでも最初は、大人たちの「なかはまずれはゆっくりできない」との苦言に従い、
素直な子ゆっくりがなんとか仲間に入れて遊ぼうと試みた。
しかし二人の子ゆっくりには周囲への気配りというものがまったくなく、
みんなで遊んでいたオモチャを独占してゆきゃゆきゃはしゃぎ、
他の子ゆっくりがそれに触ろうとしたらゆぎゃあゆぎゃあと泣き喚く。
子ゆっくり達がうんざりして遊ぼうとしなくなるのも当然だった。
そしてもう一つ、子れいむと子ありすが嫌われる大きな要因として、
この二人には常に両親がぴったりと寄り添っている事実があった。
この大きさの子ゆっくりなら、ひとまず遠目でも大人の目につく範囲であれば好きに動いていいのが群れの慣例だが、
この二人はいつも背後に両親がくっついている。
両親は子供たちの遊ぶ姿を微笑ましく見守っているつもりでゆふふと微笑を浮かべているが、
子供たちにしてみれば常に監視されているようでゆっくりできない。
実際に、自分たちの子供が少しでも爪弾きにされているとみれば、
「なかまはずれはゆっくりできないよ」という良識ただひとつを楯にして子供たちに説教をたれ、
自分の子供と遊ばせようとするのだ。
子供にも増して、この夫婦はもはや蛇蝎のごとく忌み嫌われていた。
「さ、みんなでなかよくあそぼうね!!」
「ゆううぅ………いやだよおぉ……」
「あのれいむとありすはゆっくりできないよおぉぉ……」
大人ゆっくりの言うことをよく聞く素直な子ゆっくりのグループではあったが、
そんな彼らでさえ、子れいむ達と遊ぶことに難色を示した。
「もうっ!!おとなのいうことをきいてねっ!!」
「ききわけがないのはとかいはじゃないわよ?すなおになってあそべば、とってもゆっくりできるこたちなのよ」
子供たちの冷めきってうんざりした視線にこたえる様子もなく、ぷりぷりと諭す夫婦。
「ゆ、れいむ、ありす……むりじいはゆっくりできないよ」
「「「ゆえええぇぇん!!おばちゃああぁん!!!」」」
その時、ブローチれいむがやってきて夫婦に苦言を呈した。
助けがきたことに安堵し、子供たちがブローチれいむの足元に駆け寄ってその背後に隠れる。
「ゆゆっ!!れいむ、おちびちゃんたちのおゆうぎをじゃましないでねっ!!」
「おゆうぎになってないよ。ねえ、おちびちゃんたちだって、せいっかくがあわないこともあるよ。
いやがるのをむりにあそばせるのはゆっくりできないよ」
「そーだ、そーだ!!」
「れいむおばちゃんにさんせいー!!」
ブローチれいむの尻馬に乗って声を上げる子ゆっくり達に「ゆぐぐぐぐ……」と歯軋りをするれいむ達。
「おとなにむかって、そんなはなしかたをするのはゆっくりできないよ!!おちびちゃん!!」
「まったく、おやはどんなそだてかたをしてるのかしら……」
お前たちだけには言われたくない、とれいむ一家以外の全員が思う。
子供たちが去っていってしまったあとで、ブローチれいむの養子の子まりさ二匹がおずおずと前に出てきた。
「ゆー、れいむ、ありす、いっしょにあそぶのぜ?」
「「ゆゆーっ!!」」
殊勝な子達なのであった。
育ての親のブローチれいむを深く慕う二匹は、普段から「あのこたちとできるだけあそんであげてね」と言われており、
大変とは思いつつも母親を喜ばせるために子れいむ達と遊ぶよう努力していた。
子供ながらにボランティア感覚である。
「ゆゆーっ、おちびちゃんたちはゆっくりしてるねっ!!」
「みんなでなかよくあそんでね!!とかいはよっ!!」
呑気に喜んでいる両親。
ブローチれいむは、他人の子供に無理強いしてはいけないと言った矢先に、
我慢しながら遊び相手を申し出る我が子たちに申し訳なく思いつつも感謝していた。
この両親のもとでは、この子たちはまともに育たない。
なんとか両親以外のゆっくりと接触させ、社会性を育む助けになればとブローチれいむは思っていた。
ブローチれいむが焦るのは、この両親に自分の姿を重ね合わせていたからである。
彼女から見てもれいむ達の育て方はひどすぎた、いや、育てているとさえ言えなかった。
しかし、飼いゆっくり時代に自分が子供を作れていたらどうなっていたのか、彼女にはわからなかった。
今なら、群れの別の子ゆっくりと比較して、あの子たちはひどいと思える。
だが他に比べる相手がいない状況下で子供を産んだらどうなっていただろう?
狩りを教える必要もない環境下で、子供可愛さにただむやみに甘やかしていたのだろうか?
自分がいま育てている子まりさ達を引き取ったのも、赤ゆっくりをとっくに脱したあとだった。
同じ元飼いとして、どうしてもこの両親を責める気にはなれなかった。他のことではまともなだけに。
「ゆっ、それじゃ、かけっこしてあそぶのぜ!!」
「まりさたちはしゅんっそくなんだぜ!!」
「ゆーっ!!ゆっくりおいかけっこ!!」
「ときゃいは!!ゆっくちー!!」
子供達は競争をして遊ぶことにしたようだ。
50センチほど離れた石を目印にして、誰が一番速く着けるかの競争である。
「おかーさん、あいずをおねがいなのぜ!!」
「ゆっ、わかったよ!!ゆーい……ゆゆっ?」
「ゆっくち!!ゆっくち!!」
「ときゃいは!!ときゃいは!!」
合図を待つことなく、子れいむと子ありすは先に駆け出していた。
「ゆゆ……ゆーい、どん!!」
戸惑い気味のブローチれいむの合図に合わせ、苦笑しながら子まりさたちが駆け出す。
れいむとありすはといえば、無邪気に「おちびちゃん、がんばってね!!」ともみあげをふりふり声援を送っている。
おなじ「駆け出す」とは言っても、子まりさ達はぴょんぴょん跳ねているのに対し、
子れいむと子ありすはずーりずーりと地面を這っている。人間でいえば、四つん這いで這っているのと同じだ。
フライングしたとはいえ当然速度の違いは歴然たるもので、半分もいかないうちに子まりさ達が追い抜いてしまった。
「ゆゆっ、おいぬいたのぜー」「まりさたちのかちなのぜー」
「ゆびいぃぃいっ!!」「ときゃいは!!ときゃいはぁぁ!!」
少し挑発すると、すぐに子れいむ達が半泣きでわめき始めた。
やれやれといった調子で子まりさ達がスピードを落とす。
一足ごとに1センチも進まないようなゆっくりした速度で跳ねる子まりさ達の横を、やがて子れいむ達が追い抜く。
その時にはもうゴール直前になっており、子れいむが一等でゴールした。
ちなみに子ありすは道半ばでしーしーをしていた。
「ゆーっ!!ゆゆーっ!!れいみゅがいちびゃん!!いちびゃーん!!」
「ゆゆー、まけちゃったのぜ~」
「れいむははやいのぜ~」
当然、負けたとたんに癇癪を起して泣き喚く子れいむのために、わざと負けてやったのだ。
しかし、れいむは石の上によじ登り、勝ち誇って叫び続けた。
「のりょまのまりちゃなんかよりれいみゅのほうがはやいんだよっ!!」
「「……!!」」
「れいみゅしゅんっそくっでごめんにぇ~♪きゃわいくってごめんにぇ~~♪さいっきょうっでごめんにぇ~~♪」
「………さ、さいっきょうっかはわからないのぜ……?」
「ゆ、まりさはけんかがつよいんだぜ!!」
劣ってもいない足を馬鹿にされた上に、まりさ種が敏感に反応する『さいっきょう』の単語を持ちだされ、
プライドを逆撫でされた子まりさ達はムキになって反撥した。しかし子れいむの態度は増長するばかり。
「ゆきゃきゃきゃきゃっ!!まけいにゅまりちゃ~~♪くやちいまりちゃ~~♪ゆんゆんゆ~~ん♪」
「「ゆぎぎぎぎぎぃ………!!」」
子供じみているように見えるが、この時点で跳びかからないだけ立派なものである。子まりさ達は耐えていた。
親れいむ達は「ゆーん、おちびちゃんったら!!ゆふふっ」などと呑気に微笑んでいる。
おろおろと見ていたブローチれいむがなんとか空気を変えようと口を挟もうとした矢先、信じられないことが起こった。
「れいみゅのさいっきょうっあたっくだよっ!!」
「ゆべえっ!!?」
「お、おにぇーしゃんっ!!?」
増長しきった子れいむが、最強を証明しようとしてか、石の上から子まりさの頭上に飛び降りたのである。
通常、子ゆっくり同士の喧嘩はぽふぽふと横から体当たりする程度で大怪我には至りにくい。
しかし、自重と同じ程度の(実際には子れいむの方が少し大きかった)相手が頭上から全体重を落としてきたら大怪我は必至だ。
普通に育った子ゆっくりの神経ならやらないような危険な行為であった。
「ゆっぶぶぶぶげげげげ………!!!」
「おにぇーしゃん!!おにぇーしゃあああん!!!」
子まりさはひしゃげ、口から餡子を漏らし、舌を半分近く噛み切り、右の目玉は飛び出して転がっていた。
「「「ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛おぢびぢゃあああああん!!!」」」
親たちが我が子の元へ駆け寄った。
そう、親れいむ達が駆け寄ったのは自分の子供、子れいむの元であった。
子れいむは子まりさの頭上でバランスを崩して落ち、後頭部をしたたかに地面に打って泣き喚いていたのだった。
「ゆびぇえええーーん!!いぢゃいよおおおおぉぉ!!」
「おぢびぢゃんっ!!おぢびぢゃん!!ゆっぐりじでねっ!!ぺーろぺーろぉぉ!!」
「ゆっくりしてちょうだいっ!!とかいは!!どがいばあああ!!」
「……………!!!!」
目玉を飛び出させ、泣き叫ぶことすらできない子まりさを介抱しながら、ブローチれいむは涙を讃えた目で、
初めて憎しみをこめた視線をれいむ達に向けた。
「ゆ゛ぶう゛………ゆぶ゛う゛………あばあば………」
「もうあんなこたちとはあそべないよっ!!せいっさいっしてよおおぉぉ!!」
「ごべんね………ごべんね………おぢびぢゃん…………おがあざんがわるがっだよ………ごべんでえぇ……!!」
育ての親のもみあげに抱かれながら、子まりさが泣き喚いている。
怪我をしたほうの子まりさは、本部で大事に保管されていた飴玉を与えられ、それをしゃぶって舌の治療に務めていた。
飛び出した右目もなんとか眼窩にはめこまれたが、いびつに明後日の方角を向き、元通りに動くかどうかいかにも怪しかった。
当然、大騒ぎになった。
群れの大人たちが総出でれいむ一家を取り囲み、詮議をしていた。
「ゆー、ごめんね!!おちびちゃんがどじだったんだよ!!」
「おちびちゃんどうしのおゆうぎよ。けがしちゃうこともあるわ」
いまだに泣き喚いている子れいむをすーりすーりと介抱しながら、親れいむ達は呑気に長の詮議に答えていた。
ちなみに子ありすはかけっこの途中からずっとゆぴぃゆぴぃと眠っている。
「なにがどじだあああぁぁ!!あぎらがにわざどやっでだでじょおおおお!!?
びどごどぐらいあやばれえええええええ!!!ごのげずううううううぅ!!」
「ゆゆっ、ごめんね!!おちびちゃんだいじょうぶ?」
「ごめんなさいね、れいむ。ね、おちついてちょうだい?」
その時まで、ついぞ謝罪の言葉はなかった。子まりさの容体さえ把握していたのかどうか。
冷静に受け答えするれいむ一家、頭に血を登らせてわめき立てるブローチれいむ。
そんな状態でさえ、群れの全員がブローチれいむの供述を信じた。普段は群れで一番大人しい彼女の激昂に、皆が心を痛めていた。
「ちっちっ。……おさ」
「………むきゅ、わかっているわ。まさかこんなにはやく、〝じき〟がくるなんてね……」
長のぱちゅりーがれいむ一家の前に進み出る。
「ゆっ、おさ!!たいへんだったね!!」
「れいむ。むれからでていってちょうだい」
「「ゆっ??」」
ぱちゅりーの言葉に、一瞬二人が固まる。やがて爆発した。
「「ゆ゛っ………な゛んでえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!?」」
「たゆんのおちびちゃんにけがをさせて、まだわからないの?
あのまりさがあんなめにあったことをいったいどうおもってるの、あなたは?」
「おちびちゃんどうしのじこでしょおおおお!!?しょうがないでしょおおおお!!!」
「ええ。ふだんからのしつけでふせげたじこよ」
「なにそれええええ!!?おちびちゃんがほんきでけがさせようとしたっていうのおおお!!?」
「ほんきだろうとおふざけだろうと、そんなあぶないことをするおちびちゃんは……
いいえ、そんなおちびちゃんにそだててへいきなあなたたちはむれにおいておけないわ」
「あぶないかどうかおちびちゃんにわかるわけないでしょおおおお!!」
「まともにそだてていればわかることよ。
ほかのおちびちゃんをみていてわからないの?じぶんのおちびちゃんが、おくれすぎてるって」
「どうみてもれいむのおちびちゃんがいちばんゆっくりしてるでしょおおおおぉぉ!!?」
「ちっちっ。おさ、もういいのぜ」
ぱちゅりーの前に、串まりさが進み出て遮った。
「むきゅ、まりさ……」
「どうせでていくゆっくりなのぜ。かってにかんちがいさせておけばいいのぜ」
「…………」
「なんなのぞれええええええ!!!!」
「またあなたなのおぉ!?おちびちゃんがそんなににくいのおおお!!」
「はいはい、ゆっくりゆっくり、なのぜ。
もうそれでいいのぜ。おまえたちのおちびがいちばんゆっくりしてるのぜ」
「わかってるんだったらおいださなくてもいいで……」
「ところが、なのぜ。このむれのみんなはみんなゆっくりしてないげすなんだぜ。
げすだから、そのおちびたちのゆっくりっぷりがぜんぜんわからないのぜ。
わからないし、しっとしてるから、みんなそのおちびをきらってるのぜ」
「なにひらきなおってるのおおおおぉぉ!!?」
「なにをあせってるのぜ。そんなにゆっくりしたおちびなら、べつにおいだされてもかまわないはずなのぜ?」
「「ゆぇっ??」」
「ざんねんながら、このむれはげすのむれなのぜ。
でも、ほかのむれにいけば、ふつうのゆっくりならそのおちびをみてゆっくりして、
にんきもののおちびをちやほやしてくれるはずなのぜ。
にんげんだって、そのゆっくりしたおちびちゃんのためにあまあまをいくらでもさしだすんだぜ。
どこへいってもゆっくりできるのぜ。べつに、こんなげすのむれにしがみつかなくてもいいはずなのぜ?」
「「……………………!!!」」
れいむとありすは何も言い返せず、ぎりぎりと歯噛みするばかりだった。
「ゆっ、そうだねっ!!こんなげすどもにはたよらないよっ!!」などと即答しないのを見ると、
やはりこの二匹にも一筋の理性はあったようだ。
ぱちゅりーは二匹に同情した。しかし、群れのために決定を覆すわけにはいかない。
「わかったらさっさとでていって、せいぜいほかのゆっくりプレイスでちやほやされればいいのぜ。
まりさはげすだから、おまえたちをいますぐえいえんにゆっくりさせたくてしかたがないのぜ」
そう言う串まりさの串はぶるぶると震えている。
「「ゆひぃっ……!!」」
「おまえたちがむれにとどまるつもりなら、むれのおきてにしたがってせいっさいっしなきゃいけないのぜ。
でも、いまのまりさがせいっさいっしたら、きっとえいえんにゆっくりさせちゃうのぜ。
だからでていったほうがおまえたちのためにもなるとおもうんだぜ。
れいむ。それでいいのぜ?」
串まりさに振られたブローチれいむが、涙を流し唇を噛みながらもやっとのことで頷いた。
「あのれいむががまんしてるから、みんなもがまんしてるのぜ。
みんなのきがかわらないうちに、すなおにでていったほうがいいとおもうのぜ?」
「お……おさ………おさぁっ…………!!」
涙目になって救いを求める視線をぱちゅりーに向けてくるれいむ。
ぱちゅりーは串まりさの前に進み出ると、声を励まして言い渡した。
「れいむとありすを、このむれからついっほうっするわ!
