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55:ゆっくりたちの、実にゆっくりとした一週間

2009/06/30 (Tue) 02:46
一日目



 天高い秋晴れの空が広がっていた。
 小春日和の朗らかな日差しを受けて、二匹のゆっくりたちは今日も元気に跳ねまわる。
 ゆっくりまりさに誘われて、ゆっくりれいむは追うように魔法の森へ。
 今は二匹連なって仲間睦まじく秋空を飛ぶトンボを、わき目もふらず追いかけっこ。
 しっとりと濡れた露草の藪を踏み越えて、たどり着いたのは森の奥の開けた野原だった。
 流れ込む肌寒い秋風は、トンボの細い体を宙へ高く吹き上げる。 「ゆー! ゆっくりしていってね!」
 ゆっくり二匹の願いもむなしく、トンボは風をとらえて青く高く秋の空へ。
 ぴょんぴょんと口を開いて飛び上がる二匹。だが届くわけもない。
 トンボを見送るゆっくりまりさはしょげ返った表情。
 口寂しいのか、茂みのクコの実をむしゃむしゃとほおばる。
 そして、ぷくうと膨れ面。
「おなか空いたよ、おうちかえる!」
 ゆっくりまりさの見つめる東の空は深く青みがかり、黄昏の近さを思い出させる。そろそろ暖かなねぐらに替える頃。
 けれど、ゆっくりれいむは承知しない。
「まだちょっと早いから、ゆっくりしていこうね!」
 遊び足りないと飛び跳ねながら訴ってくる。
 まりさの傍へすりよって、その帽子のあたりにすりすりとほっぺをすりつけた。
 この上ない友愛の仕草に、とろんと赤みがかるまりさの表情。 
「ゆ……ゆっくりする……」
 たやすく屈するまりさだった。
 こうして始まった、今日最後の遊び場は生い茂るススキの野原。
 人の姿も隠れそうなその場所で遊ぶ種目は決まっていた。
 そう、かくれんぼ。
「ゆっくり30秒数えてね!」
 目をぎゅっと瞑るまりさに声をかけて、ススキに身を沈めこむゆっくりれいむだが。
「みつけた!!!」
 あっさりと見つけ出すゆっくりまりさ。
「?」
 きょとんとした表情で不思議を表現するれいむにまりさはフと不適な笑い。
 隠れる一帯のススキが押し倒されて道となっていることを、まりさは教えようとはしなかった。
 鬼が交代となり、今度はれいむが探し回る番。
 しかし、れいむの失敗を目のあたりにしたためか、まりさは中々見つからない。
 ススキの下、藪の中、木陰。目に入るところを探し回ってもどこにも見当たらなかった。
「まりさ、どこー?」
 太陽が山々に姿を隠し、暗がりが降り始めて、急に心細さに襲われるゆっくりれいむ。
 日が完全に沈めば、野犬の群れに出くわしかねない。
「ゆっくりしないで、でてきてね!」
 ほとんど涙目で森を走り回る。
「れいむ、こうさん?」
 すると、意外なところからまりさの声が聞こえてきた。
 そこは荒れ果てた家屋。魔法の森に暮らす数人のモノ者好きがいるらしいが、この廃屋は誰かのかつての住処なのだろうか。
 廃屋の庭は伸び放題の藪になっており、その草むらから石積みブロックで囲った建造物がにょっきり顔を覗かせていた。
 幅は1メートルぐらいだろうか。人が建てたらしい、しっかりとした枠組み。その傍らに一本の柱がのびて、吊り下げられていたのは錆びた滑車。だが、繋がれていただろう綱はすでに朽ち果てて残骸が絡みつくのみだった。近くに底の抜けた大きな桶が転がっているのが目に入るが、ゆっくりたちには木っ端にしか見えない。
 そんな残骸よりもゆっくりれいむの興味を占めていたのは、建造物の上で得意げにふんぞり返るゆっくりまりさ。
 建造物の上に渡された粗末な板の上から、まりさはニヤと不敵な表情で笑いかけてくる。
「ここを知っているのは、わたしたちだけだよ!」
 その言葉に、れいむは素敵な遊び場を見つけ出したことに気づいた。
 朽ちた廃屋を恐る恐る探る二匹。ソファの一つでも残っていたら、その上でとびはねて埃を払い、新たなゆっくりスペースにできるかもしれない。
 そこはきっと優雅なゆっくりの一時。自分たちだけのゆっくり城。
「うっとりー!」
 あらぬ方向へ躍りだした夢に、ゆっくりれいむの表情も緩みがち。
「れいむ! 明日から、ここを探検しようね!」
 まりさの言葉を、喜色満面で受け止める。
「うん、やくそくだよ!」
 胸躍らせるわくわくに、いてもたってもいられない。
 明日からの大冒険に弾む心のまま、れいむはまりさへと弾み寄る。
 大きくジャンプ。まりさの元へと飛びのった。
 まりさも身を摺り寄せて親友に応える。
「ゆゆゆ……」
「ゆっゆっゆ!」
 とろけそうな嬌声で、二匹は芯からの喜びを訴えあう。でも、まだ足りない。この嬉しさをあらわすには、アレしかなかった。
 ゆっくり二匹は狭い板の上で、身をかがめる。
 引き伸ばされたゴムがはじけるように、この日一番の見事な跳躍。
「ゆっくりしていってね!」
 その頂点で放たれたのは、黄昏の秋空に響き渡るゆっくり二匹の美しい唱和だった。
 陶酔の表情のまま、二匹は同時に板の上へ落下していく。
 どすんと、景気のいい音をたてて板で弾むゆっくりの全身。
 途端に体の下で鳴った、くぐもった音。
 なんだろう。顔を見合わようとするゆっくり二匹。
 だが、視線が合う間もあらばこそ、お互いの顔が大きくぶれだした。
「ゆっ!?」
 めきという乾いた音が、へし折られる木の音だと気づいたときにはもう遅い。
 二匹は板の下に急激に落ちこんでいく。
 ぞわりと総毛立つ感覚。
 次の瞬間、慣性に捕らわれた二匹の体は真っさかさまに下へ。
 一瞬、見下ろした二匹の目の前には、どこまでも広がる何も無い暗闇。
 まりさがのっていた建築物は、塞がれることなく板一枚で封印されていた古井戸だった。
 二匹が弾んでへしおったのは、まさにその封印の板。
 突き破った二匹の落下を受け止めるものはなにもない。
「ゆ、ゆっくりー!」
 遠ざかる絶叫も井戸に吸い込まれて、すぐに何も聞こえなくなる。
 後に残されたのは静寂。
 やがて太陽はすでに山間に没して、秋の寒々とした夜気が漂いだす。
 一斉に鳴き始めるコオロギの声。
 何事も無かったかのように深まり行く秋の夕暮れだった。




二日目



「ゆっくり! ゆっくりしていってね!」
 必死の呼びかけが、何度もゆっくりれいむを揺さぶった。
 ゆっくりまりさのやけに近くからの呼び声。
 ようやく目を覚ましつつある、寝ぼけ眼のれいむ。でも、まだ夜中なんだから眠らせて欲しい。
 ここは見渡す限りの暗がり。
 もっとゆっくりすればいいのに。
「ゆ……? ゆゆゆっ!?」
 そんな思いをまりさに伝えようとして、ようやく自分の片頬を圧迫する固い感覚に気づいた。
 もう片方の頬に押し付けられていたのは柔らかい感覚。
 耳の近くでまりさの息遣いがして、その感触がまりさであることを確信する。
 お互いのほっぺたがぴったりくっついてその体温の暖かさが心地いいのだけど、この暗がりはじめじめと蒸していて、べっとりとはりつく感触。ちょっとだけ離れたい。
 でも、できなかった。前にも後ろにも動けなかい。跳び上がることも、押し付けられたまりさの圧力に遮られてしまう。
「ゆっくり離れてね!」
 ゆっくりれいむのお願いに、ゆっくりまりさの体がわずかに震えた。
「動けない……!」
 震えて、泣きそうな声。
 どうしたのだろう。悲しそうなまりさを慰めたい。
 でも、自分も身動き一つできず、ただ視線だけを走らせる。
 れいむの周囲は相変わらずの暗闇だったが、闇に目が慣れてきたのか暗がりにぼうと浮き上がるまりさらしき輪郭。だが、自分を押さえつける石の感触の正体がつかめない。
 ようやく視界に変化があったのは、視線を真上に向けたとき。
 くっきりと、丸く切り取られた青空がはるか遠くに見えた。
 太陽はまだ低いのか光が差し込むことはなく、ただ入り口付近の朧に眩しい。
 れいむは、自分がどんなところにいるのかようやく悟った。
 井戸という知識はゆっくりにはない。深い穴の途中にひっかかって身動きできない状況を、絶望という言葉で理解できただけだ。同じ方向を見て、ほっぺたをあわせている自分とまりさ。その両側はがっしりとした石積みが押さえ込んで身動きできない。
 いや、それは幸運なことだろう。壁につっかえなければ、井戸の底へまっさかさまに落ちていくだけだ。
 けれど、石積みの壁は古びているのか、ゆっくりたちが身じろぐとぽろぽろと壁面がこすれて下に落ちていく。
 わずかな間に続いて、真下から響いてくる水の音。
「ゆゆゆゆ!」
 ゆっくり二匹を恐怖に至らしめたのは、穴のさらなる深さよりも水で満たされているだろう、その奥底だった。
 水溜りや少しの雨なら、はしゃいで遊びまわることもできるゆっくり。
 だが、長時間全身が水につかれば、皮がぶよぶよにふやけて、やがては中身を水中に吐き散らすはめになる。
 だから、雨の日は巣穴で家族とゆっくり過ごすのがゆっくりたちの常識だった。
 今は二匹がぴったりと穴につっかえているからいいが、もし外れて水中に落ちた場合、待っているのは緩慢な死、腐敗。
「ゆーっ!」
 一際高いゆっくりれいむの泣き声。
 だが、果たしてこの井戸から外に届いたかどうか。
 井戸の中は雫の落ちるほどが響き渡るほどの、閉ざされた静寂。望みは薄かった。
 れいむの絶望が恐怖に変わる。
「いや! いやいやいやいや!」
「おちついて、ゆっくりしてね!」
 取り乱したれいむに、ゆっくりまりさの声が届かない。
「ゆっくりしないと落ちるううう!」
 とうとう、まりさも涙声。
 その切羽詰った叫びとともに、れいむの壁に面した頬が、ずりと壁面を擦った。
 ほんのわずかながらも、強烈に肌がざわつく落下の感覚。
「ゆ!」
 もはや、身じろぎもできないれいむ。
「ね゛っ。ゆ゛っぐり゛じよう!」
 まりさの懇願混じりの声に頷くこともできなかった。
 穴の中央付近でひっかかっているこの均衡が、容易く壊れることをようやく理解する。



 二匹は、ほぼ平行につっかえているが、実感まりさの方が下がり気味だった。
 ただ、壊れかけた石壁が一箇所飛び出して、ゆっくりまりさの顎にぎっちりくいこんでいる。
 そこをとっかりに二匹は横からの圧力で落下を免れていた。ごくわずかな幸運。
 それでも、ほんの一時だけ死に猶予を与えているだけにしか思えなくて、ゆっくりれいむの喉を悲しみが突き上げる。
「ゆっ、ゆっ……!」
 ゆっくりまりさも泣いていた。しゃくりあげることすら許されない、この絶望に。
 どれほど悲嘆に暮れていただろう。
 れいむは周囲が明るく照らし出されていることに気がついた。
 日差しが高くなり、井戸の上空から一直線に差し込む光。
 湿って凍えたゆっくり二匹をぽっかぽかに包み込む。
「暖かいね」
「うん」
 れいむの呟きに、短いまりさの返事。
「気持ちいいね」
「うん」
 相変わらずのまりさの短い返事。でもゆっくりと言葉を交わせたことがれいむは嬉しかった。
 ほかほかの日向にほっこりと表情を和らげる二匹。太陽が隠れるまで半刻を要さないだろうが、一時のゆっくりを存分に味わう。
 光に照らし出されて周囲の様子が明らかになり、二匹は少しだけ落ち着きを取り戻していた。
 概ね、予想通りの井戸の光景。忘れ去られた井戸の中で、ほっぺをひしゃげてよりそう二匹の姿はひどくユーモラス。二匹がへばりつく石積みの壁には、ところどころ穴があいて、広がる光の領域に慌てて逃げこむ蟻やムカデ、イモリの姿があった。
 れいむがその壁に向けて精一杯舌をのばす。舌に張り付く数匹の蟻んこたち。
 ぺろっと飲み込んで、むーしゃむーしゃと咀嚼する。あんまり幸せな味ではなかったが、食べることができたという事実がれいむにわずかな希望を与えた。
 このまま、しのいで張り付いていれば誰か井戸を覗き込む人が現れるかもしれない。そうだ、森に行こうと誘ったのはまりさ。誰かに行き先を教えていれば、家族のゆっくりや仲間が探しにきてくれるかもしれない。言っていなくても、まりさの行動範囲に魔法の森は必ず含まれる。探す目的地の一つとなるだろう。
 見つけてもらえば、また存分に太陽の下でゆっくりできる!
「まりさ、あのね!」
 その思い付きがもたらした希望、喜びを、ほかならぬまりさと分け合いたかった。
 だが、まりさは先ほどまでの日向ぼっこの表情が一変し、またじんわりと涙を流していた。唇をかみ締め、ひっくひっくとえづく。
「まりさ、どうしたの?」
「ゆっ、ゆっぐり゛痛ぐなっでぎだ!」
 二匹の重みを受ける石壁のでっぱり。そこに接したまりさの顎にうっすらと走る一筋の線。石壁に擦ってできたわずかな切り傷。
 まりさの顔の影になって見えないれいむに、にわかに募る不安。
「だいじょうぶ!」
「……うん、ゆっくりしていれば治る」
 実際、日向でのんびりしていれば、一日で薄皮がはって消えるだけの傷。
 まりさは気丈な言葉でれいむを安心させてくれる。
 それでも、自分たちを助けるために負ったその傷を、なめて労わってあげられないのがれいむには悔しい。
 だから、せめて心を労わりたい。
「ここを知っている誰かがきっときてくれるよ、ゆっくり頑張ろうね!」
 きっと、森に遊びに言ったことを知った誰かが気づいてくれるよ! そんな、言葉にするのももどかしい想いを口にする。
 まりさはどんな表情をしたのだろう。
 れいむと同じく希望の取り戻した笑顔を浮かべたのだろうか。
 だが、わからない。
 ほとんど次の瞬間、井戸は暗闇に沈んでしまっていた。
 目蓋に残った光の斑点は、井戸から引き上げていった陽光の残滓。
 あまりにも短い日差しの終わりに、わかっていながらもれいむは打ちのめされる。
 黙り込んでしまったゆっくり二匹。
「ここを見つけたせいで……ごめんね」
 沈黙を破ったのは闇のなかからの、か細いまりさの声。
 泣きすがる、哀れみを乞う響き。
 れいむは、親友のそんな声を聞きたくなかった。
 心が滅入って、ついつい尻馬にのって相手を責めたくなる気持ちを跳ね除けるように叫んでいた。
「違うよ! れいむがもっと遊ぼうといわなければよかったんだよ!」
 だが、空元気も、傷を舐めあうことも二人に救いをもたらさない。
 それ以上何を言えばいいのかわからず、上を見上げた。
 いつか現れるかもしれない仲間の姿を見逃さないよう、ひたすらに空を見ていた。
 日暮れの早まる秋の空。
 色合いが朱に染まる夕焼け、数刻もしないうちに夜が訪れる。
 井戸の中は、すでに光一つない宵闇。
 もう、ゆっくりたちが出歩ける時間ではない。
 どこから落ちる水滴の音と、カサカサとはいまわる虫たちの音だけが異様に響きわたる。
「ここから出して」
「おうちかえる」
 ぽつりと時折こぼれる二匹の呟き。
 だが、やがてそのささやかな願いを飲み込むのは圧倒的な暗闇。
 嗚咽すらも押しつぶすような静寂に二匹の存在は沈み込む。