もし、これからこのこうえんでれいむとありすをみかけたら、むれのだれでもせいっさいっするけんりがあるわ。
もしもかくまうゆっくりがいたら、そのゆっくりもせいっさいっされるわ。
さあ、でていきなさい!!」
「このげす」「おちびちゃんはゆっくりできるんだよ」「ゆっくりしたおちびちゃんならどこでもゆっくりさせてくれるよ」
数々の捨て台詞を吐きながら、それでも子供たちを連れてれいむ達は出ていった。
ぱちゅりーは最後の深い深い息をつく。
「おさ。おつかれなのぜ」
「いいえ。またあなたにたよってしまったわ……」
「いや、まりさはよけいにいいすぎちゃったのぜ」
「そうはおもわないわ」
友達に囲まれているブローチれいむのもとに歩み寄り、声をかける。
「れいむ。おちびちゃんはだいじょうぶ?」
「ゆ………なんとか、べろさんはなおるとおもうよ……おめめさんはわからないけど……」
「ぱちゅりーがもっとはやくついっほうしていればこんなことにはならなかったわ。
むれのおさとして、おわびさせてちょうだい」
「ゆゆん、れいむがじぶんできめたことだよ。よけいなおせっかいをしたれいむがわるいんだよ……」
「……あとでまた、おみまいにあまあまをもってくるわ。ゆっくりやすんでちょうだい」
「ゆん……おさ、ゆっくりありがとう」
ブローチれいむとぱちゅりーの視線が交わる。
互いの胸中が手に取るようにわかる。共に、あの一家に対してなにもできなかった無念を抱いていた。
「ちっちっちっ。
まったく、むのうはげすよりやっかいなんだぜ。まわりのざいっあくかんまで、ゆっくりできなくさせていくのぜ」
慰めのつもりだろうか、串まりさはぱちゅりー達の背中ごしにそう言い捨て、本部へと戻っていった。
夕日が公園を赤く染めかけていた。
――――――――
暗い部屋の電気をつける。
帰ってくるたびのこのひと手間に、いつも気が滅入る。
前は帰りを待ち、挨拶してくれる同居人がいたが、今はもういない。
あのれいむとありすが出ていってから一週間がたつ。
このところなかば放心状態で、部屋が散らかりはじめていた。
足元に散らばるビニール袋を拾い集め、ゴミ箱に乱暴に押しこむ。
最後はひどい雰囲気だったが、それでも失って痛感するのは飼いゆっくりのありがたさだ。
話し相手としての癒しと同時に、手間のかかる厄介さもまた持ち味だった。
それだけに、躾を誤り、逃がしてしまった不手際が返す返すも後悔の種だった。
ベッドに身を投げ出し、自己嫌悪に陥りながらも鞄の中から冊子を取り出す。
ゆっくりショップの店頭に置かれた、持ち帰り自由の飼いゆっくりカタログだった。
ページをたぐれば、客の興味を引くための心地よい文言が並ぶ。
『やんちゃで元気!ゆっくりまりさがあなたの家を賑わわせます』
『手がかかるけど無邪気なおしゃまさん、ゆっくりれいむと暮らす楽しい生活』
『都会派なゆっくりありすとセレブな午後を過ごしてみませんか』
『知的で静かな読書家、ゆっくりぱちゅりーの優雅なたたずまい』
『その可愛さには本物の猫もタジタジ!?ゆっくりちぇんなら猫好きのあなたも満足!』
読んでいるうちにうんざりし、カタログを投げ出す。
子供の頃から飼いゆっくりと付き合ってきた自分には、それらが無責任に誇張された売り文句であることはわかる。
いかにも楽しそうなこれらの売り文句を信じてゆっくりを飼った顧客のリピート率は五割を下回るらしい。
それも、徹底的にしつけられた金バッジ級ならリピーターは多いものの、
銅バッジに手を出した素人はほとんどがうんざりしてすぐにやめるという内実だ。
自分では、飼いゆっくりに慣れた玄人のつもりでいた。
親がゆっくりを飼っており、子供の頃から五回以上ゆっくりを飼い、
トラブルも多かったが、どれもおおむね最後まで看取れたし、仲良くやってこれたつもりだ。
それだけに今回のことはショックだった。あんなに聞き分けがなくなるなんて。
念のため銀バッジ以上を飼うようにしていたが、個体の違いはやはり大きいらしい。
子供のことさえ言いださなければ。子供を作る前までは、今までのゆっくりと比べてもいい子だと思っていたが。
カタログに並ぶゆっくり達を見ていても、頭にちらつくのはあの二匹だった。
やはり最初から去勢していればよかったのか、子供を作った時点で有無を言わさず潰すべきだったのか。
そうすれば暴れたり逆らうことはなかったかもしれない。
しかし、ああまで母性の強いれいむが、その後機嫌よく飼われてくれたかどうか。
よく聞くように、子供を作れなくなったゆっくりが絶望し、廃ゆっくりになるケースがある。
あのれいむはそういう、典型的な母性タイプではなかったか。
「廃ゆっくりになったら捨てて、次のに取りかえればいいじゃん」と会社の同僚に言われたときには体温が二度ほど上がった。
ゆっくりに対するスタンスはそりゃ個人の自由だが、そう思える人間が最初からゆっくりなど飼うわけがないではないか。
どうすればよかったのか、いまだにわからない。
ふと、私は部屋に鳴り響く音に気がついた。
ドン、ドン、とガラス戸を叩く音。
まさか、と思う。
「あけてねっ!!あけてねっ!!おねえさん!!ゆっくりここをあけてねぇぇ!!」
「おねがいっ!!ここをあけて!!なかにいれてええぇ!!」
「「ゆびぇえええええぇん!!ゆびゃあああああああ!!おにゃかしゅいちゃああああぁぁ!!」」
がばっと立ちあがり、カーテンを引く。
庭に面したガラス戸に体当たりを繰り返していた二匹の野良ゆっくりが、私の顔を見てぱっと顔を輝かせた。
「ゆううぅ!!おねえさんっ!!あいたかったよおおぉ!!ありがとおおぉぉ!!」
「よかったわぁぁ!!さあ、ここをあけてちょうだいっ!!おちびちゃんがおなかをすかせてるのよおぉ!!」
思わずガラス戸に手をかけそうになったが、私はそこでまじまじとれいむ達の姿を見た。
ひどいものだった。
泥だらけの傷だらけ、頭には葉っぱやゴミ屑が絡みつき、泥の色をした涙の跡が顔中に蜘蛛の巣のようにめぐらされている。
野良ゆっくりに身を落としたとはいえその汚さは度を超えていた。
それ自体はまだいいが、ここで迎え入れるのはためらわれた。
ここで許せば、また同じことの繰り返しなのだ。
「……何しに戻ってきたの?」
「ゆゆっ!?ゆっくりせつめいするから、ゆっくりここをあけてねっ!!」
「そこで説明して。なんで戻ってきたの」
「ゆーっ!!れいむとありすがもどってきたんだよおぉ!?どぼじであげでぐれないのおぉ!?」
「どうしてもなにも。
もし私のところに戻るつもりなら、その子供たちは処分することになるけど?
それが嫌で出ていったんじゃないの?」
れいむ達の横で泣き喚いている子ゆっくり達は、私のところを出ていった時よりも二周りほど大きくなっていた。
しかし、その中身はまったく、何ひとつ成長していなかった。
いまだに赤ちゃん言葉で、底部には真新しいうんうんがこびりついている。
今迎え入れてはいけない、と確信を強めた。
「ゆうううぅぅ!!?まだそんなひどいこというのおおぉ!!?」
「どぼじでぞんなにわがらずやなのよおおぉぉ!!いいかげんにしてよおおぉぉ!!」
「またあの押し問答を繰り返すつもりなの?なら出ていきなさい。中には入れられないわ」
「ひどいいいぃ!!ひどいよおぉ!!かいゆっくりをすてちゃいけないんだよおおぉ!!」
「私があなたたちを捨てたんじゃない、あなたたちが私を捨てたのよ。
大体あなたたち、タンカ切って出ていったんじゃないの。真実のゆっくりを見つけた自分たちなら大丈夫だって。
その様はなんなのよ?」
「ゆ゛っ…………ぐぅっ…………………
………だっで、だっで、だっでだっでだっでえええぇぇ!!みんなひどいんだよおおぉぉ!!」
「みんなおぢびぢゃんにいじわるずるのよおおおぉぉ!!
ごんなにゆっぐりじだおぢびぢゃんなのにっ!!みんながおぢびぢゃんをぜめるのおおぉぉ!!」
「誰にどう言って責められたの?」
「ゆううぅぅ………ぎだないっで、ぐざいっでいうんだよおおぉぉ………」
「ゆっぐりのむれに、はいろうどじでも………どこも、おぢびぢゃんがゆっぐりでぎないっで………」
「にんげんさんに、がっでもらおうどおもっだげど………びんな、おぢびぢゃんのわるぐぢばっがりいうのおおぉぉ………」
「かいゆっくりにしてください」「にんげんさんをゆっくりさせます」
駅前の広場であちこちに頭を振りながら懇願する野良ゆっくり。
れいむとありすがそこまで身を落としているのを想像すると苦々しい思いが湧きあがる。
「つまり、そのおちびちゃんを見ても、誰もゆっくりしてくれなかったのね?」
「「……………ゆ゛ぅ………………」」
「私は言ったわよね。おちびちゃんをちゃんと躾けなさいって。
トイレも覚えさせなかった結果がそれでしょう。自分たちが正しいと、今でも思うの?」
「!!…………おぢびぢゃん……おぢびぢゃんは、ゆっぐじ、でぎるんだよっ………!!」
「だれよりも、どがいばな、おぢびぢゃんなのにいいぃぃ………!!みんな、みんなぁぁぁ………!!!」
一体なにがこの二匹を突き動かしているのか私にはもうわからなかった。
母性か?意地か?そもそもこの二匹には、自分の子供の姿が見えているのか?
「それで、また飼いゆっくりになりたくてここに戻ってきたのね?」
「ゆっ!!そうだよっ!!またれいむたちをかってねっ!!」
「おねがいよ、おねえさん!!こんどはとかいはに………」
「それなら、その子供たちは捨てなさい」
「「ゆ゛ううううぅぅぅぅぅっ!!!?」」
「もうあなたたちに子供を育てられるとは思えない。子供は切り捨てなさい。
それならまた飼うわ。去勢はさせてもらうけど、最後まで面倒は見る。
子供が見捨てられないなら、あなたたちが最初に言ったとおり、自分の子供は自分で守りなさい」
「ぞんなっ………ぞんなああぁぁ!!」
「びどずぎるわああああぁぁぁ!!」
「そうよ、人間はひどいのよ。ゆっくりの子供なんか殺しても平気なの。
それでも人間に頼るしかないなら文句は言わせないわ。
嫌なら、自分たちで野良として生きなさい。この街はゆっくりにとっては暮らしやすいほうよ?
一匹でもゆっくりを見かけたら即座に処分するような街だって、世の中にはいっぱいあるんだから」
「ゆ゛う゛う゛う゛う゛ぅぅ………!!」
「飼われるか、おちびちゃんと暮らすかよ。選びなさい。
私はまた飼いたいけど、その子たちの、いえ、子供と一緒にいるあなたたちの面倒は見られない。
私に飼われるより、おちびちゃんと一緒にいるほうがゆっくりできるとその状態でもまだ思うなら、私は邪魔しないわ。
どこへでも好きなところへ、可愛いおちびちゃんと一緒に行きなさい」
「「おねえざっ………………!!」」
私はそこでカーテンを閉めた。
ガラス戸に背を預け、れいむ達の返事を待つ。
お願い、許して、悪かった、おちびちゃんも飼って、れいむ達はしつこく懇願しつづけていたが、
三十分もすると叫び疲れて声が小さくなり、一時間が過ぎて物音がしなくなった。
カーテンを再び引くと、もうれいむ達の姿はなかった。
れいむ達は、やはり子供たちを選んだのだ。
ああなっても、あそこまでの目に遭っても、おちびちゃんを潰されるぐらいなら、
誰も味方がいなくても、外敵だらけの野良暮らしを選ぶのだ。
窮屈な躾と引き換えに、私が飼いゆっくりに与えられるものは一体なんだろうか?
せいぜい、暖かい寝床とお菓子、外敵から身を守る壁。それだけ。思えばたったそれだけだ。
ゆっくりにとっては、あんな生活に身を落としても、子供のほうがそれに勝るのだ。
人間が真っ先にゆっくりに禁じ、奪う、子供とはそういうものなのだ。
私は布団の上のゆっくりカタログを取り上げ、びりびりに引き裂き、力任せにゴミ箱に叩きこんだ。
――――――――
「おねがいじばず!!でいぶだぢをがっでぐだざい!!」
「おぢびぢゃんをみでぐだざいっ!!おぢびぢゃんはどっでもゆっぐじでぎばずっ!!ぼんどうでずぅぅ!!」
駅前近くの電柱の下で、れいむとありすは道行く人々に懇願を続けている。
誰もが眉をしかめ、あるいは一瞥もくれず、足早にその前を通り過ぎていく。
ここ数日、毎日二匹はここでそれを繰り返していた。
このままではあと一、二日で、市のゆっくり駆除課に目をつけられて処分されるだろうと誰もが思い、
わざわざ靴を汚すのを避け、距離をとって離れてゆく。
プライドを捨てて、飼い主だったお姉さんに頼みに行ったが、それもすげなく断られてしまった。
もう捨てるプライドもなく、手立てもなく、二匹は喉が枯れるまで叫び続けた。
そうこうするうち、二匹の前に立ち止まる姿があった。
「やあ、どうしたんだい?君たち」
「「ゆ゛ぇっ………!」」
この数日間で初めて立ち止ってくれた人間だった。
れいむとありすはぱぁっと笑顔を浮かべ、靴を舐めんばかりにその青年にすり寄った。
「ゆ゛ぇえ゛え゛え゛え゛え゛ん!!やっだ!!やっだやっだやっだよおおぉぉ!!」
「やっどどばっでぐれだわぁぁぁ!!あじがど!!おにいざんあじがどおおおお!!」
「おいおい……どうしたのかって聞いてるんだよ」
泥だらけの顔をすり寄せてくるれいむ達に顔をしかめて足を引き、青年が促す。
「ゆゆっ!!れいむたちをかってほしいんだよっ!!」
「ゆっくりできるおちびちゃんたちがいるのよっ!!みて!!みてえぇ!!」
青年が見ると、電柱の陰に二匹の子ゆっくりがいた。
身体は大きいが、やつれて細くなっているために、まるで干し柿のようないびつな形になっている。
それでも鳴き声は元気なものだった。
「ゆ゛う゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ん!!ごひゃん!!ごひゃん!!ごひゃんたべりゅううううう!!」
「どぎゃいば!!どぎゃいばああぁぁ!!」
子ありすのほうは泣きながらも、勢いよくうんうんとしーしーを撒き散らしていた。
青年はハンカチで口元を押さえたが、ハンカチの陰でなんとか笑顔を作り、れいむ達に顔を向けた。
「いやあ、とってもゆっくりしたおちびちゃん達だね!!」
「ゆ゛っ!!ぞうだよっ!!ゆっぐじ!!おぢびぢゃんはゆっぐじじでるんだよおおおおぉぉ!!!」
「わがっでぐれだのはおにいざんがばじめでよおおおぉぉぉ!!!
やっばりあでぃずだぢはばぢがっでだがっだんだわああああああああ!!!!」
「………ああ、そうだな。とってもゆっくりしてるよ。
そんな君達に、ぜひゆっくりさせてほしいな。お兄さんの家の飼いゆっくりにならないかい!?」
「さあ、ここが君たちのゆっくりプレイスだよ。ゆっくりしていってね!」
「「ゆっくりしていってね!!おにいさん、ありがとおおぉ!!」」
「ごびゃんしゃん!!ごひゃんじゃああん!!」
「おにゃがじゅいだおにゃがじゅいだおにゃがじゅいだああぁ!!」
お兄さんの家に招き入れられたれいむとありす。
泣きながらびたんびたんと暴れる我が子たちに焦り、れいむは青年に催促した。
「ゆゆっ!!おにいさん、おちびちゃんにごはんさんをあげてねっ!!」
「ああ、今持ってくるから待っておいで」
「「ゆっくりありがとうっ!!」」
お兄さんはすぐに、奥からゆっくりフードを持ってきてくれた。
「さあ、みんなでお食べ。いっぱいあるからね」
「ありがとう、おにいさん!!」
「ゆっくりいただくわ!!」
「むーぢゃむーぢゃ!!むーぢゃむーぢゃ!!」「じばばぜーっ!!まじぱねぇ!!」
飼いゆっくりの舌が肥え過ぎないように甘味を抑えたゆっくりフードは、
かつてお姉さんの家で食べさせてもらっていた懐かしい味だった。
久しぶりにお腹いっぱいの食事を食べ散らかす子供たちに、れいむとありすは安堵する。
干し柿のようになっていた身体が再び球形に膨れるまで食べると、子供たちはゲップをして言った。
「ゆぷーっ!!きゃわいいれいみゅのしゅーぱーうんうんたいみゅだよっ!!」
「ときゃいは!!ときゃいは!!ちゅっきりーっ!!」
食べたその場でうんうんをしてしまう。汚れた身体で床を汚さないよう、新聞紙の上に座らされていたのが幸いした。
その場ですぐにうんうんを出せるほどたらふく食べさせられたのはいつ以来のことだろうか。
お兄さんは怒らずにこにこしている。
このお兄さんは、本当にこのおちびちゃん達の魅力を理解しているのだ。こんなにゆっくりしてくれているではないか。
自分たちの子育ては間違っていなかったのだ、そう確信してれいむとありすは視線を交わしてゆふふっと笑い合った。
「「ゆぴぃ……ゆぴぃ……」」
うんうんをしたあと、すぐに寝息を立てはじめるおちびちゃん達。
そこでお兄さんが言った。
「さて、そんな汚れた身体でうろつかれちゃ困るからね。まずは洗ってあげるよ」
「ゆっくりりかいしたよっ!!」
「とかいはなえすこーとをおねがいするわっ!!」
風呂場に連れてゆかれ、丁寧に野良生活の汚れを落とされる。
ぬるめのお湯で濡らし、シャンプーと石鹸でこすって汚れを落とし、タオルで拭く。
すべては手早く行われ、水に弱い饅頭のゆっくりを扱い慣れているのがわかった。
眠っているおちびちゃん達も、起こすことなく素早く洗われた。
ぺーろぺーろでも落としきれないうんうんと泥まみれだったおちびちゃん達が、
再びもちもちすべすべのほっぺを取り戻すのを見るに至り、れいむ達はうるうると感動の涙を浮かべた。
「「ゆゆうううぅぅぅ~~~~ん………おちびちゃんたち、とぉ~~~~ってもゆっくりしてるよおおぉぉぉ~~~……!!」」
「君達は本当におちびちゃんが好きなんだね」
クッションのベッドで寝かしつけながら、お兄さんはれいむ達に言う。
れいむとありすは頷き、おちびちゃんがどれだけゆっくりしているか、
そして意地悪な人間さんとゆっくり達がどれだけおちびちゃんに嫉妬して意地悪してきたか、
これまでの経緯をお兄さんに訥々と語り始めた。
「それでね、みんなおちびちゃんをおうちにいれてくれないんだよ……」
「おちびちゃんがきたないのはあたりまえなのに、みんないじめるのよ……」
「おねえさんにはほんとうのゆっくりがわからなかったんだよ……」
「ゆっくりがわからないのにゆっくりをかおうとするなんて、とかいはじゃなかったわね……」
初めての理解者を得たれいむとありすの愚痴は、夜中まで延々と続いたのだった。
にこやかにうんうんと頷いて聞いてくれるお兄さんの表情を見るにつけ、れいむ達は、
ここがおちびちゃんを心ゆくまでゆっくりさせてくれる、終生のゆっくりプレイスだとの確信を新たにした。
(ゆ、ながかったね………ありす)
(そうね、れいむ………いなかものなわからずやばかりだったけど、わかるひとにはわかるんだわ)
(ここならおちびちゃんがゆっくりさせてもらえるよ。
おちびちゃんも、おかあさんたちやおにいさんをたっぷりゆっくりさせてくれるよ)
(ええ。ほんとうに、しんじつはいつかむくわれるものなんだわ…………)
おちびちゃん達と一緒に寝床の中で身を寄せ合いながら、れいむ達は穏やかな表情を浮かべて囁き合ったのだった。
――――――――
「ゆぴぃ……ゆぴぃ……ゆ………ゆぅぅぅ~~ん」
「ゆぅぅん………とかいは………ゆっ」
眠りから覚め、れいむとありすは天井を視界にとらえて目をぱちくりさせる。
路地裏のかびくさい狭い隙間ではない、屋根も壁もある家の中で、二匹はふかふかのクッションに横たわっている。
その幸せに二匹は表情をほころばせ、ゆっゆっと身を揺らしていたが、すぐに表情が固まった。
「ゆ゛っ!!おちびちゃんっ!!?」
「どこっ!?」
傍らで一緒に寝ていたはずの子供たちがいない。
色をなして辺りを探すと、すぐにあのお兄さんの顔が見えた。
お兄さんはすぐ側に座り、にこにこと笑って自分たちを見つめている。
「ゆっ!!おにいさん!!おちびちゃんはどこぉ!?」
「ゆっくりおしえてねっ!!かくすのはいなかものよっ!!」
お兄さんは親指を立てて右側を指し示す。
見ると、やはりすぐそこにおちびちゃんはいた。
「おにゃかしゅいちゃあああぁぁ!!ゆぇええええん!!ゆびぇえええええん!!」
「ごびゃん!!ごびゃん!!ちょうだい!!ちょうだい!!ちょうだいちょうだいちょうだいいいぃ!!」
お腹をすかし、朝食を求めて泣き叫んでいる。
痛ましいその姿に、れいむとありすは駆け寄ろうとしたが、しかしもう一つ、昨夜まではなかったものが部屋にあった。
四畳半ほどの部屋を半分に区切るように、ペット用の柵が設置されていたのだ。
柵を構成するプラスチック製の格子は斜め十字に組み合わされ、
その隙間は大きく、向こう側もよく見えた。
しかし、親ゆっくり二人はもとより、よく育った子れいむと子ありすもぎりぎり通れない程度の障害になっている。
ぼすんぼすんと柵に突撃したが、柵はびくともしない。
にこにこ笑っているお兄さんに向きなおり、ありすが叫んだ。
「おにいさんっ!!これはなんなのっ!?」
「見てわかるだろう。柵だよ」
「これじゃおちびちゃんとすーりすーりできないでしょおおおぉぉ!!?