三日目



 ゆっくりれいむは家族の夢を見ていた。
 藪の奥の横穴にひっそりとある暖かな我が家。
 姉妹れいむたちと押し合いへし合いして遊んでいると、お母さんれいむが登場。下膨れたした顔で、「ゆっ! ゆっ!」と娘たちを叱る。
 渋々寝床に入るゆっくりれいむたち。でも、少しでお母さんれいむの傍に近寄れるように動き出して、再び始まる大騒動。
 結局、お母さんれいむにぴったりと全員がよりそって、ぽかぽかの体温を感じながらゆっくりと眠りについた。
 ゆっくりお母さんはぷっくり膨らんだほっぺを娘たちに押し当てたまま「ゆー! ゆ-!」といつもの子守唄。娘たちを優しく眠りに導いてくれる。
 絶対的な安堵を与えてくれる母親の懐。ゆっくりれいむはただ幸せな夢を見ていればいい。よだれをたらしつつ、存分にまどろみを貪る。
 これ以上ゆっくりしようがないほどにゆったりとした心。
 幸福に包まれて、れいむは気ままに明日を思う。
 明日、目が覚めたら何をして遊ぼうかな。
 最近、ゆっくりまりさとばっかり遊んでいたからたまには他の皆も入れて一日中ゆっくりするのもいいかもしれない。
 あれこれ考えながら眠りへと落ちていくれいむ。
 さあ、次に目を覚ませばいつもの楽しい毎日の始まりだ……
 期待に心を弾ませて目を覚まそうとするゆっくりれいむ。
 だが、れいむが感じたのは、ほっぺたをぽつりと濡らす雫だった。
「冷たいよ!」
 姉妹か誰かの悪戯かと、寝ぼけ眼で不満を口にした。
 だが、顔全体に降り続く雫が急速にゆっくりれいむの眠気を奪い去っていく。
 それは、芯まで凍えそうな秋雨だった。
 現実を思い知らされる井戸の暗闇。
 上を見上げれば、丸く切り取られた空はうんざりするほどに暗い雲の色。
 もっとゆっくり夢をみていたかった。恨めしげに天を睨むが、れいむの髪やほっぺを叩くような雨足は弱まることはなかった。石壁からはひっきりなしに伝い落ちる雨だれ。
 いつ止むとも知れないどんよりとした空模様だった。
 そんな天気を眺めていたれいむは、ふと感じた違和感に小首を傾げる。
 井戸の出口まで、少し遠くなったような?
「起きたなら、ふんばってね!」
 必死なまりさの声に、違和感の正体に気づく。
 濡れてグズグズに緩んだ頬。壁面との抵抗が極端に弱まっていた。
 わずかながら、ずり落ちつつある二匹のゆっくり。
「ゆ、ゆっくり!」
 青ざめてぎゅっと頬をよせると落下は一端停止する。まだ、さしたる力を込めずともふんばることはできそうだ。
 だが、力を完全に抜くとすぐさま底へ落ち込みそう。
 数秒足りとも力を緩められない。24時間中続く、無慈悲な義務がここに生まれた。
 もはや、さきほどまでのように無防備に寝入ることはできない。
「ああああ! ゆっくりでぎないよお!!!」
 ゆっくりまりさの叫びは、今のれいむの悲嘆そのものだった。
 二匹、力が弱まらないようにぎゅっと口結んでふんばって、それでもぽろぽろと涙があふれてくる。
 だが、これはいつまでも続く地獄ではないと、れいむは信じたい。
 昨日から抱いている希望、探しにきてくれる友人や家族のことがれいむの脳裏に浮かぶ。
「まりさ、がんばろうね!」
 今頃、お母さんれいむや他のゆっくりまりさたちがこの雨の中を探し回っているのだろう。
 この井戸のあるあばら家は魔法の森のほど近く。
 うまくいけば一日もたたず探索範囲に入る。
 問題は、それまでの数日を耐えられるかどうか。
「だから、もう少しがんばろうね!」
 まりさを落ち着かせるための笑顔向けて、れいむの健気な呼びかけ。
 だが、まりさの表情はますますクシャクシャの泣き顔になっていく。
「ひっく……っ、がんばっても……どうせ、誰もきてくれないよおおお!」 
 突然の嗚咽交じりの絶叫に、びくんと震えるれいむの全身。
 単なる弱音ではなく、確信をもったまりさの口調にれいむの顔から笑顔が引けていく。
 変わってれいむの顔に張り付いたのは不審。
「どうして、そんなことをいうの?」
「だって……」
 応えるまりさの顔は、もう雨と涙でどろどろだった。
「だって、皆には霧の湖で遊ぶと言ったんだもん!!!」
「ゆ?」
 れいむの脳みそはまりさの言葉を理解しきれず、硬直する。
 わかっっていたのは、霧の湖はこことはまるで反対側にあることだけ。
 その意味がじんわりとれいむに染み入ってくる。
 ガクガク震えだす全身。
 どんどん強くなっていく。
 止まらない。
 体を震わしながらこみ上げてくるのは、得体の知れないふつふつとした感情。怒りか悲しみかもはや形をもたないままに沸点を超えた。
「まっ!! ま゛り゛ざあああ、なんでなの! なんでえええ!!!」
 困惑、怒り、やるせなさ、感情のにごりが煮えたぎるれいむの狂乱だった。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめ゛んな゛ざいいいいいいい!」
 わんわんと声をあげて、しゃくりあげながら謝罪を繰り返すまりさ。
 昨日までのれいむなら、親友のそんな様子を見ればそっとよりそって泣き止むのを待っていただろう。
 だが、もはやれいむは容赦しない。
「はやく説明してね!!!」
 激しい詰問に、ひぃと息を飲むゆっくりまりさ。
「ゆっくりパチュリーやゆっくりアリスたちに邪魔されずに、れいむと一緒に遊びたかったのおお!!!」
 その言葉に、れいむはいっつもまりさにくっついて離れない二匹のことを思い出す。
 まりさと遊んでいると、ゆっくりパチュリーがどこからともなく這い出して、二人の後をゆっくりとついてくる。そうなれば、弾むように力一杯遊ぶことはできない。パチュリーを中心にして静かに過ごすゆっくり。
 ゆっくりアリスはもっと扱いが難しい種。普段は遊びに誘っても嫌がって一緒に遊びにはいかない。だけど、諦めて他のゆっくりと遊んでいると木陰からじっとりと見つめてきて、もう一度誘わない限り一日中続くのだ。結局、お願いして一緒に遊んでもらうことになる。
 だが、れいむとまりさは知らなかった。ゆっくりアリスが本当に問題行動を起こす発情期のことを。
 発情期を迎えたゆっくりアリスは、無理やりゆっくりまりさと交尾しようと森や平原などいたるところを徘徊し、見つけるなり集団で襲い掛かってくる。お母さんれいむのように成熟しきった個体同士なら普通に交配する限り、時間はかかるが何度でも子を生める。だが、まだ青いゆっくりまりさにとって、無理やりの交尾は極めて危険だった。ある程度の子供が生えるものの、母体のゆっくりまりさはショックのあまりに白目をむいてそのまま朽ち果ててしまう。
 凄惨を極めたのが、ゆっくりアリスの群れ全体が発情した三年前。ゆっくりまりさの集落がいくつも全滅して、やがて一斉に生まれてきた子供たちがゆっくりまりさの生息数大爆発を招くことになる。野草や昆虫たちを手当たり次第に
食い尽くすゆっくりまりさたち。ゆっくりまりさと交配しやすい種であるゆっくりれいむも数を増やして、生態系の破壊は広がっていった。その処理策として設立されたのが、ゆっくり加工所だった。
 もちろん、ゆっくりたちはそんな事実は知る由も無いが、ゆっくりアリスのどこかただならぬ雰囲気は薄々と察してはいた。
 結局、なぜかウマの合うゆっくりまりさとゆっくりれいむで遊ぶのが一番楽しいのだ。
 でも、だからといって親友のついた取り返しのつかない嘘を許せすことができない。
 大きく膨らんだ希望が、そのまま絶望の重みとなった憤り。
 その熱い塊をぶつける対象を目前に見つけて、怒りが爆ぜた。
「嘘つきまりさなんて大っ嫌い!」
 憤怒が、井戸の中でぐわんぐわんと鮮烈に反響していた。
「ごめ゛んな゛ざい、ごめ゛んな゛ざい、ごめ゛んな゛ざい……」
 念仏のように繰り返すまりさの態度。だが、その惨めさがますますれいむの熱を吹き上げさせる。
 後どれだけの時間をここですごせばいいのか。
 いや、もはや助けられることすら望み薄だろう。このまま家族にも知られることなく、干乾びて朽ち果てていくゆっくりたち。げっそりと痩せて、やがては水の中へすべり落ちる。
 そうなれば運命は決まっていた。ゆっくりたちの皮は水に弱い。ぐにゃぐにゃに膨らんで、皮はいずれ破れるだろう。
 まず、中身が水や外気にさらされる。やがてはじまるのは腐敗。自分の体が耐え難い異臭を放ち、中から朽ち果てていく長い長い悪夢。早く意識が途絶えることをひたすらに願いながら、ゆらゆらと汚水を漂う。
 おぞましい想像に、れいむの体がぞわりと悪寒に震えた。
 れいむはそんな未来など、井戸に落下してから一度たりとも考えたことはなかった。
 探し回ってこの家をみつける仲間のゆっくりたち。近づくとかすかなゆっくりの声が聞こえてきて、覗き込んだ先にあったのは仲間の窮地。慌てて集まる沢山のゆっくりたち。探し出されてきた長いロープが井戸にたらされ、中の二匹が
ロープを噛みしめるなり一気にひっぱりだされる。外に出られたら、すぐにうち帰ってお母さんれいむを安心させよう。
 それが、数分前までれいむが夢想していた未来。もう、消え失せてしまった未来絵図。
 それもこれも、このまりさのせいだ。こいつが馬鹿なことを言ったばかりに全部終わってしまった。
 こいつのせいで……死ぬ。
「い゛や゛だあっ! ま゛り゛ざのぜいで、じにだぐないいい!」
 もうれいむは止まらない。
「ま゛り゛ざの、ばがああっ! ま゛り゛ざだげ、じね!」
「ゆっ! ゆ゛う゛う゛うううううっ!!!」
 断末魔のような悲鳴を上げるまりさを黙らせようとするかのように、れいむはぐいぐいとまりさを壁に押し付ける。
「泣いてないで、落ちないようにしてね!」
 れいむの棘のこもった言葉に従って、律儀に押し返すまりさ。
 もう、何も喋らない二匹。
 ゆっくりと、もう泣きたくなるぐらいにゆっくりと時間は過ぎていく。
 井戸の中を、妖怪の山から吹き降りてきた風が入り込み、濡れた体をぞくりと振るわせた。
 寒い。
 隣のまりさの体温がなければ、野宿すら耐えられない季節になりつつあった。
 鼻をすすりながら、懸命に押してくるまりさの暖かな全身。
 それだけがれいむに温もりを与えてくれた。
 だが、耳朶に届くのは嗚咽交じりの侘び。
「ごめ゛んな゛ざあああい……」
 泣きすがり、許しを乞う陰鬱な声。
 井戸の底とで命を預けあうまりさが繰り返す哀願に、すううと冷えていくれいむの心。
 まるで、自分のほうが取り返しのつかないことをしてしまったような痛みが胸を刺す。
 今はまりさだけが頼りなのに。
 自分と同じ苦しみを背負う相手を一方的に責めて、自分は何がしたかったのだろう。
 もう何もかも嫌になる。
「だれかぁ……はやくたすけてえ……」
 見上げる井戸の上。
 黒ずんだ雨雲に占められた、あいかわらずの代わり映えのない空とその向こうにいるかも知れない神様に、ゆっくりれいむはひたすら祈っていた。