さくさんをすぐにどかしてねっ!!あとおちびちゃんにごはんさんをあげてねっ!!」
「柵はどかさないが、ご飯はあげよう」
お兄さんが、背後から二つのものを取り出した。
一つは箱入りのゆっくりフード。もう一つは、先端に行くにつれて広がっている、長くて平たい棒だった。
「このご飯を、今すぐにおちびちゃんにあげよう。ただし、条件がある」
「なんなのそれええぇぇ!!?いいからはやくごはんさんをあげてねえぇぇ!!」
「おちびちゃんがないてるのがみえないのおおぉ!!?」
バシィン!!
「「ゆぎゃあっ!!?」」
激しい痛みが、二匹を襲った。
「熱い」と形容してもいいようなひりひりした苦痛。何が起こったのかわからぬままに身悶える。
お兄さんが手に持ち、振っているそれを見て、ようやく自分たちに起きたことを理解する。
「元飼いゆっくりならわかるだろう?飼いゆっくりは飼い主の言うことを聞くものだよ」
「「…………!!」」
ぶるぶると震えだす二匹に向かって、ヒュンと音を立てて素振りしながらお兄さんが念を押す。
「返事が聞こえないなぁ?」
「「ゆっぐじりがいじばじだ!!」」
「よしよし。元飼いは話が早くて助かるよ。
で、このご飯のことなんだが。条件があると言ったね?
その条件というのは、本来別にわざわざ断るようなことでもない。
飼いゆっくりの仕事は、飼い主をゆっくりさせることだ。そうだね?違ったかな?」
「ぢがいばぜんん!!」
「がんばっでおにいざんをゆっぐりざぜばずうう!!」
「うん、いい返事だ。
つまり、僕をゆっくりさせてくれれば、見返りに君やおちびちゃんたちにご飯をあげる、ということだよ」
「ゆ、だ、だいじょうぶだよ!!れいむたちはおにいさんのいうことをきくよっ!!」
「それに、おちびちゃんをみればおにいさんもゆっくりできるはずよっ!!」
「ああ、違う違う。違うんだなあ……っと」
バシィン!!
「あびいぃっ!!?」
「れいむうぅう!!?」
「僕はね、『虐待お兄さん』なんだよ。
君達が苦しんで悲鳴をあげてのたうち回る様が、何よりもゆっくりできるんだ」
「「……………!!!」」
衝撃のカミングアウトを前に、れいむとありすはがたがたぶるぶる震えだした。
話には聞いている。世の中には、ゆっくりと見ればわざわざ苦しませて楽しむ虐待お兄さんなる人種がいるのだと。
そういう相手もいるから、むやみやたらに人と関わらないように、飼いゆっくりは飼い主から、野良は親から教わる。
そんな相手に、れいむ達はぶち当たってしまったのだ。
張りつめた空気の中で、おちびちゃん達の泣き声だけが響く。
「運が悪かった、みたいな顔をしているね。違うなあ、必然だよ。
ゆっくりが飼いたければ、みんなゆっくりショップに行くさ。
格安の銅バッジなら小学生のお小遣いでも飼えるくらいなのに、なにも汚い野良に触ろうとする人はいないよ。
拾うとしたら、ゆっくりは使い捨てぐらいにしか考えていない………そう、僕のような虐待お兄さんしかいないってことだ。
あんなところで飼ってくださいとわめき散らす時点で、駆除されるか、拾われて虐待されるかの二択しかない。
ゆっくり理解できたかな?」
「ゆ……ゆぐじでえええ!!おぢびぢゃんいじべだいでええええぇぇ!!」
「ありずだぢはどうなっでもいいでずっ!!
おぢびぢゃんだげはっ!!おぢびぢゃんだげはあああああぁぁ!!!」
「それだ!!」
突然片膝を立てて身を起こし、お兄さんはおちびちゃん達を指さして言った。
「そこなんだよ。そう、おちびちゃんは君たちの言うとおりとってもゆっくりしている。
どんなゆっくりも笑顔でしばき倒す僕だが、このとっても可愛くてゆっくりしたおちびちゃんだけには、
とても虐めるなんてひどいことをする気にはなれないんだ。なんてゆっくりしたおちびちゃん達だろう!!」
「ゆ゛っ!!ぞうだよっ!!がわいいおぢびぢゃんにぞんなごどじぢゃいげないんだよおぉ!!」
「そうよっ!!そうなのよぉ!!おにいさん、とかいはよおおぉ!!」
「だから、僕は天地神明に誓って言うよ。
おちびちゃんには決して手を出さない。決して、決して痛い思いも、苦しい思いもさせない。存分にゆっくりさせよう。
その代わり………君達を虐めるよ!」
バシィン!!
「「ゆっぎょおおおぉ!!」」
「君達を叩いているこの棒は、『ゆ叩き』と言ってね。
内部に損傷を与えず、表面の皮膚だけに効率よく痛みを加えられるように設計された幅広の道具だ。
某格闘漫画にも描写されるように、皮膚の痛みはどれだけ鍛えても軽減できるものじゃない。
まして相手がゆっくりとなればなおさらだな。
本来は躾けのために販売される道具だが、素人でもゆっくりを壊さずに存分に痛めつけやすいということで、
虐待嗜好の客にも愛好されているロングセラーさ」
そう言いながら、お兄さんは右手にゆ叩きを握り、残った左手でゆっくりフードの箱を掴んで立ちあがる。
柵のそばまで歩いていくと、箱を傾け、柵の向こう側に少量のゆっくりフードをじゃらっと撒いた。
「さあ、可愛い可愛いおちびちゃん達。ごはんを食べてゆっくりしておいで」
「ゆっ!!ごひゃんしゃん!!」
「ときゃいは!!ときゃいは!!らんちしゃん!!ときゃいは!!」
じたじたと泣き喚いていたおちびちゃん達が、床に散らばったフードの粒に這い寄ってむーちゃむーちゃと咀嚼しはじめる。
「ゆ、ゆうぅ………」
「おちびちゃん………とかいは、よ………」
痛みに涙を流しながらも、子供たちの姿を見てれいむ達は安堵する。
しかし、撒かれたフードは十個もなく、あっという間に食べ尽くした子供たちはすぐにむずがりだした。
「もっちょ!!もっちょ!!もっちょたべりゅううぅぅ!!もっちょちょうだいいいぃ!!」
「たべちゃいたべちゃいたべちゃいたべちゃいもっちょたべちゃいいいぃぃ!!」
「ゆ、ゆううぅ………!お、おにいさん、もっとごはんさんを………」
「おにい、さ………」
「だいたいの雰囲気は伝わってるだろう?
そう、僕に虐められるのが君達の仕事だ。そして、僕に虐められるたびに、おちびちゃん達にご飯をあげよう。
おちびちゃん達をゆっくりさせてあげたいなら…………そういう事だ。わかったかな?」
ヒュン、とゆ叩きが風を切る。
びくり、と身をすくませ、カチカチと歯を噛みならすれいむ達。
「おや、返事が聞こえないな?
そんなに叩かれるのが嫌なら、僕はやめてもいいんだよ。
でも、それじゃおちびちゃんはお腹を空かせてしまうねえ」
「や……や、や、やるわあぁ!!」
「ゆ……れ、れいぶもがんばるよおおぉ!!がんばっで、いじべられるよおおぉぉ!!」
「ほほう」
「やくっそくっをわすれないでねっ!!
おにいさんはゆっくりできないけど、おちびちゃんだけはぜったいにぜったいにゆっくりさせてねっ!!」
「そうよっ!!いなかもののいじめなんかにはぜったいにまけないわっ!!
おちびちゃんのためならたえぬいてみせるわあぁ!!」
「そうだ!その言葉が聞きたかった。君達は素晴らしい。
お兄さんは嬉しいよ、それでは早速………ゆっくりさせてもらおうッ!」
バシッ、バシィン!!
「ゆぎいぃッ!!」
「あびゃあぁ!!?」
れいむとありすの身体にゆ叩きが叩きつけられる。
ひと叩きごとにお兄さんはフードの箱を傾け、おちびちゃん達の周りにフードを少しずつばら撒いていった。
「ゆっ!!むーちゃ、むーちゃ!!」
「ときゃいは!!むーちゃむーちゃ!!はぐっ、がつがつっ!!」
ばら撒かれるたびにあちこち這いずってゆっくりフードをかき集め、尻を振りながら一心不乱に貪るおちびちゃん達。
その姿を見つめながら、れいむ達はゆ叩きの打擲に必死に耐え続けていた。
痛みのあまりにぷしゃっ、としーしーが漏れ出し、ありすが羞恥に頬を赤らめる。
「ふう、だいぶん叩いたな。
お兄さんはそろそろすっきりしてきたからもうやめてもいいんだけど……」
汗をぬぐいながら漏らしたお兄さんの言葉に、れいむとありすは安堵する。
しかしすぐにおちびちゃん達の泣き声が響き渡った。
「もっちょもっちょもっちょもっちょ!!もっちょちょうだああああいいいいぃぃぃ!!」
「おにゃかしゅいちゃおにゃかしゅいちゃおにゃかしゅいちゃおにゃかしゅいちゃああぁぁ!!」
「「…………!!」」
「おやおや、ずいぶん食べざかりなんだな。
ゆっくりしたおちびちゃんだから人一倍、おっと、ゆっくり一倍食べるのも無理はないな!
僕も疲れてるんだけど、おちびちゃんがゆっくりするためには……君達が仕事しないとねえ?」
「ゆっ………ひっ……!!」
「そぅれ!!」
バシィン!!
「「ゆ゛びい゛………ゆ゛びい゛………」」
全身を赤く腫らし、息も絶え絶えで横たわるれいむとありす。
ついにうんうんまで漏らしてしまい、ありすは髪で顔を覆って嗚咽している。
その段階でようやくおちびちゃん達は満足し、げふうとゲップを吐いてうんうんをひり出していた。
「おやおや、このぶんじゃトイレを置いても無意味かな?
フローリングだから問題ないさ、しーしーとうんうんはサービスで片付けてあげよう」
ゆぴぃゆぴぃと眠る子ゆっくり達を部屋の隅の小さなクッションに載せてから、
お兄さんが雑巾とティッシュで糞便を始末する。
親の糞便まで片付けてからふうっと息をつき、お兄さんは満面の笑顔でれいむ達に言った。
「いやあ、とっても充実した時間をありがとう!