 だが、畜生に神はいない。
 井戸を覗き込む人影どころか、厚い雲に隠れたまま太陽すら姿を見せないまま、いつしか空は夜の色に沈む。
 救いは、ようやく雨足を弱めつつある丸一日降り続いていた雨。
 打ちつける雨の粒も、今は優しく降りしきる霧雨だった。
 だが、代わって二匹を苛むのは夜半の冷え込みの厳しさ。もはや冬の始まりと大差がない。
「ゆゆゆ……」
 れいむの舌の根も凍えて言葉を吐き出せない。
 もうじき初霜がおりてもおかしくない秋の日暮れだった。
 凍えた体は力が上手く入らない。希望なき奮闘にも関わらず、二匹は少しずつ、井戸の底へと近づいていく。
 その都度、腐ったような水の匂いが濃くなって、れいむの喉にまとわりつく。
 ぶわあんと、反響するカトンボの羽音がひどく耳障り。
 水際に近寄るほど濃厚に漂いはじめる死の気配。
「……い」
 れいむの耳がまりさの呟きを拾う。
 また「ごめんなさい」だろうか。
 朦朧とした口ぶりで繰り返すその言葉に、れいむに湧き上がるのは逆に罪悪感。
「もういいから、謝らないでね!」
 精一杯の優しさをこめて呼びかける。
 だが、反応は予想外のものだった。
「違うのおお」
 それは、半泣きのまりさのうめき。
「かゆいの、かゆいの、すっごくかゆいの……」
 しみこんだ水分を枯れ果てるまで流すかのように、だらだらとこぼれ落ちる涙。
 余程の痒み襲われているのか、ぶるぶると痙攣のように震えだした。
「傷が、顎のあたりが痒いいい! ジクジク、かゆいいいいい!!!」
 みっともなく、幼子のように泣き叫ぶまりさ。
 恐らく、患部は最初に井戸を落下したときにおった顎付近の傷。
 れいむからはまりさの顔越しの位置になって、傷の様子はわからない。闇の中、懸命に舌を伸ばしている様子のまりさも、患部にまで舌がのびずもどかしい模様。よほど痒いのだろう、なおも舌を伸ばして時折えづく。
「き、きっと傷がカサブタになろうとしているんだよ。痒いけど、我慢だよ!」
 少しでも前向きな言葉を口にして、まりさの気を紛らわそうとする。
 けれども、まりさを襲う痒みは尋常ではないようだ。
「痒いよう、痒いよう……」
 繰り返すまりさの嗚咽を聞きながら、三日目の夜はふけていく。
 眠って底に滑落しないよう、唇をぎゅっとかみ締めるだけの夜は、ひたすらに長い。


四日目



 女心と秋の空。
 井戸の上空にひたすら広がる青い空を仰ぎ見て、れいむはそんな常套句を思いだしていた。
 昨日までのしとしと降りは霧散消散。
 いまはからっとした陽光に包まれた穏やかな秋晴れ。
 昨日から寝ていないゆっくり二匹にとって、その朗らかな心地よさは毒のようなもの。重たい目蓋をこじあけて、死を意味する居眠りを何とか堪えた。
 その日差しが直接入り込むにはまだ時間が早かったが、入り口付近を淡く白い光が包み込んで、井戸の中はほの暗い。
 井戸の腐ったような胸に詰まる臭いも今はそれほど強くはなかった。
 乾燥した空気が井戸の底までおりてきて、ゆっくり二匹の湿りきった体に心地よい。
 陰干しされたゆっくり二匹。
 体から水気がゆっくりと蒸発して、元のもちもちとした肌が戻ってきた。
 同時に、昨日から続いていた落下もようやく止まって一安心。
 大分底に近づいてはいたが、井戸の上から見下ろせばまだ十分視界に入る位置だった。
「すっきりー!」
 晴れやかに宣言するれいむ。
 まりさはうつむき加減で言葉は発しないが、悪くない気分らしい。吐く息がゆっくりと穏やかだった。
「かゆいのは、大丈夫?」
「……うん」
 れいむの言葉に、弱弱しい声をだして頷くまりさ。
 と、同時にそれと同じ角度で頷いていたれいむ。
 あれ、どうしたんだろう? 意図しない自分の動きにハテナマークを浮かべるれいむ。きょろきょろと視線を走らせて、ようやく気がついた。
 ゆっくり二匹のふっくらしたほっぺた。
 ぴったり強くこすり合わせていたその小指ほどの先端が、今見るとまりさの頬とぴったり皮膚が繋がっていた。その皮膚を通じて、まりさの動きに引きづられていたゆっくりれいむ。
「ゆっくりー!?」
 驚愕のれいむ。
 雨でぐずぐずになった皮をこすりあわせているうちに結合していたらしい。
 皮自体は乾燥して弾力を取り戻したが、お互いのほっぺは強固にくっついたまま。
 二匹は思わず視線を合わせた。
「くっつくよ!」
 れいむが叫ぶと、その頬の動きのままにびろんとのびる二人の皮。
 奇怪な有様だったが、ゆっくりれいむは妙に嬉しそう。
「これじゃあ、ずっといっしょだね!」
 れいむの言葉にこめられた親愛に、まりさは頬を吊り上げてかすかな笑顔。
 わずかな仕草なのに、心の底からの嬉しさがほっぺのつながりと通じてれいむに伝わってくる。
 相変わらず状況は絶望的で、体力は落ちていくばかり。おなかもぺこぺこ。
 でも、目の前のゆっくりと再び親友に戻れた。それだけで単純なゆっくり二匹の心は晴れやかだった。
「……おなかすいたね」 
 続くまりさの呟きも、声色自体は疲れ果ててはいたが、口調自体はいつものもの。
 れいむもお腹はぺこぺこだ。壁にはりついたムカデやナメクジをぺろぺろ舐めとっても何の足しにもならないし、美味しくない。
 でも、自分はまだいい。消耗しきったまりさの方が心配だった。落下してから何も口にしてないのではいだろうか。
「まりさ、右のほっぺに蟻さんがいるよ!」
 その言葉に、ぺろんと伸びるまりさの舌。
 まりさの顎の方へ向けて行進していた蟻たちが一瞬で姿を消した。
 だが、すぐに顎の傷のほうから次々と蟻たちが出現しては、引き続きまりさの舌に飲み込まれていく。
「もっと沢山たべたい……」
 蟻んこでは腹の足しにならないのだろう。まりさの虚ろな表情に元気は戻らなかった。
 我慢している顎の傷の痒みは相当のものらしく、言葉が尽きるなり、ごしごしと患部を壁にこすりつけるまりさ。
 顎の付近から、ぶわっと羽虫が舞い上がった
 寄るところもなく宙を漂う羽虫。だが、まりさの蠢動が治まるなり顎の傷のあたりへ戻っていった。
「ゆううう!」
 途端に、またびくびくとむずかりだすまりさ。その顎には我が物顔に再び行進をはじめる蟻の行列。一様に極小の餡の粒を背負っている。
 どうやら、わずかに開いた傷口から漂う甘い香りが、井戸の住民たちにかぎつかれたようだ。恐らくは、傷口が虫たちにほじくりだされているのだろう。
 そんな様子は自分からでも確認できるらしく、暗い眼差しで虚空を眺めるゆっくりまりさ。
 れいむは少しでもまりさの気持ちが紛らわせようと口を開いていた。
「ここからでたら、虫さんは全部つぶしてあげるからね!」
「……」
「そして、美味しいものを沢山たべようね!」
「……」
「野いちごとか、沢山食べようね!」
 ひっきりなしに話しかけるれいむ。
 太陽を一杯に浴びた野草や、まるまるとした昆虫、リスなどの小動物。その味わいを夢想する。
 その中でも最近食べた一番美味しい食べ物はあれだろう。
 ぼんやりと、れいむは回想に入る。