おちびちゃん達はかわいいし、君達を虐めてゆっくりできたし。
今日は夜遅いからこのままお休み。
明日から、ご飯の時間のたびにゆっくりさせてもらうよ」
突っ伏したまま聞いていたれいむ達が、「ご飯の時間のたびに」と聞いてびくんと震えた。
「おっと、忘れていた。君達のご飯だ」
ばらばらとれいむ達の周りにゆっくりフードをばら撒いていくと、お兄さんは部屋から出ていった。
それでも食欲はすぐには戻ってこず、れいむとありすは長い間そのまま泣きじゃくり続けていた。
――――――――
「ぺーろ、ぺーろ……」
「おちびちゃん、ゆっくりしてねぇ………」
「ゆーん、ぺーりょぺーりょ!!」
「ゆきゃっゆきゃっ!!ときゃいは!!ときゃいは!!」
柵の格子ごしに舌を長く伸ばし、おちびちゃん達の身体をぺーろぺーろと舐める。
ぺーろぺーろはできたが、すーりすーりができないのがもどかしい。
眠りから覚めたおちびちゃん達は、あちこち興味深げに見回していたが、
すぐにれいむ達とのスキンシップを望んで柵に這い寄ってきた。
とんだことになってしまった。
プライドを捨てて道端で飼ってくれと懇願した結果が、虐待人間に掴まったとは。
この先のことを思うと、れいむとありすは絶望的な気分になる。
しかし、一つだけ喜ばしいことがあった。
それは、おちびちゃん達が喜んでいるということだった。
本当に久しぶりの、お腹一杯のごはんさん。
久しぶりに見るおちびちゃんの笑顔に、れいむ達は本当にゆっくりできていた。
おちびちゃんには手を出さない。
一番肝心なそのことを、お兄さんは約束してくれていた。
それなら、お母さんたちは耐えよう。おちびちゃんのために耐えよう。
おちびちゃんがゆっくりするためなら、お母さんたちはどんなことだって耐えられるんだから。
「ゆーっ!!おきゃーしゃん!!しゅーりしゅーりちてぇぇ!!」
「しゅーりしゅーり!!しゅーりしゅーりいぃ!!」
「ゆゆっ、だめなんだよ、おちびちゃん……」
「ままもすーりすーりしたいけど、とどかないのよおおぉ……」
と、子供たちがすーりすーりを望んでいた。
すーりすーりは家族みんなが大好きなスキンシップである。
そうしたいのは山々ながら、残酷な柵の格子がそれを許さなかった。
互いに格子に身体を擦りつけるが、厚みのある柵に遮られて親子の体は触れ合えない。
子供たちが泣き喚きはじめたところに、ドアを開けてお兄さんがやってきた。
「おやおや、どうしたんだい」
「おにいさんっ!!すーりすーりさせてちょうだい!!」
「とどかないんだよおぉ!!おちびちゃんとすーりすーりしたいよおおぉ!!」
「おっといけない。今させてあげよう」
そう言い、お兄さんは両親のほうを両手で抱え、柵を乗り越えておちびちゃんの側に置いてくれた。
「ゆーっ!!しゅーりしゅーり!!おきゃーしゃんのおひゃだ、ゆっくちー!!」
「ゆうううぅぅ!!しゅーりしゅーり!!おちびちゃんしゅーりしゅーりいいぃぃ!!」
「とかいはっ!!おちびちゃんのおはだもとかいはよおおおぉ!!」
「ゆっくちー!!ときゃいは!!」
体中をすりすりと押し付けあいながら喜ぶ団欒を、お兄さんはにこにこと眺めていた。
やがて、子供たちがむずがりはじめた。
「ゆーっ!!おにゃかしゅいちゃ!!」
「ごひゃんしゃんたべちゃい!!」
「「ゆっ………」」
びくり、と両親の体が強張る。
聞きつけたお兄さんが身を起こした。
「おや、そろそろお仕事の時間かな?」
「「……ゆぅ…………」」
「さあ、お母さんたちはこっちに戻ろうね。おちびちゃんの傍でやったら危ないだろ?」
お兄さんが再び、柵の向こう側に両親を置く。
その後一旦廊下に戻ってから、両手にそれぞれ荷物を持って再び現れた。
「今日のご飯さんはこれ。ゆっくりできるクッキーさんだ。あまあまだよ」
「「ゆゆっ………!!」」
クッキーさん。
かつてお姉さんの家に飼われていたときでも、それほど高い頻度で食べられるものではなかった。
飼いゆっくりの舌が肥えて高価なフードしか受け付けられなくなるのを恐れ、
お姉さんは味の薄い健康志向のゆっくりフードばかりを与えていた。
クッキーのようなゆっくりできるあまあまは、
お姉さんの機嫌がいい時に振舞われたり、言うことをよく聞いたごほうびで与えられるもので、時たまの楽しみだった。
ことに勝手におちびちゃんを作って以降は、お姉さんはあまあまなどくれたことがなかった。
舌が肥えすぎた飼いゆっくりが捨てられて野良になり、生ゴミや木の実を食べられずに死ぬケースは多いが、
れいむ達がそうならずに野良生活に適応できたのも、そうした食生活の下地があったおかげだった。
おちびちゃんを作って以来、久しぶりに食べられるあまあまさん。
特におちびちゃんにとっては初めてのあまあまさんになる。
れいむとありすは顔をほころばせ、
おちびちゃんにあまあまを与えられるならと、ゆっくりできない仕事をむしろ喜びはじめていた。
「ゆっ!!おちびちゃんっ!!あまあまさんだよっ!!」
「ゆっ!?あみゃあみゃ!!あみゃあみゃ!!ゆっくちーっ!!」
「ときゃいは!!あみゃあみゃたべちゃい!!あみゃあみゃ!!あみゃあみゃ!!」
「ままたちががんばってたべさせてあげるからね!!とかいはなあまあまでゆっくりしてね!!」
「おやおや、盛り上がってるようだね。
見てのとおり、ゆっくりしたおちびちゃん達のためにご飯さんをグレードアップさせたよ。
そして当然……虐待も、グレードアップだ」
「「ゆゆっ?」」
じゃらり。
れいむ達の前に、金色に光る小さな、なんとなくゆっくりできない形状のものが散らばった。
「ゆ………これって………」
「画鋲さんだよ。まずはお試しだ」
そう言い、お兄さんは一枚のクッキーを二つに割り、おちびちゃんの口に一つずつ運んだ。
「ゆっ!!ゆっくちちょうだいにぇ!!」
「ゆっくちたべりゅよっ!!」
即座にかぶりつくおちびちゃん。
直後、くわっと目を見開き、ぷるぷるぷると震え出す。まむまむからはしーしーがぷしっと漏れ出した。
「「ち、ち、ち、ち、ち………ちちちちちちちちあわしぇえええぇぇぇ~~~~~~~~~!!!!」」
生まれて初めて口にするあまあまに、おちびちゃん達はうれし涙とうれしーしーを吹き出し、
全身をのーびのーびさせて歓喜の叫びを吐いた。
「ゆっ、おちびちゃあああぁぁん………」
「よかったわねぇ………ほんとうによかったわああぁぁ……」
れいむとありすの方も嬉し涙を流していた。
おちびちゃん達の喜ぶ姿以上にゆっくりできるものはない。
「さあ、こっちもお試しだよ」
おちびちゃん達の方を見つめて震えているれいむとありすの頬に、鋭利な痛みが走る。
「「ゆぎゅっ!!!?」」
二人は飛び上がった。
自然界にはなかった痛み。頬を貫き、餡子を刺激する鋭く暴力的な感触に意識が熱を帯びる。
「ゆぎいいぃぃっ!!?いだいっ!!いだいいだいいだいいぃ!!」
「どっでっ!!どっでぇ!!ごれどっでええぇぇ!!いだいわあああぁぁ!!」
「オーケー、お試しだからね」
お兄さんはすぐに、れいむ達の頬に突き刺していたそれ――画鋲を取り除いてくれた。
激痛を伴う異物感が取り除かれ、二匹は大きい息をつく。
「ゆっ……おにいざんっ、いだずぎるよおおぉぉ!!」
「きのうとぎゃくったいっがちがうでしょおおぉ!!?」
「別に虐待方法を限定してはいないさ。
より痛いのも当然だよ、よりおいしいあまあまになったんだからね。
うん、別に昨日の虐待に戻してもいいんだけど、ごはんさんも昨日の味気ないフードに戻ることになるよ?」
「ゆっ………!!」
「そんなっ…………!!」
「どちらがいいか、おちびちゃんに決めてもらおう」
おちびちゃんの前に、ゆっくりフードの粒とクッキーの欠片を置いて、お兄さんが尋ねる。
「さあ、どっちがいいかな?」
「はぐっはぐっ!!はぐっ!!」
「むーちゃっ!!むーちゃあぁ!!」
即座に食べ尽くしてしまうおちびちゃん達。すぐに叫んだ。
「たりにゃいよおおぉ!!もっちょ!!もっちょちょうだいいぃ!!」
「あみゃあみゃたべちゃいいいぃい!!」
「うん、どっちをもっと食べたい?」
床に置いたら食べられてしまうので、両手にフードとクッキーを持って再び尋ねるお兄さん。
「「きょっち!!!」」
舌と身体を目一杯伸ばして、おちびちゃん達はクッキーを指し示した。
「……と、いうことだ、れいむちゃんにありすちゃん。
おちびちゃんは、〝画鋲〟を選んだよ」
「「………!!」」
あの鋭利な痛みを思い起こし、二人はぶるぶると震える。
しかし、勇を奮い起こし、れいむが叫んだ。
「ゆ、れ、れ………れいむはやるよっ!!がんばるよおぉ!!」
「!!…………そ、そうよ!!かわいいおちびちゃんのためだものっ!!ありすもがんばるわ!!」
「素晴らしい。君達は実に素晴らしい!その意思の強さはゆっくりしているよ!
ただ一応念を押しておくけど………決めるのはおちびちゃん、だからね。君達じゃないんだ。
まあいいさ、じゃあ……お仕事を始めようか!」
放り出されたクッキーにおちびちゃん達がかぶり付き、
それを確認して、お兄さんは画鋲を一個ずつれいむとありすの頬に突き刺した。
「ゆっぎゃあああああぁぁぁ!!」
「いだっ!!いだっいだいだいだああああぁぁいいいぃ!!」
「はっはっは、いい声だ!ゆっくりできる悲鳴だよ!
おちびちゃん達が食べるごとに一個ずつ、君達の体に画鋲を突き刺していくとしよう。
そうだな、れいむのおちびちゃんが食べればれいむに、ありすのおちびちゃんが食べればありすに刺そう。
おちびちゃんがもういらないと言えばそこで虐待も終わりだ。さあ、何個刺せるかな?」
「「むーちゃむーちゃむーちゃ!!うっみぇ!!まっじぱにぇぇ!!ちちちちちあわしぇ~~~~~!!!
ちょうだい!!ちょうだい!!ちょうだいにぇ!!もっちょもっちょちょうだいぃ!!」」
「「ゆぎゃあああああああいだあああああああゆっぐじでぎだいいいいいいいぃぃぃ!!!」」
全く性質を異にした二種類の叫び声が、部屋中に長々と木霊しつづけた。
おちびちゃん達の身体が元の二倍近くにふくれ上がった頃に、ようやく催促の声はやみ、
二匹はゲップをして身を横たえた。
「ゆっぷううぅぅ~~~~……とっちぇもゆっくちしちゃあみゃあみゃしゃんだっちゃよ!!」
「ときゃいは!!うんうんちゅっきり~~~~!!」
恒例の食後のうんうんをするおちびちゃん達を見つめながら、れいむ達は精根尽き果てた表情でぐったりとうなだれた。
「ゆ゛………あ゛………お、おぢび……ぢゃ……………」
「いぢゃ……いぢゃいわあぁぁ………どっで、ごれ………どっでえええぇ…………」
二人の全身には何十個もの画鋲が突き刺さっている。
短い針は身体に深刻な損傷を与えることはないが、それでも全身を苛む激痛は耐え難い。
ほんの少し身じろぎするだけでも、突き刺さった無数の針が体内の餡子を引っ掻き、気が狂いそうな痛みを引き起こす。
「いやあ、予想以上に長かったね。おやおや、おちびちゃん達はおねむかい?
さて、君たち親にもご飯をやらなきゃならないが、君たちのご飯はこれだ」
そう言いながら、お兄さんは味気ないゆっくりフードを二人の前にばら撒く。
「ゆ゛っ……くっきー、さん……」
「おいおい、君たちがゆっくりしちゃあ虐待にならないだろう。
虐待お兄さんの中にはうんうんを食べさせるやつもいるんだから、僕はやさしい方だよ?」
前回と同じく、おちびちゃん達のうんうんを掃除してから、
帰り際にお兄さんはれいむ達に言った。
「さて、画鋲は次のお仕事まで取らないでおくよ。
おちびちゃんのお腹の中のクッキーが全部消化された頃に取るのが筋ってものさ。じゃあ、次はお昼にね!」
「ゆ゛っ!!まっでっ!!ぢぐぢぐざんどっでええぇぇ!!」
「おでがいっ!!おでがいよおおぉぉ!!ゆっぐじでぎないわああぁ!!」
れいむ達が必死に引き止めたが、お兄さんはにこにこと笑いながら部屋を出ていってしまう。
「ゆ゛ぐっ………ゆ゛ぐっ…………」
「どぼじで…………どぼじでごんなごどに…………」
食事をかき集めるにも、わずかでも動けば画鋲が身体を責め苛む。
大量の涙を流しながら、やはり二人はただ泣きじゃくるしかなかった。
「ゆぴぃ………ゆぴぃ………」
「ゆぴぃ……ゆぷっ………あみゃあみゃ………ぴぃ」
ふと、柵の向こうのおちびちゃんを見やる。
なすび型に下膨れに大きくなって上下する腹をもみあげで抱えながら、
涎を垂らし、おちびちゃん達は幸せそうに眠っていた。
そうだ。
おちびちゃんはこんなにゆっくりしている。
自分達がお母さんなんだ、どんな目に遭おうとも、自分たちがおちびちゃんをゆっくりさせなければいけないんだ。
れいむとありすは唇を引き絞り、激痛の中で意志を新たにした。
れいむ達は自覚していない。
今、「おちびちゃんがゆっくりすれば自分たちもゆっくりできる」から、
「おちびちゃんはゆっくりさせなければいけない」に意識が変質していることを。
――――――――
「やあ、お昼のむーしゃむーしゃの時間だよ!」
「ゆゆっ!!ごひゃんしゃん!!」
「あみゃあみゃしゃんちょうだい!!あみゃあみゃ!!あみゃあみゃ!!」
「「ゆ゛っ………」」
お兄さんが現れた。
眠りから起きて「しゅーりしゅーりちてぇ!!」と柵の向こうで泣き喚いていたおちびちゃん達が、
お兄さんの登場にぱぁっと顔を輝かせてずりずりと這い寄る。
親のれいむとありすは画鋲の痛みに動くこともできず、やはりお兄さんが現れるのを待ちわびていた。
「おにいざん……ごれ、どっでぇぇ……」
「おっといけない。まずは約束通りそれを取ってあげるよ」
お兄さんはれいむ達の前に屈み込み、一本ずつ画鋲を丁寧に取り除きはじめた。
「ゆ゛っ……!いぢっ……!びぃ!」
「ほらほら、我慢してくれよ。このままじゃ虐待もできないしね」
「ゆーっ!!おにいちゃん!!あみゃあみゃ!!あみゃあみゃちょうだいいぃ!!」
「おにゃかしゅいちゃよおぉ!!あみゃあみゃ!!はやきゅううう!!」
両親の画鋲を取り除いているお兄さんにぐいぐいと身体を押し付けてむずがるおちびちゃん達。
「おいおい、待ってくれよ………よし、取り除けた」
仕上げにオレンジジュースを染み込ませた脱脂綿でお兄さんが身体を拭くと、
高速度で無数の小さな傷口がふさがってゆき、れいむとありすの身体は元通りになる。
「さあ、準備オッケー。
じゃ、お昼のごはんと虐待といこうか!!」
「「ゆひいっ………!!」」
「お昼もおちびちゃんに選んでもらおうね。持ってきたのはこれさ」
お兄さんが持ってきたのは、やはりゆっくりフードにゆ叩きのセット。
そしてクッキーに画鋲のセットだった。
それぞれが盆に載せられ、おちびちゃんの前に並べられる。
れいむとありすは震え上がった。
ようやく何時間もの画鋲の痛みから解放されたのに、また刺されるかと思うと気が狂いそうだった。
思わず、れいむの口から言葉が漏れた。
「ゆ゛っ………ね、ねえ、おちびちゃ、ん………」
「ゆーっ!!あみゃあみゃ!!あみゃあみゃ!!」
「ちゃべりゅ!!あみゃあみゃちゃべりゅ!!」
「…………!!」
おちびちゃんはといえば、やはり一心不乱にクッキーの載った盆に向かおうとしている。
れいむとありすは焦り、柵の向こう側の子供に必死に声をあげた。
「ま、まってっ!!おちびちゃん、ままのおはなしをきいてぇ!!」
「だめっ、だめなんだよぉぉ!!おちびちゃんっ!!おかあさん、げんっかいなんだよおぉ!!
ねぇっ、がまんしないっ!?つぎ!!あまあまさんはまたつぎのごはんさんにっ、ゆああぁぁまってええぇぇ!!」
「「あみゃあみゃ!!ゆーっ!!あみゃあみゃちゃべりゅー!!」」
「ちょっと待ってくれよ、おちびちゃん」
全く話を聞かずにクッキーの盆に這い寄るおちびちゃん達を、お兄さんが手で遮る。
れいむとありすはほぅ……と胸を撫で下ろした。
「ゆーっ!!ゆあーっ!!にゃんでじゃまちゅるにょおおぉぉ!!ぷきゅーっ!!」
「たべちゃい!!たべちゃい!!たべちゃいたべちゃいたべちゃいたべちゃいいぃぃ!!」
「まだ選んでねとは言っていないよ。まだ全部出してないんだからね」
そう言い、お兄さんは背中に隠していた盆をおちびちゃんの前に出した。
「今回からはこれも選択肢に追加するよ。おちびちゃん達にもっと喜んでほしいからね!」
新しい盆の上に載っていたのは、一口大のチョコレートの山だった。
そしてその隣に、金槌が置いてあった。
「前回と同じく、まずはお試しだ。おちびちゃんはどんな味か知らないだろうからね。
どうぞ、食べ比べてから決めてくれ」
フードとクッキーとチョコレートを一口ぶんずつ目の前に置かれ、おちびちゃんが殺到する。
目の前から順にかぶりつき、チョコレートを口に入れた段階でおちびちゃんが動きを止めた。
「ちちちちちちちちちちちちちちちあわしぇええええええええ~~~~~~~~~!!!!(プシャアッ)」
失禁するおちびちゃんを見届け、金槌を手にしたお兄さんがれいむ達の前に立ちはだかる。
「さあ、こちらもお試しだ」
呆然と見ていたれいむのあんよをめがけて、お兄さんは金槌を振り下ろした。
ガン!
「!!!?」
声にならなかった。
丁度斜め上から叩き潰すように、お兄さんの金槌はれいむの底部の端を打っていた。
部分的にひしゃげた底部は床に引き伸ばされ、金槌の打撃面の八角形の跡がくっきりと残っている。
「………!!かはっ、ひっ………!?がっ………!!?」
「れ………れいむぅ!!れいむうぅぅ!!?」
叫び声も上げられないほどの激痛。
れいむはぶるぶる震え、食いしばった歯の隙間からひゅうひゅうと息を漏らす。
「どうだい、これがあのあまあまに見合った虐待さ。
チョコレートさん一個につき、この金槌を一発お見舞いしてあげるよ」
「ゆ゛、っ………じんじゃうでじょおおおお!!?」
ようやく口がきけるようになった、と言うより聞いた言葉の衝撃に一瞬痛みを忘れたれいむが目を見開いて絶叫する。
これほどの激痛と破壊が、おちびちゃんが一個食べるごとに自分たちの体に与えられる。
おちびちゃんがどれだけ食べるかはわかりきっていた。
「いやいや、僕は手慣れている。殺さないように虐待するのもお手のものさ。
そう、殺さない。絶対に、何があろうと………殺してあげない☆」
「む゛り゛っ!!む゛り゛い゛い゛い゛い゛い゛!!!ふーどざんにじでえええぇぇ!!」
「こらこら、そうじゃないだろ。選ぶのは……おちびちゃん達なんだからさ!」
そう言い、お兄さんはチョコレートとクッキーとフードを一つずつおちびちゃん達の前に並べる。
「ゆー!!あみゃあみゃ!!あみゃあみゃ!!ちゃべりゅ!!あみゃあみゃ~~!!」
「ま゛……まっで!!まっでまっでまっでえぇぇ!!おぢびぢゃんどおばなじをざぜでええぇぇ!!」
「さあ、食べたいものを選んでくれ!」
「「おぢびぢゃああああああああああん!!!」」
「「あみゃあみゃぁ~~~~~!!」」
おちびちゃん達は、一直線にチョコレートにかぶりついた。
ガン!ガン!
「ごっ………ばぁっ!!」
「っっ………ぢいいぃぃ~~~~!!」
れいむとありすの身体が、次々と金槌の打撃を受ける。
これまでとは比べ物にならない硬質のダメージが二匹を蹂躙する。
饅頭というものはもともとそう固くはない菓子だが、
激しく中身を流動させて運動する以上、ゆっくりは実際の饅頭よりもさらに柔らかい。
金槌を叩きこんでも、人間が想像するほどにはダメージはない。
痛みに弱い性質を加味すれば、その苦痛の度合いはプラスマイナスゼロとは言ってもいいかもしれない。
お兄さんも、戯れに頭や頬に何発か叩きこんでいるが、
潰さないように手加減を加えていることもあり、大袈裟に泣き喚くものの、ぶにょぶにょと形を歪ませるだけだ。
ゆっくり相手に効率よく金槌を使うには、「地面と挟みこむ」のが有効である。
人間と同じく、ゆっくりの皮は末端部分のほうがより敏感だ。
あんよの端を金槌と床の間にはさみ込むように打ちこめば、より大きな苦痛を与えられる。
上から皮を押しつぶし、微量の餡子を挟んで底面の皮にも衝撃を与え、より広い面積の皮に痛みを与える。
これも、ゆ叩きと同じく表皮を狙ったテクニックだった。
ガン!