 数ヶ月前、月明かりに誘われて家の周りに遊びに出たゆっくりれいむとその姉妹。
 野犬の遠吠えも聞こえない、静かな満月の夜だった。
 家の入り口近くに何匹も連なって月の鑑賞会。まん丸な月を眺めるゆっくりたち。息を吸い込んでお月様のように丸く膨らんだり、ぴょんぴょんと跳ねて少しでもお月様に近づこうとしたりと、思い思いに楽しんでいる。
 だが、突如として月明かりに影が差す。
 見上げたゆっくりたちの視線の向こうに、月を背負ったシルエットが一つ浮かんでいた。
「ゆ?」
 その正体がわからなくて首を傾げるゆっくりたち。
 ニンゲンに似た体つきだけど、それにしては手足が短い小さな体。ぱたぱたとはためく翼もニンゲンのものじゃなかった。
 目をこらすと、 朧な月の光にその姿が浮かび上がってくる。
 丸い顔に満面の笑顔を浮かべて、短い手足を一杯に広げた生き物。誰かにおめかしされたのか、ピンクの服と帽子、
そして赤いリボンが愛らしい。
 幼子のような笑顔のまま、その生き物は鳴いた。
「うー! うー!」
 その可愛らしい生き物はご機嫌そのもの。だが、ゆっくりたちは気がつかなかった。意味のわからない呟きをもらすその口元に輝く、剣呑な牙を。
 それは、紅魔館に最近住み着いたゆっくり亜種だった。空を飛ぶ吸血種で、その上に幼児のような体と手足がある、極めつけの希少種。
 主に似たその生き物を、紅魔館の者は親しみをこめ、こっそり「れみりゃ」と呼んでいた。
 そんなれみりゃは、発見されたからずっとメイド長咲夜に世話をされてきた筋金入りの箱入り娘。いつもは館の奥で大切にされていて、単独での外出が許されていなかった。たが、今日は素敵な満月。ついつい心踊る月明かりに誘われ、抜け出してきたのだろう。
 つきっきりで世話をする咲夜の姿も、今日はどこにも見当たらない。
 過保護な従者のいない久しぶりの自由を謳歌して、ご機嫌なれみりゃ。うーうーと、幸せそうに月夜を飛び続ける。
気がつけば、ずいぶん遠くまできていた。
 くーくーと鳴り始めるお腹の虫。そろそろ戻ろうかなと迷い始めていた。けど、帰ればこの楽しい夜が終わってしまう。
 そこで出くわしたのが、いつも餌として与えられているゆっくりれいむの一群だった。
 まさに渡りに船。
「ぎゃおー♪」
 ご機嫌に、怪獣のような叫びを発するれみりゃ。
 咲夜が怪獣のキグルミを着て演じた台詞をそのままなぞっただけの幼い咆哮。
 ゆっくりたちは奇妙な闖入者に戸惑って、逃げるべき相手か、判断がつかなかった。
 だが、そんなゆっくりたちは次の台詞で震撼する。
「たーべちゃうぞー!」
 宙から、ふわりとこちらへ飛んでくるれいりゃ。その口の牙が月光を帯びて鈍く光った。
「ゆっくりやめてね!」
 慌てて、一目散に家へと逃げ込むゆっくりたち。
 だが、出入り口は一つ。一度に入れるのはせいぜい二匹まで。
「はやくしてね!」
 最後尾のゆっくりれいむが急かすが、その声が不意に止む。
 れみりゃに牙を突き立てられ、引きずられていくゆっくりれいむ。
「お゛があざーん……!」
 ぱたぱたとはためく翼の音とともに、母を呼ぶ声も遠ざかる。
「うー♪」
 見守るゆっくりたちの前で、れみりゃは捕らえたれいむを抱え込む。
 同時に、れみりゃの口からじゅうううと鈍い音が響きだした。
「ゆ、ゆゆゆゆゆゆ!?」
 自分の体に何が起こっているのかわからないゆっくりれいむ。
 だが、みるみる頬がこけ、皮がビロビロに伸びはじめてようやく気づく。れみりゃは、ゆっくりの中身を急激に吸い上げていた。
「い゛や゛あ! ゆっぐりじでよおお! ずわ゛な゛い゛でええええ!」
 しかし、言われてジュースを飲むのを止める幼児などいない。
 うまうまと、たっぷりの甘さを味わいながらちゅーちゅーと吸い続けた。
 次第に、白目をむくゆっくりれいむ。
「ゆ"っゆ"っゆ"っ」
 細かく痙攣を始めるが、れみりゃはジュースの器がどうなろうが一切気にとめない。喉の渇きのまま、最後まで一気に飲みきるだけ。
 ふにゃふにゃにのびたれいむの、最後の雫を吸い込もうとれみりゃが一呼吸したそのとき。
 猛然と転がる岩のようなゆっくりがいた。
「ゆっ! ゆっ!」
 異変に気づいたお母さんれいむだった。
 ぷっくり膨らんだからだを揺すって、どすどすと入り口かられみりゃに向けて一直線。
「うー?」
 只ならぬ振動に顔をお母さんれいむに向けるりみりゃ。
 瞬間、お母さんれいむは飛んだ。
 月夜を背景に、膨らんだ全身をばねにして見事な飛翔。
 そのまま、れみりゃの顔面へと飛び込んでいく。
 ぺちっと、情けない音がれみりゃの顔面で響いた。
 もんどりうって倒れる一団。
「うあー! うあー!」
 れみりゃはうつぶせ倒れこんで、起き上がりもせずただ泣き叫ぶ。
 これまで、食事といえば昨夜が手配したゆっくりれいむかゆっくりまりさ。お嬢様に粗相のないよう、処理されたものばかりだった。
 だからこそ、まさか獲物に反撃されるとは夢にも思っていなかった。
 ショックでわんわんと泣き出すれみりゃ。いつもなら、ダダをこねていれば光の速さで咲夜が飛んできて自分を慰めてくれる。
 でも、ここは紅魔館から遠く離れたゆっくりたちの巣。
 絶望的にれみりゃは孤独だった。
「うあ!」
 唐突にれみりゃが感じた激しい指先の痛み。
 見れば、一匹のゆっくりれいむが復讐だとばかりに噛み付いている。振り払おうとするその腕に、さらに噛み付く別のゆっくり。
 続いて、背中にどすんとのっかった重みはお母さんれいむ。息がつまって、れみりゃの体がのけぞる。その隙に残りのゆっくりたちも意を決して競って背中に乗り上げてきた。もうれみやは飛ぶどころか、起き上がることすらできなくなる。
「うっ……!」
 もういやだ、早く帰して。今日はプリンのお夜食なんだから、もう帰る!
 そんな思いをこめてゆっくりたちを見つめる。
 だが、紅魔館自体を知らないゆっくりたちに容赦する理由は微塵もない。
「うっ!」
 れみりゃの短い叫び。
 見れば、指先に噛み付いていたゆっくりれいむがついにその丸い指先を噛み切ったのだ。
 指先からほくほくと、肉まんの湯気。
「うっ……うっ!」
 赤く灼熱した焼印を押し付けられたような指先の激痛。
 苦痛から、もはや声にならない悲鳴がれみりゃの口をつくが、むーしゃむーしゃと味わうれいむには聞こえていないかのよう。
「おいしいよ!」
 ほくほくの笑顔でそのお味を家族にご報告。
 その言葉が契機になって、一斉にゆっくりたちが殺到する。
 あんぐりと、れみりゃの指先やほっぺにくらいついた。
「う゛っ、あ゛ーっ!」
 れみりゃは元々柔らかい肉まんのようなものなのか、強く噛み付くとゆっくりに、抗うことなくぽろぽろと千切られていく。
「むーしゃ、むーしゃ」
 一斉にれみりゃを咀嚼するゆっくりたち。
 はふうと、同時に吐き出される至福のため息。
「しあわせー!」
「ゆっ! ゆっ!」
 わが子の嬉しげな様子を穏やかな視線で見つるのは、お母さんれいむ。
 れみりゃがもう何もできなくなったことを確認して、その翼を口でぺりぺりと剥ぎ取る。
 咥えたまま向かった先は、れみりゃに吸われてぺしゃんこになったわが子の元。そっと、くわえてきた翼をわが子の前へ置く。
 けれど、もはやわが子は目も見えていないようだった。白目をむいて震え続けるだけのゆっくりれいむ。
 お母さんれいむは、無言で我が子を見下ろしていた。
 れみりゃを味わっていたゆっくりれいむの一匹が、その様子に気づいて駆け寄ってくる。
「早くよくなってね!」
 元気付ける言葉は、虫の息となったれいむにも聞こえたのだろう。
 応えるため、口を緩慢に開こうとする。
「ゆっ……く……」
 だが、もれたのは言葉にならないあえぎだけ。
 やがて、言葉の代わりに大きく吐き出される吐息。あえぎ声。
 それっきり、ゆっくりれいむは動かなくなる。
 きょとんとその様子をうかがう子供たち。何が起こっているのだろうと小首を傾げる。
 お母さんれいむは頬をすりよせて、抜け殻となったわが子の目を閉じてあげた。
 沈痛な沈黙。
「ゆっ!」
 短い呟きが、わが子の亡骸に向けられて静かに響いた。
 やがて、お母さんれいむはくるりと振り向く。皮だけと成り果てたわが子から離れて、れみりゃのもとへ。
「うー!」
 うつぶせにむせび泣いていたれみりゃと静かに向かい合う。
 相変わらずの無表情のまま沈黙を守るお母さんれいむ。
 すると、れみりゃを味わっていたゆっくりれいむのうち一匹が、れみりゃの指先を見つめてぽよんと飛び跳ねた。
「ゆっくり治っているよ!」
 見れば、千切られたばかりの指先がじわじわと元に戻りつつある。吸血種ならではの再生力だった。
 その様子を、相変わらずじっと見つめるお母さんれいむ。
 お母さんれいむは声もなく動き出し、れみりゃの服の襟首をくわえ込む。そのまま、ずりずりと家の方へ引きずり出した。
 ゆっくりれいむたちは不思議そうに母親の行動を眺めていたが、そのうち一匹が母親の意図を悟る。
「まいにち、ごちそうだね!」
 その言葉で他のゆっくりたちも気づく。れみりゃは一晩で元通り。食べ過ぎなければ、いつだって美味しいご飯になるということを。
 一斉にれみりゃに飛び掛るゆっくりたち。れみりゃの翼を、耳を、指を、靴の先を、それぞれ思うがままに咥えて、一心不乱に家の方向へ。
「うっ! うっ!」
 異常なゆっくりたちの団結に、怯えて泣き叫ぶれみりゃ。だが、もう遅い。れみりゃの姿は、ゆっくりとれいむたちの住処へと消えていった。
 それから数ヶ月、豊かな食生活が続いたゆっくり一家。
 だが、その幸運も不意に消えてしまった。
 いつも家の中に縛られて転がっているれみりゃが可哀想だと、ゆっくり家族たちが気を利かせて日向ぼっこ。
「うー! うー!」
 家の方が居心地がいいのか、出ていきたがらない素振りのれみりゃだったが、日向でゆっくりさせてあげないと体に毒だと無理やり引っ張り出す。餌にすら親切なゆっくり一家だった。
 逃げないよう縄でがんじがらめにして、お天道様の下に転がしておく。
「うあああーっ!」
 嬉しいのか大声ではしゃぎ、のたうちもがくその声を背に、ゆっくりたちは気ままに遊び場へ散らばっていく。
 日没まで存分に遊んで帰ってきたゆっくちが見たのは、れみりゃを縛った形のまま地面に横たわるロープと、そのロープを覆いつくさんばかりの真っ白な灰だった。
 これは何だろうと疑問の答えを見つけるよりも早く、灰は草原を吹きぬける風に舞い上がげられる。
 そのまま、近くを流れる小川へ押し寄せられ、流されていった灰。よくわからないので、ゆっくりたちはすぐに忘れる。
 結局、逃げられたと結論づけて、今日もお母さんれいむの待つ家の中へ、ゆっくり姉妹は仲良く連れ立って入っていった。



 おいしい食べ物のことを思い出して、だらりとれいむがよだれをたらしているうちに、時刻はいつしか夜を迎えていた。
 今日は誰も井戸をのぞきこんだりはしなかったが、明日もこの小春日和が続けば、ゆっくり仲間か暇なニンゲンあたりが
ふらっとこのあたりを通りかかるかもしれない。
 それまで、耐えられるよねと自分に自問する。
 全身は、力をこめ続けていたせいで、がちがちにこわばっていた。身じろぎするたびに体がきしんで痛みが走る。
眠らないでいた頭はぐらぐらと揺れて気が遠くなりそうな程。ぼんやりとなる瞬間もあるけど、死ぬよりはマシと思うしかない。
 それに、嬉しい兆候もあった。
 お昼に少し元気を取り戻したものの、日暮れ前にはもうぐったりして動けなくなっていたゆっくりまりさ。
 だが、夜が深まるにつれて何やらもぞもぞと体を動かしていた。
 まりさが先に力尽きることが最大の不安だっただけに、その復活はれいむにとっても望ましいことだった。
 後は誰か、誰でもいいから、この井戸を覗き込んでもらうだけ。
 そうだ、お願いの言葉を今からきちんと考えないと。
 どことなく前向きなゆっくりれいむ。
 そのれいむの思考を邪魔する、カサカサというまりさからの音と、時折の「ゆ……」とうめき声。
 だが、れいむは気づかないまま、助け出されたときのお礼の仕方をのんきに考えはじめていた。




五日目



 考えすぎたのが悪かったのだろうか。朝から、れいむの頭は朦朧としていた。
 眠らないまま、どれだけの時間を過ごしただろう。
 力を抜かない、眠らない。
 それだけを守って、それだけしか許されないこの世界で生き抜くうちに、れいむは少しずつ現実とつながる意識が薄れていた。
 空が明るくなって、かろうじて五日目に入ったことはわかる。
 けれど、もう何年も閉じ込められているような気分だった。
 この空虚でゆっくりと流れる時間を、一人だけで過ごしていたら今頃心が壊れていたかもしれない。
 だが、隣にぴったりとくっつくまりさの存在が、れいむの心に頑張らないとと、わずかな種火となってくすぶった心を焦がしている。
 昨日からちょっと調子が悪いらしくて、話しかけても何も応答が無い。
 でも、いるということだけで心強いのだ。
「れいむう……」
 そのまりさが、一日ぶりに自分から話しかけてきた。
 井戸の暗闇から届く、のったりと間延びした呼びかけ。
「どうしたの、まりさ!」
 そのことが嬉しくて、応じるれいむの声は弾んでいる。
 まりさの次の言葉は中々発せられなかったが、ゆっくり待った。
「……ようやく、かゆい理由がわかった」
 時間を大分おいた一言は、れいむに「よかったね!」の合いの手を躊躇わせるほどに疲れきった声。
 どうしたのだろうと訝りつつ、やはりまりさの言葉を待つしかないゆっくりれいむ。
 そのとき、ゆっくりれいむはわずかな光を感じた。
 見上げると井戸の縁を、太陽がわずかに踏み越えようとしている。
 ほかほかのお日様がでれば、まりさも元気になるかな。
「あのねえ」
 まりさの呟き。
 日差しはどんどん高くなる。光の領域が、井戸の縁から内側へ、みるみる広がってきた。
「れいむ、きらいにならないでね……」
 よくわからない言葉がれいむの困惑を誘う。
 さらなる説明を求めようとした、その時。
 ふっくらとしたお日様の気配が二人を包んだ。ゆっくり二匹の元へ届いた、晴れやかな日差し。
 光に照らし出されたまりさは、口を半開きにして惚けたような顔。
 そして、顔半分を覆いつくす黒。
 目を凝らすと、その黒い帯は光を受けて一斉に動き出した。
「ゆーっ!」
 黒い帯。それは、まりさの顔にたかる幾百もの虫たち。地虫、羽虫、カトンボ、ゲジゲジ。数え切れないほどの虫たちが光の襲撃を受けてうごめき、逃げ惑い、光から隠れた。
 最も手近なまりさの中へ。
 まりさの右のほっぺに開いた無数の穴へと、我先にと逃げ込んでいた。
「ゆっ! ゆっ! ゆううううっ!」
 目の前10cmで繰り広げられる光景のおぞましさに、満足な叫びもあげられないゆっくりれいむ。
 虫たちはまりさの傷口から入り込み、中身を食い荒らしながら、奇妙な巣を勝手につくりあげていた。
 まりさは、もう心が消えうえせたかのように、微動だにしない。開いた口からだらだらとよだれをたれ流して、右頬だけがぷるぷると微妙に震えている。
 その虚ろな目が、怯え震えるれいむを見つめていた。
 れいむは「れいむ、きらいにならないでね……」というまりさの言葉を思い返す。
 きっと、今自分はまりさを化け物を見るような目で見ているのだろう。
「しっかりして、まりさ! 外にでたらすぐに治療しようね!」
 真正面にまりさの惨状を見据えて、心を燃え上がらせての激励。
 ほのかに、まりさの瞳に生気が戻る。
「ありが……」
 だが、お礼の言葉は最後までいえなかった。
「うっぐ!」
 言葉を遮ったのは、まりさの口からわらわらと巣立つ羽虫たち。
 凍りついたれいむに、なぜか笑いかけるまりさ。
「……卵産みつけられちゃった」
 気を失いそうになるれいむ。
 まりさからは、低い笑い声がもれてくる。
「うふふ……うふふ」
 これまで聞いたことの無い、奇妙な笑い方。
 もう、れいむの言葉は届きそうに無かった。
 それに、その虫たちを見ているとれいむに浮かぶ不安が一つ。
 まりさの餡を全部食べ尽くしたら、この虫たちはどうするのだろう。
 答えは、まりさと連結した自分のほっぺた。おどろくほど容易い進入経路。
「だずげでえええ! 今ずぐ、だずげでえええええええ!!! だずげでええええええええ!!!」
 幼子のように泣き叫ぶも、声を聞き届けて顔を覗かせるものなど誰もいない。
 ただ、驚いた羽虫たちをぶわと舞い上がらせただけ。
 やがて、惨劇を見せ付けた太陽は井戸の外へ、早々に引っ込んでいく。
 後には泣きじゃくるれいむと、まりさの乾いた笑い声。
 そして、それを覆い尽くす虫たちの気ぜわしい羽音や足音だけがいつまでも響いていた。