「ぎょっごっ!!」
打たれるたびに、れいむ達はあまりの苦痛にびぃんと身をのけぞらせる。
底部の打たれた部分がびろびろに伸び、微量の餡子をにじませている。
「おぢびぢゃん!!おぢびぢゃああぁぁん!!おでがい!!おでがいだがらっ、だべるのやべでええぇぇ!!」
苦痛の合間を縫い、もはや恥も外聞もなく、れいむ達は柵の向こうのおちびちゃん達に叫び続ける。
「「ちょーだい!!ちょーだい!!もっちょもっちょちょーだい!!あみゃあみゃちょうだいいいぃぃ!!」」
金槌を打ちこむたびに数個だけ投げ込まれるチョコレートは、一口やそこらですぐにおちびちゃんの腹に消えてしまう。
飲み込んだはしからお兄さんに向かってぴょんぴょん飛び跳ねながら叫ぶおちびちゃんの視線は、
母親たちの姿をちらりとも捉えようとすらしなかった。
「おっと、もう次か。いやあ、とってもゆっくりした食べっぷりだね!」
そう言いながらチョコレートの盆を傾けようとするお兄さんに、ありすが必死に懇願する。
「まっで!!まっでまっでまっでえぇぇ!!おぢびぢゃんどおばなじをざぜでええぇぇ!!」
「なんだい、お仕事中に。
お話なら仕事が終わったあとでいくらでもできるだろ?」
「いば!!いばじなぎゃいげないのっ!!じんじゃう!!ありずだぢ、じんじゃうっ!!おでがいだがらああぁぁ!!」
「おちびちゃんはあまあまでゆっくりするのに忙しいっていうのに、何を話そうというんだい」
「わがっでないのっ!!おぢびぢゃん!!あばあばだべだら、ままだぢがぎゃぐっだいざれるっでっ!!
わがっでないの!!だがら、だぐざんだべぢゃうのおおぉぉ!!」
「へえ。わかってたらやめるはずだって事?」
こくこく頷くありすに、「ふうん」と肩をすくめてお兄さんは答えた。
「じゃあ、特別にお話をさせてあげるよ。僕も気になるしね。
おちびちゃん達、ちょっといいかい?お母さんのお話を聞いてやってくれないか?」
「「あみゃあみゃ!!あみゃあみゃ!!ちょうだいちょうだいちょうだいちょうだい!!」」
「うわぁ……ああ、いや、実にゆっくりしてるねぇ。
ほら、お母さんが何か言ってるよ?」
「おぢびぢゃんっ!!おでがい!!ままのおはなじをぎぐのよおおぉぉ!!」
「「あみゃあみゃー!!ゆっくちーっ!!たべりゅー!!」」
「ほら、聞いてあげようよ」
おちびちゃん達を手で支え、お兄さんは母親の目の前まで運んでくれた。
もう子ゆっくりとしても大きなおちびちゃん達は、お兄さんの片手に一匹ずつ、危ういバランスでどうにかずしりと収まっている。
「ゆっ?」「ゆぅー?」
「おぢびぢゃっ!!ぎいでっ!!ぼうだべないでぇぇ!!」
「ゆー!!おきゃーしゃん、ゆっくちしちぇないにょ?」
「ときゃいはじゃにゃいー!!」
「ええ!!ええっ!!ぞうよ!!ぞうなの!!おぢびぢゃんがだべるど、ままだぢがいじべられぢゃうのっ!!」
「ゆぅ~?」「にゃんで?」
「やっぱり全然わかってなかったのか。なんっにも話聞いてないんだなあ。
いいかい、おちびちゃん達。もう一回説明するから僕の話を聞くんだよ」
お兄さんがおちびちゃんの顔を自分に向けさせる。
「ゆぅぅ~?」「ときゃいは?」
「いいかい、僕はお母さんたちと約束しているんだ。君達が………」
「ゆ、にゃんだかちーちーしたきゅなっちぇきちゃよっ!!ちーちーしゅるよっ!!」
「ゆっ!ときゃいは!!ちーちー!!」
掌の上でしーしーを漏らすおちびちゃん達にお兄さんは顔をしかめたが、
しーしーが終わるのを待って辛抱強く繰り返した。
「いいかい?君達があまあまを一つ食べるたびに、僕がお母さんをゆっくりできない目に会わせるんだ。
そのチョコレートさんを一個食べれば、お母さんがこの金槌で一回殴られる。とっ………ても痛い。ゆっくりできないんだよ」
「「ゆうぅ~~?」」
「確認しようか。ほら、チョコレートだ」
「ゆ!!」「あみゃあみゃ!!」
一個ずつ差し出されたチョコレートに、即座に涎まみれの口でむしゃぶりつくおちびちゃん達。
食べたのを確認し、「もっちょ!!」と叫んでくるおちびちゃん達を手で制すると、お兄さんは金槌を見せつける。
「一個、食べたね?だから、お母さんたちを一回ずつ叩くよ。
いいかい。君達が食べたから、僕が叩くんだ」
ガン!ガン!
「がっ!!」
「ぎいぃぃ!!」
伸びきった部分にさらに打撃を加えられ、激痛に七転八倒するれいむとありす。
「見たかい?」
「ゆーっ?おきゃーしゃん?」
「ゆっくちできにゃいの?」
「そうだよ。君達が食べた、僕が叩く。食べる、叩く。いいかい?
もし食べなければ、僕は叩かない。チョコレート食べない、お母さん叩かれない。わかるかな?」
ジェスチャーを交えながら、お兄さんが何度も根気よく説明する。
癇癪を起して「あみゃあみゃたべちゃい!!」と叫ぶのをチョコレートを与えてなだめ、その都度親も叩き、
数回実演されながら十回も説明されたところで、ようやくおちびちゃん達が理解した。
「ゆー?きょれ、たべちゃら、おきゃーしゃんいちゃいいちゃいにゃの?」
「ときゃいは?ゆっくちできにゃい?」
「ぞうっ!!ぞうなの!!わがっでぐれだんだねっ!!おぢびぢゃんあじがどおおぉぉ!!」
希望の光が見え、狂ったように何度も頷きながられいむ達は叫んだ。
「おがあざんゆっぐじでぎだいのっ!!」
「おぢびぢゃんだぢはままどおがあざんがずぎよねっ!!?」
「ゆー!だいちゅきー!!」
「みゃみゃ!!ときゃいは!!」
「ありがどおおおぉ!!おぢびぢゃん!!あじがど!!あじがどおおおおぉぉぉ!!」
「おぢびぢゃんはやっぱりぜがいいぢゆっぐじじでるわああああぁぁ!!どがいばよおおぉぉ!!」
「ゆー、ゆっくち!!」
「ときゃいは!!ときゃいは!!」
褒められたことで嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねるおちびちゃん達。
「んー、ルールも理解できたことだし、もういいかな?」
「ゆ゛っ………おぢびぢゃんっ!!だがら、もうだべだいでねっ!!」
「ねっ!!あばあばざんだべるのやべでねっ!!がばんじでねっ!!」
「ゆぇ?」
「ゆぅ?」
お兄さんがチョコレートを載せた掌を、おちびちゃん達の前に運ぼうとする。おちびちゃん達の目が輝く。
「「ゆっ!!あみゃあみゃ!!」」
その反応を見た両親は目を見開き、いよいよ焦燥にかられて声を限りに叫んだ。
「やべでっ!!おにいざんやべでっ!!もっどおばなじざぜでぇぇ!!」
「ゆっ?」「あみゃあみゃしゃん?」
「おがあざん、じんじゃうのっ!!ごれいじょういだいいだいざれだらじんじゃううぅ!!」
「だがら、おぢびぢゃんっ!!がばんずるのよっ!!あまあまはだべええええ!!」
「………あみゃあみゃしゃん、たべちゃ、だみぇにゃの?」
「ぞう!!ぞうよっ!!ままがゆっぐじでぎないど、おぢびぢゃんもいやでじょう?!」
「あーあ、おちびちゃんあまあま我慢するのかー。
それじゃお兄さん、もうお母さんたち叩けないなー」
チョコレートと金槌をそれぞれ持った両手を背中側に引き、お兄さんが残念そうに言う。
「「ゆゆぅぅ…………??」」
「ゆ゛っ!!ぞうだよっ!!おぢびぢゃんはもうだべないよっ!!」
「ありずだぢはどっでもながよじがぞぐなのよっ!!もう、ぞんなごどざぜないわっ!!」
「あみゃ、あみゃ………?」
「ちゃべられにゃい………?」
「いやいや、君達が食べたいって言えばすぐに食べられるよ~?」
再びチョコレートを差し出そうとするお兄さんに、涎をたらした顔を輝かせて向き直る。
「!!やべでねっ!!おぢびぢゃん!!がばんじでね!!がばんずるよね!!?」
「ままだぢがいだいいだいよっ!!ね!!おぢびぢゃん!!いっじょにゆっぐじじばじょう!!」
お兄さんの手が引かれ、恐慌をきたして怒鳴り散らす母親たちにまた向き直る。
何度もあちこち向いているうちに、おちびちゃん達は顔を歪めてぷるぷると震えだした。
「?……おち、びちゃ………?」
「「やぢゃやぢゃやぢゃやぢゃやぢゃやぢゃやぢゃやぢゃぁあああああああ!!!!」」
「「!?」」
おちびちゃん達はその場に転がり、びたんびたんと身体で床を叩きながら泣きわめきだだをこね始めた。
「やぢゃやぢゃやぢゃやぢゃたべちゃいたべちゃいあみゃあみゃたべちゃいたべちゃいいいぃぃ!!」
「もっちょたべりゅうう!!あみゃあみゃたべりゅうううぅぅぅ!!やぢゃやぢゃやぢゃやぢゃああ!!」
「おっ!!おぢびぢゃっ!!?」
「おぢびぢゃんがたべたら、ままだぢがいじべられるのよおぉ!!?」
「たべちゃいたべちゃい!!あみゃあみゃたべちゃいいいぃぃ!!」
「たべられにゃいのいやあああぁぁぁ!!ゆやあああぁだぁぁ!!!」
「食べたいなら食べていいんだよ?ほぉら」
「「ゆ!!あみゃあみゃ!!」」
「だべえええええぇぇ!!だべぢゃだべえええええ!!」
「いいのっ!!?ままだぢがゆっぐじでぎだぐだっでもいいのっ!!?もういっじょにゆっぐじでぎなぐなるのよっ!!?」
れいむ達の追求に、涎を垂らしていたおちびちゃん達は途端に顔を歪め、すぐにやだやだモードに入った。
「「やぢゃやぢゃやぢゃやぢゃやぢゃやぢゃやぢゃあぁぁぁ!!」」
「く、くっきーざんっ!!くっきーさんでがまんしましょう!!?ね!!?」
「やぢゃやぢゃやぢゃやぢゃやぢゃああぁぁ!!」
「おがあざんがゆっぐじでぎだぐなるんだよっ!!?おぢびぢゃんはぞれでもいいのっ!!?
おがあざんをゆっぐじでぎなぐじだいのおおおっ!!?」
「やぢゃやぢゃやぢゃやぢゃやぢゃやぢゃやぢゃぁぁぁぁ!!!」
何を言っても会話にならなかった。
ルールを理解した今、おちびちゃん達が選んだのは葛藤の拒絶だった。
チョコレートを食べればゆっくりできる、その代わりにお母さんが叩かれる。
お母さんが叩かれなければゆっくりできる、その代わりあまあまは食べられない。
どちらを取っても、何かしらゆっくりできない事になる。どちらも欲しいが、どちらもはありえない。
そのジレンマ、何かを捨てなければならない葛藤にぶち当たった今、おちびちゃん達はいつも選んでいる選択肢を取った。
『とりあえずゆっくりする、ゆっくりできない事はお母さんに任せる』
お母さんが憎いわけではない。お母さんがゆっくりできなくなることを望んでいるわけでもない。
ただ、いつものように、お母さんがすべて解決してくれると思っているだけなのだ。
「「………お、ち、び…………ちゃ……………」」
れいむ達が言葉を失い、呆然と佇んでいる隙に、お兄さんが暴れるおちびちゃんの側にチョコレートを置いた。
「「ゆっ!!あみゃあみゃ!!」」
「さあ、食べたかったらどうぞ」
「「ゆっくちむーちゃむーちゃしゅるよっ!!!」」
〈 ゆっくちしちぇいっちぇにぇ
ゆふふ おちびちゃん とってもゆっくりしているよ
こんなにゆっくりしたおちびちゃんたち きっととかいはなれでぃになれるわ 〉
「ゆぴぃ………ゆぴぃ…………」
「ゆぅ………ゆぅ……ときゃいは…………」
ぱんぱんになった腹を抱えながら寝息を立てるおちびちゃん達。
お兄さんはチョコレートで真っ黒になったその体を拭いてやり、食事直後の糞便も処理してやる。
「さて、今回もお仕事お疲れ様」
「ゆ゛…………ぐ………げ………」
「………っが……………が………………」
れいむとありすの体はもはや饅頭の体をなしていない。
あんよ周辺の皮は隙間なく叩きつぶされてスカートのようにびろびろに伸びて広がり、
ところどころ皮膚が破れてわずかに餡子が漏れていた。
殴られるうちに歯も大部分が砕けて飛び散り、身体の輪郭がいびつになり、
苦痛にだらしなく放りだされた舌にも金槌の跡がくっきりついている。
「死んじゃう死んじゃうと言いながら、死ななかったじゃないか。
僕のテクニックも大したもんだろ?けっこう難しいんだよ、金槌での虐待は」
れいむ達はびくびくと痙攣するばかりで答える余裕もない。
「なあに、この程度で使い捨てるつもりはないよ。治療はしてあげるから安心してくれ」
お兄さんはオレンジジュースをたっぷり染みこませた脱脂綿をれいむ達の下半身に巻きつけ、
包帯でぐるぐる巻いて固定した。
「これで治るはずさ。
また晩御飯の時には頼むよ。僕と、可愛いおちびちゃんのゆっくりのためにね!」
れいむ達の側にゆっくりフードをばら撒くと、お兄さんはにこにこと部屋を出ていった。
「……………お゛…………ぢ………………………ぢゃ……」
――――――――
「おちびちゃんきいてるのおおおぉぉ!!?」
「ゆええええぇぇん!!おきゃーしゃんきょわいいいぃぃ!!」
「きょわいよおおぉぉ!!ゆびぇえええん!!(プシャァァ)」
「しーしーしてるばあいじゃないでしょおおぉぉ!!?ままのおはなしをききなさいいぃ!!」
怒声と泣き声が響いている。
柵にぐいぐいと身体を押しつけながら、れいむとありすは向こう側のおちびちゃんに怒鳴っていた。
「いいっ!?がまんするんだよ!!もうあまあまたべちゃだめだよっ!!」
「ままたちがいじめられるのよ!?わかってるでしょ!?
つぎはゆっくりふーどにするのよ!!いいわね!!おへんじしなさいぃ!!」
「ゆびぇええええん!!ゆっぐじでぎにゃいいいぃぃ!!」
「ゆぶあああああ!!ゆぎゃあああーーーーっ!!」
「なきたいのはこっちなんだよおおぉぉ!!はなしをきけばかあああぁぁ!!」
怒りに顔を歪め、がしがしと柵に体当たりをする両親に怯えきったおちびちゃんは、
部屋の隅に縮こまってひたすら泣き続けていた。
「おいおい、ずいぶん騒がしいじゃないか」
「「ゆ゛っ………」」
「「ゆゆっ!!おにいしゃん!!」」
お兄さんがドアを開けて姿を現すと、両親は怯えにびくりと身をすくませ、
反対におちびちゃん達は笑顔になってお兄さんの方へ這い寄っていった。
「おにーしゃぁん!!おきゃーしゃんがいじめりゅううぅ!!きょわいよおぉ!!」
「ゆぇええええん!!ゆぇえええええん!!きょわかっちゃぁぁ!!おにーしゃああん!!」
「おやおや、悪いお母さんたちだな。こんなにゆっくりしたおちびちゃん達をいじめるなんて」
「「………………………!!!」」
両親は目を見開き、ぎりぎりぎりと歯噛みした。
あれだけ、毎日あれだけ苦労しておちびちゃんのためだけを思って守り、世話してきた自分たちよりも、
おちびちゃん達はあまあまをくれるお兄さんのほうをあっさり頼っていた。
自分たちを可愛がっていた生みの親のれいむ達に、あんなにひどいことをするお兄さんのほうを。
「今日はおちびちゃん達にお土産を持ってきたんだよ」
お兄さんは背中に隠していた物をおちびちゃん達の前に置いた。
「ゆゆっ?あみゃあみゃ………ゆっ?おばしゃん?」
「ゆゆー!ゆっくち!!ときゃいは!!」
それは、丁度成体サイズのゆっくりれいむを模した人形だった。
本物に近いすべすべした材質で作られたクッション状の玩具で、
やや稚拙なつくりながらお飾りもついている。
「本物そっくりだけど、これは人形だよ。君達ならわかるかな?」
「「…………」」
「「ゆーっ!ゆっくち!!」」
元飼いで、ペットショップの商品として馴染みがあるれいむ達にはすぐにわかったが、
おちびちゃん達はあっさり本物だと信じ込んだようで、這い寄ってすーりすーりを始めた。
「きょわかっちゃよおぉ!!しゅーりしゅーりちてえぇ!!」
「ユックリシテイッテネ!!」
「ゆーっ!!ゆっくちしちぇいっちぇにぇ!!」
「しゅーり、しゅーり!!」
「オチビチャン、スーリ、スーリ」
「しゅーり、しゅーり!!ゆっくちー!!」
「ゆっくちー!!」
「おやおや、すっかりなついてしまったな」
「「…………!!」」
身体を押されると反応して声を出す仕組みになっているその人形は、
すっかりおちびちゃんの興を買ったらしく、おちびちゃんは嬉しそうにすーりすーりを繰り返す。
その様子をれいむとありすは歯軋りして凝視していた。
「今自分がどんな顔してるかわかってるかい?すごい目だぞ」
お兄さんがれいむ達の前に屈みこみ、怯える彼女たちの包帯を取り除く。
現れた皮膚はすっかり傷口がふさがり、だらだらと延びていた皮もある程度元に戻っていたが、
それでもひどくでこぼこして不格好な形になってしまっていた。
「おやおや、こんなにでこぼこざらざらして。もう碌にすーりすーりはできないねえ。
でもおちびちゃん達にはあれがあるから大丈夫さ、そうだろ?」
「「ゆぐぅぅ……………っ!!」」
「さあ、お腹もすいたろ。晩御飯にしようか」
「「!!」」
涙目になって震えるれいむ達の前に、お兄さんはいつものように道具と食事を並べる。
「ゆっくりフードにゆ叩きのセット。
クッキーに画鋲、チョコレートに金槌……と」
「「ゆゆっ!!あみゃあみゃあぁ!!」」
「「おぢびぢゃんっ……!!」」
涎を垂れ流し、チョコレートの載った盆を目指して脇目もふらずに突進するおちびちゃん達。
あまあまは我慢しろ、フードにしろとれいむ達がさっきまでしつこく言い続けていたのに。
「おっと待った、今回も新しいメニューがあるんだ」
お兄さんがおちびちゃん達を制し、新しい盆を新たに並べた。
お盆の上には、蜂蜜の瓶。
そして、鋏が載っている。
「さあ、試してみてね」
瓶を開き、蜂蜜を指ですくっておちびちゃん達の前に突き出す。
「「あみゃみゃ!!」」
舌を伸ばしてべろべろと指を舐めるおちびちゃん達は、すぐに身体を硬直させ、
ぶるぶる震えたあとしーしーを撒き散らしながらびたんびたんと暴れ回った。
「「ちちちちちちちちちちちちちちちちちちちぃぃぃいあわっしぇええええええぇぇぇ~~~~~~~~!!!」」
「さ、こっちもお試しだ」
「「ゆひぃっ!!」」
「大丈夫だよ。今回の虐待は痛くしないから。君達も疲れてるだろうしね」
「「ゆゆっ………?」」
鋏を握り、れいむ達の前に迫るお兄さん。
「痛くしない」という言葉に期待をこめてお兄さんの動向を見守る。
すると、お兄さんがれいむ達の頭に手を伸ばし――
「ゆ゛っ!?ゆ゛あああああおりぼんざんんん!!?」
「がえじでっ!!がえじでねっ!!ありずのどがいばながぢゅーしゃざんがえじでねっ!!」
「今回の虐待は、コレさ!」
れいむのリボンとありすのカチューシャを片手でまとめて掴み、
お兄さんはそのほんの端っこを、チョキンと鋏で切り落としてしまった。
二人の絶叫が響き渡る。
「「ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」」
ゆっくりにとって、お飾りは命と同等に大事なものと言って過言ではない。
命よりお飾りが大事というゆっくりはさすがにいないが、お飾りより命が大事と断言できるゆっくりもほとんどいない。
お飾りを失うことは、お飾りがなければ迫害され、殺されてもおかしくないゆっくりの社会において死と同義である。
お飾りで個体を識別するゆっくりにとってお飾りの出来は最優先事項と言ってもいいアイデンティティであり、
それが欠損したり、ましてや失われるという衝撃は、人間が手足を失うショックにも勝る。
そんなお飾りが、たった今、疵物にされたのだ。
この時点で、ゆっくりとしては負け組が確定したと言ってよかった。
ゆっくりの社会にあるかぎり、障害ゆっくりとして見下され、憐れまれ、苛められ、
慈悲のおこぼれや余り物に預かりながらこそこそと生き長らえるゆん生が確定したのだ。
「ゆ゛う゛う゛う゛う゛う゛でいぶのおりぼんざんがあああああ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
「どばいばじゃないっ!!どがいばじゃない!!どがいばじゃなああああああゆがあああ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
「ずいぶんな大騒ぎだなあ。ほんのお試しで、チョコっとやっただけじゃないか。
本番はこれからさ。ねえ、おちびちゃん?」
「あみゃあみゃ!!あみゃあみゃ!!」
「ちょうだい!!もっちょちょうだいー!!」
お兄さんの足元にまとわりつき、おちびちゃん達が蜂蜜の瓶を見つめながら舌を伸ばして蠢いている。
「いいかい、君達が蜂蜜を舐めるごとに、お兄さんはほんのちょっぴりずつお母さん達のお飾りを切り刻んでいく。
なるべく調整して、蜂蜜がなくなると同時にお飾りも全部なくなるペースでいこう。いいね?」
改めて床に蜂蜜と鋏の盆を置き、四つのセットが並べられた。
「「やべでええええ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!」」
れいむ達は絶叫し、懇願した。
「やべでっ!!おぢびぢゃん!!ぞれだげはやべでっ!!おでがいだがらああぁぁ!!」
「ぐっぎーざんでもいいわっ!!ちょこれーどざんでもいいわ!!いぐらでもたべでいいがらああああ!!
ぞれだげはっ!!ぞれだげはやべでええええええ゛え゛え゛え゛おでがいい゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛」
「さあ、おちびちゃん達、選んでくれ。
どのごはんがいいかな?どの虐待がいいかな?!」
「「あみゃあみゃ!!あみゃあみゃ!!ゆっくちーっ!!」」
おちびちゃん達は、一心不乱に蜂蜜の盆を目指して這いずっていた。
やめて。
お願い。
許して。
それだけは。
それだけは。
涙を流し、身をよじり、柵に体当たりし、絶叫しながら、
れいむとありすの脳裏には、強い違和感が生まれ始めていた。
なんだ、これは?
とってもゆっくりしたおちびちゃん。
大好きなおちびちゃん。
真実のゆっくりを思い出させてくれた、世界一ゆっくりしている、れいむとありすの自慢のおちびちゃん。
二人のおちびちゃんは、見ているだけでゆっくりできる、何よりもゆっくりしている、
可愛い可愛い、何よりも大切な、愛しい愛しいおちびちゃんだったはずだ。
そのためにお姉さんを裏切り、群れに迷惑をかけ、次々に味方を失い群れを追われても、
それでもおちびちゃんさえいれば後悔はない、そういうものだったはずだ。
今、目の前にある、これはなんだ?
母親たちが虐待され、ゆっくりできない目に合わされ、今またお飾りを失おうとしている。
それだけはやめてくれとの涙ながらの懇願に全く耳を貸さず、興味さえ抱かず、
食事と虐待の因果関係を理解しながら考慮することなく、ただ目の前のあまあましか目に入らない、
蛆虫か蛞蝓のように、ぬらぬらと体液の跡を床に残しながら蠕動する、
涎と涙とうんうんとしーしーまみれの、でっぷりと下膨れに膨れた物体。
これは、一体、なんなんだ?
〈 ゆっ おちびちゃん ままとすーりすーりしましょうね
しゅーり しゅーり
ときゃいは ときゃいは ゆっくちー
ゆゆ~ん すーりすーり おちびちゃんかわいいよぉ てんしさんだよぉぉ 〉
「いやあ、いい食べっぷりだ。それ、じょーきじょーき」
「「ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」」
瓶を引き倒され、フローリングの床にぶちまけられた蜂蜜をおちびちゃん達が舐め取るに従い、
そのペースに合わせてお兄さんがお飾りを少しずつ少しずつ切り刻んでいく。
柵に遮られ、手出しもできずに、れいむとありすはひたすら泣き喚き絶叫するしかなかった。
「「ぺーりょぺーりょ!!ぺーりょぺーりょ!!ぺーりょぺーりょぺーりょぺーりょぉぉ!!」」
全身を蜂蜜に浸し、おちびちゃんは舌をべろべろべろべろとせわしなく動かして蜂蜜の海の中でのたうち回る。
「やべでっ!!おぢびぢゃんやべでっ!!ぞれいじょうだべだいでえええぇぇぇ!!ごっぢをむげええええ!!」
「ゆがああああああ!!やべろおおおお!!ままがゆっくりできないでしょうがああああああ!!!」
「こらこら、やめなよ。おちびちゃん相手に大人げないだろ?」
柵越しに手を伸ばし、れいむとありすの頭をぽんぽんと掌で叩いてお兄さんが言う。
「だばれえええぐぞにんげんんんん!!!」
「おぢびをどめろおおおおおお!!!」
「おお、怖い怖い。そんなにカッカしなさんな、子供のすることなんだからしょうがないだろ?」
「「じょうがだぐだいいいいいい!!!」」
「しょうがないさ。ゆっくりしたおちびちゃんなんだから。
だからまりさのおちびちゃんも潰したんだろ?」
「「ゆ゛っ……………!?」」
意外な話を持ち出され、れいむ達は当惑する。
「昨日いろいろ愚痴ってたけどさ、全部しょうがない話じゃないか。
バッジ試験に合格できなかったのも、群れのおちびちゃんを潰したのも、小さい子供だからしょうがないんだよな。
今、お母さんの有難みもわからずにあまあまを貪ってるのも、子供だからしょうがないんだよ。そうだろ?
大器晩成だから、長い目で見てあげなきゃいけないんだろ?」
「…………ぞれどごれどはぢがうでじょおおおおお!!?」
「どう違うんだよ。
これが普通のおちびちゃんだったらどうだったかな?
お母さんがゆっくりできなくなるからあまあまを我慢する?
それともお母さんを見捨てて、罪悪感に苛まれながらあまあまを食べる?
あのおちびちゃんはすごいよ。なんっにも考えてない。ただ目の前にあまあまがあるから食べる、それだけ。
お母さんがゆっくりできなくなるとか、そういう面倒なことは考えられないんだ。
そういう子供に育てたのは君達じゃないのか?
あれが『真実のゆっくり』とやらなんだろ、ええ?」
「……………………!!」
「子まりさを潰して平気なおちびちゃんが、なんで母親を心配すると思ったの?
それとも、母親だけは心配すると思ったの?だから他に迷惑をかけてもどうでもいいと思ったの?
でも、母親すら心配しないねえ?なんでだろうねえ?君達、そういう事教えなかったの?他ゆんのこと考えなさいってさ。
ねえ、君達。一体全体、なにがしたくてあんなおちびちゃんに育てたんだい?」
「「……………………………………………………………………ゆ…………………………………………………………」」
「おっと、手が止まってたな。ほーら、じょーきじょーき☆」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
〈 ゆゆっ またそそうしちゃったね おちびちゃんたち
ゆぴぃ………ゆぴぃ…………
しゅーや………しゅーや………
ゆふふ このねがおさんをみれば どんなおせわもゆっくりできるわ
おちびちゃんのためなら れいむたちはどんなことでもがんばれるよ 〉
何がしたかったんだろう。
自分たちは、おちびちゃんに何を求めていたんだろう。
〈 おかあさんのぴこぴこぶらんこさんで おちびちゃんたち ゆっくりしてね
ゆゆーん ゆーら ゆーら
ぶーらぶーらしゃん ときゃいは ゆっくちー
おねえさんとはわかれちゃったけど おちびちゃんたちはとってもゆっくりしてるわ
のらはたいへんだけど おちびちゃんだけは ぜったいぜったいゆっくりさせるよ 〉
「ぺーりょぺーりょ!!ぺーりょぺーりょぺーりょ!!ゆっくちゆっくちいぃぃ!!べりょりょりょぉぉ!!」
「あびゃあびゃーっ!!ゆきゃきゃきゃきゃ!!ぺーりょぺーりょときゃいはーっ!!あみゃあみゃぁぁ!!」
〈 ねえ ありす……
なあに れいむ
やっぱり おといれさんおぼえさせたほうがいいのかな むれのみんなが ゆっくりできないって
ゆゆ………
おちびちゃん このままじゃおともだちもできないよ
いいえ あのかんどうをわすれたの? おちびちゃんたちは しんじつのゆっくりをしってるのよ
ゆ そうだったね……
おちびちゃんも ありすたちも むれからきらわれてつらいけど……だけどいつか みんな……
ゆ そうだね みんなきっとわかってくれるよ だってこんなにかわいいおちびちゃんだものね 〉
おちびちゃん。
れいむ達の、初めての、とってもゆっくりしたおちびちゃん。
おちびちゃんのためなら、鬼にも悪魔にもなろうと思った。
飼い主のお姉さんに嫌われても、ゆっくりできないゆっくりと呼ばれてもよかった。
自分たちがどんなに無様に振る舞っても、おちびちゃん達にだけは思うまま、ゆっくりしたゆん生を送ってほしかった。
だって、そうじゃないか。
人間さんに飼われて、友達も作れず、子供も作れず、あまあまだけを慰めに、窮屈で寂しい一生を終える?
それとも野良になって、人間や動物に怯えながら、世間から隠れるようにおどおどびくびくと生きる?
どっちもゆっくりできない。
一体どんな生き方なら、ゆっくりはゆっくりできるんだろう?
おちびちゃんだけはゆっくりさせたかった。
何も我慢せず、思うままゆっくりする生き方が、いろんな不都合を呼び込むことはわかっていた。
そういう不都合は、自分たちが全部かぶろう。
お母さんたちが四人分がんばっておちびちゃん達を守るから、
おちびちゃんたちで四人分ゆっくりすればいいんだ。
お母さんたちが頑張れば、おちびちゃんたちが本当にゆっくりしたゆん生を送れるんだ。
お母さんたちは頑張れる。おちびちゃんならできる。
こんなにゆっくりしたおちびちゃんなんだもの。
――――――――
「「むーちゃ、むーちゃ!!あみゃあみゃちあわしぇー!!」」
「ゆ゛ああああああ!!!でぎゃああああああ!!!」
おちびちゃん達が、生クリームたっぷりの高級ロールケーキに舌鼓を打つ。
一方、れいむの頭部にアイロンが押しつけられていた。
れいむとありすの頭部は、いびつな形と色になっていた。
アイロンの先端で熱し、髪を溶かしてしまい、そのままさらに熱する。
溶けた髪は表皮にしみ込んで混ざり、れいむは黒の、ありすは黄色の醜い跡を作った。
毛をすべて溶かしこまれ、光沢を帯びてでこぼこした頭部はまだらに汚い色彩になった。
れいむとありすの額には、ばらばらに切り刻まれたお飾りの一部が縫い込められていた。
個体識別の余地を残すためのお兄さんの配慮であったが、
おちびちゃん達はそんな両親の姿を見て「ゆきゃきゃきゃきゃっ!!」と無邪気に笑った。
「ごぎょおおおおおぼおおおおおごごごごごごっごごご」
「ゆづづづづづづづううううーーーっぎゅぶうううう゛う゛う゛う゛!!!」
餡子の混じった泡を拭くほどの苦痛に身悶えながら、れいむとありすの意識はお兄さんには向いていない。
その憎悪も、怨嗟も、別のものに向けられていた。
「ゆ゛があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!じねえ゛え゛え゛え゛え゛!!!」
「おばえらだげゆっぐじずるなああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
「「おきゃーしゃん、しゅーり♪しゅーり♪ちあわしぇー♪」」
「ユックリシテイッテネ!!スーリ、スーリ」
子供たちと自分を遮る柵に、ぼろぼろのれいむとありすが憎悪のこもった表情で体当たりを繰り返す。
がんがんときしむ柵に、最初こそおちびちゃん達は怯えて泣いていたが、
すぐにお兄さんに与えられたれいむ人形を代わりの母親に見立て、そちらにすーりすーりを繰り返すようになった。
そうしてゆっくりしている間、柵の向こう側の両親の事はおちびちゃん意識から完全に消えていた。
「じねえ゛え゛え゛え゛え゛え゛じねえ゛え゛え゛え゛え゛え゛ぐぞぢびがあ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
「ごろじでやる!!ごろじでやる!!よぐも!!よぐもよぐもよぐぼおおお゛お゛お゛お゛!!!」
届こうと届くまいと、れいむとありすの憎悪はもはや留まることを知らず、
人形にすーりすーりをする我が子に殺意と呪詛を吐き散らす。
『仕事』以外の二人の時間は、もはやすべてそれに充てられていた。
部屋中に響くその大声は、おちびちゃんたちの耳には一切届いていない。
お兄さんの提示する、れいむ達への虐待とおちびちゃん達への食事は日毎にエスカレートしていった。
「あ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛どごお゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!」
「あんまり動かないでくれよ。移植できないだろ?」
大口を開けさせられて固定され、
金槌で砕かれた歯の代わりに、特大のネジを一本ずつねじ込まれた。
痛覚が集中する歯茎の奥をぐりぐりとえぐられ、れいむの眼球がぐるぐると回転する。
まばらに生えていた歯の上からも、金槌でネジを打ちこんでから貫通された。
歯の代わりにネジを生やした二匹は、口を噛み合わせるたびに激痛に苛まれることになった。
じっくり時間をかけて片目をえぐり出された。
「ゆびいいぃぃぃ!!ひいいぃぃぃぃい!!!」
眼窩に指を突っ込んで目玉を固定され、コルク抜きを瞳に突き刺され、ぎりぎりとねじ入れられる。
眼球を貫通して中の餡子まで蹂躙されたところで、少量の餡子ごと引き抜かれた。
眼球にこびりつく細い神経のようなものに餡子がからみついている。
「おべべざんっ!!ゆっぐじなおっでねっ!!べーろべー………ぎゃあっ!!」
ぺーろぺーろしようと舌を伸ばしたところで、眼球ごと舌を踏み潰された。
「ゆ゛お゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっごお゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」
空洞になった眼窩にお灸を据えられた。
剥き出しの餡子が高熱で蹂躙され、れいむとありすは限界までのーびのーびしながらぐるんぐるんと身悶えた。
面白がったお兄さんに、身体のあちこちを小さくえぐり取られ、そこにまたお灸を据えられた。
「ぽきいいいいいいいいぱぴいいいいいいいいいいいここっここここここここあ゛ーーーーーーーっあ゛ーーーーーーーーっ」
濃硫酸を少しずつ垂らされた。
一滴落ちるごとに皮が煙を上げながらたやすく溶け、体表にぼつぼつと穴が開いた。
餡子が剥き出しになった穴に酢やラー油や醤油やワサビやカラシなど様々な液体物体を垂らされ、
それぞれの反応の違いでれいむ達はお兄さんを楽しませた。
この世のものとも思えぬ絶叫を部屋中に響かせる両親の声は、やはりおちびちゃんの耳には入らない。
シュークリーム、チョコレートパフェ、ホールケーキ、連日出される高級あまあまに、
おちびちゃんはしーしーとうんうんを漏らしながら舌鼓を打ちのたうち回り、わが世の春を謳歌しつづけた。
「僕の好きなジャンルは『家族崩壊』モノでね。仲のいい家族をさらってきて、
あまあまを奪い合わせたり疑心暗鬼に陥らせたりして家族同士でいがみ合うのを見るのが好きなんだ」
珍しく手ぶらで現れたお兄さんは、れいむ達の前に座り込んで話していた。
「ゆっくりなんて単純なもの、とは言うけど、
実際に何十組の家族と付き合ってみると、いろんなパターンがあるよ。
親が子をあっさり見捨てたり、逆に子が親をあっさり裏切ったり。
力の強い一匹が他を支配したり、子供のために親が犠牲になったり。
全員死ぬまで信頼し続けるケースも少ないけどある。
でも、君達みたいなのは初めてかな?」
「「………………………………………………………………………………………………………………ゆ゛っ」」
「「あみゃあみゃー!!あみゃあみゃちょーだーい!!ねぇねぇねぇねぇあみゃあみゃー!!」」
それを聞いているれいむとありすの姿に、かつての面影はない。
お飾りを切り刻まれてぞんざいに縫いつけられ、髪を全て皮膚に溶かしこまれ、
片方の眼窩を含めて全身に穴を開けては小麦粉で塞ぎ、を繰り返された結果、
もとは球状だったことがかろうじてうかがい知れるという体の、いびつに歪んだオブジェになっていた。
割かれてずたずたになった唇の間からだらりとこぼれている長い舌には、無数のボルトがナットできつく留められている。
一方、お兄さんにまとわりつくおちびちゃん達は連日のあまあま生活ででっぷりと太っていた。
身長は成体の半分程度だったが、横幅は成体に近い。
下膨れの身体がだらんと床に広がり、頭部だけがちょこんと飛び出しているはぐれメタルのような形状になっており、
本人たちはぴょんぴょん飛び跳ねているつもりだったが、頭部だけがのーびのーびを繰り返すだけだった。
それらを見回してから、お兄さんは言葉を続ける。
「なんなんだろうね、このおちびちゃん達は。
ゲスじゃないね。ゲスなら、「ゆっくりさせないくそおやはしね!」とか言うよ。
邪魔なものは憎み、排除する。憎い相手が不幸になることを望み、喜ぶ。
でもこの子たちは、まっっっったく他人に興味がないんだな。
ゆっくりさせてくれるなら寄っていく。ゆっくりできないならいらない、どうでもいい。
想像力の欠如。生物として、いやゆっくりとしてどうなんだろうね?