六日目



 何度目か、すでにれいむはわからなくなりつつある太陽の出現。
 昨日、叫び疲れてぐったりと力を使い果たしたれいむ。もう、口を開くのも厭わしい。
 まりさも虫たちに蹂躙にされるがままになっていた。
 もううめきすら聞こえない。生きているのか、死んでいるのか、もう判別のつけようがなかった。
 ゆっくりれいむは、そんなゆっくりまりさを見つめながら、自分の最期を見つめる思いだった。
 きっと、自分もこんな死に様なのだろう。
 ありありと見せつけられた絶望。
 だが、先ほどまでの狂おしい恐怖はすでに感じなくなっていた。何もかも、あやふやな夢の中にいるよう。ぼんやりと、厚い膜を張ったような精神状態。
 心が磨耗しきっていた。
 もうすぐまりさのように、うふふ、うふふと笑える幸せな世界に旅立てるのだろうか。 
 先に行けて、まりさはもいいなあと、れいむはまりさをうらやましくさえ感じていた。
 だが、れいむがやっかむ必要もないだろう。
 そのときは、確実に近づいていた。すでに、自分を取り巻く全てに何の現実感も感じられなくなりつつある。
 だから、れいむは妄想か夢を見ているかと思い込んで見逃すところだった。
 はるか井戸の上には、見下ろす一人の女性の姿。
「久しぶりに昔の家にきてみたら、こんなところに……あなたたち、何をしているのかしら」
 耳障りのよい、落ち着いた女性の声。
 井戸に響き渡る、待ちかねた来訪者の声だった。
「ゆっ! ゆゆゆゆっ!」
 助けて、出して、ごめんなさい、お願いします。言うべき感情がれいむの口をあふれて、まったく形をなさない。ただ興奮と哀願だけが噴出して始めていた。
 声をかけてきた女性は、逆光でよくわからないにがサラサラの金髪に、白いケープが目に入る知的で楚々とした印象。
 自分たちに降りた蜘蛛の糸を握る唯一の人物。
「勝手に入ってごめんなさい! 出られないの! お願い、助けてください!」
「あら、かわいそうに」
 ゆっくりに向けられた女性の声色は心底哀れんでいるようだ。
 優しい人かもしれない。
 ゆっくりれいむは期待と不安の眼差しで女性を見つめる。
「心配しなくていいのよ。今、助けてあげるわ」
 逆光で顔立ちはわからないが、その女性はにっこりと微笑んでいた。
 その笑顔に、沸き立つ安堵の想い。知らず、体の力が抜けかけるゆっくりれいむ。
 だが、ここで沈んでは何にもならない。必死に堪えた。
「待っててね。今、家からロープか何かもってくるから」
 身を翻して姿を消す女性。
 でも、れいむに不安はない。女性の言葉は心底の同情に満ちたものだったから。
 しばらくして、言葉の通りに戻ってきた女性。
「ありがとう、おねーさん! お願いします!」
 ゆっくりまりさの言葉に小さく頷いて、女性は井戸の上からするするとロープを下ろしていく。
 あと、ちょっと。あとちょっとでれいむの口が届きそうになる。
 あーんと、大きく口を開くゆっくりれいむ。
 その口が届こうとする、そのまさにほんの手前。
「ところで、ここからじゃ暗くてよく見えないのだけど、あなたたちのお名前を教えてもらっていいかしら?」
 女性の機嫌を損ねたくなくて、れいむはロープを噛みに行く動作を止めた。
「ゆっくりれいむと、ゆっくりまりさだよ!」
 疲れ果て、声を出すのも億劫だったが、精一杯の愛嬌をこめて応えてみせる。
「へえ、良くあなた方の組み合わせを見かけるけど、だいぶ仲がいいのね」
 なぜだか、突然始まる女性の世間話。
 早く、早く!
 れいむの心の声が鐘楼のように鳴り響くが、ここで焦って全てを台無しにするわけにはいかなかった。
「うん、親友だよ!」
 正直に答える。
 すると、ロープの先端がプルプルと震えだした。
 震えているのはロープと、その根元を握る女性の手。
 女性は不意に笑い出した。まりさのような、乾いた笑い方だった。
「アハハハ。ホント、あなたたちはいつも仲がいいわよね。守矢神社のときもそう。私のことを放って二人で解決しちゃうくらいだし。本当にまりさとれいむは仲良いわね」
 ゆっくりに、女性の言葉の意味はわからない。
 ただ、ふつふつと湧き上がる怒りだけが伝わってきた。
「おねーさん、ロープをもう少しのばしてね!」
 只ならぬ気配に不安になったれいむが思わず催促してしまう。
 それが引き金だった。
「……あら、手が滑ったわ」
 恐ろしいほどの白々さを響かせる声。
 それとともに、ロープは一気にゆっくりれいむの元へ届き、そのまま丸ごと井戸の底へ落ちていった。
「ゆっ、ゆー!」
 れいむの絶叫の最後に、着水したロープの音が無情に響く。
「どうじで、ごんなごどずるのお……」
 涙目で見上げると、女性は無表情でゆっくりたちを見下ろしていた。
 唯一の蜘蛛の糸が、この瞬間明らかに断ち切られようとしている。
「おねーさん、怒らせていたらごめんなさい! だから、お゛ね゛がい゛! もう一回、お願いじまずうううう!」
 れいむにできるのは、同情を誘う哀願のみ。
 それでも、井戸の上の女性に効くかどうかは、すでに疑わしくなりつつあった。
「私なりに考えてみたのだけど、せっかくそこでゆっくりしているのに、お邪魔するのは悪いわよね?」
 女性の気を遣ったような言葉が放たれるが、その根底に横たわるのは隠そうともしない悪意。
「やだあっ! もうここでゆっくりじだぐないいい! だがら、だずげでぐだざあい!!!」
「でも、大丈夫。今、素敵なお友達をそっちにおくるから、もっと楽しくなるわよ」
 会話ではなかった。
 ゆっくりれいむの嘆願を存在しないものとして、にこやかに語りかける女性。
 優しげに井戸に響く女性の言葉が消えるやいなや、何かを投げ込んでくる。
 ひゅうううと、井戸の空気を切る何かが、れいむの顔へ一直線。
 そのペラペラの物体が光を透かして、れいむにはそれが何かわかってしまった。
 自分と向き合って落ちてくるのは、同じゆっくりれいむ種。ただし、中身がこそぎ落とされた上に、頭を切り落とされたゆっくりのデスマスク。
 ぺちゃりと落ちて、身動きできないれいむの顔に張り付く。お互いの唇を重なって、ぺったりと。
「む、むぐううううう!」
 同種の死骸といきなりのマウストゥマウスに、声にならない悲鳴。
「喜んでもらえて嬉しいわ。それじゃあ、リクエストにお答えして、もう一匹、お友達がそっちにいくわよ」
 すでにひどい衝撃を受けているゆっくりたちへ向けて、さらに何かを投げ入れた女性。
 れいむがデスマスクを払いのけるのと同時に、ぺっちゃっと水っぽいものが落ちてきた。
 れいむは顔面で受け止めたそれの正体に気づく。
「ゆっ! ゆっくりパチュリー!?」
 すでに亡骸となっているゆっくりパチュリーだった。いや、パチュリーが死んでいるのはよくあることなので、さしては驚かない。
 問題は、その頭部。
 ご自慢の三日月の飾りをつけた帽子が破れ、頭全体がぐちゃぐちゃに中身をかき回されていた。
 死に顔は歪みきった苦悶の表情。どんな苦痛を経れば、こんな顔で死ぬのだろうか。
 井戸の上から見下ろす女性、アリスの微笑みはお茶会に呼ばれた淑女のように楚々とした笑顔だったが、れいむには空恐ろしくて仕方なかった。
 不意に、れいむの鼻腔をつんとした臭気が突き上げる。
 気がつけば、周囲にたちこめた甘く腐ったような匂い。
 パチュリーの中身が発酵して、強いにおいを放っていた。
 その腐った餡はパチュリーを受け止めた二匹の顔のあちらこちらに飛散して、嫌な匂いをこびりつかせる。
「ゆっ!?」
 ぶうんと喧しい音。れいむの耳元で騒ぎだす虫たちだった。匂いの強さに惹かれ、わらわらとれいむへも忍びよる虫たち。
 見たことも無い大きさのムカデが、まりさの頬からにょっきりと頭をのぞかせる。
「や゛あ゛あ゛! よ゛ら゛な゛い゛でええええ!」
 我を忘れ、いやいやと餡子を振り落とそうとするれいむ。
 それが致命的だった。
 ずるりと、壁からずり落ちるゆくりれいむの体。その動きを止めてくれていたまりさも、すでに押し返す力はない。
 二匹とも、ずり、ずり、ずりと下がっていく。
「ゆぐうう! ゆぐうううううう!」
 踏ん張ろうとしても、もう遅い。
 落下は加速的に早まって、どんどん近くなる水面。遠くなる外の世界。
 やがて、井戸に派手な水音が響き渡った。
 その反響が収まると、もうゆっくりれいむたちは井戸の上から見えなくなる。
 満足げに見届けたアリスは、井戸の上に新たな板を敷き、重石をのせた。
「それじゃあ、ゆっくりしていってね」
 くすりと品のいい笑顔を残して、アリスは去っていく。
 後には、もう何年も忘れ去られたような古井戸だけが残されていた。




七日目



 井戸の底は、光の欠片もない真の暗黒。
 出口はすでに閉ざされ、れいむは完全に日時の感覚を失っていた。
 ここは井戸の底。にごりきった水面から、頭一つだけ上に離れた壁面。
 朽ち果て、崩壊した石壁のでっぱり。そこへゆっくりれいむは口をひらき、顎が外れんばかりにくらいついていた。
 れいむのほっぺにくっついたまりさは半身を水面に沈めている。
 時折、ぶくぶくと気泡を吐き出して、虚ろな目で浮き沈みを繰り返す。
 水に沈んだことで虫たちはある程度外に逃れてはいたが、代わってボウフラたちにまとわりつかれていた。
 むわっと、淀んだ水の匂いがきつい。
 そんな有様に、れいむはもう終わりが近づいてきたことを自覚しはじめる。
 石積みブロックに喰らいついている顎も、がくがくと小刻みな震えが止まらない。
 井戸は完全に封印されて、もはや人目につくことも望めなかった。
「うふふ……」
 あぶくの合間に、相変わらずの親友の笑い声。
 おそらく、ゆっくりまりさはもうダメだろう。
 まりさの心が死んでしまうまでに、まりさへ大好きだったことをもっと伝えておけばよかった。
 喧嘩してひどいことを言ったことを、謝りたかった。
 でも、もう届かないし、口を離せば即座に二匹とも水面に転がり落ちるだけ。
 ボロボロとひっきりなしにれいむの涙が零れ落ちていた。もう、何もかもが手遅れ。
 せめて、死ぬ前にお母さんに会いたい。
 会って、あの柔らかい体に飛び込んで大変だったよと、今までの話を伝えたい。
 可哀想に、ゆっくりお休みと、受け入れてくれるお母さんの胸に甘えながら死にたい。
 とっくに叶わなくなった、哀れな夢。
 もう全てを諦めて、水に沈んでしまおうかと、何度も考える。
 けれど、その惨めさが悔しくて悔しくて、れいむは結局石壁にかじりついていた。
 このまま、果てて死ぬだけだとわかりきっていた、無駄な抵抗。



 どれぐらい時間がたっただろう。
 ほんのりと明るさを感じていた。
 見上げるゆっくりれいむ。鮮烈な光を放つ天から、小さな、人に似た存在が何体も連れ立っておりてくるのが見えた。
 天使というものだろうか。
 ああ、自分は死のうとしているのだ。
 なぜだか冷静に、れいむは天使たちを眺めていた。
 天使たちはれいむの下に回りこむと、その体を掴む。
 浮遊感。
 ゆっくりれいむは井戸から静かに上昇していく。
 ああ、ここから出られるなら、死んでもいい。
 安らかなれいむの表情。
 外の日差しの強さを感じながら、れいむはゆっくりと目を閉じる。
 白く霞みがって遠のく意識。
 その心地よさに身を任せていた。



「これで、いいのかしら?」
 アリスは人形たちに引き上げさせているゆっくりれいむを見やりながら、傍らのゆっくりまりさに語りかけていた。
 そのゆっくりまりさは、井戸の中にいるまりさと別の個体、アリスが最近飼いならしているゆっくりまりさだった。
「ありがどううううう!」
 今は仲間の姿を見つめながら、アリスに涙声でのひたすらにお礼を繰り返している。
 アリスに唇に苦笑がこぼれていた。
「私は本当にまりさに甘いわね」
 昨日の夜、ゆっくりれいむたちの様子を夕食の話題に伝えたところ、仲間を助けて欲しいと泣きすがられてしまった。
 どれだけひどくそのほっぺを抓りあげても、一向に黙ろうとしない。「箱」で脅されても「おねがい、だずげであげで!」と泣き喚かれて、アリスも少しだけの譲歩。
 やがて人形に抱えられて、気を失ったゆっくりれいむが運び上げられてくる。
「まったく、暢気なものね」
 楽しげにゆっくりれいむのほっぺたを、白く形のよい指先で弾いて遊ぶ。
 れいむは昏睡したように起きる気配もない。
 つづいて、れいむのほっぺたにくっついてまりさが姿をあらわした。
 太陽の下、主だった虫たちはぽとぽとと井戸へ落ちていく。水をくぐったことも少し虫を減らしたのだろう。少しだけ、マシなまりさの顔。
「ゆ……?」
 そのおかげか、光の眩さに目を覚ますまりさ。瞳にやんわりと光が戻ってくる。
 やがて、視覚した目の前の光景に、光が強くなるまりさの瞳。
 そこは、夢にまでみた外の世界だった。風がそよそよ心地よく、草むらの青い匂いが薫る森の中。
 外にでたの……?
 目を凝らしても変わりはない。
 紛れもなく、外の世界だった。
 ……助かったんだ。
 救出を認識するなり、心の奥底から蕩けそうな安堵感に包まれてじんわりと涙がにじむ。
「ゆ、ゆっくりいいいい……」
 続く喜びに体が震えていた。
 心にこみあげる暖かさに、ほろほろと涙が止まらない。
 幸せな気分で流す涙は、なんて気持ちがいいんだろう。
 こうして見える全ての景色は、いきなり奪われて、奇跡の果てにようやく戻ってきたあたりまえの世界。
 いや、もうあたり前の世界には見えなかった。
 世界がこんなに素敵なことに、ゆっくりまりさは気づいてしまっていた。
 果てしない空、どこまでも跳ねてゆける自分の体、愛情を確かめ合える友達。それがどれだけ貴重なことか、まりさには心から知ることができた。
 さあ、この素晴らしい世界で、心行くまでゆっくりしよう。
 まずは、ゆっくりと何をしようかな。
 思いつくことは沢山ある。ずっと井戸の中でしたいと熱望していたこと。美味しいものを食べる、遊びまわる、安全な場所でゆっくりする……
 だが、それにも増してまずしなければならないことがある。自分を許し、励まし続けてくれたゆっくりれいむに感謝と改めてお詫びをすること。本当にありがとう、そしてごめんなさいと、蕩けるまでゆっくり全身をこすり合わせたい。
 その後はひたすらゆっくりしよう。体は大分ぼろぼろだけど、仲間たちに虫をとってもらってゆっくり休めば、きっとまた元に戻れる。
 ゆっくりとした日常に戻れる。それだけで、もう涙が止まらない。
 とめどなく頬を伝う暖かな落涙。
 アリスはそんなまりさにそっと顔を寄せていた。
 ようやく、まりさはアリスに気づく。
 れいむをひっぱりあげる、人形たちの姿にも。
「……お姉さんが、助けてくれたの?」
「そうよ」
 アリスの簡潔な言葉を受けて、心を突き上げてくる感謝の思い。
「あっ、ありがどう……! ほんとに、ほんとに、あ゛り゛がどうううううう!」
 最後の力を振り絞ったゆっくりまりさの言葉を、アリスは優しげな眼差しで受け止めていた。
「あらあら。涙で顔がくしゃくしゃよ。女の子がそんな顔を汚しちゃだめよ」
「うん」
 茶目っ気たっぷりに語りかけられて、ゆっくりまりさははにかんだ笑みで頷いた。
「それじゃあ、しっかり顔を洗ってきましょうね……」
「ゆ?」
 アリスの言葉の意味を問い返す暇もなく、まりさに近づく影があった。
 薄皮一枚で繋がるまりさとれいむの間をすうと抜けた影は、アリスの上海人形。
 上海人形が両腕に抱えるのは、鈍く銀色の輝きを放つ、大きな大きな断ち切り鋏。
「ゆ?」
 次の戸惑いの声がまりさの口からもれたとき、すでにその体は落下を始めていた。
 断ち切られていた自分とれいむとの皮膚の結合。
 下には、何も無い空間が口をあけているだけ。
 それからの光景は、やけにゆっくりと見えた。
 再び、井戸の口に沈み込む体。あと10cmでもずれていれば、縁にあたって外に転がり出るというのに、
体はすっぽりと井戸の中央。
 すぐさま、暗闇が視界を支配する。
 落下を続けながら天を見上げるゆっくりまりさ。
 井戸の口はどんどん小さくなって、かつての光景のように遠ざかっていく。
 もう、一緒に落下を耐えた友達はそこにはいない。
 どこまでも落ちていく。
 あれえ、夢かなあ。
 惚けた台詞を呟くやいなや、底に着水して激しい水しぶき。
 思ったより衝撃がないのは、水中に住む先客がまりさの体を受け止めれてくれたからだった。
 井戸の底からぷかぷかと浮かぶのは、無数のゆっくりまりさたち。
 すでに中身が井戸に溶け出して、ぶよぶよに膨らんだ皮だけが浮かんでいる残骸だった。
 アリスが捕まえて、懐かなかったゆっくりまりさの成れの果て。
 この井戸は、アリスの処分場となっていた。
 しかし、まりさにそんなことはわからない。わかりたくもない。
「ゆ……ごぼ……ごぼぉ……」
 まりさの体にできた虫食いの空洞から生まれる盛大なあぶく。
 そのわき立つ水面の向こうで、閉ざされた井戸の天井をぼうっと眺めていた。
 水をすった皮がぶよぶよに膨らみ始め、自分の皮で覆われていく視界。
 ぎゅうぎゅうの皮におしこまれ、目の玉がとびだしそうに痛い。まるで、巨大な綱で常に締め上げられているよう。
 間断ない痛みは、虫にたかられていた時以上に時の進みをゆっくりと感じさせた。
 死ぬほど苦しい。でも、自分を殺すこともできない。
 もう考られること一つ。いつ死ねるのかなということだけ。
 中身の完全な腐敗、溶解まで後一週間ほど。
 まりさのゆっくり生活は、ようやく折り返し地点を過ぎたところだった。


八日目



 ゆっくりれいむはぬくもりに包まれていた。
 それにぽかぽかと暖かい。
 まるで、お母さんにくっついて眠っているみたいだ。
「お母さん……」
 呟くゆっくりれいむの黒髪を優しく梳く、柔らかな手のひら。
 頭を撫でてくれるその手はとても暖かで、ゆっくりとした気分にしてくれる。
 でも、れいむの頭に浮かぶのは疑問。
 手のひら?
「お母さんじゃない……」
 違和感を感じて、ゆっくりと目を覚ます。
 れいむは自分が見知らぬ場所にいることをすぐに理解した。
 燃え盛る暖炉と、その炎の色に彩られた調度品、特に品のいい棚にずらりと並べられた人形たち。
「あら、目が覚めたの?」
 頭上から囁きかける女性の声に、れいむはそっと上を見上げた。
 綺麗な女の人がれいむをのぞきこんでいた。
 少女らしさを残す青い服とカチューシャが可愛らしい。絹糸のような金色の髪は暖炉の炎を映してほんのり赤みがかっていた。
 アリスだった。
 ゆっくりれいむを膝の上にのせて、その頭を撫で続けている。
 どっかで見たような。でも、思い出そうとするアリスの手のひらが優しく頭をなでつけて、いまいち思い出せない。
「おねえさん、誰? ここは天国なの? おねえさんは天使?」
 思いつくままに話しかけると、アリスはくすくすと笑い出した。
「天使なんて嬉しい間違いだけど、残念ながら違うわ。私は魔法使い。そして、ここは私の家よ」
 魔法使い?
 ゆっくりれいむの疑問に答えるかのようにアリスが指を鳴らすと、棚から人形が一体、ふわりと動き出す。
「ゆっ!」
 驚いて叫んだゆっくりれいむの前に差し出されたのは皿に盛られたクッキー。香ばしい色にふっくらと焼きあがっている。
「おなか、空いてないかしら?」
「う、うん!」
 言われるまでもなく、ぺこぺこだったお腹。
 頭からお皿つっこんで、ばりばりと貪る。
「うっめ!!! メッチャうっめこれ!!!」
 床に欠片を撒き散らす犬食いだったが、アリスは気を悪くした素振りもない。
「ごちそうさま!」
「どういたしまして」
 ぺろりと平らげたれいむを優しげに見つめた。
 すると、人形がまた一体とんできて、空になったお皿を下げていく。
 れいむはその姿を見て、ようやく自分を井戸から救い上げた天使の正体に気づいた。
「おねーさんが、助けてくれたんだね、ありがとう!!!」
「一応はそうなるわね。でも本当にお礼を言う相手は私じゃないわ」
 ちらりと、部屋の隅に視線を向けるアリス。
 れいむはその視線を追って、そこでおとなしくしているゆっくりまりさに気がついた。
 井戸の中のまりさかと、れいむは思わずアリスの膝を飛び降りてまりさの元へ転がっていく。
「まりさ! ……あれ、でも、違う」
 すぐに気づいた。井戸の中で一緒に苦しみながら生き抜いたまりさじゃない。別の個体。アリスの飼うゆっくりまりさは、なぜだか泣きそうな表情で縮こまっていた。
 れいむは自分のほっぺたを見る。まりさが繋がっていたその部分には、押し当てられたガーゼと包帯。まりさの姿はいなくなっていた。
 どこにいったのだろう。ハテナが浮かぶゆっくりれいむ。
「あなたと一緒にいたゆっくりまりさは治療中よ」
 その様子を察して、アリスが説明をしてくれる。
「治療中?」
「そうよ。ゆっくりと治さないといけないの。私たちがお見舞いにいくとゆっくりできないから、治るまでゆっくり待ちましょう」
 あのまりさの様子を思い出して、れいむは納得してしまう。
 いますぐ会って、助かった幸せを分け合いたいけど、それは後でもできること。
 でも、一目会わせてくれてもいいのになとアリスをちらりと見るが、相手は命の恩人。言い出すのも気がひけた。
 アリスはじっとゆっくりれいむを見つめている。
「どころで、あなたはこれからどうするの?」
「ゆ?」
「まだ体が相当痛んでいるはずよ。うちに元気になるまでいてもいいのだけど」
 アリスの言うとおり、疲労の蓄積からゆっくりれいむの体はずっしりと重くて激しく動くと倒れこんでしまいそう。
 優しいアリスに、おいしいお菓子、暖かい家。アリスの優しい提案に従うのも悪くなかった。
 けれど、今は一刻も早く会いたいのは心配させているお母さんれいむ。
「ありがとう、おねーさん! でも、うちにかえるね!」
「そう」
 予想していた答えなのだろう。アリスは簡素な相槌を返して、椅子から立ち上がる。そして、廊下へ続く扉をあける。
 その向こうには外へと通じる玄関が見えた。
「ゆっくりしてもらえないのは残念だけど、そういうことなら仕方ないわね」
 微笑みかけてアリスに促され、ゆっくりれいむは外へ進みだす。
 玄関の扉を開くと、そこには小春日和の秋の光景。
 直接感じられる自然に、れいむは心の底から外に戻ってきたことを実感する。
 そして、一刻も早くこの大地が繋がる母親の元へ、家族の元へ帰りたい。
「おねーさん、そっちのまりさ、助けてくれて本当にありがとう! また遊びに来るからね、ばいばい!」
 気ぜわしいお別れの言葉を残して、草原へ駆け出すゆっくりれいむ。
 背の高い藪の向こうに見えなくなるまで、アリスは手をふっていた。
 見送ってから、足元のゆっくりまりさを両手で抱えあげる。
 まりさはされるがままに身動き一つしない。
「あなたのお願いどおりにしてあげたわ。よかったわね」
 だけど、アリスの言葉にとうとうこらえきれず、震え始める。
 ゆっくりまりさの頭に浮かぶのは、呆然とした表情で井戸の底へ消えていった同種の最期の姿。
「どうじでっ! ゆっぐりまりさの方をだずげでぐれながっだのおお!」
「あら? 二匹ともって言わなかったから、一匹だけ助けてということだと認識していたわ」
 出来の悪い弟を叱る姉のような口調で、ゆっくりを諭すアリス。
 あんぐりと、まりさは口開いて自分の過去の言葉を思い返す。
「だめよ、言葉は正確に使わないと。あなたの言葉が、お仲間を一匹殺しちゃったじゃない」
「あ゛あ゛あ゛……」
 もちろん、アリスの単なるこじ付けだが、ゆっくりまりさは衝撃のあまり目を見開いて言葉を失っていた。
「しっかりして、まりさ。それとも、水浴びする? 目がさめるわよ」
 ぴくりと、まりさの体が反応する。
「今回のまりさは長持ちしているからあまり使いたくないけどね」 
「いいい、やあああ、だああああああ!!!」
 泣き叫ぶまりさの声に、うっとりと頬を赤らめて抱きしめるアリス。
 本当に井戸に沈めて、その絶望の声を聞かないと満足できなくなるまであとどれほどだろうか。
 遠めには、仲睦まじくみえる一人と一匹ではあった。