君達が言っていたとおり、ゆっくりするという意味ではゆっくりとして完成された性格なのか、それとも欠陥品なのか」
れいむ達は答えない。
どんよりと濁った片方の目を、ぼんやりとおちびちゃん達に向けているだけだった。
「ま、とにかく、今日でお別れだよ。それを言いに来たんだ。
君達はたっぷり楽しませてくれたよ。あれだけ可愛がっていたおちびちゃんを、一転して憎み、罵声を浴びせる。
ゆっくりのそういう姿が大好きな僕にとっては素晴らしい御馳走だった。
でも、こっちはねえ……」
「ゆーっ!!あみゃみゃーっ!!」
汚らしいものを触るように、お兄さんは指先でおちびちゃんをつまみ上げる。
頬をつままれてだらんとだらしなく伸びながら、なお底部は床と離れない。
身体に対して小さすぎる顔がゆきゃゆきゃとはしゃぎ、小さなもみあげがぱたぱたとせわしなく動く。
「どうも食指が動かないんだなあ。
家族を憎ませようと思っても、他人に興味がない以上憎むとも思えないし。
虐めてみてもゆぎゃーゆぎゃー単調に泣きわめくだけだろうし、全然面白そうじゃないんだよね。
ゆっくりのゆっくりらしさって、他者との関係で培われるんだって再認識しちゃったよ。
これ、ゆっくりなの?」
「「………………」」
かつては「世界一ゆっくりしたゆっくり」と信じたおちびちゃんの、ゆっくりとしての存在意義そのものが否定されるに至っても、
れいむとありすは黙り込んだままで反応を返さなかった。
「………君達もすっかり反応が鈍くなっちゃったね。
僕も飽き飽きしていた頃だし、これで解放するよ。どこへでも好きなところへ行っておいで。
楽しい時間をありがとう!」
れいむ達は、再び元の路地裏に佇んでいた。
ダンボール箱に載せてここまでれいむ達を運んできたお兄さんは、一声挨拶すると、そのまま立ち去ってしまった。
れいむとありすは、ただその背中を呆然と見つめていた。
「ゆーっ!!ゆっくち!!」
「ときゃいは!!ときゃいは!!ゆきゃーっ!!」
その側で、おちびちゃん二人はいつもと同じようにはしゃぎ声を上げていた。
状況をまったく理解しておらず、そのへんをずーりずーりと這い回り、きょときょとと周囲を見回す。
つくづく何がおかしいのか、「ゆきゃきゃきゃっ」とひとしきり笑い転げたあと、
二匹は変わり果てた姿の両親の前に回りこんで叫んだ。
「「ゆーっ!!おきゃーしゃんおにゃかしゅいちゃー!!あみゃあみゃー!!」」
――――――――
休日の買い物帰りに、私はれいむ達と再び会った。
近くのスーパーで惣菜を買ってきた帰りのことだった。
私の家の前の道路に、それはいた。
それが何なのか、すぐにはわからなかった。ゆっくりだということすら。
遠目にも汚らしい生ゴミのような、しかし蠢いているそれが何かわからず、
5メートル手前で私はしばし立ちつくした。
しかし、やがて、それが発した声で、それが何なのか私は理解してしまった。
「ゆっ!!おねえさんっ!!ゆっくりおかえり!!」
「ゆっくりひさしぶりねっ!!おねえさん、やっぱりとかいはねっ!!」
「…………………え?」
れいむ達は変わり果てていた。
全身がでこぼこになり、頭部は禿げているのかカビでも生えているのか、まだらな色でぬめぬめと光り、
二匹とも左目がなくなって、ボルトだらけの舌をしまう事もできずにこぼれ出させていた。
一体何をどうやったのか見当もつかない。ただ、圧倒的な人間の悪意が全身から滲み出ていた。
最悪の、ケースになってしまったのか。
私が飼っていたゆっくりが、そういう末路を辿ったのか。
「ゆーっ!!おねえさん、ずっとずーっとごめんねっ!!れいむたちがわるかったんだよっ!!」
「ええ、ほんとうに!!ありすたちがいなかものだったわ!!ごめんなさい!!」
声だけは明るく、元気にはり上げながら、れいむ達は私のほうに這いずってきた。
私は動かなかった。足がすくんでいた、という方が正しい。
「やっぱりおちびちゃんはちゃんとしつけないといけないよねっ!!れいむたち、あまあまだったよ!!」
「ありすたち、はんっせいしたの!!ね、ありすたちのじまんのおちびちゃんをみてちょうだいっ!!」
「「ゆげぇっ!!」」
「!?」
れいむ達はそう言いながら、私のほうに何か放ってよこした。
れいむ達と同じように汚れはてたそれらは、しなびたような妙な形で、しかしやはり蠢いていた。
それらは恐ろしいことに、同じく私のほうを目指して這いずっていた。
「ゆ゛ぇええええええ!!ゆ゛びぇぇえ゛え゛え゛え゛え゛!!!おでえざっ、だじゅげでえええぇぇ!!」
「どぎゃっ、どぎゃいばじゃだいいいぃぃ………ゆげぇっ………ぎぼぢっ、わづ……だじゅ………」
亀が這うよりものろい速度でずるずると蠢くそれらに、私は思わず後ずさる。
大部分の歯が砕け、髪がまだらになるまでぞんざいに引き抜かれ、全身に打ち身や切り傷を作り、
片目も抉られ、あにゃるとまむまむに小石を突っ込まれているそれは、
驚くべきことに、れいむ達が溺愛していたあの子供たちらしかった。
「……………な………………」
「いぢべるどおおおお!!おがあじゃっ、がっ、れいみゅをいぢべるのおおおおおお!!!
だじゅげで!!だじゅげじぇえええぇ!!おでえざああぁぁぁあん!!」
「おで、が…………ありじゅ………ゆっぐ、ゆっぐじ……ざじぇ…………ざぜでぐだじゃ、いいいぃぃ………」
「ゆふふっ、おちびちゃんたちはあわてんぼうだね!!」
歪んだ顔をさらに歪め(笑っているらしかった)、れいむとありすがぽんぽんと飛び跳ねてくると、
子供達の背後に立った。
「ゆっ!!おちびちゃんたち、もういーい?」
「「ゆ゛っ!!ゆひいいいぃぃぃぃ!!!」」
「ままのいうことをちゃんときかないとゆっくりできないわよ?ゆふふ」
そう言うと、ありすが子ありすの抉られた眼窩にボルトだらけの舌を突き入れた。
「ゆぎっ!!ゆぎぎぎぎぎいいぃぃぃ!!!がああぁぁ!!」
舌に刺さったボルトが眼窩の中で引っ掛かっているらしく、子ありすが吊るし上げられる。
「ままのいうことをきかないこまったおちびちゃんは………めっ!!」
そのまま、舌を振って子ありすをすぐ側の電柱に叩きつけた。
「ゆげばぁっ!!」
「ままの!!いうことを!!よくきいて!!ゆっくりした!!いいこに!!なりましょうね!!」
「がぁっ!!ゆごぉっ、ぼぉっ!!やべっ!!ごべ、なざっ!!ゆるじっ!!」
笑顔を崩さず、何度も何度もありすは子ありすを電柱に叩きつける。
れいむの方も、子れいむの髪を舌で掴み、地面にぐりぐりと押しつけていた。
「ゆふふ。おかあさんたちのしつけにがまんできなくって、やさしいおねえさんにたすけてもらおうとしたんだね。
でも、おちびちゃん、わかるかな?
おねえさんはねっ、おとなのいうことをきけないおちびちゃんはきらいなんだよ!!
ききわけのないゆっくりしたおちびちゃんを、おねえさんがたすけるはずないんだよっ!!ゆっくりりかいしてねぇ!!」
「ゆ゛ぎいいいいぃぃぃ!!ががばばばばば!!やべ!!ごべ!!ゆぐじでぐだざいいいいぁああああ!!」
ごりごりと顔面を削られ、がんがんと地面に叩きつけられ、子れいむは必死に謝っていた。
ずたぼろに傷ついた子供たちの後頭部を乱暴に掴み、れいむ達は私に突き出してきた。
「ねっ!!おねえさん!!おちびちゃんたち、わるいことをしたらゆっくりあやまれるようになったんだよっ!!
さ、おちびちゃん!!おねえさんたちに、あのことをあやまろうね!!」
「さ、たくっさんれんしゅうしたわよね?ゆっくりおわびしましょうね!!はやくしましょうねっ!!」
「「ゆびぃ!!」」
ボルト混じりの舌で殴りつけられ、ゆひいゆひいと泣き声を上げながら子供たちは私のもとに這いずってきた。
「ゆ゛………お、おでえ…………ざん………わりゅい、ごで………ごべん、だざい………でじだ……」
「うん、うんじで……ごべんだざい………じーじーじで……じゅみま、じぇんでじだ………」
「ゆふふ、おちびちゃんがんばって!!」
「もっということがあったわよねっ?」
「にんげんざんを………ばがにじで、ぼうじわげ…………ありばじぇんでじだ………」
「ずびばぜんでじだ………ぼうじわげありばじぇん…………いうごど、ぎがなぐで…………いだがものでごべんだざい………」
「どうっ!?おねえさんっ!!」
れいむ達は誇らしげに胸を張り、私に叫んだ。
「れいむたち、ちゃんとしつけできたよっ!!いまのおちびちゃんたちなら、おねえさんのいうことをよくきくよっ!!」
「ね、みてちょうだい!!おといれさんもちゃんとできるようになったのよっ!!」
そう言うと、ありすは子ありすを仰向けにひっくり返し、その腹を舌でしたたかに殴りつけた。
「ゆ゛ぼぉっ!!!」
あにゃるを塞いでいた小石が勢いよく飛び出し、その奥からカスタードのうんうんが大量にひり出される。
また眼窩に舌を突っ込んで強引に引き起こし、ありすが子ありすに命令した。
「さ、おちびちゃん!!おといれさんしましょうね!!」
「………ゅ………わがじ、ばじ……だ………」
うんうんの上に放りだされた子ありすは、涙をぼたぼたこぼしながらうんうんを「むーじゃ、むーじゃ……」と咀嚼しはじめた。
「ゆゆっ!!れいむにのおちびちゃんもすごいんだよっ!!さ、おちびちゃん、おといれさんをしようねっ!!」
「ゆ゛びぃっ………!!」
「なにしてるのかな!?おといれさんだよ!!おちびちゃんはできるよねええ!!」
「ばいいいぃぃ!!」
強要された子れいむは、地面に仰向けに横たわり、出来る限りの大口を開いた。
その上にれいむが尻を突き出した。
「ゆーん、ゆーん………うんうんすっきりーっ!!」
「ゆごぼおおぉぉ!!」
口の中にうんうんを流しこまれ、子れいむが泣きむせびながらも必死に咀嚼した。
その様子を満足げに眺め、れいむ達が私のほうに再び向き直る。私はびくりと震えた。
「ねっ!!おちびちゃんすごいでしょっ!!いいこでしょ!!?」
「おねえさん!!これならおちびちゃんもかってくれるわよねっ!!ね!!」
「…………あ………………あ……………………」
あまりの光景に、私は震えながらさらに後ずさった。
「ねえ!!かってくれるよね!?かってくれないのっ!?」
「いまのおちびちゃんならおねえさんのいうことをきくわっ!!
うんうんをむーしゃむーしゃするのよっ!!おそうじだって!!しずかにしてることだって!!なんだってきけるわっ!!」
「にんげんさんはそういうゆっくりがすきなんでしょ!?
なんでもいうことをきくゆっくり!!なにをいわれてもさからわないゆっくり!!
いくらゆっくりできなくっても、にんげんさんのいうことだけをきくゆっくり!!
しぬまでにんげんさんだけをゆっくりさせて、じぶんはゆっくりしないゆっくり!!
そういうゆっくりがすきなんだよねっ!!?だったらおちびちゃんもかってくれるはずだよおぉ!!」
「ね!!そうよね!!だからありすたち、がんばったわっ!!みたでしょう!?
もう、おちびちゃんにはゆっくりさせないわ!!ぜったい、にどと、こんりんざいゆっくりさせないわっ!!
ありすたちもゆっくりしないわ!!いっしょう、おねえさんのいうことだけきいてくらすわ!!
ねえ!!それでいいんでしょう!?それでおねえさんはゆっくりしてくれるんでしょう!!?」
「むーじゃ、むーじゃ………ぶじっ、ぶじあわじぇええぇぇ…………」
「ゆ、っぐじ………ゆっぐじじじゃい……………むーじゃ、むーじゃぁ……」
「ひぃ…………っ」
私は無意識のうちに駆け出していた。
れいむ達の横をすり抜けて走る私の背中に、れいむ達は叫び続けていた。
自分の家の中に逃げ込み、玄関に鍵をかける。
そのままへたり込もうとしたが、すぐに強い嘔吐感がこみ上げ、トイレに駆け込んだ。
便器に向かってゲーゲー吐き、そのまま突っ伏して激しく嗚咽した。
私はそのまま長い間泣き続けていた。
トイレから出なかったのは、れいむ達の声を再び聞くのが怖かったからだ。
玄関やガラス戸に近づけば、あのおぞましい家族の声が響いてくるかもしれない。
それが怖く、私はいつまでもトイレから出られず、がたがたと震え続けていた。
これが、私とゆっくりの、最後の顛末だった。
私が最後に飼ったゆっくりの辿った末路、
私がゆっくりにしたすべての行為の結果、答えだった。
れいむ達が飼い生活よりも子供を選び、私の元を立ち去った時点で、すでにゆっくりを飼う気はもうなくなっていた。
しかし今、私はそれを通り越し、いまやゆっくりへの恐怖心でいっぱいだった。
れいむ達の復讐は、恐らく彼女たちの思惑通り、私の精神に深い傷を刻みつけていった。
私が異常だったのか、れいむ達が異常なのかという問題じゃない。
とにかく私の行為が招いた結果なのは間違いなかった。
私に向けられたとてつもない負の感情。
私がゆっくりに強いた要求、それに応えようとしたゆっくりの姿は、もう私の脳裏を一生離れることはないだろう。
もはや私にとって、ゆっくりはペットとして飼えるような存在ではなかった。
夜が更けるまで、私は泣き続けた。
――――――――
「うるさいのぜっ!!でていくんだぜぇぇ!!」
「ゆぶっ……!!」
公園の入り口で騒ぎが起こっている。
遠目に見て、ゆっくりの群れの中心で怒鳴っているのは串まりさだった。
ゲスでもやってきたのか?それにしても集まっているゆっくりの数が多い。
ぱちゅりーはその場に近づいていった。
「むきゅ、とおしてちょうだい。むきゅ」
「ゆゆっ、おさ………」
「おさ!!くるんじゃないんだぜぇぇ!!」
「ま、まりさ?」
すごい剣幕で、串まりさがぱちゅりーを制する。
しかし、ぱちゅりーはすでにその闖入者を視界に捉えていた。
目を疑ったが、頭部にへばりついているお飾りの欠片で、あのれいむとありすの一家であることがわかった。
「「ゆゆっ!!おさあぁ!!」」
ゴミのような姿で、二匹はぱちゅりーの姿を認めて叫んだ。
「ひっ」と、思わず恐怖が声になって漏れる。
「おさあぁ!!おちびちゃんしつけたよおぉお!!もうだいじょうぶだよおぉ!!」
「おちびちゃんとってもいいこになったわぁぁ!!みてえぇ!!」
「ごべんなじゃい!!ごべんなじゃい!!ごべんなじゃい!!ごべんなじゃい!!」
「ぼうじわげありばぜんでじだ!!ずびばじぇんでじだ!!ごべんなじゃい!!ゆぐじでぐだじゃい!!」
ずたぼろの二人のおちびちゃんが、がんがんと頭を地面に打ち付けるようにして、誰にともなく謝っていた。
いったい何を謝っているのか、両親の命令を受けてから狂ったようにただ詫び続けている。
「ねっ!!いいこでしょおお!?ね!!もうめいっわくかけないわあぁ!!」
「またむれにいれてねっ!!ねぇ!!いいでしょ!!いいでしょおお!!」
「やかましいのぜえぇ!!」
串まりさがまた、二人を跳ね飛ばす。
ぜえぜえと息をつきながら、苛立たしげにまりさは串を鳴らした。
「ちっちっちっちっ…………いっかいついっほうされたら、もうとりけしはないのぜ!!