 一目散に帰路を急ぐゆっくりれいむ。
 地面を踏んで、自分の意思のまま前へ進める幸せ。
 疲れきった体も、いまはその喜びに昂ぶっていた。
 絶え間なく弾み続け、家族の待つ家まあと一息。
 目の前にはっきりと見えてきた懐かしい光景に、れいむの胸が熱くこみあげてくる。
「ゆっくりーっ!」
 何処までも届けとばかりに、高らかに声を張り上げた。
 時をおかず、藪をかき分ける複数の音。リズミカルに弾むゴムまりのよう響き。
「ゆっくり帰ってきたっ!」
「ゆーっ!」
「ゆっくりしすぎだよ!」
 れいむの姉妹たち5匹が姿をあらわす。
 驚きと喜びに、ぼよんぼよんと飛び跳ねる姿も軽やか。
 その姉妹たちを前にして、れいむは立ち尽くしていた。見つめる先には、姉妹の後方からゆっくりやってくる大きな
膨らんだ姿。お母さんれいむだった。
「ゆっ! ゆっ!」
 いつものように体を揺すりながら近づいてきて、れいむへ向ける優しい眼差し。
 全身を重くのしかかるような疲労に耐えて、ずっと気を張って堪えてきたれいむもとうとう崩れ落ちる。
 大きくてふくよかな体が、れいむの体を支えていた。
「お゛っ、お゛があ゛ざーん!!!」
 赤子のようにお母さんれいむにかけよって、びったりと体をよせる。
 そのまま、わんわんとひたすらに、この七日間の悪夢を洗い流すかのように泣きじゃくった。
「ゆっくりくっついていってね……」
「ゆっくり泣いていってね……」
「ゆっくりしていってね……」
 釣られて滂沱の涙を流す姉妹たち。よりそって、一団にかたまる饅頭たち。
 草原に響く幸せそうな嗚咽。
 風切り音を鳴らす木枯らしですら、今は不思議と暖かい。
「あのね、ひどいところでゆっくりしてた……」
 自分がどんな体験をしてきたか伝えようとして、井戸の底で感じた恐怖を思い起こして言葉に詰まるれいむ。
 言わなくていいとばかりに、お母さんれいむの肉厚のほっぺたがゆっくりれいむの唇に押し当てられる。
 みんなの中にいると、もうあの悪夢は完全に終わったのだと今更ながらに強く実感できた。
 積み重ねられ、心を押しつぶしていたストレス。それらが今、解けて消えていく。
 みんなの体温を感じながら、れいむはアリスの家の暖炉のぬくもりを思い出していた。
「あのね、魔法使いさんに助けてもらったの」
 ゆっくりれいむの言葉に、向かい合っていたゆっくり姉妹が小首を傾げる。
「魔法使いさんって、あのおじさんたち?」
「ゆ?」
 何をいっているのと、ゆっくりたちの視線を集めるが、当のゆっくりれいむはきょとんとした表情で、前を見つめている。
 その視線を追った。
 そこには、穏やかそうな年配の男を先頭に、体格のいい壮年の男と、痩せた青年の三人がこちらへ近づいてきていた。
 年配の男は愛想のいい笑いを浮かべて、片手をこちらへ陽気に振っている。
「どうも、どうも」
「ゆ?」
 男の言葉に顔を見合わせるゆっくりれいむ姉妹と、ゆっくりお母さん。
 誰の知り合いだろう。
 視線を交わしあってガヤガヤと確認しあい、ようやく誰の知り合いでもないと判明したとき、男たちはあと十歩ほどの距離まで近づいていた。
「おじさんたち、だれ?」
「ゆっくりしにきたの?」
 ゆっくりたちが口々に問いかけると、その歩みをとめて三人は視線を交錯させる。
 よく見ると、男たちは妙な格好だった。
 三人とも大きな篭を背負っている。野草を摘みにきたにしては、あまりのも大きな篭。それに、持っている棒も不思議だった。
棒の先に針金が輪の形にのびている。
 痩せた青年が手持ち無沙汰に棒の中ほどを握ったり話したりしているが、そのたびに針金の輪はきゅっと締まったり、広がったりと動いている。
 おそらくは、その輪に獲物をひっかける狩りの道具だろうか。だが、いのししや熊を捕らえるには少し貧弱な構造だった。
輪の大きさも中途半端。あれにすっぽり収まるのは、ゆっくりたちぐらいのものではないか……
 ひっきりなしに道具をいじってゆっくりの注目を集めていた痩せた青年の肩を、となりの壮年の男が軽く叩く。
「目の前ではやめろ」
「あ、すいません、主任」
 青年はばつの悪い笑顔で上司に謝る。
 年配の男の背後で、こそこそと言葉を交わす二人だった。
 ちらと年配の男が後ろを見やる。一瞬、男の眉間に筋が走って二人の会話を止めるが、向き直ったときには完璧な笑顔が張り付いていた。
 ほのかに漂いはじめる不穏な気配。
 まず、男たちの不審さにはっきり気づいたのはお母さんれいむだった。
「ゆっ!」
 短く強い声をあげて、子供たちを家の方へ押し流す。
 逃げろという合図。
 だが、お母さんどうしたのときょとんとしたゆっくりもいて、動き出そうとしない。
 お母さんれいむはほとんど体当たりに近い仕草で再び娘たちを突き飛ばした。
「ゆっ!!!」
「うっ、うあああん!」
 鬼気迫る声に追い立てられるように走り出すゆっくり姉妹たち。
 せっかく、お母さんの体にもたれ疲労を癒していたれいむも逃げていく。
 あんまり驚いたのか、姉妹のうち最も幼いゆっくりれいむが一匹だけ家とまるで違う方向へ走り出したが、追いかけて連れ戻す余裕は無い。
 重いからだをのったりのったり跳ねながら、体に鞭打って走っていく。
 人間たちは、しかしすぐに動き出そうとはしなかった。
「よし、はぐれたのは私が追う。お前たちは残りを追い込め」
 てきぱきと指示を飛ばして、年配の男は幼いはぐれゆっくりを探して森の奥へ歩き出す。
 小走りですらない悠然とした足取り。
「了解」
「わかりました」
 短く答えた壮年の男と青年もかけだすようなことをしなかった。
 ゆっくりたちの消えた方角へ連れ立って進みだす。
 草むらのを必死にぴょんぴょんと跳ねながら逃げるゆっくり。その草陰から覗く頭を視界にとらえて、男たちは追い込みを開始した。



 家族からはぐれた幼いゆっくりれいむ。
 しかし、それは悪い選択ではなかったかもしれない。
 ゆっくりれいむが逃げ込んだのは森の中。
 視界を遮る木々、足元に生い茂るシダの一群。隠れられるスペースは沢山あった。
 ましてや、幼く小さな体なら、見つけ出すのは困難を極めるだろう。
 森へれいむを追いかけてきた年配の男は、こっちを自分が受け持って正解だった安堵する。
 この男がゆっくりに関わったキャリアは、この奇妙で愚かな生き物が幻想郷で発見されてからの年月とほとんど同じ。
 男は最も手馴れていた。
 年配の男はゆっくりれいむの小ささから齢を割り出し、その性向を経験則から探り出す。
 ゆっくりれいむが消えた場所で大きく息を吸った。
「もういいかーい?」
 それは、童遊びかくれんぼの鬼の言葉。
 森の中にわんわんと響いて、やがて静まり返る。
 男はすぐ様、用意していた次の言葉を森の奥へ投げかけた。
「じゃあ、探すぞー!」
「まっ、まーだだよ!」
 幼いゆっくりの声が右前方から聞こえて、年配の視線を引く。
 男の歩き方が代わった。
 爪先立ちに、柔らかな草の上を音もなく進む。
「もういいかーい」
「まーだだってば! ゆっくりしてね!」
 アクティブ・ソナー代わりの呼びかけに、怒ったようなゆっくりれいむの返事。
 男は完全にあたりをつけ、周囲で最もよい枝ぶりの樫の木へ向かった。
 悠々とそびえたつ巨木。
 その幹にぽっかりとあいたウロを塞ぐ、黒い物体が一つ。
 ウロに逃げ込もうとして、顔がはまってしまったゆっくりれいむ。
 男はその背後に寄り添うように立つ。
「もういいかい?」
 年配の男は静かに降伏を促す。
「ひっく……まあだだよおおおおお!」
 鼻をすするゆっくりを、男は優しく抜き取った。
 両手に抱えられていやいやをするゆっくりれいむ。
「まだなのにいいい! ゆっくりじでよおおお!」
 泣き叫ぶゆっくりを力任せに押さえ込んだりはしない。
 片腕でそのぷよぷよの体を確保すると、空いた手でゆっくりを優しく撫でる。
「よしよし、それじゃあお母さんのところに行こうね」
「お、おがあざんのどごろお?」
「ああ、あの後誤解が解けてね。君を探して欲しいと頼まれたんだ」
 途端に、ぱあと花咲くようなゆっくりの笑顔。
 悪い人に捕まったという現実より、本当はいい人に助けてもらって家に帰れるという夢想。幼い心は、もっとも幸せそうな答えに飛びついてしまう。
 全て、年配の男の睨んだとおり。
「おじさん、早く帰ろうね!」
「よし、一緒に帰ろう」
 年配の男とゆっくりは、仲良くゆっくりの巣穴へと続く帰路を急ぐのだった。




「主任。野生のゆっくりの巣って、初めて見ましたよ」
「俺も初めてだ」
 青年と壮年の男性が、深い藪の奥ひっそりと隠れていた横穴を感慨深げに見つめていた。
 ゆっくりと同じ地面を這う視線でなければ見つけられない、ゆっくりが最もゆっくり出来る場所。
 しかし、もはやそこはゆっくりたちのスウィートホームではなかった。
 二人の男が見つめる前で、横穴の入り口を外からぴっちり自らの体で塞ぐのはお母さんれいむ。息を吸い込みぱんぱんに膨らんだ顔。それをぎゅぎゅうと家の入り口につっこんで、中の様子はまるで伺えない。
 耳を澄ますと、かすかに漏れてくる娘たちのゆーゆーという怯えた声。
 年配の男の読みどおり、逃がして泳がせたことは正解だった。
 その巣の中には、家から出るにはまだ小さなれいむの姉妹を含めて、ほとんどが揃っているようだ。
 一匹逃げ出してはいたが、二人の上司である年配の男が追ったのだからもう捕まっているころだろう。
 ここは、まさにゆっくり一家の最後の砦。
 決死のゆっくりたちにも対して、男たちの声はのんびりとしていた。
「あんな育ったゆっくりれいむも初めてですよ」
 家の出入り口を塞いで、蟻一匹も通すものかと踏ん張るお母さんれいむ。青年はその後ろ姿を指差していた。
 壮年の男は腕を組んだまま、その巨体を見てため息を吐き出す。
「俺は前に捕まえたことがある。何度でも使える繁殖の母体として重宝できると思ったんだがな……」
「あ、いい考えっスね」
 男の呟きに、痩せた青年は軽薄そうに賛意を示す。
「けどな、種付け役のゆっくりアリスがあまりにも貪欲すぎて何回ももたなかった。他の種と自然交尾を試みても時間がかかりすぎるということで、結局は普通のまりさやれいむ、みょん、ちぇん種をアリスに襲わせた方が効率がよかったんだよ。せっかくの提案も、ボツっちまった」
 恐らく、ボツとなったのは男のアイデアだったのだろう。忌々しげにお母さんれいむを見下ろす。
「本当に使いようが無いゆっくりだよ、こいつは」
 壮年の男の言外に満ちた苛立ち。
 青年は逆らわない方が賢明だと目ざとく気づく。
「確かに。あんなでっかいと加工用の台にもはまらないですし、あれはかなり歳をとっているんでしょ。中身に老廃物が混じって食中毒なんか起した日には、うちは傾きますよ」
 なるべく、同僚の意向に沿う言葉を並べる。
「傾く前に、俺たちがあの人にぶち殺されるだろうけどな」
 壮年の男は、年配の男が消えていった方向をちらりと見た。
 「こええ」と、青年はわざとらしく肩をすくめてみせる。
 その仕草がよほど滑稽だったのか、壮年の男はいかつい顔にニヤリと精悍な笑いを浮かべた。
「よし、じゃあやるぞ」
 言うなり、担いでいた篭を地面に下ろす。
 そのまま、篭の中に入れていた木の棒を取り出す。
 肉屋が肉を柔らかくするための肉叩き棒。それを棍棒サイズまで大きくしたようなものを両手で掴みあげていた。
 男の目線の先には、後ろを向いた膨れゆっくりの姿。
 男は静かにその棍棒を振り上げようとしていた。




 穴の中。ゆっくりれいむたちは息を潜めている。
 井戸に引き続いて、狭い空間に閉じ込められていたゆっくりれいむ。
 だが、あれほどの悲壮感は感じていなかった。
 家族がこれほど近くにいて、守ってくれるお母さんがいる。穴の中へやさしい微笑を浮かべていてくれる。
 それがどれほどみんなの心を支えてくれることか。
 いつもお母さんれいむはそうやってみんなを守ってくれた。
 蛇や野良犬に襲われたときも、相手が諦めるまでてこでも動かなかったお母さん。
 今回だって、きっと大丈夫。
 だから、家の中で大きくなるのを待っている、まだ手のひらサイズの幼いれいむたちも怯えてはいなかった。家族がほぼ全員集結したことが何かのお祝いと思ったのか、楽しげにぴょんぴょんとのみのように跳ね回っている。
「ゆっくりおねーちゃん、ひさしぶりー!」
 自分にまとわりつく幼いれいむたちが可愛らしい。
 ここは井戸の中とは違う。きっとなんとかなるはず。
 れいむが希望にすがりつこうとしたその時だった。
 ぺったん。
 餅つきのような重い音が響く。
「ゆっ!」
 お母さんれいむの笑顔が、ぶるんぶるんと波打った。
「おかあさん!?」
 駆け寄るゆっくりれいむたち。
 だが、傍によるまでにお母さんれいむは元の笑顔。
「ゆっ! ゆっ!」
 何事もなかったかのような顔で娘たちを安心させようとしている。
 しかし、外の方で明らかに何かがはじまろうとしていた。



「よっ」
 軽妙な掛け声とともに棍棒が振り下ろされる。
 棍棒の向かう先は、後ろを向けて娘たちを守るゆっくりお母さん。
 そのふくよかな体に棍棒がめりこみ、餅つきのような重い手ごたえが手首に響く。
 お母さんれいむはぷよんぷよんと、その衝撃に体を波立たせるが一向に動こうとはしなかった。
 男は棍棒を再び振り上げ、まったく同じ場所にもう一度振り下ろす。
 小気味いい打撃音が響いて、ゆっくりお母さんの体が波立った後も、苦痛からかぷるぷると震えていた。
「慣れてますね」
 感心したような青年の言葉に、男はその手を止める。
「加工所ができたときは、みんなこうやって餡をひりだしていたんだよ」
 言いながら、再び振り下ろす。
「ぷぷっ!」
 短い、これまで聞いたことのない音がゆっくりお母さんから鳴った。
「お前も覚えておけ。これが聞こえてきたら、そろそろってことだ」
 頼りない後輩に、知らず実地指導に熱が入る壮年の男。面倒見のいい人柄がにじみ出るほほえましい光景だった。
わざと青年に見えやすいよう、ゆっくりと振りかぶる。
 野外教習の教材はゆっくりお母さん。
 ぷっくりと背中が赤黒い痕が浮かび上がっていた。



 巣の中では緊張が増していく。
「ぷぷっ!」
 空気が抜けるような音が母親の口からもれて、ゆっくりれいむたちは色めき立っていた。
「……ゆ!」
 だが、お母さんれいむの満面の笑顔は変わらない。
 ただ、顔に脂汗がじんわりと浮かんでいた。
「おなかいたいの?」
 青ざめるれいむ姉妹の間を抜けて、幼い豆れいむがお母さんの傍によりそう。
 笑顔をその幼い豆れいむに向けようとしたその時、何度目かわからない重い振動が襲ってくる。
 ゆっくりれいむたちは聞いた。水風船をつぶしてしまったときのような、ぷっしゃあという水っぽい破裂音を。
 そして見た。ゆっくりお母さんの口から吹き出す餡子の濁流を。
「ゆううううううう!」
 幼いゆっくりが押し流されて横を転がり過ぎていくが、れいむたちは母親から目を離せない。
 盛大に餡をまきちらして、口の端から餡の流れた跡、目からはぼとぼとと餡の涙。
 満面の笑顔。
「お、お゛があ゛ざーん!!!」
 餡子まみれになったれいむたちの絶叫が、狭い家の中を幾重にも反響していた。



「お、手ごたえあり」
 男が嬉しげに呟いたとおり、あれほど頑強に出入り口を塞いでいたゆっくりお母さんは、ふにゃりと体を歪ませていた。
 次第に、男の棍棒を振り下ろす手つきが、大降りから小刻みなものに変わっていく。
「あとはこう、均等になるように叩いていけばあらかたの中身が吐き出されていく」
 叩くたびに、ぷっ! ぷっ! と噴出す餡子の音。ゆっくりれいむたちの悲鳴。
 やがて、ほとんど均されてまっ平らとなる。もう、巣への侵入を遮るものは何も無い。
「後はお前がやれ」
「あー、汚れそうな仕事は僕ですかー」
 主任の命令に、おどけたような苦情を言って、巣の中を覗き込む青年。
 いつの間にか絶命したゆっくりお母さんを踏みつけ完全に餡子を噴出させると、うわんうわんと泣き叫ぶ餡子まみれのゆっくりたちが見えた。
 餡に服が汚れるのも厭わず青年は顔を巣へつっこむ。
 母親の死に様に我を失っているうちに、完全にふさがれたゆっくりたちの逃げ道。
「ちっこいのを含めて、七匹はいますね」
 後は捕まえるだけとばかり、男は無造作に中へと手を伸ばす。



 巣の中に侵入してきた人間の手。
 ひぎゃあとゆっくりの体裁も投げ捨てて、ゆっくり姉妹たちは家の奥へ奥へ、必死に体をよせる。
 幼いれいむが姉たちの圧力に、ゆゆゆと顔をひしげて泣いていた。
 手の傍にいるのは、井戸から生還したれいむ一匹だけ。涙をのみこんで、憤懣やるかたなしとその手を睨みつけていた。
 穴の中をのぞきこむ青年の下には、潰されたお母さんの体。笑顔を張り付かせたままの死骸。
 井戸の中で切望して、ようやく奇跡的に取り戻したものが、もはやどうしようもない姿でそこにあった。
 ぷるぷるとれいむの体が震える。
「お、お゛があ゛ざんを、がえじでねええええ!」
 渾身の力をこめて、侵入者の手に噛みつく。
「ゆっ!」
「がえぜええっ!」
 その声が母親を殺された怒りを煽られたのか、奥のほうから三匹ほどのゆっくりれいむも加勢して、侵入者のうでにがぶり。
 れみりゃの肉を千切ったゆっくりの口の力。だが、あの肉まんもどきと人の皮はまるで違った。
「うはは! 甘噛みされてくすぐったい!」
 節くれだってごつごつとした男たちの手には、ゆっくりたちの口撃など何の役にも立たない。
 むずがゆさに、青年の身をよじらせただけ。
「何を懐かれているんだ、お前は」
「あ、すいません」
 言いながら青年が腕をふると、あえなくぽとぽとと振り落とされるゆっくりたち。
 なおも噛み付こうと口をあけた一匹のゆっくりの顔が、青年の手に真正面からわしづかみにされる。
 そのまま、一気に巣の外へ引きだされる、有無を言わさぬ腕力。
「ゆっ、ゆっくり離してね!」
 その声も急速に遠ざかり、巣の外へ。
 流れ作業でそのゆっくりを受け取った壮年の男は、篭へ放り込んで上から分厚い板をかぶせ、体重を上からのせる。
「ぐるじいいい!」
 十分に平べったくなったところで、板を篭に固定させてゆっくり一匹目の捕獲に成功する。
 なるべく沢山のゆっくりを持ち運べるよう男たちが工夫したポータブルゆっくり篭。
「はずじでえ! じぬうう!」
 苦しさでわんわんと泣き叫ぶが、潰れる寸前でとめてるので実に安全。
 続けて捕獲しようと穴へ手をのばすものの、男たちの意図に気づいて逃げどうゆっくりれいむたち。手の届かない
巣の奥に積み重なって、ぶるぶると震えている。
「あ、主任。あの棒をください」
「ほらよ」
 最初に持っていた彼の仕事道具、先に輪のような針金をつくりつけた棒を取り出し、青年の手に持たせる。
 巣の中へ差し入れられる奇妙な棒。
 針金の部分を静かに上からゆっくりたちのにかぶされて、わっかの中に二匹ほどのゆっくりれいむが納まったその時。
 男の手首が棒の仕掛けを引くなり、瞬時に締まる針金のわっか。
「む、むぎゅううううう!」
 ゆっくりという台詞まで潰された、凄まじい締め付けが二匹をとらえていた。
 男の腕力のまま、ひょうたん状になるまでくびれたゆっくりれいむたち。
 呆然と見つめる姉妹たちに見送られ、巣の外へと運び出されていく。
 後はもう作業だった。
 棒が差し込まれるたび、泣き叫ぶことも許されず、うめき声だけを残して消えていく姉妹。
 今の気持ちを、井戸で感じていた絶望とまったく同じだとれいむが気づいたとき、すでに巣に残されているのはそのゆっくりれいむ一匹だけだった。
 広々としてしまった我が家で、れいむはもう逃げる素振りもしようとはしない。
 もう、沢山だ。
 もう、どうなってもいいや。
 どんな形でもいいから、早く終わってしまえばいいのに。
 空っぽの心で、終わりのときを待ち続ける。
 だが、なかなか終わりを告げる棒が差し込まれてこない。
 一人ぼっちでひたすらに立ち尽くすれいむ。



「戻ったぞ」
 男たちの手を止めたのは、年配の男の声だった。
「わーい、おうちだー!」
 その手の中で若いゆっくりれいむがはしゃいでいる。
「おじさん、もういいよ! ゆっくりおろしてね!」
 無邪気に呼びかけるゆっくりれいむ。
 それど、その楽しげな表情もゆっくり姉妹がぎゅうぎゅうに詰め込まれた篭を見つけるまでだった。
「おじさん、あ゛れ゛、な゛に゛!」
 年配の男はゆっくりの質問を気にもとめず、その手のゆっくりを壮年の男へと手渡す。
 壮年の男は有無を言わさず、手馴れた手つきで篭に押し込む。
「ゆっぐりいいい! ぐるじいい!」
 涙に歪む顔が、必死に年配の男を探した。
「おじざん! おじぐらまんじゅうはじだぐない! 出して! おいかけっこであそぼ!!!」
 無視する。
 男たちは遊びではなく、仕事をしにきているのだから。
 あえなくトーテムポールの一員にされていくゆっくり。
 やがて「ゆ゛っ」と苦しげに吐き出して震えるだけの状態になった。もう、ゆっくりたちの運命は決まったのだ。
 年配の男は、収穫したゆっくりたちに視線を走らせる。
「ところで、母体の膨れたゆっくりはどうした?」
「ああ、邪魔だったので潰しときました。使いようがないですから、アレは」
 壮年の明快な回答に、一斉に「ゆ゛っ”! ゆ゛っ!」と感極まったゆっくりたちのうめき。
 悲しみと怒りのアンサンブルは、男たちに届かない。
「おいおい」
 年配の男は、壮年の男を見つめて大きなため息。
「無闇に取り捲って、いらないのを潰すだけが私らの仕事じゃないだろう」
 諭すような静かな物言い。
 だが、受け止める壮年の男は雷鳴が鳴り響いているかのように、がたいのいい体を縮めていた。
「逃がしとけば、またどこかで新しい家族を生んでもらえるものを……」
「す、すいません。考えが浅かったです」
「ああ、次から気をつけなさい」
 壮年の男を恐縮に追い込んでから、年配の男は再び気のいい笑顔に戻る。
「これで全部か?」
「あと、一匹いますよ。今、捕まえますんで」
 その返事は壮年の男ではなく、穴にもぐっていた青年が返した。
「いや、それはいい。放っておけ」
 年配の男の言葉に、部下たちは意外な表情を浮かべて振り返る。
「母体のれいむの代わりに残しておけ」
「でも、こいつがあの膨れゆっくりになるまで大分かかりそうですよ」
 不満げな壮年の男に、年配の男はゆっくりかぶりを振る。
「目先を追うな。あえて損を選んで将来の利益を守る必要もある。農家が土地が痩せるないために休耕田を設けるようにな」
 部下たちに心構えを伝えて、年配の男はゆっくりの詰まった篭を軽々と背負う。
 慌てて、壮年の男がもう一つの篭を背負い、青年は穴から餡子まみれの体を引き抜く。
 ゆゆゆ……と、蠢くゆっくりたちとともに、男たちは帰路についた。
「大漁だな」
 がっしりと食い込む篭の重みに、男たちはまさに嬉しい悲鳴。
「まったく、アリスさんのおかげだ」
 年配の男の言葉に部下たちは頷く。
 アリスの勧めで、家族の元へ一目散に向かうゆっくりれいむをつけていた三人。
 見事に一家揃って拿捕することに成功した。
 おまけに「仲のいいゆっくり一家だけでつくりました」と売り出せる付加価値つき。
 今日も実にいい仕事をした。
 男たちは悠々と加工所へ向け、気分よく道を急いだ。



 家にひとり残されたゆっくりれいむは、長い間放置されていた。
 日差しが傾き、山々の陰に隠れるころ、ようやく男たちが立ち去ったことに気づく。
 恐る恐る外にでた。
 家族の誰かが逃げ出して、帰ってくるのを出迎えるために。
 だが、外にも誰もいなかった。
 空に広がる黄昏が暗く藍色に染まり、夜の境界を踏み越えても誰も戻ってこない。
 とぼとぼと中に戻る。
 自分ひとりで過ごすには、あまりにも広い横穴。
 家族たちで押し合いへし合いしていた頃には狭いと感じていたのに、今は閑散として寒々とした光景。
 真ん中にお母さんがいて、姉妹たちが円になって体温をわけあう。
 そんな風に寒さを耐えることは、もうできないのだ。
 れいむは静かに泣いた。
 泣き続けて、ふと思い出したのは井戸の苦しさを必死に耐えたまりさ。
 そうだ、まりさが治療を終えてうちに遊びにきたら、そのままうちに住んでもらおう。
 同じ苦しさをわけあったまりさとなら、この寂しさが少しぐらいはまぎれるかもしれない。
 自分はまだ、何もかも奪われたわけじゃない。
 早く、まりさこないかな……
 友達の姿を思いながら、れいむはそっと目を閉じる。
 つかれきった心を癒すかのように、ゆっくりと友達の夢を見ていた。






(第四話 にんっしんっまりさに続く)



あとがき



 どうも、長々とごめんなさい。
 ゆっくり加工所を書いてからいろんな人のゆっくりいじめを読めるようになったのが何よりも嬉しくて、思わず読みふけって書くのが遅くなりました。
 次回は四話の前に、笑えていじめやすそうなゆっくりみょんを題材に軽いものを書いてみますね。



ゆっくりいじめSS・イラスト ※残虐描写注意!コメント(2)トラックバック(0)|

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コメント

574:

途中の男共要らんし

2011/09/02 02:44 | 名無しさん #FcT7SIbE URL [ 編集 ]
7301:

ひちゅようにきまってるでしょぉぉぉぉぉぉ

ばきゃなの?ちにゅのぉぉ?

あんこのうさんなぉぉぉぉぉ?

2013/05/25 21:33 | 名無し #- URL [ 編集 ]

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