おまえら、ころされたってもんくはいえないんだぜ!!それがいやなら……」
「ゆっ!!じゃあころしてねっ!!いいよ!!えいえんにゆっくりさせていいよおぉ!!」
「おちびちゃんといっしょならかまわないわあぁ!!さあ!!やってちょうだいいぃ!!」
れいむ達の迫力に、ずず……と串まりさが後ずさる。
「ありすたちをころすまえにこたえてちょうだい!!
ねえ!!ゆっくりできるでしょう!?おちびちゃんっ!!ゆっくりできるでしょう!!」
「れいむたちちゃんとしつけたよっ!!おといれさんもできるよ!!みんなにもめいわくかけないよっ!!
みんなのいうことをきくよ!!どれいにしてもいいよぉ!!ねぇ!!ゆっくりできるっていってよおぉ!!」
叫び続けるれいむ達に、ぱちゅりーが歩み寄ろうとしたが、串まりさが串でそれを強く遮った。
「やめるんだぜ!!おさはさっさとかえるんだぜ!!」
「むきゅ、でも………」
「あいつらはこわれたゆっくりなのぜ!!あんなやつらのはなしなんかきくんじゃないんだぜ!!」
「ねえ!!なんで!?なんでみんなゆっくりしてくれないの!?
しつけたよっ!!いうこときくよっ!!めいっわくかけないよっ!!まだなにがたりないのおぉ!!?」
眉をひそめる群れのゆっくり達に、れいむ達は叫び続ける。
「かいゆっくりはゆっくりできなかったよっ!!
のらゆっくりもゆっくりできなかったよっ!!
おちびちゃんをしつけて!!ゆっくりをがまんさせて!!そのさきになにがあるのっ!?
がまん!!がまん!!がまんして!!それでいったいどんなゆっくりがまってるのぉぉ!!?
おちびちゃんしつけたよっ!!いまならなんでもがまんできるよっ!!
かぞくをつくるのもがまんできるよっ!!こえをだすのもがまんできるよっ!!にんげんさんのどれいになれるよっ!!
あまあまもがまんできるよっ!!ゆっくりできないかりもがまんできるよっ!!むれのおきてさんもぜったいやぶらないよっ!!
ぜんぶがまんできるよ!!でも!!がまんして、がまんして!!それで!!どんなごほうびがあるのおぉぉ!!?
いっしょう、がまんしつづけて、しぬだけじゃないのおぉぉ!!?」
「うるさいのぜええぇ!!!」
串まりさがついに爆発し、本気の体当たりをれいむ達に喰らわせた。
「「ゆげべぇっ!!」」
「こんなところでしなれてもめいわくなんだぜ!!よそへいってかってにしぬんだぜ!!」
「ゆっくりしてるのっ!?みんな、ほんとうにゆっくりしてるのおぉ!!?」
れいむの狂乱は止まらない。泣きながらわめき続ける。
「ああ、ゆっくりしてるのぜ!!おまえたちなんかよりずっとゆっくりしてるんだぜ!!」
「おちびちゃんをそだてても、すぐににんげんさんにつぶされるかもしれない!!
いっせいくじょがこわくて、にんげんさんたちにびくびくしながらこそこそかくれていきるだけ!!
みんなはほんとうにゆっくりできるのおぉ!!?
れいむたちはこそだてにしっぱいしたよっ!!ばかで、むのうな、げすだったよっ!!
でも、じゃあどうすればよかったのっ!!?ふつうに、ちゃんとしつけてそだてればよかったの!!?
みんなは、こそだてのとくいなみんなは、ほんとにほんとにゆっくりできてるのおおぉ!!?」
「やっ………かましいんだぜええええぇぇぇ!!!」
せいっさい用の太い枝で、串まりさがれいむ達をしたたかに殴りつける。
何度も何度も殴りつけながら、強引にれいむ一家を公園の外に放り出した。
「「ゆっ……げべぇっ!!」」
「おちびもそだてられないむのうが、たゆんのゆんせいにけちをつけるなんておこがましいんだぜ!!
にどとこのこうえんにちかづくんじゃないのぜ!!むなくそわるいんだぜぇ!!」
その後、何か口を開こうとするたびに串まりさにしたたかに殴られ、
ようやくのことでれいむ達は公園から立ち去っていった。
ゆぜぇ、ゆぜぇ、と体を上下させながら、串まりさが群れのもとに戻ってくる。
群れの全員が、いたたまれない表情で一部始終を見届けていた。
ちっ、と苛立たしげに串を鳴らし、串まりさが怒鳴る。
「なんなんだぜそのめはぁぁ!!みんな、あんなくずどものいうことをまにうけてるのぜぇぇ!!?
おちびをあまやかしてこそだてにしっぱいして、ぎゃくたいにんげんにつかまるへまをやらかしたむのうが、
たゆんのいきかたにけちをつけてじぶんをなぐさめてるだけなのぜ!!
まりさがほしょうするのぜ!!みんなはとってもゆっくりしたむれなのぜ、みんなゆっくりできてるのぜぇ!!」
「………ゆぅ………」
「……ゆ、ゆん…………」
煮え切らない群れの態度に苛立ち、串まりさは一際大きな声で怒鳴った。
「いいからさっさとちるのぜぇ!!まだきょうのぶんのおそうじさんはおわってないのぜ!!
のるまさんをくりあできないゆっくりはせいっさいするのぜ、きょうのまりさはきげんがわるいのぜぇぇ!!!」
恫喝され、群れの仲間たちはそそくさと持ち場へ戻ってゆく。
ただ一匹、長のぱちゅりーだけがその場に残って串まりさを見つめていた。
「………なにやってるんだぜ。もどって、すけじゅーるさんのちょうせいでもするのぜ」
「…………わたしたちは、どうしたらゆっくりできるんでしょうね………」
「ちぃ!!」
ぱちゅりーの頬を、串まりさがもみあげで音高く打った。
「むぎゅっ!!」
「そんなのしるかぜぇぇ!!だったらあのれいむみたいに、おちびをあまやかしてみたらいいのぜぇ!!」
「そ、そんなこと……」
「むれのおさが!!そんなことかんがえて、むれのみんなをゆっくりさせられるのぜぇ!!?
そうだぜ!!ゆっくりなんて、いきてて、たくっさんっのゆっくりできないことだらけなのぜ!!
ゆっくりできることなんて、ほんのひとつまみなのぜ!!
でも、あきらめてなげやりになったら、そのひとつまみさえにげていくんだぜぇぇ!!」
「……………」
「ちっちっちっ………そんなにかんっぺきな、ゆっくりできないことなんかなにもないゆっくりぷれいすがほしけりゃ、
かってについきゅうするんだぜ。ただし、そんなやつにむれのおさはまかせられないのぜ。
おさは、まりさがやるのぜ。ぱちゅりーみたいにはできないけど、しかたないんだぜ」
「むきゅ…………いえ……いいえ、ごめんなさい。もう、いわないわ。
だからまりさ、そんなにおこらないで」
「べつにおこっちゃないのぜ。………じゃ、いくんだぜ」
「ええ……………」
串まりさとぱちゅりーは並んで歩き出した。
最後に、ぱちゅりーはもう一度後ろを振り返った。
れいむ達の姿は、もう見えなかった。
――――――――
「「ゆっくりしていってねっ!!」」
「「ごべんなじゃい………ごべんなじゃい………」」
「…………………………」
青年は呆れたように一家を見下ろしていた。
あの電柱の下で、自分が虐待したゆっくり一家が自分を見上げていた。
かつて溺愛され、虐待を通して憎悪されるようになったあの子供たちは、
ずたぼろになって壊れたオモチャのように頭を上下させ、何をだか知らないが詫び続けている。
青年が呆れているのは、あれほど虐待した自分をまるで慕うかのように、れいむとありすが見つめていることだった。
「…………なんだよ?」
「ゆっ!!おにいさんっ!!れいむたちをぎゃくったいっするのっ!?」
「ゆ!!ゆっくりぎゃくったいしていってねっ!!」
「なんだそりゃ……………」
「おにいさんはれいむたちをぎゃくったいっするとゆっくりできるんでしょう!?」
「だれもありすとおちびちゃんたちでゆっくりしてくれないのっ!!
おねえさんも!!むれのみんなも!!ありすたちでゆっくりしてくれないの!!
ありす、がんばってしつけたのに!!おちびちゃんがんばったのに!!
ねえ!!おにいさんなら、ありすたちでゆっくりしてくれるんでしょう!?」
「れいむ、だれかをゆっくりさせたいんだよっ!!ねぇ!!ねえぇ!!」
「やれやれ…………」
お兄さんの家で、れいむとありす、子れいむと子ありすはそれぞれ器具にくくりつけられていた。
れいむとありすは楽しげに歌を歌い、子供のほうはぶつぶつと何か呟いているだけだ。
ぼりぼりと頭を掻きながら、お兄さんはれいむ達に言う。
「わかってんのか?死ぬんだぞ、お前ら。これから」
「ゆっ!!ゆっくりりかいしたよっ!!」
「ありすたちはいきてるかちなんかないわっ!!ゆっくりころしてちょうだい!!」
ふーむ、と顎に手を当て、お兄さんばにやりと笑う。
「よくわからんケースだが、ま、こういうのもちょっと面白いかもな。
じゃ、説明するぞー。れいむとありす、お前たちを固定してるのは万力ね。
まだ締めてないけど、これでおつむとあんよをそれぞれギュッと締めて、棒を通して固定して。
そのまま下の万力を回転させて、少しずつ少しずつねじっていくんだよ。
すぐに絞ればゆっくりなんてすぐ千切れるけど、ゆっくりやればまあ、三十分はかけられる。
苦しいぞ~」
「「ゆっくりりかいしたよっ!!」」
「ありすたちをぎゃくったいっしてゆっくりしていってねっ!!」
「子供たちのほうは、シンプルにミキサーだ。
ある程度動きやすい蟻地獄状の容器にしてあって逃げられないし、
ミキサーの回転は最初はゆっくり、徐々に速くなっていくから必死に逃げ回るゆっくりの姿が堪能できる。
たっぷり時間をかけるようにしてあるから、存分にお互いの死に様を堪能してくれ。
いいかい、わかった?」
「「ゆっくりりかいしたよっ!!」」
「はーい、スタートー」
お兄さんは装置のスイッチを入れた。
「「ゆ゛ぎぃっ!!!」」
れいむとありすの底部と頭部を挟む万力が、それぞれ強く締め付け、身体がひしゃげる。
同時に、底部の万力がゆっくりゆっくりと回転しはじめた。
動きはじめたばかりの今、ほとんど動きは見られなかったが、それでも確かに動いている。
「「ゆ゛ぁっ!!びゃいいぃっ!!?」」
子ゆっくり達のミキサーも作動し始めた。
蟻地獄のような形状になっている容器の中心部に、丁度子ゆっくりより少し幅が狭い程度の刃がゆっくりと回転する。
底部を引っ掻かれ、恐慌をきたした子ゆっくりがそれぞれもるんもるんと蠢いて這い上ろうともがき始めた。
「ゆふ………ゆふふ…………おちびちゃん………ゆっくり………」
「いっしょ……いっしょよ…………ゆふ、ゆふふふ……………」
「ああ、〝壊れたふり〟はもういいよ。お前ら、ずっと泣いてるし」
頭部と底部を締め付けられながら、まだまだれいむ達には余裕がある。
両手を上げて、お兄さんはれいむ達をたしなめる。
「ヤケクソになってんだろ?
開き直って、子供をそんなふうにしてよ、それで誰もゆっくりしないのはわかってんだろ。
結局他人のせいにして、皮肉で責めたいだけじゃないか。「お前らが言ってるのはこういうことなんだぞ」って、誇張してさ」
「………ゆぐっ…………ゆっ…………」
「おに、おにい………さん………」
「何?」
「あり、ありすたち………どうすれば……………よかったのかしら………」
「みんなにさんざん言われてきたんだろ。フツーに育てて、フツーにゆっくりすればよかったんじゃないの」
「ゆふ……………ゆふ、ゆふふ……………」
「壊れたフリはもういいって。
めんどくさいからさっさとまとめるけど、お前らが馬鹿だったの。それだけの話なの。
可哀想なのはあの子たちなんじゃないの?
今見たけどさ、まあお前らが虐待した結果だけど、少しはましになってたみたいだぞ。ゆっくりとしてまともな反応に近かった。
まともに育ててれば、まともに育ってたぞあれ、確実に」
「……………れいむ、たちの………せい、だね………」
「あーうん、だなー。まあもう手遅れっぽいから処分してあげてんだけど。
馬鹿親のせいで性格悪くなってみんなに嫌われて、その馬鹿親に虐待されて、あげくに今こうして殺されるんだから。
こりゃ生まれてこないほうがよかったね確実に。お前らの元に生まれたばっかりにねえ。
誰か止めるやつはいなかったのかい?」
「ゆ゛…………いだ、よ………………」
「ああ、そうそう、元飼い主がいたな。言うとおりにしてあきらめりゃよかったのに。馬鹿だねえ、お前たち」
万力の角度がどんどん強くなっていく。
れいむとありすの体はぎりぎりと締めあげられ、くっきりと螺旋を描きはじめていた。
「ゆぢっ!!ぢぃ!!だじゅっ!!いぢゃああ!!」
「じにっ!!じにだぎゅにゃいっ!!おでが!!だじゅげぢぇえええ!!」
ミキサーの中で子ゆっくり達が叫んでいる。
もるんもるんと振る底部は少しずつがりがりと削られ、回転する刃に接触する度に赤黒い餡子を撒き散らしていた。
「れ………れい、む…………たち………ゆっ、くり………した、かった……よ………」
「みんなそうですよ」
「かいゆっ、くり……も…………ゆっく、できな、かった………………おぢび、ちゃ……つくれな………
のらも……ゆっくり……でぎっ……な…………」
「根が贅沢なんじゃない?人生哲学みたいに喋り出しちゃってるけど」
れいむ達の体は、いまや180度を超えて回転している。
片方だけ残った目玉は飛び出し、中枢餡ごと締め付けられる激痛に視界が赤く染まる。
「ゆっ、ぐじ………じだ、がっ……………
ゆっぐ、りが………いっぱい………………すきな、だけ………ゆっくり、する、のは………どう、したら………」
「こっちが聞きたいよ。
お前らが恐れてる人間だって、そんな好きなだけゆっくりしてないよ。
そんなことを本気で望んでる時点で、お前たちこの世界に向いてなかったんじゃない?
無能は無能らしく、苦しんで死ね、それだけさ。なっ」
ぽん、と青年がれいむの頭を叩く。
おちびちゃん達は、身体の半分近くを削られ、刃の上でびくんびくんと痙攣していた。
うつろな目玉が空中を泳ぎ、飛び出したれいむ達の目と合う。
(…………おち、び……………ちゃ…………)
もう声は出なかった。
激痛のみがれいむ達の世界を占めた。
限界を超えた苦痛が、じっくりじっくりと時間をかけてれいむ達を苛む。
口から餡子を漏らそうにも、ねじられて螺旋状に圧迫された皮膚が口をふさいで即死を許さない。
意識が朦朧とするほどの激痛に達してから、れいむ達が絶命するまで、たっぷり二十分はかかった。
〈 ゆっ おちびちゃん あんまりとおくへいっちゃだめだよ
ゆっ ゆっ ゆっくちー
ときゃいは ときゃいは
もう おちびちゃんったら やんちゃなんだから
おちついてねおちびちゃん ほら すーりすーり
ゆゆっ おきゃあしゃん しゅーり しゅーり
ゆー みゃみゃ だいしゅきー
あらあら おちびちゃん ゆっくりうれしいわ
おかあさんたちも おちびちゃんのことが だいすきだよ
ゆっくちー 〉
〔終〕
家族崩壊ジャンル、増えてほしいです。
2012/10/13 18:10 | ksっくり #- URL [ 編集 ]